全部師匠が悪い
「おい、ガキ名前は。」
「待ってください、今魔力圧縮試してるので。」
お腹のところで布を巻き取るみたいにぐるぐると端っこから丸めていく。だんだんお腹が暖かくなってくるし、ちょっと気持ち悪い。
「一気に取るな。魔力酔いするぞ。」
「は、はひ……。」
って、学校長じゃん!!
「あ、えっと、なんのご用で!」
「なんだコイツ」って聞こえたのは気のせいにしようかな。
「名前は?」
「ユーリです。ユーリ・フレイドール。」
どうして僕に!?やっぱり何かしたのだろうか。どうしよう。顔には出さないように密かに慌てていると、学校長が急に納得したように手を打った。
「お前、お前か!」
「は?」
生憎理解ができない。確かに僕は僕ですけど?
「お前がクソガキか!」
「は???」
何かした?本当にやらかした?クソガキ?そう呼ばれるくらいのことをしてしまった????
「お前だな、ラードリアの弟子は!」
師匠?師匠が何かした?やりかねない。師匠なら十分過ぎるほどあり得る。
「そうですけど。」
「いやあ、そういえば昔ラードリアが人間とパーティを組んだって聞いてなあ。ちょっと調べたんだ。そしたら四人もいるじゃねえか。その中に確かフレイドールってやつがいたんだよ。」
母さんのことか。なるほど。師匠の知り合いだったわけで。なんでクソガキって呼ばれたんですか??
「さあクソガキどう調理してやろうか。」
ええええ?????
「調理するなら師匠にしてください。師匠がちょっとどころじゃなくやばいのは知ってるので僕はよっぽどのことをしない限りは誰にも言いませんよ。」
「……。おまえ、面白いな。おい、今ラードリアはどこにいる?」
知るわけない。あと何か関心を持たれたらしい。やめてください僕を食べないで。
「知りませんよ。まだ巨岩でのほほん生活してるのかもしれないし、また森にこもって研究してるかもしれませんし、ミリシアを探し回ってるかもしれませんし、テグスタさんに迷惑かけてるかもしれませんし、旅にでも出てるかもしれません。」
「選択肢が多すぎるな…。」
そんなこと言われても僕は送り出される側だったから何も知らない。
「ちょっと待て?巨岩でって『刺天の巨岩』でってことか?」
「ええ。僕の修行場です。」
青筋が見えるのは気のせいではないだろう。やっぱり聖霊族の末裔は『刺天の巨岩』が大事なんだ。やっぱり師匠はおかしいんだ。
「あのクソガキ……。ふぅ、まあいい。今更わたしには関係ないことだ。」
この人も何かあったのだろうか。こっちの北部まで出てきて、十魔法公になる為にも、なった後も、王都に頻繁にいかないといけないだろう。人間のことはいいのだろうか。教師だし。
「ところで、ミリシアって誰だ?」
あっ、僕が名前をつけたからミリシアって言っても伝わらないのか。
「せいれ…。」
『ユーリ言っちゃうの?わたしが復活したって、言うの?』
ダメなの?
あの寮での一件以来、ミリシアは僕の前ではかなり素を見せてくれる。とりあえず、怪しむ目で見てくる学校長はさておき、何がいけないのか。
『わたしの気持ち的にはバレたくないな。ここから追い出されたら嫌だし。』
きっとミリシアは西部に帰って敬われるのを危惧しているんだ。なんか、一人気楽な旅の方がミリシアの性格には合っていそうだし、人の前に出るのが嫌なんだろう。なら、それを尊重してあげるだけだ。
「精霊の女の子です。仲良くなったんですけど、僕が出る少し前にどこかへ行ってしまったみたいで。帰ったと思うので、多分もう探してないでしょうね。」
かなりうまく言い訳ができたのではないか。やや口角が上がるのを自覚して慌てて直す。
「なるほど。まあ、いい。どうせわたしたちに寿命の際限はないからな、どこかでまたいつか会えるさ。会えたらどうしてやろうか。」
よっぽどの恨みがあるらしい。師匠らしいといえば師匠らしい。
「因みに、師匠は何をしたんですか?」
「わたしの手柄を総取りした。」
即答だけどしょぼい。なんで返せばいいんだ??
「し、師匠らしいですね……。」
あとは師匠に全責任押し付けよう。僕には関係ない。
学校長が教室から去って、ようやくノアさんやシーアくんが近づいてきてくれた。今日の朝から、シーアくんと僕は友達である。いや、もう昨日からでいいか。
「すごいね、学校長と普通に話せるなんて。僕はドギマギしちゃうかも。」
「そうですか?大丈夫ですよ。悪い人じゃあないですし。人?エルフ?」
「どっちでもいいと思うけど。エルフも人類な訳だから。」
「確かにそうですね。」
友達にくらい、敬語は使わなくてもいいだろうか。同年代の子と話した経験がなくて、つい。これから慣れていけば、いいか。
「それより、校長先生の言ってること、わかった?」
「はい。指南書にも書いてありますし。」
そう言いながら先生が言っていたいろんな言葉に印をつけてある指南書を見せる。これを読めばみんなわかると思うけど、ノアさんは分からなかったのだろうか。
「ノアさんは?」
「さんはいらないわよ。で、それ何?」
え、指南書……。もしかしてみんな持ってない?そういえば誰の机にも出てない。なんのための机?聞くだけじゃ覚えられなくない?
「なんでないんですか?僕は師匠からもらったのに…。」
「昔はあったみたいだけど、最近は紙を作る人も減ってきて、そんな余裕ないんだよ。」
うそっ!僕だけ!?師匠の考え古すぎ!
「そんなこと師匠は言ってなかったです!全く!カーヒャディ オブヒェードス!」
空間収納の中に半ば怒り任せに指南書を放り込み、ため息をつく。師匠常識はずれ!
「ユーリくん、今の何?」
「空間収納ですよ。よく使うでしょう?」
僕が師匠に二年目に教えられた魔法だ。何故浮遊魔法より遅いのかは分からないけど、容量や中身の安全性は魔力量に左右されると言っていた。イメージも難しかったし、難易度に合わせたのだろう。
「それ……、子供には魔力足りなくない?」
「え。」
僕も常識はずれ?………全部全部、師匠のせいだ!!
「へくし!……?」
誰か俺の噂でもしてるのか?ユーリか?「師匠会いたいです」とか言ってんのか?へなちょこな。
今は多分午前十時四十分過ぎ。俺は今王都を歩いている。散歩がてら地理の把握だ。時々怪しい路地に迷い込むが、迷子になれば飛べばいいので問題はない。
「暑いな。」
一体どうして人間共は初夏に学校を始めようとしたのだろう。どうして夏の神アリルヴネーヒと太陽の女神サンデヴィルーティは仲が良いのだろう。どうしてそこに風の女神シュファーニではなく露の女神レティーフベリアを混ぜてしまったのだろう。湿気は汗が出やすくて嫌いだ。
「へいそこのお兄さん!」
「氷鳥焼きはいかがー!冷たいよー!」
いつのまにか市に出ていたらしく賑わっている。初夏にしては暑い今日は、冷たいものの店が多い。その中で冷提灯を一つ買い求め、腰のベルトにつける。そのまま道なりに進んでいき、人の多さにげんなりしたところで脇の路地に入ってさらに歩く。
次に出た大きな通りは役所やギルドのあるギルド区域だったらしく、武装している人が多い。襟の高さで魔法使いとしての格を示すこの国では、マントの上からローブを羽織る俺は初心者にしか見えないのだろう、時々くすくすと笑われるが気にしない。そういう奴こそ弱いものだ。
「そういや、ギルドカードは失効してねえよな?もう十年は前になるが……。」
ふとそう思い、冒険者ギルドへ入っていく。当時はAランクだったから、また上げるのは面倒だ。失効していたらどうしようか。
「ようこそ、冒険者ギルドへ!本日は登録ですか?依頼ですか?報告ですか?」
「確認に来た。もう十年と少し前になるが、このギルドカードはまだ使えるか?」
普段からベルトポーチに入れてはあるギルドカードを取り出し、受付の若い人間の女に手渡す。十年もあれば更新があってもおかしくない。
「只今確認いたしますね。少々お待ちください。」
手近な椅子に腰掛け、することもないのでぼーっと過ごす。通りに魔術師が多く、その会話内容から察するに十魔法公が死んだらしい。好都合ではあるがあまり喜べないな。腰の冷提灯を観察していると、確認が終わったらしく今度は細身の男が近づいてきた。
「奥へご案内します。」
面倒だな。軽く舌打ちだけその場に残し、おとなしくついていく。通されたのは応接室だろう部屋。そこで待っていたのは、目元に薄い皺を作る男だった。
「悪いなぁ兄ちゃん、こんな奥まで呼んで。」
「……構いません。ところで、なんのようですか。」
馴れ馴れしい男だと思った。けど、手練れだとも思う。魔術師だな。
「俺ぁギルド長のリサルトだ。カードは三年前くらいに更新して、五年以上依頼を受けてねえやつは解消しちまった。新しく作るなら、融通してやる。相当強ぇみてえだからな。」
カードを見たか。失効してるなら発行したほうがいいだろう。今の俺は身分証明書のない旅人だ。
「じゃあ頼みます。」
それだけ言うとまた待合室に戻り、再び椅子に近づいたところで呼びがかかった。完成が早い。
「では前回がAランクでしたとのことで、今回は特別にCランクからのスタートになります。定期的に依頼を受けてくださらないとまた失効しますのでご注意ください。」
「ああ。」
そう言ってギルドを後にする。失効しない身分証明書が欲しいものだな。




