閑話 アセソル先生は胃が痛い
ダーゲスツァイトは一人娘が可愛い。娘のために、というより自分のために屋敷内に娘の写絵を飾る部屋を用意するほどだ。娘が学校へ行ってからというもの、毎日この部屋を訪れている。
「ノア………。わたしのノア……。早く帰ってきてくれ…。可愛いノア……。わたしがおかしくなる前に………。」
「大袈裟ですよ伯爵。学校へ行っているのですから必ず帰ってきます。」
妻のルナールはわたしに厳しい。いや、厳しくはない?ともかくしっかり者である。わたしがしっかりしていないわけではない。無論領主としての仕事も貴族としての務めも果たしている。だが娘を思うのは父親としてごく当然なのだ。
「しかし、娘だぞ?心配にもなるだろう?」
「ノアに伝えてみては?信用されていないと嘆くかもしれませんわね。」
なんということだ。ノアの心配をすると信用されていないとノアが嘆く?嘆くノア……。可愛いだろうがそんな悲しい顔はさせたくない!
「はっはっはっ、ノアならきっと大丈夫だ。なに、心配いらん。」
やや含みのある視線を感じた気がしてルナールの方をチラリと見るがいつもと変わらぬ澄ました笑みでノアの写絵を見ているだけだ。ルナールだと思ったのだが。護衛かと思い振り返るも「なんのことやら」という顔をする。
そのことに首を傾げながら部屋を見回す。壁にはノアの顔、顔、顔。壁の二面目の半分までは全てノアで埋め尽くされている。残っている部分は将来のノアを飾る用だ。いつか部屋を増やさねば入り切らんやもしれん。いっそノアだけで美術館のようなものを建てるか……。と考えていると、控えめなノックの音が響く。写絵のノアに気を遣ってなのだろうか。さすが気の利く使用人たちだ。
「入れ。」
やや焦るように勢いをつけて開かれた扉からは屋敷の文官であるドコメンロが早足に入ってきた。
「はっ!ノア様より伝書ば………!」
「すぐに行こう!!!!」
足を動かしながら思わず食い気味に叫んでしまってから苦笑いをする。ノアの写絵たちが落ちていないだろうか。平気だろう。すぐ落ちるようには飾っていないはずだ。
ああ、ノアからの手紙。ノアからの手紙!ノアからの手紙!!早く行かねば……。ドコメンロには何か褒美を…。いや、私情に領主の権限は使うべきではない。ああノア、5年と言わず明日にでも帰ってきてくれ……。
教師歴六年。アセソル・アカデミコは過去最大の問題児の担任になってしまった。まあ、二クラス目なんだけど。朝のホームルーム、それすら砦になるだなんて今まで思ってこなかったのに。みんな寝ないで………。
「やーい起きろフッデミール!寝るなー!」
「寝てないよ………。」
いやそんな消え入りそうな声じゃ信用ならないよ!起きて!もうホームルーム始めたいんだけど!?と言うかテリーンヒくん珍しくしっかりしてる?すごく真面目なことを言ってる…。
「テリーンヒがカゴかけてやれば?」
「カゴなんてできるか!魔法の間違いだろ!」
魔法学校なんだから魔法を学んで!?加護は神殿の専売特許だから!これ常識!
「ヌドェーラ起きてるノ、それ?」
「起きてるわ。………なんとか。」
みんな朝に弱いの!?起きて!寝ないで!誰か神殿関係者いないの、このクラス!?三年生の神女さんがやっぱり特別だったのかなあ。わたしも神殿関係者じゃないし…。いや、加護に頼るな!
「ミャルラこそ、寝癖が立ってるわよ。」
「ナハハ、これがデフォルトなんだヨ。例え水を被ってもハネ続けるんダ。魔法がかかってるのかナ?」
そんな可愛い魔法あれば見てみたい。寝癖を直させない魔法?髪の毛がハネる魔法?子供らしい発想で本当に可愛い。みんなこんなだったらいいんだけど。なんかもう、大変。本当に。
「ライバルにしろぉぉ!」
「ライバルって申告制なんですか?」
申告制ライバルって何!?っていうかだからホームルームなんだってば!みんな話聞いて!!
「あのー、みんなー………?」
だめ、全然聞こえてない。どうして?叫ぶ?魔法?拡音魔法?
「こ、こら、先生が困ってるでしょ!」
「…………うるさいんだけど。」
セツィアさん、ラキシンタくん……!なんて優しい!ありがとう…。先生感動。もう感動。ほんと感動。でもあんまり聞こえてないみたいだよ……。仕方ないから魔法を使います…。
『風の女神シュファーニに告ぐ。我が言の葉を紡ぎし声を、彼等が袂へ御届け願う。祈りが耳に届いたならば、我等の求む魔法とならん。
ヴォズグ ランディ。』
《そ、それじゃあ、今度こそホームルーム始めます!》
ーーーーーある日の放課後ーーーーーーー
わたしの担当教科は魔法工学で、多分この一年のうちに担任になっているあの子達の授業はない。けれど、教員控え室で聞くのだ。あの子達の他の授業の態度を……。
「アツーファイ、テリーンヒ、フッデミールは年頃らしい子供だな!元気なのはいいが元気すぎる!はっはっはっ、三年生からの選択科目は是非体力訓練に来て欲しいものだ!」
「ユーリくんとかすごく興味津々に聞いてくれるんです、けど、その、興味津々すぎて、逆に、勢いが………。ウェシアくんはユーリくんのところに、勝手に、授業中、行ってしまったりして………。」
悲しい。私の育て方?まだ四日目だよ?魔法だけじゃなく物理にも興味を持ってくれるユーリくんの報告までは良かったけど、あのお騒ぎ衆はどの授業でもああなのかなあ。サレブロ先生にも恐怖を抱かなかったの?恐ろしや………。ウェシアくんはもういいの、ライバルを申し込んでたんだと思うから。
「他の子は、しっかり授業聞けてましたか?授業中の様子が話を聞かないとわからないのが難しいですね……。」
教員控え室B。ここは担任を持っている五人の先生と三年生、四年生、五年生の副担任の先生の三人、合わせて八人がいるわけだけど、気遣わしげな視線を感じるのが辛い。もう10歳の子もいるはずなんだけど、うーーん。それにほとんどが貴族の子供たちなはずなんだけど?あまりに普通すぎると言うか………。これは、四年生からの社交の授業は大丈夫なのかなあ…。まあ先のことばかり考えても仕方ない!
「アセソル・アカデミコはいるだろうか。」
「あ、はいわたしです!……って学校長!!?」
うそ、なになになに!!?やらかした!?やらかした!?あの子達が!?
「一年に手を焼いていると聞いた。私も同意する。そこで、こいつを使え。人手が余った。」
「人手が足りないから俺はこの学校に呼ばれたのでは?」
誰だろう、初めて見る先生だ。新任の先生?と言うか魔法基礎の授業で何があったんですか??
「うっす、教員職にはついてないけど教員してますラッドウィン・エグザミナードです。」
うわあ…………。軽そう………。いや、見た目はそんなことないんだけど、ちゃんとしてないと言うか、しっかりしてなさそうと言うか……。教員職に就いてない?どうして?教員なのに?
「試験が終わってバイトしねえとって思ってたら拾われたと言うか連行されたと言うか誘拐されたと言うか…。」
「物騒な言い方をするな。」
なんで学校長と普通に話してるの。話せてるの。学校長を見てみてよ、魔力見えないよ。…………あれ、ラッドウィンさんも……見えない……?うそでしょ。
「まあそんなわけでこれから一年生の副担任になります、よろしく。」
「よ、よろしくお願いします………。」
いいの?この人が担任じゃなくて?私わたしより強いんですけど?絶対手練れなんですけど?わたしの教員生活の幸福は去年で終わったの…???
「ところで、どうです、あいつら。ガキンチョたちは。」
ガキンチョって……、マシな言い方ないのかなあ。
「どうもこうもありませんよ、本当に問題児です。」
「まあですよね、特にユーリとかユーリとかユーリとかあのアホ三人。」
どうしてユーリくんが三回出てきた。アホ三人って、間違いではないんだけど。
「ユーリくんがどうかしたんですか?」
「いやあいつ試験の時魔力はたくさん込めなくてもいいって言ったのに魔水晶にたくさん込めるもんだから、割ったり。」
割ったり!?割れ、え、あれ割れるの?
「眩しすぎたり。しかも大人用。」
おとっっ………。化け物じゃない?人間?ほんとに?紛れ込んだエルフとかではなく?
「ユーリくんってすごいんですね、比較的まとも枠だったと思ってたんだけどなあ。」
「あれはまともじゃないですよ。魔力だって多い。俺の腰くらいから俺の背の10ヌート上くらいまでは見えるんですけど、」
待って見える範囲広くない?いや、ラッドウィンさん身長いくつ?180ヌートくらいあるよね?学校長は190は絶対あるし……。え、わたし154だよ?高くない?え?わたしが低いだけ?羨ましいんだけど。いやいやいやそうじゃなくて。腰くらいなら一ネータだよね、だいたい。範囲は90ヌートかな。広くない?え?広くない?うん魔力が多いほど見える範囲もまあまあ広くなるのは知ってるよ?知ってるけどさ、わたし60ヌートくらいなんだけど?すごく悲しくなってくるんですけど??やばい心が折れそう。
「ユーリは160のうち……魔力だけだと………。あいつ身長いくつですか?」
「まだ身体測定してません……。明々後日ですね。明日明後日は休養日なので。」
もう半泣き。誰もいなかったら泣きたいくらい。心折れちゃう。わたしのメンタルが細すぎるよ………。…………。そうか、もう週末……。今週末は寝よう。とにかく寝よう。休もう。わたしの胃に休息を。本当に。
「そうですか、じゃまあだいたい130ってことにして、三十センチちょっとくらいですね、魔力。ちなみに学校長はわかりません、見えないんで。」
うそぉぉぉ、見えないの?ラッドウィンさんも?わたしラッドウィンさんの魔力すら見えないのに?え、もう怖い。さすが十魔法公。そういえばそうなんだよなあ、十魔法公なんだよなあ…………。やばいわたし退職しようかな、メンタルが死んじゃう。ううー、負けるなアル!
あっ、もうみんなにアル先生って呼んで貰えば楽なんじゃない?呼びやすいでしょ。いやいや話飛びすぎ!あああ、もう疲れたよぉ。早く帰りたい………。




