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1-11 いつかの願い

緩やかに吹く風に合わせて緑の葉が波を描くように揺れる。

さらにそれに合わせて太陽の光が様々な角度からチカチカと差し込む。

不規則に照らされて見える夏越祐の顔は、あまりにも冷たく、無表情でこちらを見下していた。


「なんで……なんでお前がここにいる!お前は、俺が……」


腹部を抑え、朦朧としていく意識に耐えながら、男は言葉を繋いだ。


「……………」


その様子を見て、やはり祐は表情を変えず、無言で(ふところ)から3枚の霊符を取り出し、男に見えるように広げる。


「……それは」

「『剛弾符』『貌淋符』……後、『還相(げんそう)符』。これでお前を騙した」

「騙しただと……どうやってその3枚で」


『還相符』は主に他の霊符と連結(リンク)させて使う、付加霊符だ。

普通、霊符というのは能力を放出した後に遠隔で操作することはできないが、還相符を使うことによりそれが可能となる。例えば小神符をその場で固定するのではなく自分の周りに展開させたまま動かしたり、怨衝符のようなトラップ型の霊符の位置を設置後に操り遠くから移動させることもできる。


「『剛弾符』と『還相符』を連結(リンク)させて弾道を操ったんだよ」

「なっ……」


祐の言葉に男は目を見開く。

だが驚くのも無理はない。

剛弾符と還相符をセットで使うなんて話は聞いたことがないからだ。


「剛弾符と連結(リンク)だと!?そんなの弾速が速すぎて操作が追いつくはずがない!それに、弾を操っただけで、なんでこんな状況になる!?」


理論上、この2枚の霊符の組み合わせが成立すれば、自由に弾道を引けるようになるので戦場での効果は絶大だ。

だが器用性で実用化はほぼ不可能とされている。

弾を自由に動かすことはおろか、「曲げる」「止める」といった基本的な操作さえできる人間は数えられるほどしかいない。


祐は薄く笑ってやれやれと首を横に振る。


「おいおい、俺は夏越の人間だぜ?そんな芸当できるわけねえだろ」

「は、はあ?お前が自分で弾道を操ったって言ったんだろ!」

「落ち着けよ。あの弾速のままじゃできないって話だ」


祐の言葉に男はどこか合点がいったのか、冷や汗を垂らした。


「………お前、まさか」

「お、そこで気づくってことはお前、出力改変を知ってるのか。珍しい」

「お、お前ごときが出力改変だと……」

「別に出力改変自体は一般にあまり広まってないだけで五芒星結界(ペンタグラム)とかより全然簡単だろ。まぁ、いいや。面倒くさい。最初から全部教えてやる」


祐に呆れたように達観され、男は何も言えずただを歯(ぎし)りを立てている。


「俺は試合が開始してまず小陣符と三法印で態勢を整え、上から見渡せるように木の上に登り、剛弾符を出力改変して弾速を極限まで抑えた。そして還相符と連結(リンク)させた弾をウロウロと徘徊させつつ、俺自身は貌淋符で探知から身を隠した」

「……弾を、徘徊?なんでそんな…」


男は疑問を呈するが、途中ではっと何かに気づいたような反応を示した。

祐はそれを見てまた笑う。


「お前の敗因は探知を頼りすぎたことだ。最初に俺を見つけた時も、結界を俺に放った時も全部六神符が示すままに動いていただろう?なら逆にその探知反応を操作すればお前の行動は全部俺が操れる」

「………貴様ぁああ!!」


完全に祐の策略を悟ったようで男は憤るが、祐は完全に無視して続ける。


「知っての通り六神符が探知するのは『人』ではなく『霊力』だ。探知反応を示したところでそれが俺の霊力であることは分かっても俺自身であるかどうかは分からない。俺はまるで人が歩いているように剛弾符を徘徊させ、それを探知したお前を上から見つけて背後に忍び寄った。そしてお前が結界を放ったタイミングで剛弾符を解呪する事で六神符の反応は消え、俺を倒したと勘違いして隙だらけになったお前を後ろからズドン、ってわけだ」


「………………」


祐の策略の全てを耳にして、男は空いた口を塞げずに絶句していた。

夏越の人間がこれほどの実力を持っているとは考えもしなかったのだろう。

男は祐に完全に手玉に取られた現実を受け入れられない様子だった。


「くそ、こんな………こんなの認めねえぞ!お前は……夏越は落ちこぼれの水無月の傘下だったはずだ!そんなお前に俺が負けるわけがないだろう!」


などと言い訳にもならない現実逃避を男は口にする。

なんとも滑稽だ。

いちいち真っ向からぶつかる気力も起きない。


「……たしかに俺はお前と違って五芒星結界(ペンタグラム)も起動できないほどに霊術の技量は拙い。霊術士としての実力は間違いなくお前の方が上だよ。だがこれが戦争なら実力のない俺は生きていて、俺より強いお前は死んでいる」

「…………っ」

「岩垣の言った通りだよ。これは戦闘においての総合力を図る試験だ。なのにお前は焦って俺を狙うことだけを目的に動いていた。目の前のことだけ用心深くなった気になってそれ以外の警戒を怠ってたんだよ。この仕掛けに引っかかったのはお前で4人目だが小陣符の解符すらしていない間抜けはお前だけだったぞ」

「言わせておけばペラペラと…………たまたま自分の策がはまっただけでいい気になるなよ!」

「お前で4人目だっつってんだろ。たまたまなわけあるか。……ってか、むしろお前は俺に感謝するべきだろ。わざわざお前が結界を一発撃つまで待ってやったんだぜ?」


今回の試験は結界の出力を測定するという話だったはずだ。

なら当然結界を一回も起動できずに脱落(リタイア)すれば『計測結果なし』となる。

おそらく計測のやり直しは実施されるだろうが「測定項目を達成できずに再試験」という成績は邦霊傘下の人間としては中々痛い。


「本当はお前が結界を撃つタイミングを見計らってまごまごしてた時から殺すことはできたんだ。逆恨みする前にちょっとは俺の慈悲深さを理解しろよ」

「黙れ!余裕を見せていられるのも今のうちだ、この試験が終わったら俺は必ずお前を制裁する!」


あまりにも見苦しい男の脅し文句に祐は恐れもせず鼻で笑い飛ばす。


「ははっ、なんだそれ。試験で負かされた挙句(あげく)俺に突っかかって周りに弁解でも垂れんのか?」

「…………っ!」


今回の試験結果が公表されれば、祐に下された人間も当然結果として明示される。

夏越の人間に敗れたということだけでも家の名に傷をつけると言うのに、その逆恨みで祐に絡んで報復しようとする様は外から見れば恥の上塗りだ。個人的な恨みならともかく、家の名を背負って負けたこの男がこれ以上騒いでも体裁が薄れていくだけ。


男もそれを察したのか、下を向いて押し黙る。


「……………」


祐は少しの静寂のち、剛弾符を数枚取り出し、解符させた。

もうこいつの足掻く様は十分に堪能した。

おしゃべりはこれで終わりだ。


「俺はもう話すことないから終わらせるけど、なんか最後に言うことある?」

「…………クソがぁっ!」

「『クソがぁっ!』、ね。はい」


躊躇わず、祐は男の左胸に剛弾符を撃ち込む。


「がっ…………はっ…」


男は白目を剥いてその場に倒れた。

あまりのリアルさに見た目は死んでいるように見えるが実際は気絶程度のものだろう。

仮想空間といっても意識はそのままなのでショック死などの危険性を考慮してあまりにも大きい痛みや怪我はある程度システムが緩和させるはずだ。


数秒後、やがて体を疑似的に形成している光がポリゴン化していくと同時に機械音を放つ。


[光量化生命体が基準値以上の致命傷を確認。転界システム作動開始]


転送の告知とともに、やがて男の体は光の粒となって霧散していった。

どこかは分からないが試験場外のどこかしらの部屋に転送されたはずだ。


「……………」


一人になり、祐は幹と葉に遮られた青空を見上げる。


「……………何やってんだ、俺」


祐は自分の行動を振り返る。

あの男を含め、自分が倒した他3人との掛け合いについて。


なぜ、自分はわざわざ急所を外して敵を行動不能にさせ、自らの策略を自慢げに説明してあげたのだろう。

敵を倒すだけなら最初の不意打ちで心臓を撃ち抜けば良かっただけのこと。


祐の今の目的は結束との勝負の為に最小限の霊力で敵を退けることだ。

なのに、敵を一発で仕留めなかった分、むしろ霊力を無駄にしてしまっている。


その霊力消費分が結束との勝負に影響するかはともかく、自分の実力をひけらかすためだけに無駄な労力を割いた。

それはまるで、


「……………自己顕示欲の塊じゃないか」


きっと、そんな欲が自分の中にあった。

誰かに認めてほしいだとか、力を見せびらかしたいだとか、自分を馬鹿にしたやつらを見返したいだとか、そんな醜く、あまりにも無用な感情が自分を突き動かしたのだ。

あまりにも情けなかった。

だが、それと同時にその欲が生まれる原因が分からない。

なぜ自分は誰かを欲しているのか。

平和を、孤独を望んでいるはずの自分が、なぜ他人を求めているのかが、分からない。


「………………はぁ」


本当に、うんざりする。

この学校に来てから、こんなことばかりだ。

根源の見えない感情が事あるごとに脳を支配し、ぐるぐると思考を混乱させ、だが結局答えは出ないまま。


時々感じる、心が軋むような胸の痛みも。

このどうしようもない承認欲求も。

自分の中の何かがそうさせているはずなのに、ただ気にしないフリをして少しずつ心に傷を負わせている。


「………………」


祐は混迷していく感情を一掃するようにパチン、と両手で頬を叩いた。


考えていてもどうせ今は答えが出ない。

なら今は結束との勝負を優先させよう。

そう自分に言い聞かせて祐は貌淋符を起動させた。

とりあえず、30分ごとの中間結果が出るまで様子見だ。

そう思った矢先、あまりにもタイムリーに岩垣のアナウンスが入った。


『試合開始から30分が経過した。11組の現在の生存人数を発表する』


その放送は天井から響くような声だった。周りにスピーカーのようなものが設置されている様子もないのでおそらくこのアナウンスシステムも結界霊術によるものだろう。


だがそんなことはどうでもいい。

重要なのは無論現在の生存人数だ。

この結果によって自分がこれからどう動くか大きく変わってくる。

自分がこの樹海で会ったのは4人しかいないのである程度結束がどこかで相手をしてくれていたのだろうが、一体何人になっているのか。


『現在の生存数………………3人』


「…………はぁ!?」

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