1-18 死闘
「一気に終わらせる!」
結束は何十枚もの霊符を両手に広げ、無作為にばら撒く。
その全てに一瞬で霊力を込め、解符の光だけで病室中が紫色に眩く照らされる。
瞬間、無作為に散らばったはずの霊符がいつの間にか輝線で繋がり、星模様の頂点に位置していた。
瞬時に生成された無数の結界が霊獣の周りを囲う。
「消えなさい」
ドドドドドッ!、と剛弾符の結界が霊獣を襲う。
その彼女の一連の流れはあまりにも速く、鮮やかだった。
何気に結束が本気で戦うのを見るのは初めてかもしれない。
試験の時は祐を試したかったのか、ずっと受けにまわっていたため彼女の本気を見ることはできなかった。
というより、ただ祐が実力的に彼女の能力を引き出すことができなかった。
だが、彼女が最初から全開で戦うとこんなにも恐ろしいことになるとは。
気づいた時には結界に囲まれていて反応した時にはもう被弾しているなんて、やられる身からすれば想像すらしたくもない。
「………あんなのに勝とうとしてたのか俺は」
おそらく、霊獣も反応することはできなかっただろう。
そもそも霊獣に攻撃を認知する知能があるのかは知らんが。
「さすがです!結束様!」
明音が後ろから歓喜の声を上げる。
だが、結束は油断しない。
凄まじい結界の連続攻撃。
その猛攻が終わり結界が消えると、何事もなかったかのように霊獣はベロリと長い舌を遊ばせ、だらんと肩を落としたまま立っていた。
「そ………そんな、無傷なんて……」
「……うわあ。自信無くしちゃうなあ」
祐の小陣結界を易々と撃ち破った結束の剛弾結界をあれだけ受けても傷一つ見られない。
想像以上の硬さだ。
そして霊獣はそのまま、さっき明音を狙った時のように手と腕を薙ぎ払うように振るう。
やはり、ひどく速い。
だが一度見た攻撃だ。
結束は焦りもせずに霊獣の攻撃を飛んで避け、その勢いで壁に一瞬着地し、あらかじめ準備していた次の霊符を起動させる。
「硬いなら一点狙いか。でも、その前に………」
結束は勢いを失って落ちる前に壁を蹴り上げ、宙に浮かびながら、またもやどこからか霊符を大量に取り出してばら撒いた。
だがさっきの剛弾符とは違い、拘束用の霊符だ。
「ちょっと大人しくしてて」
連掣符。霊力の鎖で対象を拘束し、拘束した瞬間重量が増加して錘になる霊符。
主に拷問用に使われるが還相符と組み合わせてコントロールすることで戦闘中でも動く敵を捕らえることは可能だ。
操作しやすい分、打ち出す速度は剛弾符に比べると全然遅いので人間相手に使うのは中々難しいが、霊獣相手ならうってつけの霊符だろう。
普通は戦闘を構えるのに連掣符をこんな大量に用意しておくことはないと思うが、霊獣という未知の存在にそれなりの準備をしてきていることが分かる。
霊獣は危機を察したのか、結界に囲まれた空間から逃げ出そうと飛び上がり、グガアアア!と叫び声を上げながら結束に襲いかかる。
だが、
「もう遅いって」
結束は不敵に笑い、各々の結界の中心から鎖が飛び出す。
それぞれの鎖が首や腕、腹部、腰、足と、身体中のあらゆる部位に絡みつき、襲いかかってくる腕も結束の目の前で止まる。
鎖に抵抗しようと霊獣は腕を突き出そうとするが、幾重にも巻きついた鎖は抵抗どころか一寸も動くことさえ許さない。
「ふう、本当ならこのまま捕獲して連れて行くのがいいんだろうけど、ちょっと大きすぎるなあ。運搬中に街に解放させちゃまずいし、ここは体の一部だけ回収して……」
………が。
瞬間、霊獣が突き出していた手から生える7本の指がぐにゃっと曲がり、蹄が突き刺すように結束に向けて高速で伸びた。
その予想外の攻撃に結束は、
「そんなこともできるの」
余裕の表情で身を翻し、攻撃を躱す。
それと同時に鎖にリンクさせた還相符に霊力を込め、絡んでいる鎖の一部を各指の部分まで伸ばし、指をも拘束する。
これで完全に霊獣は動けない状態となった。
「さて、とりあえず体の部位を回収する前にちゃんと討伐しないと」
結束は剛弾符をさっきと同じくらいの枚数取り出し、今度はばら撒かずに全て目の前で丁寧に展開させる。
「急所ってどこだろ。とりあえず心臓ありそうなところに撃てばいいかな?」
結束は展開した全ての結界の照準を左胸に定める。
霊獣は懲りずに危機を察して抵抗しようとするが、やはりジャリジャリと鎖の擦れ合う音が響くだけで、動くことができない。
「何をやっても無駄。あなた、力があるように見せかけて、重い体に勢いを乗せてるだけで……」
だが、結束は言葉を止め、目を見開く。
拘束していた霊獣の体。その突き出していた拳に巻き付いた鎖がビキッと音を立て、亀裂が走ったのだ。
「えっ?嘘で………」
瞬間、咆哮と共に霊獣は鎖を破り、そのままのしかかるように接近してくる。
「っ!?」
「結束様!」
背後から心配と恐怖が混ざったような明音の声が聞こえる。
まずい。
このままでは潰される。
結束は咄嗟に後ろに飛び退き、追撃に備えて小陣結界を3つ生成する。
霊獣は避けられたと見るや、すぐさま腕を突き出した。
毎回お馴染みの単調的な攻撃だが、体の大きさと質量だけでそれを脅威にさせている。
結束は生成した小陣結界を起動させ、霊獣の攻撃を防ごうとするが、霊獣の蹄が結界に突き刺さったのも一瞬、即座に3枚の盾は破られ、結束目掛けて襲いかかった。
「なっ!?」
体を包むほど大きな腕が、結束に直撃する。
そのまま瓦礫と共に壁に放り投げられ、目に見えぬ勢いで壁に衝突し、衝撃で煙が舞う。
「ゆっ、結束様あぁ!……っ!」
明音は腰を上げるが、立ち上がれずにまた座り込んでしまう。
やがて煙が収まると、うぅ……と、唸り声をあげる結束が壁にめり込み、そこを中心に壁中に亀裂を走らせていた。
「結束様!ご……ご無事ですか!?」
「大……丈夫っ、三法印かけてるから、大した怪我じゃない……けど、ちょっと霊力、使いすぎたちゃった……今の攻撃で剛弾結界も壊されちゃったし」
「もう……もう逃げましょう!いくら結束様でも、こいつには敵いません!」
「それはっ、駄目……逃げたら多分、こいつは追ってくる。そしたら、街に被害が……」
「で、でもっ………このままじゃ………このままじゃ、結束様が死んじゃいます!」
明音は泣きそうな顔でそう言う。
その時、舌が鉄のような味を感じる。頭から汗をかいているような感覚はあったが、どうやら汗ではなく額から出血しているようだった。
アドレナリンが出ていて自分では気づかなかったのか、思ったよりダメージが大きい。
だからこそ明音はこれほど自分を心配してくれたのだろう。
だが、結束は明音の顔を見て、宥めるように微笑んだ。
「大丈夫。………もう、使うから。賭けではあるけど………きっと、上手くいく」
その言葉で明音は結束の意図を察する。
結束が何をしようとしているのか。
そして、結束が自分の不安をかき消す為に強行手段に出ようとしていることも。
それに答えるように明音は腕でゴシゴシと涙を拭う。
「分かりました……その後は任せてください!」
明音は強気を見せるように言った。
◆
………………そして。
それらを含め、一部始終を見ていた祐は、
「…………どういうことだ」
結束の戦闘の様子を見て、冷や汗を垂らしていた。
明らかに、おかしい。
なんであいつは霊能力を使わないんだ。
霊符でも善戦していたのは驚いたが、やはりあの霊獣は媒体霊術で勝てる相手ではない。
彼女にとって、今は周りに身内しかおらず、情報が漏れることのない状況だ。
霊能力を使う以外の選択肢はないはず。
と言っても現に祐は彼女を監視しているわけだが、仮に祐に見られていると知っていたとしてもここは霊能力を使うべきだ。
何にも、命には変えられないのだから。
「………………」
それとも、戦闘向きの能力ではないのか。
それか、何かしら能力を使える条件が限られているのか。
思えば、声は聞こえないが2人はなにやら話し合っている様子だ。
ひょっとしたら、まだ何か策があるのかもしれない。
…………………だが。
「………………」
もし、何もなかったら。
…………もし、このまま彼女が負けてしまったら。
………………………。
………………もし、如月結束が、死んだら。
(…………なあ、これ以上は駄目だ、夏越祐)
「……………………」
……………まただ。
…………何かが。
…………何かの、声が聞こえる。
いつか聞いた、声。
自分の心の中で響くような、声。
(お前は、もう水無月じゃない。なら、これ以上はもう、駄目だ。本当に戻れなくなる)
「……………………」
(ずっと、ずっとずっとずっと、我慢してきたはずだ。孤独でいることを。一人で生きることを。誰も欲さないことを。お前はずっと、誰にも悟られないよう、必死に我慢してきたはずだ)
「……………………俺は、我慢なんか……」
(そう。そうだ。お前は、自分すらも欺き続けてきた。必死に、傷ついていないフリをして。体中に茨を巻きつけ、その痛みに気づかないフリをして、本当はただ痛みに怯えて前に進めないだけの、憐れな亡者)
「……………………」
(だから、お前は知らぬうちに胸を痛める。だから、お前は知らぬうちに誰かを欲する。でも、夏越祐にとって、それは邪魔だ。お前は全てを否定して生きると決めたはずだ)
「…………………ああ」
(人は誰かを欲する生き物だ。誰かに欲される生き物でもある。だが今のお前には、どちらもない。ならお前は、本当なら生きていてはいけない存在だ)
「………………………」
(だが、生きている。目的もなく、大義もなく、自身で導いた念望も、人に与えられた希求もなく、ただのうのうと生きている。それでも、死に怯えるのなら。これから一生、何も欲さずに生きていくと言うのなら…………切り捨てろ。全てを)
「………………………」
(大切なものを作るな。拒絶しろ。感情を消せ。喜ぶ感情を。楽しむ感情を。誰かを想い、愛する感情を、消せ。消して、消して消して消して消して消していって、その先に何もなかったとしても、心を空っぽにしたまま生き続けろ。………それが………………あの日の恐怖を二度と繰り返さないための、唯一の生き方だ)
「………………ああ………………そうだな」
(今が、その分岐点だ。さあ、切り捨ててみせろ、如月結束を。やむを得ず関わりを持ってしまった彼女が、大切な人になる前に。守るべきものを作らず生きていくために。これから、その生き方を学ぶために。まずは、彼女を見殺しにする)
「……………………」
「…………………………っ」
急に現実に引き戻される感覚。
意識的な世界から、強引に、急速的に去なされた感覚。
祐は訳もなく乱れていた呼吸を整え、胸に手を当て、小さくつぶやく。
「…………見捨てる。切り捨てる。もう、繰り返さない。俺は………」
祐は自分に言い聞かせるようにそう唱えつつも、目だけはずっと如月結束を捉えている。
気づけば彼女はめり込んでいた壁から抜け出し、霊獣と距離をとって睨み合っていた。
霊獣は理性がないと聞いているので真意は分からないが、お互いがお互いの様子を伺っているようで、半ば冷戦状態だ。
そして結束は目を閉じ、独り言のように呟いた。
「これ以上、好きにはさせない。…………『オリア』、ちょっとだけ力を貸して」
結束がそう呟くと、霊力が全身から放出され、服が一瞬ふわっと浮かぶ。
そして、勢いよく放出された霊力がまるで、時が巻き戻るように集約され、結束の周りの空間が歪み始める。
「……………?」
その様子に、祐は目を細めた。
あの歪んだ空間が、彼女の能力か?
今のところなにも起きていない。あれは能力を使うための準備段階だろうか。
とにかく、今の段階じゃその詳細は分からない。
「………………いや、それよりも」
彼女から多大な霊力を感じる。
………これはおかしい。
霊能力は霊符よりもずっと霊力効率がいい。
彼女は今まで、霊符を一度に大量に行使している場面が何度か見られたが、今放出している霊力はそれらとは比べ物にならない。
霊力を多大に使用する能力なのか。
それとも、凄まじい強度を持つ霊獣を確実に仕留めるためにこれだけの霊力を注いだのか。
だがどちらにしろ
「あいつ、そんな霊力残ってねえだろ」
彼女はおそらく今日の試験で霊力をほとんど消費してしまっている。クラスの人間ほぼ全員を相手にし、転界符を使って、さらに祐と勝負した時も大量の結界を使用した。
更に今までの霊獣との攻防。
仮に彼女が祐のように放課後に仮眠をとっていたとしても、あれだけの霊力を残す余裕は無かったはずだ。
つまり、足りない霊力を無理やり絞り出している。
無いものを無理矢理出そうとすれば、当然そこにはそれなりの代償が生じる。
もし、彼女が今放出している霊力が全て絞り出しているものだったとするなら。
「…………まずい」
祐は静かに呟いた。
(…………また揺らいでいる。それはただの弱さだ)
「……………っ」
祐は何もできず、ただ拳を握りしめた。




