1-21 第三の眼
どういうことだ。
左胸は貫いた。
心臓がない?いや、そもそも………
「弱点がないのか?……………それなら」
祐はその場にしゃがみ、手を地につける。
風で飛び上がるための準備だ。
そして、霊獣も動く。
相変わらずの突進。
理性がないというのも納得だが、それでも驚異的なスピード。
しかし、
「俺の方が速え」
拡散させた風を地面に向かって放出し、その勢いで飛び上がる。
三法印での身体強化と合わせて、その速度は霊獣を優に越える。
おそらく、霊獣も目で捉える事はできなかったはずだ。
目にも留まらぬ速さでそのまま体の軸を変えて天井に着地。
それと同時に両手に風を纏わせる。
「弱点がないなら、動けなくなるまで細切れにしてやる」
霊獣は、こちらの位置を見失っている。
完全に無防備だ。
祐は両手に纏わせた風を、今度は手刀のように振るった。
そこから放出された風は、斬撃波のように弧形に撃ち出され、霊獣の両肩に直撃する。
その斬撃は、スパッと、霊獣の腕を容易く斬り落とす。
斬られた腕は綺麗な断面を見せ、その場に落ちる。
その一瞬の出来事に、霊獣は何が起こっているか分からないようだった。
切り落とされた腕を見つめてグルルルと低い声を上げる。
だが、あいつが俺を見失っているのも時間の問題だ。
位置を捕捉される前に祐は天井を蹴り上げて壁に着地しつつ再度両手に風を纏い、今度は両足を切り落とす。
四肢を失い、自重を支えられなくなった霊獣は背中からその場に崩れ落ちる。
もう身動き取れる状態ではないだろうが、祐は止まらない。
床へ。壁へ。天井へ。
風に乗せた勢いで着地し、重力で落ちる前にまた次へと飛び移る。
無論、その間攻撃の手は緩めない。
風を纏っては放ち、纏っては放ちを繰り返し、各関節から指の一本一本まで、体の全てが機能しなくなるよう、全身を切り刻んでいく。
角度的に見えない位置でも、先ほど展開させた第三の眼が、どこを斬るべきか教えてくれる。
攻撃すべきポイントを一瞬で見極め、風の刃を振り下ろす。
かつて、水無月の訓練で嫌というほど身に覚えさせた高速移動と、斬撃波。その他様々な風の応用。
その恐ろしく研ぎ澄まされた所業は、霊獣に抵抗どころか、状況の理解さえ許さない。
霊獣から見れば、敵の姿が見えないまま、体が見えない刃に刻まれていくような状況だ。
防衛本能など、働かせる余裕もないだろう。
そんな最中、祐の目まぐるしく動く視界の隅に2人の少女が映りこむ。
彼女達は、息を呑むようにしてこちらを凝視していた。
「な………何、あの動き………結束様、あの人は………」
明音はそう言って、隣にいる結束を見る。
彼女は霊力下限界欠乏が多少は治ったらしく、ちょこんと内股で座り込んでいた。
だが、彼女は明音の声が聞こえていないかのように胸に手を当てたまま、祐が戦っている目の前の光景に目を見張らせている。
「……………すごい」
なんてことを呟く。
祐はその2人を流し目で捉え、顔をしかめて舌打ちをする。
「…………クソが。あいつら、どんだけ人の話聞かねえんだよ」
あれだけ見るなと言ったのに。
ここまで戦闘を見られてしまえば、能力もあらかたバレているだろう。それどころか、後で霊力の残滓を調べられれば能力の詳細も全て解明されてしまう。
「………………」
やはり、助けるべきではなかった。
仮に霊獣を倒して生きて帰れたとしても、邦霊の人間に能力がバレれば弱点を研究され、いつでも殺せるよう、対策できる兵隊が用意される。
そうなれば祐の霊術士としての道は絶たれたも同然だ。
邦霊には一生逆らえなくなる。
それこそ、邦霊に『殺す』と脅されれば捨て駒として軍に加入させられるだろう。
「………ああ、くそ」
だが、もう遅い。
もう戻れない。
今はとりあえず、霊獣を殺さなければならない。
といっても、既にこいつの体はバラバラだ。
霊獣の体がどういう仕組みで動いているのかは知らないが、人間と同じ様に神経で動いているのならここから再生することはない。
霊脈で繋がっていたとしても、胴体から切り離された部位は動かすことができない。
断面をくっつけない限り、再生することはないはずだ。
「………こんなもんだろ」
祐は一旦攻撃の手を止め、床に着地する。
霊獣を30以上の部位に切り刻んだ。
このままこいつが動かなければ、恭也が来るまで待って、部位の一部を持ち帰って任務達成だ。
…………………。
…………………。
霊獣は、ピクリとも動かない。
さすがに死んだか。
「…………倒したの?」
また、背後から声。
祐は呆れたように返事をする。
「………多分な」
「………すごい。私が手も足も出なかった相手に、こんな………」
「お前マジで黙れよ。あんだけ言ったのに、結局俺の能力ジロジロ見やがって。後で必ず清算させてもらうからな」
「あ………えと、それは………ごめんなさい。その……目が、離せなかったというか……」
「……………」
それ以前に、能力使う前から目を逸らす気すらなかっただろ。
と言いたいところだが、これ以上会話を伸ばしても無駄な時間が流れるだけだ。
今は、やるべきことを淡々とこなす。
祐は結束を無視し、バラバラに散らばった霊獣を見渡した。
「……………よし。んじゃ、どれ持ってこうかな。多分首がいんだろうけど、気持ち悪りーし恭也に…………………ん?」
………………。
………………?
…………気のせいか。
今一瞬、霊獣が動いたような。
…………………………。
…………………いや、これは、
「…………、うっわ……」
気のせいでは、なかった。
先程と同じように、霊獣の体が部位毎にギュルギュルと音を立てて形を変えていく。
………だが。
「…………なんだ」
何かが、おかしい。
何やらヌメヌメとスライムのように気持ち悪い動きをしているが、元の体に戻っていくようには見えない。
再生していくような動きには、見えない。
そう、どちらかと言うと何かの形を為そうとする動きで…………
「……結束様………これ……」
「…………まさか」
明音と結束は、何かを察したようだった。
そして、その予感はおそらく当たっている。
これは…………
「…………まじで言ってんの」
やがて気味の悪い音と共に、霊獣の動きが止まる。
そして………その光景は、まさに地獄だった。
「約30部位。………………30体か」
バラバラにした部位が、それぞれ霊獣の形へと姿を変えたのだ。
「…………分裂した……!?」
明音が目を見開いて言う。
祐は、こちらを睨む霊獣達を一瞥し、眉をひそめた。
分裂した部位の一つ一つが、霊獣の形を成す。
こんな複雑な動きが霊獣の標準機能とは到底思えない。
…………………。
恭也の情報は正しかった。
………おそらく、これが
「………お前の、能力か」
全員が敵意を持ってこちらを見ている。
つまり、一つの精神で分裂した体を操作する、心体共有型分離能力だ。
もちろん、その一体毎の大きさはそれぞれの体部位の大きさと同じ程度まで小さくはなっているが、もし全員の身体能力がさっきまで戦ってた本体と同じだとしたら。
「…………まずい」
霊獣達が、祐にジリジリと距離を詰める。
これだけの数が一気に襲いかかってきたら………
「あー、もうくっっっそだるいっ!」
祐はそう言って飛び上がった。
近づかれる前に。
襲われる前に、距離を取るべきだ。
祐はさっきと同じように天井に着地し、次へと飛び移ろうとするが、今はまるで状況が違う。
何十体もの霊獣の群れ。
そのうちの何匹かがこちらを見て、動く。
「やっべ!」
霊獣はグッと軽く踏ん張り、ものすごい勢いで跳躍する。
今までの霊獣の身体機能に加え、軽くなったことで更に速くなった体で、祐に襲いかかってくる。
「くっそ!」
祐はそれらを躱しつつ両手に風を纏う。
だが、これ以上こいつの体を切っても無駄だ。
むしろ敵が増えて厄介になるだけ。
もう斬撃波は使えない。
なら、
「とりあえず、こっち来んな!」
壁に向けて着地しようと飛び上がりつつ、最初と同じように拡散した風を放出し、何匹かの霊獣を吹き飛ばす。
空中で無理矢理放ったので出力は落ちるが、敵が軽くなった分、その効果は十分に保たれている。
風を真正面から受けた霊獣達ははたき落とされるように床に叩きつけられる。
一旦凌ぐことはできたが、状況は変わらない。
むしろ、さっきよりも悪い。
意識を共有しているであろう他の霊獣達が、今の数秒の攻防で、こちらに気付き始める。
一匹に見つかれば、精神を共有している全員が祐の場所を把握する。
そして、霊獣達は祐を視認した順に次々と跳躍し、襲いかかってくる。
「ちいっ!」
まずい。
さっきと違い数が多過ぎる。
ざっと見ただけでも20体。この数を拡散する風で吹き飛ばすのは無理だ。
いや、そもそも位置を捕捉された時点で何度こいつらを飛ばそうと一時凌ぎになるだけ。
祐は瞬時に頭を回す。
どうする。
斬撃波では敵が分裂してしまう。
それに加え拡散する風も使えないとなれば、
「貫く!」
先程霊獣の体に大穴を空けた、風の刺突攻撃だ。
あの時はすぐに再生されたが、霊獣の体が小さくなった今なら有効打になる可能性は高い。
祐は壁を蹴り上げる。
次々と襲いかかる霊獣を掻い潜り、床に着地しようとする。
だが行く先を読まれていたのか、祐が着地するであろう場所に、最初に祐が吹き飛ばした霊獣達が蹄を立てて待ち構えていた。
しかし、祐はそれを見て笑う。
「バカが。狙いは最初からてめえらだ」
待ち構えようとする霊獣の動きは第三の眼で見えていた。
祐はまず、左手に纏わせた風を斜め下へ向けて噴射した。
その反動で祐の体は宙に浮きつつ、回転する。
そして、
「死ね」
回転する体に勢いを乗せ、霊獣へ向けて右腕を振るった。
そこから砂塵のように繰り出された風は霊獣を頭から貫き、体が跡形もなく霧散する。
「よし」
やはり体が小さいだけあって、効果は絶大だ。
あれだけ体が散り散りになれば、もう再生することはないだろう。
だが、倒したのは一体だけだ。
地上には他の霊獣が残っている。
祐は再度風を纏い、一体ずつ、確実に霊獣達の体を貫いていく。
やがて体の回転が止まり、祐は攻撃の手を止める。
今ので7、8体ほど殺ったか。
祐は、地上に敵がいないのを確認して着地する。
そして上を見上げると、さっき空中で祐を襲ってきた霊獣が軌道を変えてこちらに向かってくる。
「はは、忙しないな」
祐は余裕の表情を浮かべた。
今、自分は地上にいる。
さっきは空中だったので無理矢理体を回転させて勢いを作ったが、今ならその場で腕を振るえば刺突攻撃が使える。
さらに、さっきは回転しながらだったので回転方向の関係で右手しか使えなかったが、今は両手だ。
「ばっちこいや」
敵は空中にいる。ここから軌道が変わることはない。
何とも当てやすい的だ。
祐は右、左と交互に腕を振るい、次々と霊獣の束を突き崩していく。
数が多いので、何度も腕を振るわなければならない。
余りの酷使に腕がズキズキと痛むが、着実に敵の数は減っていっている。
「ああ〜〜っ!!クッソきついけど……いける!このままこいつらを……」
……………………。
……………………?
……………………。
…………なんだ?
第三の眼が、背後で何か不可解な動きを捉えた。
だが、今は攻撃に集中しているせいで、目の前の霊獣達から目が離せない。
後ろを、確認することができない。
……………なんだ。
なんだ。
何が起きている。
確か、背後には結束と明音がいたはずだ。
だが、風が捉えているのはどう考えても人間の動きでは……………
「祐!危ないっ!!」
「っ!?」
突然聞こえた結束の言葉で、祐は反射的に攻撃を止め、振り返った。




