閑話 お前仕事してるんだ
せっかくの休みであるはずのイヴェールの環が台無しだ。今日は昨日に引き続き魔力の研究のために研究棟に引き籠るつもりだったのに。実は魔力には解明されていないことが多い。なぜ物質を作り出すのか、どうして魔法になるのか、イメージで形を変えるのはなぜか。私はそんなようなことを考えるのが好きだ。答えは出ないのだが。
今日も本当はその研究をするつもりだったのだ。ひたすら魔法を使うだけだが。そう、本当は今日も……。なのに、なのに早朝から乗合馬車に乗った。
数日前から手紙は来ていた。が、忘れていた。昨晩思い出していなければ。そしたら今頃……。いっそ無視するかとも思った。
馬車の左斜め正面には確か一年生の問題児だったであろう奴が乗っていた。なぜ王都に行くのかと尋ねたら、見て回るだけだという。冒険者登録かと思った。例年いるのだ、咎める気はない。なんなら、課外学習に役に立つ。迷宮探検という名の課外学習に。まあ必要になればなった時に登録させればいい。
そんなことを、大型の円形のテーブルに並ぶ一脚の椅子の上で十魔法公《疾風の魔術師》アソルパリドは考えていた。たまに思うのだが、聖霊の民の名前は、名前にミドルネームに苗字と、とても長い。それを鬱陶しく感じる時もある。例えば自己紹介や出欠確認。
「カスカダス・レスボルダンテ。」
一人一人名前を呼ばれ、顔と確認される。我々十魔法公はその魔法の実力により公爵の位に匹敵する権力を与えられており、尊敬の的だ。故に顔も隠さぬまま王都を歩いていると人だかりに捕まってしまう。それを防ぐべく、街を歩くときはほとんどがローブを羽織るか、認識阻害の魔法をかけるか、その効果のある魔道具を身につけている。
そうなると起こりうるのが影武者による出席、または襲撃者の侵入。よっぽど侵入者などいないが、念を押して個人確認がされるのだ。
「リアーマ・アルヤドラ。」
十魔法公内に序列はないが、常に魔力量や精密度など、競えるところは全て競っていくような競争心の高い者が集まる故に、呼ばれる順番も工夫がされている。ローティションだ。会議ごとに呼ばれる順番が変わる。そんなことに何の効果があるのか、よくわからないがこのバカたちは納得するらしい。
「アソルパリド・ロンヒヴィダ・ロスクレーダン。」
「ミドルネームの方は言わなくていいって言ってるだろ。」
どうしてもフルネームで呼びたいのか?長くて大変だろうに。というか一人だけ長くて気恥ずかしいんだが。
「そういうわけにもいきません。」
と後ろからレーモンドの補足。レーモンドの補足?なぜ?今日は連れてきていないはずだ。朝から姿を見なかったから。
「なぜお前がいる。」
「昨晩秘書たちは十魔法公方よりも早く召集されたのですよ。」
そんなこと聞いていないんだが?ちゃんと報告をしろと言いつけてやらないといけないか。
「サンシオネス・ソレンメ。」
珍しい。氷結が来ていないのか。遅刻か?流石に早朝は無理があったかもしくは民衆に捕まってるかだな。まあ、朝だから人は少なかったけど。それに、アイツなら余裕を持って王都に来そうだ。
「アープラスト・ポデロッサメンテ。」
わたしはこいつがあまり好きではない。筋肉ダルマだから。魔術師のくせして素手で戦う。殴ってくる。なんなんだお前と言いたくなる。魔法使えや。使うところも見るが、魔法使えや。お前の師匠の真似かそれは。
「テレパドーラス・レートルセルスィ。」
これも珍しい。緑蝕はどこかの森の奥深くに引きこもっていただろうに。まさか王都まで出てくるとは。招集命令を読み違えたか?任意ではなく強制だったかもしれん。なら尚更氷結がいないのが不思議だが。
「ブリンダーヒェル・ローブスト。」
今いるのはこれで全員。枠は十だが、光楼と闇吹は長らく欠員している。十魔法公になれるだけの実力をつけられる光や闇の属性持ちが少ないから。そして氷結もいない。本当に何をやっているのだか。
「本日集まってもらったのは、とある悲報を報せるためだ。」
まさか、氷結が?悲報って、つまり………。
「王都で生活している奴は知っているかもしれんが、本日6月7日より10日前、5月27日に《氷結の魔術師》フリーオ・エルコンヒェラーシ殿が亡くなった。」
やはりか。代替わりが早いな。30年前に初代が死んだばかりだと言うのに。瀑布と火焔はそれぞれ9年前と10年前だぞ、初代が死んだの。わたしに至っては代替わりしていない初代だしな。エルフだから余程のことがないと死なんだけだが。人間は短命で憐れだ。
「そこで、次の《氷結の魔術師》の候補者の資料を用意しました。自薦他薦はありません。」
ああ、机に置いてあったこれか。珍しく資料があると思ったが、なるほど。人間は短命故に色々な物事を急く傾向にある。まあ、そのおかげで文明は発展してきたのだろうが。
「ほとんどの者がファグルウェー卒ですが、人間でない種もいます。」
へえ、人間でない種?それが十魔法公に興味を持ったのか。珍しい。今日の会議は珍しいことだらけだな。亜人は基本的に自分のことは自分でやれのスタンスだから、人間の文化に興味を持つのは物好きだけだ。例えばわたしとかな。
「一枚目のヒエルオは17歳、現在は魔術師団に勤務しております。」
ああ、二年前の卒業生か。身の程知らずだな。お前よりも優秀な魔術師は他にもいたぞ。
パラパラと資料を操っていると、ふと一枚の紙に目が止まった。
「まさかな。」
ありえない。見間違いであるはずだ。そんなわけがない。人間には珍しい淡い色合いの銀髪、切れるような鋭さのある釣り気味の目、そしてその中にあるありえないほど色彩を失った瞳、憧れているなら、緊張の一つもしそうなのに、何一つ感情のこもらない表情。
【プラティード・ラードリア・ロスクレーダン】
聖霊を起源にする種族特有の、ミドルネームのある名前と、エルフ特有の本人の髪色を示す名前。そうか、こいつの名前はプラティードだったのか。いつか聞いたか?いや、初めて知る。
ラードリア…………。よくもまあわたしの前にこうぬけぬけと出てこられるものだな……。783年前のことを忘れたのか……?わたしは一度たりとも忘れていないがな………。
「アソルパリド殿、どうか致しましたか?」
「こいつを候補から外しましょう。」
しまった。つい口に出してしまった。うっかりした。たまにある、考えていることがそのまま口を突いて出てしまうこと。まあいい、どうせこいつを氷結にしたくなんてない。光楼や闇吹ならいいのかと言われても了承しないがな。
「え?」
「いや、なんでもない。」
いいさ、どうせ模擬戦があるんだ。わたしが直々に叩きのめしてやろう。このクソガキを。ようやく長年の恨みが果たせる時が来たようだ。待っていろラードリア。いや、プラティードと呼ぶべきか?いや、ミドルネームしか名乗らないならミドルネームで呼んだほうがいいのか?なら嫌がる方にしてやればいい。
すぐに叩きのめしてやる、プラティード。年上を敬わなかった罰だ。
【職業:冒険者】
こいつが、冒険者?冒涜者の間違いだろ。
今日は、ユーリがわたしに服を買ってくれるらしい。どうやら聖霊の服は人間の文化圏では珍しく、目立ってしまうということらしかった。
「ネイグロの環だっけ?いいね、おやすみがあるの。」
「明日もイヴェールの環っていうのでおやすみみたいですよ。」
この前は、二日目の時は敬語じゃなかったのに、いつの間にか敬語に戻ってる。ユーリは気づいてるのかな?わたしは別に敬語じゃなくてもいいんだけど、ユーリは敬語がいいのかな?
「師匠の修行は休みなしでしたからね。」
「ユーリってさ、なんで敬語なの?」
きょとんとした顔で見られても。わたしの方がそんな顔したいんだけど。
「………なんでなんでしょうかね?なんとなく?」
「別に、敬語じゃなくてもいいんじゃない?わたしもユーリの友達も、敬語じゃないんだし。ユーリだけ敬語だと、変だよ?」
言いすぎたかな。変は流石に、だめだよね。人のこと否定するみたいで。
「いや、変っていうか………。」
「やっぱりそう思う?」
「へ?」
切り替えが早い!そして食い気味!
「いやあ、友達には敬語じゃなくてもいいと思ってたんだけど、なかなかきっかけがなくて。」
そっか。周りにはラードリアとわたししかいなかったから。それなら、仕方ない、よね。
「いいよ!これからはもっとタメ口で話しなさい!」
「イェス、サー!」
なんだそれ。サー?貴族?確かにわたし王様だったわ。忘れてた。
「ところでさ、王都までは飛んでっていいよね?その方が早いし。」
「いいでしょ。外なのに飛んじゃだめなわけないと思う。」
だって外だよ?ダメって言われる方が驚く。
「じゃあひとっ飛びだー!!」
「さすがに王都?ってとこの中に飛んで入っちゃダメだからね!」
多分門とか門番がいると思うから。そういえば、身分はどうやって保障するんだろう。わたしはユーリみたいにマントがないし。ま、契約聖霊ってそのまま言っちゃうか!いざとなったら証拠見せればいいもんね。
「この辺で降りよっか。」
「なんて言ったーー!!?」
聞こえないのかよ!いや、聞こえるでしょ!そんなに早く飛んでるわけでもないんだし。前後に並んでるせい?横に行かなきゃ。
「そろそろ降りよう!あとは歩くよ!」
今度は聞こえたみたいで、きちんと高度を下げていた。
「あ、この前のぼく。」
「え?」
ユーリの知り合いかな。この前のって、いつの?わたしが寝てた時のことかも。
「えーっと、どちら様ですか?」
「お嬢様の時の立ち会いしてた兵だよ、おれ。」
あんまりにも浅すぎる知り合いだった。どんな出来事か知らないけど。あんま話してないんじゃない?
「あー!あの時の!その節はどうも。」
「いやこっちがどうもだよ、本当に助かった。横のお嬢さんは?」
今気づいてみたいな反応して。ずっといたんですけど。むーっと膨れつらをして見せると笑われた。
「ミリシアです。友達です。」
「うーん、身分証とかないのか?ほら、同じ生徒ならブローチあるだろ。」
わたしは生徒じゃないからブローチなんてない。ユーリはあるけど。人間の街になんてこないから、身分証明なんて考えてなかった。
「え、えっと………。ミリシアは、生徒じゃなくて………。」
『どうしよう、妾?聖霊王スタイルでいく?どうする??』
声に出さないで、話しかける。
『どうしようどうしよう。ミリシアのことなんて言えばいいんだ。ミリシアの身分証明は考えてなかった!指輪に入って貰えばよかった!うーーーん。』
ダメだ何も聞いてないユーリ。
「妾はユーリの契約聖霊。人間の身分証明なんて知らない。」
「え、聖霊!!?うそだろ、珍しい!けどなあ、身分証………。」
ダメなのかな、わたしは。入れないの?服も諦めるしかないかな。
「僕の分だけじゃダメなんですか?ミリシアが何かしたら、主の僕が罰を受ければいいんじゃ……。」
「構わない。入れないなら妾は待てる。聖霊は指輪に入れる。中に入ったことのある聖霊はいるかも。」
ユーリの右手の指輪を示しながら、軽く圧をかけておく。不満はしっかり伝えないと。
「………………。………はあ。仕方ない、そういうことなら通すしかないな。」
どういうこと?そういうことって何。
「大銀貨三枚だ。仮身分証を発行する。冒険者登録でもしてこい。」
だいぎんか?何それ。お金のことだとはわかるけど、何エリク?
「まさか、大銀貨がわからないなんて言わないよな?」
「大銀貨って、どれですか?」
ユーリが腰ベルトのポーチに手を入れて誤魔化しながら空間収納を開いているのが見えた。そしてその中から皮袋を一つ取り出す。
中に手を入れて、小さな銅貨と普通の銅貨、小さな銀貨と普通の銀貨、金貨と大きな金貨、他にも真ん中に穴の空いた銀貨を取り出して、そのうちの銀貨だけを残してあとはしまう。どうして一度全て出したんだろう。
「え、これエリク銀貨じゃないか!」
今は通貨がエリクじゃないの?どうしよう、わたし完全な世間知らずだ……。
「そうなんですか?ミリシアはエリクって知ってる?」
「わ……らわが現役の頃の通貨。今もエリクとばかり……。」
あぶない、わたしっていうところだった。
「今はロードだよ。んでこれが大銀貨。小さい方が小銀貨。これ三枚あるか?」
「あります。」
そう言ってまた皮袋に手を入れる。二枚追加で大銀貨が出てきた。
「はい毎度。じゃあ、これ仮身分証な。失くすなよ。出る時に回収するからな。」
回収されちゃうんだ……。今度から指輪の中に入って通る?それともユーリに冒険者登録させてもらう?
「行くよ、まず、ギルドに!」
そのあと、冒険者登録をして、一つ依頼を受けようと言うことになった。けど、依頼掲示板にラードリアによく似た人がいたから、本人だったらまだ会いたくないからやめておこうということになった。ラードリアのことだからまだ聖大森にいると思うんだけど。
ギルドを後にしたら、商業区域でちょっといい服屋に入る。ラードリアやユーリの両親からお金をもらったらしく、懐には余裕があるのだとか。無駄遣いは良くないけどね。
そこで、すごく人間らしいオシャレな服を買った。前から思ってたけど、聖霊の服より、人間の服の方がオシャレだ。
買ったのは、肩や首周りが出ているのが少し気になる長袖の服と、胸元に涙びらきのあるノースリーブ、袖と裾が異様に長い薄手のフーディガン、脛丈のスカートに膝丈のスカート、そしてブーツ。
こんなにお金をかけてもらって。いつかこの借りは物で返そう。本当に、感謝だ。
その日は、夕方まで王都で遊んで、寮に帰った。すごく疲れて、帰ったあとは指輪の中のふかふかのベッドですぐに眠った。このふかふかのベッドも、ラードリアがログハウスに持ってなかったら、出会うことはなかったかもしれない。
わたしの目覚めてからと、ユーリの人生の大半は、あの巨岩での生活が占めているはずだ。あの頃は、すごく楽しかった。そして今も。昔の大戦では人間に散々なことをされたけど、現在の人間は、そんなに悪くない。




