魔法基礎
全力で逃げたい。顔を合わせたくない。寧ろ追い出してやりたい。わたしにそう思わせるのは、あのクソガキの弟子だ。クソガキの弟子ならクソガキに決まっている。生徒に対してこのような私怨を向けるのは教師失格だとわかっていながら、どうしても思う。あのエルフだけは許せない。
十魔法公が一人《疾風の魔術師》であり、学校長であり、エルフであり、2500年は生きているこのアソルパリド・ロンヒヴィダ・ロスクレーダン。わたしには嫌いな同種がいる。ラードリア。基本的にミドルネームしか名乗らないアイツの名前を、正直もう忘れてしまった。尤も、最後に会ったのは何百年前だか忘れたが。
その弟子が。その弟子がわたしの学校に入学しているらしい。名前はまだわからない。入学した事実しかわからないこの現状がもどかしい。見つけ出す。あのクソガキに粗を叩きつけてやる。
……いや、弟子に罪はない。だがしかし!アイツは2000年近く先輩のわたしに恥をかかせた。敬意の欠片もない態度。どういう思いで当時わたしは奴隷を助けに向かったか!800年近く前、わたしが助けるために使った魔法よりも派手な魔法を人間に放ってッ!わたしへの関心を全て持って行った癖に助けに来た正義の味方よりも目立ちやがって!!アイツがいると碌なことにならない。なるはずもない……。
「学校長、顔がすごいですよ。」
「なあ、レーモスト。」
校長付きの秘書兼十魔法公としてのわたしの秘書でもある彼は人間だ。人間がエルフを攫った時、わたしは人間を憎まなかった。寧ろその後にも人間と友好関係を築いたほどだ。
「はい、なんでしょう。」
「生徒に私怨を持ち込むのは教師失格だが、それがわたしに恥をかかせたやつの弟子な場合は持ち込んでもいいだろうか。」
「逆にいいと思うんですか?弟子に師匠の失態を押し付けちゃいけませんよ。」
わかっている。わかっているが怒りが収まらん。近々十魔法公の会議があるというのに。このもやもやを会議にまで持ち出すわけには……。
「クソガキめ。いつかねじ伏せてやる。」
「はは、十魔法公に叶うわけないですって。」
それが気休め程度にしかならないことを、コイツは知らないんだろう。一度ラードリアに会えばいい。そしたらわかる。アイツの才能が。エルフとしての才能に加えたアイツ個人の才能の凄さが………。
入学式を含め入学二日目。早くも授業の始まりである。そして、僕は密かに安堵していることがある。
「学校って座学あるんだ!!」
「どうしたのユーリくん。」
師匠の元では座学なんてあってなかったようなもの。本を渡されるだけの座学を座学とは言えない!
「座学のない学校なんてあるの?」
「知りません。師匠は本をくれるだけだったので人の話が聞けるのが嬉しいだけです。」
呆れられた気がするが気のせいだろう。仕方ない、師匠が座学嫌いそうだから。師匠は知らないんだ、好き嫌いはいけないって。人間の文化で生きていないから。
「ほら席につけガキども。魔法基礎の時間だ。」
なんだこの先生。……って思いきや、学・校・長。じろじろ子供の顔を見回してくるが、なんなんだろうか。
「知っての通りわたしは学校長であり十魔法公のアソルパリドだ。一年生には魔法基礎を教えている。」
十魔法公!ハイデニールの頂点にいる魔術師!学校長がそうだったなんて、初めて知った。いや、式辞の時に言っていたか?正直あまり聞いていなくて覚えていない。
「じゃあ早速問題だ。水球はどう出す?」
え?水の球がちゃぽんと手元に現れるイメージで出るけど…。
「少し複雑になるようだが、空気中の水分をかき集めて水球は作られている。つまり無限じゃないんだ。」
なるほど!湿気が多いところの方が水球は出しやすく、乾燥していると出しにくい。けど、それだと砂漠では水球は出せないのでは?
「乾燥地帯では空気中の水分が少ない。そういう時にこそ水は作り出すんだ。」
理解できない。きっと僕だけではないだろう。みんなの頭にも疑問符が浮かんでいるに違いない。
「魔力で水を作り出す。魔力にはその力がある。」
魔力は水を作り出せる。作り出せる?どういう原理だろうか。魔力そのものは明確なものとして定まっていなくて、必要に応じて形を変える?
「こんな感じで魔力を練る。水球の形に魔力を練って、それをイメージで水に変える。もちろん起句を使ってもらった方が正確だ。」
つまりは水が集まるイメージではなく魔力を水に変えるイメージにしたら乾燥していても水球が使えるぞ、というだけだろう。参考にはなるが、簡単に言って仕舞えばいいのでは…。いや、考えさせるために敢えてかもしれない。
「火球や風球も同じことだ。」
魔法の発動の仕方が言いたいわけではないだろう。一体何が言いたい?
「今日の授業は魔力の性質。水球に例えながら話した今のは、『魔力は形を変える』こと。これを《練変》と言う。」
魔法の行使者のイメージに沿って魔力は変化し魔法となりなんらかの事象を起こす。知識として知っていたし、浮遊魔法の時に知らず知らず実践していたけど、きちんとした名称があったのか。これは、試験に出るだろうか。一応メモしてお……指南書に書いてある!ぐるぐるにしておこう。
「次に、手に魔力を溜めろ。」
………!手が光った!みんな手の色がそれぞれ違う。
「その光の色がお前らの魔力の色だ。属性とはまた違う。」
これが、僕の色…。やや青色に近いパステルパープル。髪色と目の色を混ぜただけみたいだけど、僕の目はもっと濃い紅だからきっと違うだろう。
「これが二つ目。お前らくらいの年頃は魔力を集中させることで『魔力には色がある』ことがわかる。これを《集色》と言う。似たような色はあるが、世界中にいる他の誰ともその色は被らない。お前だけの色だ。」
すごい!僕だけの色。他の誰にもない…。
あれ?僕たちくらいの年頃はって言ったよね。なら先生は?
「先生!」
「なんだ。」
おお、即答。勢いよく手を振り上げ切る前に答えられてしまった。
「僕たちくらいの年頃はってことは、先生はどうなんですか?」
面食らったようにやや目を開いて上体を反らせると一瞬顔が歪む。まるでみたくないものを見たみたいに。僕とは初対面なはずだけど、何かしてしまっただろうか?けれど、すぐに戻った。
「鋭いな。お前らが卒業する頃になればわかることだが、大人は《魔力感知》と言うものを持っている。これは魔法ではない。この魔力感知では相手の魔力が見えるんだ。だから、わたしはお前らが何色の魔力をしているか、魔力量はどれくらいか、一眼見さえすればわかる。まあ、お前らは特級に入れるくらいある程度の魔力があるからな。自分から離れすぎた魔力は見えん。」
なるほど!そういえば入学の実技試験の時、水晶に魔力は思い切り込めなくていいってラッドウィンさんに言われた。魔力量は見てわかったからだったのか。そして見えなかった人は合格にはならなかった…ってこと?
相変わらず顔を歪ませては思い直したような顔をして普通の顔に戻っては、また顔が歪むを繰り返す学校長は僕と目を合わせようとしない。どうして?本当に何かしてしまっただろうか。
「今出てきたのが練変と集色。次は簡単《魔力操作》だ。やったことあるだろ?たくさん。」
さすが魔法基礎。基礎中の基礎がやっと登場だ。
「さっきみたいな言い方をすれば、『魔力を動かす』ことを魔力操作という。集色の為にやった『手に魔力を集める』も魔力操作だな。」
へえ、魔力操作…。魔力を動かす時にちょっと感覚がするのが面白い。右手から左手に動かす時は血が流れるみたいな感覚が僅かにするし、一箇所に集める時は他のところから何かが移動する感覚がある。
「因みに、魔力感知に反応させない為には体の内側に魔力を込めるんだ。魔力が大きくて体に収まりきってないようなお前らはそうするだけでだいぶ一般人に見えるだろう。因みにこの『魔力を内側に込める』または『貯める』ことを《魔力圧縮》と言う。覚えておけよ。」
え、僕たちって魔力が収まってないの!?しれっと一般人には見えないって言ったし!あ、いや。つまり、「特級魔法学校の生徒だなぐへへへへ」みたいな悪いやつに狙われなくなるってこと?魔法で撃退しちゃダメなのかな。人に向けて魔法は使っちゃいけないとか?正当防衛ならいいのだろうか……。
「どれ、時間だな。……今日の授業はここまでだ。次回、教えたことをまた聞くからな。」
「「はーい。」」
びっくりだ。魔力が収まってないなんて。魔力を、体の、内側に……。
「おい、ガキ名前は。」
色は設定集へ




