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1-19 衝動

「…………準備は、できた。後は……霊能力を使う時が来るまで、頑張るだけ」


結束は、霊獣を目の前にして、体に緊張を走らせる。

おそらくこれが自分の霊力量的に、最後の攻防になる。

ここでこいつを殺しきれなかったら………私達は死ぬ。


「………………」


今準備した霊能力はあくまでも最後の手段だ。

本当にどうしようも無い状況になるまでは温存しておく。

それまでは、さっき阻止された一点狙い作戦を続行する。

だが、


「………霊力、持つかな」


すでに霊能力の準備だけで、残り霊力ギリギリまで消費してしまっている。これ以上は『代償』付きだ。


だが、すでに逃げの選択肢は失われてしまっている。


「やるしかない………か!」


その言葉を合図に、双方の冷戦状態は解かれる。

先に動いたのは、やはり結束だった。

先ほどと同じ連掣符の結界を生成し、即座に起動させ、今度は腕のみを狙って鎖を伸ばす。


ガウウアアァ!


霊獣は学習したのか、鎖が発射される前に反応し腕を守ろうと構えるが、連掣符は拘束のために出したわけではない。


一瞬。

ほんの一瞬霊獣の気を鎖に逸らせればいい。


霊獣は飛んできた鎖を払いのけるが、その瞬間、鎖の先端に挟まっていた霊符が眩く光り、爆発する。


昨日結束が長月侑を圧倒した時に使っていた霊符、『怨衝符』。

自身以外の霊力を感知して起爆するトラップ型の霊符だ。


予想だにしない攻撃にグガッ、と霊獣は軽く仰け反り、左腕で爆風を払う。

たった1枚の怨衝符では大したダメージは与えられないが、そんなことはどうでもいい。

その邪魔な左腕を一瞬だけ使用不能にできれば。


もう既に剛弾結界の準備はできている。


「これで、終わりっ!」


無防備になった霊獣の左胸を膨大な弾数が突き刺す。

視界を覆い尽くすほどの光が霊獣に襲いかかる。


…………が、


「…………うそ!?」


結界の光が消え、霊獣の姿があらわになる。

一点集中の攻撃を受けてさえ、霊獣の体は無傷だった。


これにはさすがの結束も目を丸くする。

あれだけの攻撃を一点に受けてもなお、無傷なのだ。


ここまできたらもう、体が硬いとかいうレベルではない。


「こいつ、まさか…………」


結束は一つの可能性を思い浮かべる。


だが、霊獣は考える時間を与えてはくれない。

結束の攻撃が終わるや否や、霊獣は上から叩きつけるように腕を振るってきた。

やはり単調的、だが脅威を持った攻撃だ。


「もう、ここまでか…………」


だが、結束は霊獣の攻撃を避けるどころか霊符を出す素振りすら見せない。

ただその場に立ったまま、霊獣が振りかざす腕に合わせて、両手を前に出して広げる。


「……………は?」


祐はその結束の異様な光景を凝視する。


何をしている?

勝負を諦めたか。いや、そうには見えない。


………まさか、このタイミングで…………




その瞬間、振り下ろされた霊獣の腕が何か見えないものに阻まれるようにズン、と止まる。


そして、


「吹きっっ飛べえぇ!」


結束がそう叫ぶと、結束と霊獣の間の空間が両者を遮るようにぐにゃっと歪み、一点に圧縮されていく。

そして次の瞬間、収束した空間が一気に弾け、その衝撃で霊獣の体が超速で吹き飛ばされた。


霊獣はゴガアァッ!とえづき声をあげながら斜め上に吹き飛ばされ、ドドドドドッ!と天井や壁を突き崩していく。


……………………。


やがて霊獣の姿が見えなくなり、祐は病室にどでかく空いた穴をじっと見つめ唖然とする。

奥行きを見るにおそらく西棟まで、もしかしたらその端まで吹き飛んでいるだろう。


「………えげつねえな、おい」


これが、彼女の霊能力。

あの霊獣の巨体を3〜400mある病院の端までぶっ飛ばしやがった。

能力発動前の現象を見るに空間操作系の能力だろうか。


だが、威力こそとんでもないが、あれほどの霊力を消費した彼女は……


「結束様、大丈夫ですか!!」


祐が天井から結束に目を向ける前に明音の声が耳に届く。

彼女は、能力を使ってその場に倒れた結束の元へ駆け寄っていた。

結束は身体中の力が抜けてぐったりと床に身を任せ、血を抜かれたように顔が青白くなっていた。


霊力がない状態で無理矢理霊力を作り出した時に発生する副作用。

霊術界では『霊力下限界欠乏(エーテルダウン)』と呼ばれる現象だ。


人間は霊力がない状態で無理矢理霊術を行使しようとすると周囲の結界や霊符の残滓から霊力をかき集めるのだが、これには多大な体力を要する。

かき集める霊力が大きいほど疲労は蓄積していき、最悪命に関わることもある。


彼女の場合、命に別状があるほどの霊力消費ではないと思うが、それでもしばらくは起き上がることができないだろう。


結束は疲れ切った顔で首を動かし、明音を見て言う。


「はは………ちょっと、頑張りすぎたかも。霊力は下回ってると思ってたけど、まさかこんな動けなくなるなんてね」


心配した顔でこちらを覗く明音に結束は必死で笑顔を作ろうとするが、表情筋すらまともに動かず、不器用な苦笑いを晒してしまう。


明音はそんな結束を見て、また泣きそうな顔になる。


「もう……本当、頑張りすぎですよ……!」

「そんな顔しないで。これで時間は十分に稼げた。今なら霊力を使い切ってるから、応援を呼べばすぐに駆けつけてくれるはず」


後は、緊急連絡用の霊符で如月の本家に応援を要請する。


そもそも霊獣が想定外の強さだと分かった時点で応援を呼ぶべきだったのだが、それは如月のルール上できないのだ。

応援の要請に使う通話用の霊符では、口頭でしかこちらの様子を伝えられないので、応援要請が本物なのかを確認しづらい。

本家側からすれば通話相手が何者かに人質を取られていて応援を呼ばせ、本家の軍を(おび)き寄せる旨の通話を強要されているという可能性もある。


そのことを考慮して如月家では、応援を呼ぶほどの危機なら霊力を失っているだろうという意味も込めて、『応援要請が送られてきた座標を探知し、霊力下限界欠乏(エーテルダウン)を起こした身内がいないと応援に行けない』という条件があるのだ。

この条件を満たさなければ、例え虚偽の要請でなかったとしても軍は派遣されず、見殺しにされる。


もちろんその条件を満たした上で応援要請を利用されたら意味がないので、このことは如月内の家内秘となっている。


何がともあれ、結束は今その条件を全て満たした。

応援を呼ぶための時間稼ぎ。それに伴う霊力の消費。


後は、明音の仕事だ。


「やーっと私が役に立つ時が来ました!今、応援を呼びま………」


……………その時。


ドガアアアァン!と、明音の背後で轟然とした衝撃音が鳴り響き、何かが着弾したかような地響きが2人の身を振盪(しんとう)させる。


結束は砂埃の奥にゆらりと見えるその姿に目が吸い寄せられた。


「……………え」


砂埃が収まり、結束はその光景を見て恐怖に顔を歪ませる。

それは、今まで戦ってきた中でいつもどこか余裕を持っていた結束が、初めて見せた絶望の表情だった。


ついさっき吹き飛ばしたはずの霊獣が、悠揚とした面様で佇んでいたのだ。


明音も結束に遅れて背後を振り向く。


「うそ………でしょ。もう戻ってきたの……こんな……一瞬で………」


霊獣は、ズン、ズンと猛然と足音を立て、一歩ずつ2人の元へ近づいていく。


「……そん……な………」


結束は自然と開いた口でそう呟く。



…………ズン……ズン



本当に……最後の手段だったのに。

霊能力にあれだけの霊力を注いだのに………時間稼ぎすら、叶わなかった。



「っ…………まだっ……!」



まだ……終わっていない。



…………ズン………ズン



霊符はまだ残っている。

戦う(すべ)は残っている。

生きている限り、抵抗し続ける限り、まだ、勝機が………


「私は……私はっ!こんなところで負けるわけには……」



ズン!


と、その一歩で霊獣は歩みを止め、歩幅一歩分まで近づいた結束を蔑むように見下ろした。

ぎょろぎょろと視点の定まらない虹色の鈍い瞳が、こちらを見つめる。




そして………その瞳と目が合った瞬間、分かってしまった。



「………………あ」




……………私、死ぬんだ。


死ぬ。


死ぬ。


死ぬ。



勝てない。


私じゃ、こいつには勝てない。


もう、なす術はない。



私は、今ここで死ぬ。



「……………………」



急に体が震えだす。


今は霊力が切れて体が動かないが、きっとそうでなくとも、恐怖で体が引き()ってしまっている。



「……………………」





いやだ。




怖い。




死にたくない。



死にたくない。



ああ…………………………、ああ。



私は、現実から逃げるように、ゆっくりと目を閉じる。



「…………………………あ、はは」



………………私、死ぬんだ。



……………………




………………短かったな。




今まで、それこそ死ぬほどの努力を重ねてきたつもりだったのに。

…………こんなに、あっさり終わるんだ。


こんなところで死ぬんなら………私、今まで何のために頑張ってきたんだろ………



「…………………」



もっと、素直に生きたかった。



毎日毎日、如月家の人間として権威者を演じ続けるのは、あまりにも窮屈だった。


言葉遣いだったり、表情だったり。


演じ続けてきたその姿はいつしか私の中の一面となり、精悍(せいかん)双眸(そうぼう)と物言いが板についてしまっていた。


……………どこか、哀しかった。

私がどれだけ心からの言葉を述べようとしても、口から出る言葉は全て「如月の子女」というフィルターに濁されて、自分の会話がまるで人の会話を傍観しているかのようで。

笑顔の仮面を被ることはできても、心の底から今が楽しいなんて、どうしても思えなくて。


素直な自分をさらけ出せる明音ですら、()()()が邪魔をして、私に気を使ってしまう。

………きっと、もっと普通に話したり笑ったりすることが出来れば、友達もできて毎日楽しく生きれたのかな。


もしかしたら……………今日出会ったあの夏越の人にも、もっと優しくできたかも知れない。

彼は、ずっと苦しんでいた。

苦しんでいるのに、苦しんでいないふりをしていた。


でも邦霊の人間として、私は彼を突き放す形でしか救うことはできなかった。

…………救えることができたかどうかすらも、分からないけど。


結局、私も初空家の人と同じ、権力に逆らえない人間だ。



………………………




………………ああ。でも、そんな事すら、もうどうでもいいんだ。



………………死ぬんだ、私。




………………死にたくないな…………。







「結束様………すみません。結局私、何の役にも立てませんでした」



明音は動けない私の頭を抱えてそう言った。



「……………明音」



彼女は、笑っていた。


私に触れている手が、震えている。

頬を大粒の涙で濡らしている。

それでも彼女は、感情を押し殺すように笑っていた。


それはきっと、私を不安にさせないため。

従者として、私の死への恐怖を少しでも緩和させるため。


自分も死ぬというのに、私の為に、彼女は今笑っている。



「……………っ」



私はその顔を見て、唇を引き結ぶ。






…………あまりにも、情けなかった。






死ぬ間際になって私は自分のことしか考えられなかったというのに、彼女は私を心配してくれている。



彼女は、私のために笑ってくれている。

なら、私も笑うべきだ。



これ以上、明音に。従者に…………友達に、私のことで心に負担を負わせたくない。


だから、私は笑顔で言った。


「ごめん…………ごめんね、明音。私…………あなたに何も返せていないのに」


頑張って笑おうとしてみたけど……………彼女に、伝わっているだろうか。

声は震えていないだろうか。

恐怖を隠しきれているだろうか。

私は……………いつものように皆に愛想と威厳を振り()く、如月家の子女になれているのかな。

……そんなことを考えてしまう。


……………………でも。


…………きっと、だめだろう。

だって、明音は今も、悲しそうに笑っている。


「そんな……そんな事ないです!私は…………結束様の側に仕えさせていただくだけで、十分誇りに感じています。今だって………結束様と共に来世へ行けるのなら……それだけで、本望です」


やはり彼女は、必死に口角を上げて私を見る。


だが、その言葉は嘘だ。


私のせいでこんなことに巻き込まれて、こんなところで死んで、本望なはずがない。

やっぱり、私を傷つけないための言葉。

私を安心させるための言葉だ。



………でも、それに気付いちゃいけなかった。

彼女の嘘を、悟ってはいけなかった。

彼女の言葉が慰めだと分かってしまえば、残るのは死への恐怖だけだ。



「…………ありがとう、明音。私も、あなたが従者でよかった。頼りない主人だった私にそんな言葉をかけてくれるのは………きっと、あなただけだから」

「そ、そんなことありません!あ……私は………」

「…………………………………………ああ、でも」

「…………結束、様?」





やっぱり………駄目だ。





私は、明音のようにはなれない。



死ぬ間際に、明音の様な優しい嘘はつけない。




死という言葉が。恐怖が。現実が。

どこまでも自分を突き動かして、()()()()を口にしてしまう。




「………わたし…………………わたしね…………








 ◆









「………………くそっ!」


祐は、霊獣を目の前にしてお互いに見つめ合う、2人の少女を見ていた。





今ここで出て行っても、何の意味もない。


彼女らを助けるために霊獣と戦えば、祐がここにいることも、自分の霊能力も全てがバレてしまう。


それどころか、負ければ自分も死ぬ可能性があるのだ。





……………それに。



(…………恐怖を繰り返すな)


「……………ああ」



(…………ここで出れば、もう戻れない)


「……………ああ、分かっている」



(…………彼女を助ければ、これから先、お前はまた恐怖に苦しむ事に……)


「分かってる!分かってんだよ!!……………っ」



ここで彼女らが霊獣に殺されれば、それは俺が見殺しにしたのと同じではないのか。

俺が出て行かなかったせいで彼女らが死んだということに………



(それは言い訳だ。彼女を救いたいがための、言い訳)


「………………違う」



(………いい加減、決断しろ。覚悟を持て。彼女すら切り捨てられないのなら……お前はもうこれから先、夏越として生きていけない)



「…………俺は……………俺はっ!」



























……………………それは、偶然。

本当に偶然だった。



強い夜風の風切り音。

その風でガタガタと動く、立て付けの悪い窓の音。

小さい瓦礫が転がる音。

霊獣の重さでミシミシと音を立てる病室の床や柱。


その、ありとあらゆる騒音の断続が一瞬、ほんの一瞬だけ全て止み、まるで世界が止まったかのような時間が、数秒だけ生まれる。




そして、同時に呟いた彼女の言葉がその刹那の静寂を一閃し、初めて祐の耳に届いた。










………やっぱり………………………もうちょっとだけ、生きていたかったな…………っ」








あまりにもか細くて、震えた声。


涙で顔をくしゃくしゃにした彼女が、悲しい笑顔でそう言った。





「……………っ!!」



そして、たったそれだけの言葉に、祐はいとも簡単に目を見開いてしまう。




(早まるな。彼女を助けたところで、お前には何も……)


「ああああああああああっ!!クッソがああああああっ!!」



祐は、なぜか病室に向かって走り出した。

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