第二章 『痛みは鍛え、砕く』
夜。周囲を包む闇は濃厚で重苦しく、空には一筋の光さえ見えない。まるで世界が棺の覆い(経帷子)で包まれてしまったかのようだ。
ただ、激しくはぜる焚き火の音だけが響き、その黒煙の中から二つの汚れた影と、槍に磔にされた影を浮き上がらせていた。
一人の野蛮人が、炎の上で串を億劫そうに回転させる。
火に炙られた肉が黒ずみ, 焦げた肉の濃厚で、鼻を突く甘い臭いが立ち込めてゆく。
「いい具合に焼けてやがる」
煙に目を細めながら、男は満足げに薄汚い笑みを浮かべた。
「あんな出来損ないを海岸で見つけるなんて、運が良かったぜ」
「出来損ないじゃねえ、あいつは俺たちの『無限の肉塊』だ」
相棒は、炎から目を離すことなく冷淡に言い放った。
「本物の宝の山さ。あの再生能力があれば、もう飢えに苦しむことも、海の化け物どもの牙に怯えることもねえ。次の日の出までには、切り落とした両手両足も元通りさ。明日もありつけんだよ、新鮮な肉にな。いいか、完全に死なせちまわないよう、首だけは撥ねるなよ。心臓も抉り出すんじゃねえぞ」
「いつも通りだな」
最初の一人が、そうぶっきらぼうに溢した。
彼は重い腰を上げ、すでに獲物のぐったりとした肉体が吊るされている長い槍へと歩み寄る。
文句を言うようにその柄を掴むと、力任せに位置を直した。
鈍い音を立てて、矛先がさらに深く肉へとめり込む。
獲物の身体が跳ねるように痙攣した。
だが、彼は悲鳴一つ上げなかった。ただ、漏れ出そうになる絶жать絶叫をねじ伏せるように、骨がきしむほど奥歯を噛み締め、低く鋭い呼吸を吐き出すだけだった。
野蛮人は満足げに頷き、木が地面にしっかりと固定されているのを確認すると、再び焚き火のそばへと戻っていった。
「明日は新鮮な肉がありつける」
男は地面に腰を下ろし、再び同じ言葉を繰り返した。
「それまでは、こいつを食い繋ぐとしようぜ」
時間が流れていった。獲物の四肢は少しずつ再生を始め、数時間も経つ頃には両手両足がほとんど元の形を取り戻していた。
しかし、その再生の連鎖は、翌朝に無残にも断ち切られる。
一人の野蛮人――あの、哀れな男を槍に突き刺した張本人が、再びその両手両足を切り落とし始めたのだ。
獲物は叫ぶことすらできなかった。口元は紐のようなもので固く縛り上げられている。
手足を縛られたまま、彼はただ無力に身をよじることしかできなかった。
四肢の半分が再び失われた時、哀れな男から最後の力が抜け落ちた。
意識を取り戻すたびに、彼が目を開ける唯一の理由は、生きたまま肉を削ぎ落とされる耐えがたい激痛だけだった。
囚われの身となってから、彼はただの一度も、声を発することを許されなかった。
この悪夢の中で、いくつの日の出と日の入りを迎えたのか――彼は数えようとしなかった。いや、もう数える力すら残されていなかった。
二人の男は時折、野営地を離れ、戻ってくる時には手ぶらか、あるいは新たな獲物――蟹や海胆を手にしていた。
しかし、ある日、彼らは時間通りに戻らなかった。
「今日は不漁だったな。もしかすると、他の連中に先を越されたのか……?」
「構わねえ。いつだって別の食い物はある。」
「別の?」――一人の男が歩みを止めず、不快そうに顔をしかめた。
「あの“食い物”はもう刃が通らねえぞ。回を重ねるごとに硬くなってる。昨日だってやっと噛み切れたんだ。このままじゃ、歯が折れるぞ……。」
「また取り替えればいい。」――相棒は短く、冷たく言い放った。
不意に、迫り来る薄暮の彼方から、二つの背の高い人影が姿を現した。
野蛮人の喉に何かが詰まったかのように、彼は怯えに声を震わせ、かろうじて言葉を絞り出す。
「逃げろ……」
彼らはジャングルへと駆け込み、巨大な葉の陰に身を潜めた。
荒れ狂う深みへと踏み込むにはあまりに危険すぎたため、彼らは海岸から数歩の距離を保ちながら移動せざるを得なかった。
息を殺し、野蛮人たちは背の高い異邦人の一人を注視した。
彼は、長い尾と首、長く伸びた顎、そして全身を覆う鱗を持つ二足歩行の生物にまたがっていた。
騎手は暗いワインレッドの鎧をまとい、手には棘付きの棍棒を握っていた。
その肌は雪のように青白く、瞳、爪、そして頭上に浮かぶ輪は闇よりも黒かった。
異邦人は静かに砂浜を進んだ。
しかし、先ほどまで二人の男が立っていた場所にさしかかると、立ち止まった。
その二足歩行の相棒は、鼻をひくつかせ始め、数秒後には、まさに狩人たちが身を潜める場所へとその視線を向けた。
二人は巨大な葉の陰に身を隠しながら、ジャングルへと逃げ込んだ。
野生の生い茂る木々の奥深くへと進むのはあまりに危険なため、海岸からわずか数歩の距離を維持せねばならなかった。
息を潜め、野蛮人たちは背の高い侵入者の一方を監視する。
その男は、長い尾と首、突き出た顎を持ち、全身が鱗に覆われた二本足の生物の背に跨っていた。
在りし日の兵を思わせるその在り様――彼は暗い濃紅色の鎧を身にまとい、片手には棘だらけの戦鎚を握りしめている。
肌は雪のように白く、その瞳と爪、そして頭上に浮かぶ光輪は夜よりも暗かった。
侵入者は静かに浜辺を進んでいたが、先ほどまで二人の男が立っていた場所に辿り着くと、ピタリと足を止めた。
彼の乗る二本足の相棒が周囲の匂いを嗅ぎ始め、数秒の後、猟師たちが潜む場所をまっすぐに見据えた。
一方、鞍を降りた騎兵は、手綱と重い棍棒を握りしめたまま、海の方を見つめ続けた处理。
「我々はジャングルの奥へ行く必要がある」と、男は相棒に静かに言った。
相棒は黙ってうなずき、最初に音もなく立ち上がると、海に背を向けた。
数歩、確かな足取りを進んだところで、二人目の野蛮人もそれに続いた。
なぜ周囲に突如として不気味なまでの静寂が広がったのか、彼には想像すらできなかった。
もう一人の騎兵は、すでに自身の駆る巨大な蜥蜴の上から、男の相棒の身体を拘束していた。片手でその口を完璧に封じ込めている。
同時に、大喰らいの愛獣が、ショックと激痛で悶え苦しむ犠牲者を容赦なく引き裂いていた。
身をかがめたままその光景を目撃した野蛮人は、一瞬だけ硬直した。
だが、すぐさまその場を蹴り、猛然と密林の奥深くへ向かって逃げ出した。
「おい、どこへ行く!? 」
物言わぬ獲物を地面に放り出し、億劫そうに手のひらをはたきながら、騎兵がその背中に向けて叫んだ。
海辺に残っていたもう一人の騎兵が、相棒の声に耳を傾ける。
彼がかすかに奥歯を鳴らし、明瞭な「チッ」という舌打ちを響かせた瞬間、鱗に覆われた獣が弾かれたように逃亡者の足跡を追い始めた。
野蛮人は後ろを振り返ることもなく、ただ前だけを見据えて全力で疾走していた。
木々の太い根を飛び越え、垂れ下がる蔦を巧みにかわしてゆく。
だが、獣は瞬く間に彼を追い詰め、地面へと押し倒した。
骨の砕ける音を立ててその脚を噛み砕くと、そのまま獲物の首筋に牙を突き立て、主の待つ場所へと引きずり戻し始めた。
やがて海岸の砂の上に、一人は物言わぬ屍となり、もう一人は虫の息となった二人の野蛮人が、騎兵たちの足元へと転がされた。
「待ってくれ、殺さないでくれ! 俺はもう一人、人間の居場所を知ってるんだ! 新鮮な奴だ! 最近俺たちの仲間に加わったばかりなんだ! どこにいるか案内するから! 」
負傷した一人の男が、必死に命乞いをする。
「ここに来たばかりの奴を、もう売り渡すか。少しも哀れだとは思わないのかね?」
棍棒を握った騎兵が、明らかな興味を抱いて言葉を長く引き延ばした。
「いいだろう……案内したまえ」
二人の騎兵は、噛み砕かれた脚を引きずりながら歩く、一人の野蛮人の後を悠然と追った。彼らはラゲル(キャンプ)の方角へと向かっていく。
一人の乗り手が周囲を警戒深く見渡す一方で、もう一人は歩きながらその場で「食事」を始めていた。
彼は死んだ男の腕を骨が見えるまで貪り喰らっている。その死体の残りの部位は、騎乗する蜥蜴の背後で、魚網のなかに生気なく吊るされていた。
***
ラゲル(キャンプ)の囚人が、己の肉体を切り刻まれる激痛以外で目を覚ましたのは、これが初めてだった。
彼は疲弊しきった目で周囲を見回し、キャンプに誰もいないことに気づいた瞬間、一気に意識を覚醒させた。
両腕は肘の少し先まで再生しており、両足にいたっては足の裏まで完全に復元されている。
四肢を欠いた男は、腕の切り口を槍の柄に押し当て、がむしゃらに身体を揺らし始めた。
彼は両足を木の大木へと突っ張り、決死の思いで己の身体を矛先から引き抜こうとする。
槍に沿って身体を上へと動かすたび、狂気的な激痛の火花が全身を駆け巡った。
(叫ぶな……痛くない……俺は、痛くない……!)
骨がきしむほど奥歯を噛み締め、囚人は己の魂にそう命じた。
彼は砂利の上に倒れ込み、新たな痛みの閃きに思わず声を上げそうになったが、半秒と経たずに両方の腕の断端で口を押さえた。
最初の衝撃が去ると、彼は歯を食いしばったまま、体内に長い柄が突き刺さった状態で立ち上がった。
鋭い砂利にもかかわらず、傷ついた囚人は確かにその上に足を踏みしめた。
そして、手のひらも指もない、残された腕の部分で、胸から突き出た刃の広い付け根に手を当てた。
渾身の力でそれを押し込み、槍を自分の体内に押し通し、背中から突き抜けさせるべく、刃を押し進め始めた。
筋肉も血管も限界まで張り詰め、両目はほとんど血に染まっていた。
だが、それでも槍を押し通すには力が足りず、彼はむしろ自分の断端を刃に強く押し付けるばかりだった。
しかし、諦めずに試みるうちに、手首の肉は徐々に、やがて急速に再生し始め、手のひらや指を形作っていった。
今や囚人は槍をしっかりと握りしめることができるようになり、彼は一気にそれを自分の体から引き抜くと、その場に膝をついた。
見開かれた瞳孔は恐怖に左右へと揺れ、呼吸は荒く浅く速くなり、胸を貫く傷は絶え間なく血を流し続けていた。
肘から下は再生したものの、その腕は生身の肉が剥き出しになり、脈打つ神経や血管が透けて見える様相はまだ異様だった。
表情は変えず、押し殺したうめき声以外は何も発さずに、傷ついた男は立ち上がった。
胸の傷は徐々に塞がり始め、出血は止まったが、まだ穴は完全には閉じていなかった。
彼は自分を貫いていたあの長い槍を拾い上げ、迷うことなく密林の奥へと歩き出した。
***
「もうすぐ着くぞ!」――案内人は震える、叫びにも似た声で自分の野営地を指さしながら宣言した。
棍棒を持った騎兵が目を細め、その瞳に一瞬の驚きが走ると、彼は手綱を鋭く引いた。
「止まれ。」――見知らぬ男は、感情の欠片もなく、顔には完全な無関心を浮かべて、静かに言い放った。
「何だって?! あと少しじゃないか!」――蛮人は勢いよく叫び返し、指を握り拳を作った。
だが、次の瞬間には自分の無礼さに恐怖した。
案内人は鋭い砂利がすでに傷ついた両足に深く突き刺さり、鋭い痛みに歯を食いしばりながら、その場に跪いた。
「お許しください!」――彼は痙攣するように両手を胸の前で合わせ、哀願した。
「穴を掘れ。」
蛮人はその言葉に呆然とし、硬直した。
「掘れ。穴を」
騎兵は重い棍棒をゆっくりと彼に向け、蛮人の目をまっすぐに見据えながら繰り返した。
蛮人はおとなしく地面に膝をつき、ゆっくりと砂利を掻き分け始めた。
彼は絶え間なく、非常に小声で呟き続けた。
「なぜ……? どうして……?」
恐怖に泣き叫びながら、案内人は素手で海岸の鋭い石を掘り続け、擦り切れた手のひらに灼けるような痛みを堪えていた。
一方、騎兵は彼への興味を完全に失い、再び遠くの野営地に鋭い視線を向けた。
見知らぬ男は、長い杭に身体を貫かれた男をはっきりと視認していた。
傷ついた囚人が必死に生へと抗い、その槍ごと地面へと転落し、文字通り己の胸を槍で貫かれたまま、そのまま倒れ伏していく様を、彼はじっと見つめていたのだ。
逃亡者がジャングルの茂みに姿を消すまで、観察を続ける間ずっと、騎兵の顔からは不気味な笑みが消えなかった。
しかし、その愉悦の時間は、相棒の無骨な怒声によって無残にもぶち壊される。
「おい、早くしろ!」――二人目の騎兵が案内人に叱りつけながら、最初の蛮人の骨をだらしなく齧っていた。「このままここで座って、虫けらが穴を掘るのを眺めてるつもりか?」
一人目の騎兵は重いため息をつき、答えた。
「いや、もう終わりだ。」
彼は、血まみれの手で狂ったように穴を掘り続ける案内人に視線を向けた。
蜥蜴から降りると、その男はゆっくりと蛮人のもとへ歩み寄った。
軽く、ほとんど無造作に、彼は棘付きの棍棒を振り抜き、獲物の顎を横殴りに打ち据えた。
案内人は苦痛の叫びを上げて地面に倒れ込んだが、次の一撃で騎兵は彼の唯一無事だった脚をきれいに切断した。
熟れた実を摘むように、その男は身をかがめて切り落とされた脚を拾い上げ、相棒に向かって投げ放った。
「お前には、膝立ちで掘るのに十分な、折れた脚が一本あればいい……いや、正確に言うなら、膝が一つあれば、か?」
騎兵は細く笑みを浮かべ、首をわずかに傾げながら、考え込むように言った。
「さあ、気を散らさずに続けろ……」
彼は、棍棒の棘に貼り付いた肉片をだらしなく眺めながら、投げやりに付け加えた。
血を流し続ける案内人は、苦痛に叫び声をあげ、痙攣するようにして切断された太腿の断端に手をやった。
しかし、それからわずか数秒のうちに、重い棍棒が再び空を切る。
まず片方の腕を、次いでもう一方の腕を次々と無惨に削ぎ落とした。
騎兵は、淡々と人間の肉片を拾い集め、相棒の元へと手渡し続けた。
「お前は脚を失えば叫び、腕を失えばさらに大きく叫ぶ。まるで、それで何かが変わるかのように」
彼は背筋を伸ばし、軽い嫌悪感を浮かべながら、棍棒から血の滴を振り払った。
「この俺がすぐに死なせてやってもよかったのだぞ、野蛮人……お前の断末魔が、格好の退屈しのぎにならなかったならばな」
サディストは、拷問に痛めつけられた肉体を小さな穴へと放り込んだ。
野蛮人はその穴を深く掘り進めることすらできなかったが、四肢をもぎ取られ、切り刻まれた己の肉塊が収まるには、ちょうどいい大きさだった。
哀れな男は、もう生きている気配すら見せない。
騎兵は地面から最後の一片となった肉の塊を拾い上げ、自身の愛獣へと投げ与えると、軽やかな身のこなしで巨大な蜥蜴の鞍へと跨った。
「いや。今日はもう十分に海岸を探り尽くした」と、相棒が答えた。
その瞬間、彼の鱗に覆われた蜥蜴が、後ろ脚で鋭い砂利を猛烈に掻き集め始め、引き裂かれた遺体の残骸を石の下に埋め隠した。
急造の塚へ最後に一瞥をくれた。
二人の騎乗者は、遠方にある宿営地の方角を背にすると、そのまま遠ざかっていった。




