↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
26/28

生物学

 背中に二対の翼を生やしたクエラビットが空を飛んでいる。耳のような、頭部に生えた翼までも羽ばたかせ、高い高い空を飛んでいる。クエラビットに似ているだけで、コンナラネーホという全く別の生き物だが。

 クエラビットはウサギ型の魔獣で、一角獣だ。対して、コンナラネーホは翼を持つ獣型の魔獣で、こちらも角が一本ある。陸を歩く姿はまるで羽の生えたクエラビットで、ほとんど同じと言っても過言ではない。陸上の狩りよりも水中の狩りの方が多く、歩く姿は滅多に見られないけれど。私のようにしょっちゅう外に出ていれば見られる機会はそれなりにあるだろう。

 そんなことを考えながら、クィーツァイは窓の外を眺めていた。朝の散歩も終わり、朝食を摂り、今はこうして揺りいすに座りながら森や空を眺めていた。初夏にしては随分な快晴。鬱陶しいほどだ。

 向かい合う椅子に座る相手は、ふすと息を漏らしてから先ほど出してやったプーロ水を飲む。全く何の用なのだか。森のさらにさらに奥に住む獣人が態々(わざわざ)精霊の里まで来るとは。テグスタ様が不在故に長老代理を務める私の家に上がったこの女は、まだ口を開かない。


「………。」


「………。」


 何も用がないなら帰ってくれ、と追い出すわけにもいかない。テグスタ様が戻るまでは、私が相手をせねばならん。この沈黙が続きすぎないと良いけれど。


「…………。」


「…………。テグスタはどこに行った?」


 テグスタ様を呼び捨てにするとは………。獣人は脳みそまで筋肉なのか?聖霊だぞ?純粋なる聖霊なのだぞ?我らが王への態度と同じにとは言わんが、私たち不純物よりは高潔なお方では?


「ああすまない、テグスタ殿はどこへ行ったのだろうか。」


 この睨みで訂正されねばお引き取り願っていたところだった。テグスタ様は民との距離も近い良き長老だが、それ以前に我々の祖先である聖霊だ。敬意を払わねばならないだろう。我々から距離をとったせいでそんな根本的なことも忘れてしまったのだろうか、獣人は。


「里の結界の見回りです。直に戻るでしょう。テグスタ様が帰られたら使用人が伝えに来るはずなのでお待ちください。」


 この里は名を「フェミアール」と言う。その周囲には聖霊力を用いた結界を張っていて、定期的に長老が点検するのだ。力が弱まっていないか、許可のないものに侵入された形跡はないか。三年前にラードリアが人間の子供を連れてきた時、いとも簡単に入られたのが悔しかったのか、この数年で研究を重ねた長老が結界をグレードアップした。

 私は、あの時は人間の子供の手に聖霊王の契約の証がついていたことが、侵入の原因なのだろうと思っている。おそらくテグスタ様もそう思っているだろうが、プライドは刺激されてしまったようだ。


「失礼します、クィーツァイ様はおられますか。」


 ノックの音と共にノーワの声が聞こえ、席を立つ。テグスタ様が戻られたのだろうか。


「少し待っていてください。」


 そう言い残して玄関口へ向かい、解錠して扉を開ける。そこにいたのはやはりノーワで、テグスタ様が戻られたこと、それから、珍しく隣の村の長老がテグスタ様に面会を希望しているから用はなるべく早く済ませてほしい旨を伝えられた。

 それに了承し、奥から客人を呼び寄せると共に長老の家へ向かう。そう言えばこの女の名前を聞いていないことに気がついた。どうせ私には関係のないことだし、聞かなくても構わないだろう。

 テグスタ様の家へ着くと、先にノーワが入り、テグスタ様に確認をとる。そして一度顔を出して家に入るのを許可された。私の役目はここまでだ。獣人を見送って帰る。よほど重要なことならまた呼ばれるかもしれないが、そうでない場合、私にはもう関係ない。

 妙な胸騒ぎを感じながら、帰路についた。

 時は遡り入学二日目一限、生物学基礎科。どうやら生物学は種類が多いらしく「科」をつけることで生物学のうちの何を学ぶかを分けているらしい。名前が長くて面倒だ。


「やあキミタチ数日ぶりだネ。」


 フレーン先生!?どうして?試験補佐官じゃなかったっけ……。


「疑問に思っているコトだろう、ボクがどうしてココにいるのカ。優しいフレーンが教えてしんぜヨウ。」


 ほぉほぉ。確かに気になってた。すごくタイミングがいい。心読めるのかなあ、先生って。読めたらいいなあ、楽そうだよなあ。ミリシアは僕の心しか読めないのかな?契約者だけ?


『うん、そう。わたしとユーリは契約してるから見えない糸みたいなのがあるんだよ。右手の指輪と君の心が繋がる感じ。まあ、心なんてどこにあるかわからないから、ほんとに比喩表現なだけだけどね。』


 僕は心は脳にあると思ってる。心臓をよく差すけれど、心臓では何も考えられないし。じゃあ具体的に脳のどこって言われるとわからないけれど。うーん、後頭部の方なのかな?まあきっと「心」って言う部位があるわけじゃないんだし、考えても無駄かな。子供にわかるはずがない。


『それと、先生は心を読んでるわけじゃないよ。ユーリの思考が手駒に取られてるみたい。罠にハマりにいく感じ。………。ちなみに、心がたくさん読めても楽なわけじゃないからね。世の中には心の中が汚い人は多いんだから。前聖霊王様が言ってた。』


 えー。でも、でもさあ。思うよ?「どうして!?」って。だから気になる。もちろんたくさん読めるつまり楽!ってわけじゃないのもわかってる。心の中が汚い人はよくわからないけど、つまりは「ぐえっへっへっへあのガキ燃やしてやろう」ってことだよね?あれ?違う?それとしれっと前聖霊王様って知らない人が出てきた。聖霊王様ってたくさんいるんだ……。

 あれ、というか、友達には敬語、師匠や両親、先生、聖霊族の人たちにも敬語なのに、ミリシアにだけいつのまにか敬語じゃないな?なんでだろう。まあいいか。


『………心が汚いもわからないなんて、大変……。っていやいや、それより授業聞きなよ!』


 すっかり忘れてた!な、なんだっけ。なんの話だったっけ!?あ、そうだなんでフレーンさんがいるのかだった!聞き逃した!


「じゃあユーリ少年!コノ動物の名前は?」


「はい!…………。」


 やばい話聞いてなかったどの動物?その、なに、それ。筆記可能壁(パレデスクリト)だったっけ?壁ってより紙みたいだ、この生物学室のは。


「コノ動物、わかるカ?」


 小さな体、薄いエメラルドグリーンの羽毛、背中に向かって生える細い三本の飾り羽。正直この鳥を見たことはない。けど、たしか本に載ってたような気がする。


「エストーラ………ではないでしょうか!」


「うん正解!座ってイイヨ。」


 あってた!よかった………。間違ってなくて。人前で恥はかきたくない!間違えるのを恥とは思わないでって言われるけど、正直その通りにはできない。恥をかくから頭が刺激されて覚えられるって言ってたし。恥も大事な役目があるんだ。師匠は間違えたら覚えればいいって人だったし、間違い=悪とは思ってないけど。


「コノ動物は見ての通り鳥ダ。北部の森によくいるゾ。貴族の中には飼ってル家があるかもネ。」


 へえ、北部の鳥なのか。鳥はコンナラネーホとかアギーラしか見たことない。巨岩の高度がそもそも高度が高いし。いや、家の周りには別の鳥もいた。家の裏の川に鳥が来てるのを見たことがある。あれはなんで鳥だったんだっけ……。アーヴドリーオみたいな感じなはず。母さんが教えてくれた。


「じゃあ難しくしヨウ。コレがわかるカナ?」


「あっ!!」


 やばい、ついつい声に出しちゃった!出てきたのがクエラビットだったから……。いつか師匠が地上で獲ってきたって持って帰ってきたことがある。あの日はいろんな新しい食材を持って帰ってきてて、珍しくクエラビットのシチューにポーリオの丸焼き、クッキーにどこから持ってきたのか牛乳まで食卓に並んだ。すごく美味しくて、いつか作ろうと思ってたメニューだ。まあ僕は料理なんてできないけど。

 食卓が豪華な日が年に数回あって、一回目が春、二回目は初夏、三回目は冬、四回目も冬だ。季節ごとって言うわけではないらしい。なんでなのかは教えてくれなかったけど。


「どうしタ?ユーリ少年。わかるカ?」


「は、はいわかります!」


 ユーリ少年だって。そんなに大きく見えるかな。まだまだ子供って言われるんじゃないかと思ったけど。少年って12歳くらいの子供だよね?15歳だっけ?でも15歳は大人だし…。いや、9歳で少年って呼ばれるなら今が少年なのか……。


「他にもわかる奴いるカ?」


「それ、ボクわかるよ。クエラビットだっけ。美味しいんだ。領で獲れるんだよね。」


 領で獲れる?ほんとに?それはすごい。是非欲しい。リィベルタードの領って何領だっけ?アーケルストだったかな。元々はリィべルタード侯爵の領じゃなかったとか。知らない。なんとなくテキトーに言った。ノアのところのベッティルデとベトーツィアは名前が似てるから大体そうなのかなって思って。


『厄災戦争の時はあの辺りはフェイアス男爵領とかいうやつだったはず。変わりすぎてわからない。』


 ミリシアもわからないなら僕が分かるはずもないか。いや、今となっては僕の方が常識人なのか?ミリシアは知識が古いから。訓練でもなければよっぽど僕の方が常識はあるだろう。


「ユーリは?」


「お、同じです。クエラビットはシチューが美味しくて………。」


 今キラリとフッデミールくんの目が輝いた気がしたんだけど。


「わかる?わかるか?クエラビットのシチューボクも大好きなんだ。今度一緒に作らない?」


 食いつきがすごい。とてもすごい。けど助かる。僕も作りたかったけど作り方わからなかったから。でも今度っていつ?どこで?


「アーケルストはお祖父様の領地で、ボクたち家族は北部に屋敷があるんだ。今度招待していい?遠くないよ。」


 食いつきすごすぎて怖いんだけど?ご飯が好きなの?フッデミールくんは。けどこれは友達チャンスじゃない?正直あんまり話せてなかったから大チャンスかも!


「もちろん!そっちがいいならだけど……。だって僕平民だし。」


「関係ない関係ない。キミはボクの友達。友達は屋敷に呼んでも平気。よし次の長期休暇はボクのおうちに来るっていう予定忘れないでね。」


 なんか勢いで決まっちゃった………。


「フッデミールとユーリ、座レ!予定立てるナ!ボクも早く休み欲しい!」


 先生心の声ダダ漏れ………。


 その後は何事も特になく授業は終わったとさ。そして現在入学から早一週間、週末である。

 今日はイヴェールの環。そしてここは馬車の中。馬車といっても乗合馬車だ。昨日はネイグロの環で、休みではあったけど、溜まってた荷解きを全部終わらせるために一日使ったから王都を見て歩くことができなかった。だから今日街に出るのだ!少し遠いけど。そのために早起きして支度を終えて朝早い馬車に乗ったのだ。

 うちの馬車ほど質がいいわけではない。むしろ最悪だ。ガタガタ揺れるし、酔うし、狭いし。まあ、揺れないようにする魔道具を置けないのだろう、一般人は。

 アツーファイ・ビェーン、元気に外出している真っ最中だが、なぜだか目の前には学校長がいるのであった。とても風景を楽しむ余裕なんてない。というか何をしに?学校長なら飛べばいいだろ。十魔法公なんだし。


「…………。」


「…………。」


 せめてなんか喋れよ!気まずいんだよ!この空気であと数十分馬車に乗るのか?嘘だろ?こんなならうちの馬車呼んどけばよかった。


「………学校はどうだ。」


 をぇぇぇ、俺なんかしたかな。ほんとに何かしたか?怖ぇ。


「ど、どうって………?」


「……………。」


 黙るなよ。喋れよ。変なこと言っちまったか?やべぇまじ怖ぇ。


「………不便または不愉快なところはないか。」


 ただの優しい人じゃね?ただただ優しい人じゃね?いや、学校とかいう共通点しかなかったからこの話題しかなかったとか。あり得る。俺だって話題なかったし。


「まだ四日だけなんで、わかんねえ………です。」


 誰かこの空気をなんとかしてくれ。よりによって早朝のせいで俺たち以外人がいない。あとは荷物しかない。


「………そうか。」


 今日の朝の発見、学校長は話題がないと口数は少ないけど一応話しかけてはくれる。普通に優しいな。まあ話しかけてくれはするけど会話は続かない。


「……王都へは何しに?」


 それと話し始めるまでが長い。躊躇ってんのかな。なんで?…………もしかして会話すんの下手?いや、そんなわけないだろ。話題がなさすぎて不安なだけだろ。だってユーリに捲し立てる時結構ペラペラ喋ってたもんな。


「そう……ですね………。ただ見て回るだけになると思います、今日は。試験以外で初めて行くから……ので。」


 そう、特に何も決めていないのだ。買い歩きができたら楽しそうだとは思うけど、買うものもないし。冷感グッズとかあれば万々歳だな。


「………そうか。」


 また途切れた。やばい、どうしてこうも気まずいんだろう。これがもしクラスメイトなら気まずくねえし、普通に話せただろう。話題はともかく。やっぱ威圧感があるのか?多分これ俺がユーリだったらもっと会話弾んでんだろうな。話題はともかく!でも仮にユーリ以外だったらこうなるんだろうな。あいつおかしいんだよ。ほんとに。



 そのあと、途切れ途切れの会話を繰り返し、王都に着いた頃にはもう疲れていた。結局、氷の魔石入りで少し高い(一般人にとってはで俺にすれば普通くらいだけどな)冷提灯を買い、ついつい匂いに釣られてこれまた少し高い料理店に入った。

 そこで優雅に朝食をとって、出費に驚きながら店を出る。俺自分で稼ごうかな。

 そうと決まれば冒険者登録。一人で登録できるのは満10歳からで丁度今年からだ。


 ギルド区域はさすがで、鎧の人や物凄く軽装な人もいる。おれは学年色であるソフトオレンジのマントに学校色であるすげえ暗い赤紫っぽい濃い色のジャボをつけてるから、ファグルウェーの生徒だとすぐわかる。その分注目を集めるわけで。

 この学校色の名前なんて言うんだろうな。校長式辞で言ってた気がする。紫紺だっけ?校長式辞っていろんなこと言うからわかんねえ。


「特級魔法学校の生徒だよね、あの子。流石の魔力だわ。」


 俺はまだ魔力感知が発現してないからよくわからないけど、俺の魔力がすごいらしい。へっへっへっ、もっと見ろ。すげえだろ?まあおれクラスで十番目だからクラスの中ではすごくないけどな。


「ひゃー、すげえな。ちなみに俺中級卒。」


「知ってるわ!てか自慢げに言うことじゃないし!あははは!」


 特級にいるだけで話題の中心………にはなれてないけど、人の注目を浴びる。すごいな、特級って。そしてそこに入れた俺もすごい。

 自分に賞賛を送って鼻を高くしながら冒険者ギルドに入る。じろじろ見られるけど、気にしない。だってきっとこのジャボの色を見てるから。


「おはようございます。本日はどのようなご用件でしょうか。」


「冒険者登録で。」


 そう言うと、ジャボを確認してから「かしこまりました」と言って何やらカウンターの下に手を入れる。そうして出されたのは登録証書と書いてある紙だ。


 「こちらを記入してください。わからないところがありましたらお気軽にお聞きください。あちらのカウンターへどうぞ。」


 カウンターごとに役割が違うのか。受付、登録、依頼、買取………。冒険者ギルドは夢が膨らむ。今から俺もここの仲間入りするんだ……。

 紙には名前の欄と職業(クラス)、年齢、属性、何故か身分、本業(有るならば)、とか色々書いてある。多分俺の本業は学生だろう。職業は魔術師、身分は子爵令息でいいのか?自分で自分のことを令息と言うのは小恥ずかしい。令息と言われるなら平気だけど。



 冒険者登録を済ませて浮かれた気分で一日を過ごし、週明けの初日、プムヴェーラの環はとてもとても憂鬱だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。