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1-10 試験開戦

祐が転送されたのは、暗く深い樹海の中だった。

天気は晴れに設定されているようで、揺れる葉の隙間からチラチラと光が差しこんでいる。


だが、転送場所など関係ない。

祐が最初にやるべきことは3つだ。


「さて、やるか」


優先順位からしてまず小陣符の結界生成。

つまりは防御の準備だ。

なにせフィールドの広さも、他の生徒のスタート位置も分かっていないのだ。

そして試験前。

初空七瀬は岩垣が試験の説明をしている途中、全員の狙いが俺に向くように指嗾(しそう)していた。

なら、今ここで大人数から襲撃されるという可能性も捨てきれない。

祐は五芒星結界(ペンタグラム)を起動するほどの技術を持ち得ないため、六芒星結界(ヘクサガンル)で小陣符の結界を生成する。

全ての霊符の解符を終え、いつでも起動させられる体勢を整える。


基本、解符をしたまま霊術を起動させないというのはその間霊力を失い続けるのであまり得策とは言えないが、今回の試験の『サバイバル』なんて言葉はルールがないというだけの詭弁だ。

つまり長期戦よりも不意打ちなどに対応できる瞬発性を重視して動く必要がある。


「……………」


周りを注視しつつ結界の準備を完了させるが、どうやら今のところ敵の気配はないようだった。


なら、2つ目の作業だ。

結界の準備はあくまでも試合開始直後の緊急用。

敵がまだいないと分かれば、時間をかけて更なる戦闘用意を始める。

祐は制服の懐から3枚の霊符を取り出し、起動させる。

それぞれ術者の身体能力を強化させるための付与(バフ)系霊符だ。



表皮(ひょうひ)に霊力を浸透させ、全体的な膂力(りょりょく)と物理、霊力、寒暖等に対する耐性を上げる『金剛(こんごう)符』


中枢・末梢、各神経系の伝達を加速させ、思考速度、反射速度を高める『能静(のうじょう)符』


外部から身体へかかる負荷や抵抗を最小限まで中和することで、俊敏性(アジリティ)を向上させる『円光(えんこう)符』



これらは同時起動することで相乗効果を発揮するため基本的にはセットで使われることが多く、3枚まとめて『三法印(さんほういん)』などと呼ばれている。

ひとまずこれをかけることである程度の奇襲には対応できるだろう。


基本的な準備はこれで完了だ。


そして次に、3つ目の作業。


「…………よし、あとは」





 ◆





「どこだ………どこだっ、夏越祐!」


風が靡いて草木が揺れる草原。

綿のように綺麗な雲が浮かぶ空。

その優雅な風景とは相反してその男は霊符を片手に呻いていた。


祐と同じクラスの少年だ。

持っている霊符は『六神(りくじん)符』。

自分の周囲一定範囲内の霊力反応を感知できる霊符。

試合開始直後から常時祐の霊力を探っていたが祐はおろか、他の生徒も誰一人探知に引っかかっていない。


自分だけみんなとは離れた場所に転送されたと言うのは考えにくいだろう。

試験という名目上、不平等性が発生しないようにある程度等間隔に配置されているはずだ。

おそらく今回はステージがよほど広く設定されているか、もしくは……


「あー、くそっ!全員『探知()け』かけてやがる!」


本来、霊力の感知というのは能力がなくともできるが「周りに何か霊力の気配を感じる」程度のものなので霊術より探知範囲が狭いのはもちろんのこと、正確な距離や位置を特定したり霊力反応が誰のものなのかまで特定するのは難しい。


そこで霊術を使うことで、周囲の霊力反応を能力に媒介させて座標演算し、霊脈を正確に読み取ることで情報を得る。

この仕組みは六神符も含め探知系能力ほぼ全て同様だ。

つまりどれか一つに慣れてしまえばどの探知能力も扱えるようになるが、それ故に対策も簡単にできてしまう。


その一つが『貌淋(ぼうりん)符』だ。

探知能力の演算式を狂わせる霊力透過被膜を、体の外側を覆うように形成することで、霊力探知を遮断する。

仕組みは複雑だが、つまりは単純な『探知避け』だ。

霊力を遮断する膜を自身の周りに張るわけなので探知避け以外の霊術を使ってしまうと霊力が放出され、霊力透過被膜が破れて効果を失ってしまうという弱点があるが、それを加味しても敵地での隠密行動や戦線離脱、冷戦状態での様子見など使い所は多い。


………だが、この場はその限りではない。


「なんでみんな、こんな見晴らしのいい場所で探知避けなんか使ってんだ?」


周りを見渡すと地平線のように草原が広がっている。

霊力探知なんかせずとも視界で敵を捉えられるはずだ。


それでも探知に引っかからないなら、やはり今回はステージが広く設定されているのかもしれない。


だが、そう思ったところで急に答えが訪れた。

少し歩くと、草原の緑よりも濃い色が視界の奥に見えたのだ。

先が見えないほどの木々。

近づくとその樹海は眼界を覆い尽くす程の広さだった。

ここなら見通しも悪いので探知避けをかけた他の生徒もいるだろう。


…………もしかしたら、夏越祐も。


男は手汗と共に拳を握りしめる。


「あいつは絶対に俺が()る!あんな……あんな権力だけの惰弱者が!」


その男は豹悟と同じ、『愛華家』の人間だった。

生まれた時から長月家の役に立つようにと言われて育ち、言われるがまま訓練と本家への献身を続けてきた。

忠誠を誓っている長月家に対して不満のようなものは何も持ち合わせておらず、むしろ長月の当主を始めその一人息子でもあり次期当主である長月侑など、自分の努力を軽くあしらってしまう程の実力者が愛華を導いてくれていることが何よりの誇りだった。


だからこそ、水無月と言う存在は愛華にとって、いや、どの家から見ても目の上のたんこぶなのだ。

結局邦霊という枠の中でも家の実力によって序列が発生する。

邦霊内の不可侵条約によって直接的な戦争には至らなくとも序列の高い家は事あるごとに他の家に圧をかけ、常に決定権を有する。

大した軍事力もないのに当主が強いというだけの理由で、まるで核の傘に入ってるかの如く好き勝手暴れられる。

それも、水無月で権力を盾にしていたのは当主ではなく、その影でバレないようにこそこそやっていた部下達だった。


水無月の血筋の者は全員気づいていないらしいが、いつしか長月の当主は「目つきが悪い」などという理由で地に手をつけさせられ、そのまま気が済むまで殴る蹴るの暴行を受けたという。


実力もない人間が努力を重ねてきた人達を足蹴にする。

そんなこと、許されるわけがない。


そしてその憤りを夏越祐にぶつけた豹悟が侑に目をつけられ、醜態を晒すことになったのも、元を辿れば水無月の……夏越祐のせいだ。


水無月への遺恨が人一倍強い彼は、試験内容を聞いた時から夏越祐を狙うと決めていた。

今回の試験は結果が学校中に公表される。

夏越祐の実力の無さを、言い訳のしようもない『試験結果』として白日の元に晒すのだ。


「弱いくせに、廃れた後でも愛華(おれたち)の邪魔しやがって……」


男は樹海に足を踏み入れる。

それと同時に自分も貌淋符を解符していつでも六神符と切替起動(スイッチ)できるようにし、音を立てないように葉や足元の砂利などに注意して歩き始める。


しばらく歩いて、男は手に持っている霊符にチラッと目をやる。


「………くそっ、やっぱり反応しねぇっ」


念のために樹海の中でもずっと六神符を起動させていたが、やはり探知避けをかけられているのだろうか。

もしくは、どこか局所でまとまった戦闘が始まっているかもしれない。

そうだとしたら既に祐は脱落(リタイア)している可能性もある。


「……………」


望まない可能性を浮かべて男は顔を落とすが、再度拳を握りしめた。


「だめだ。あいつは俺が()るんだ。他の誰にもやらせない。俺が………」


と、そこで六神符が反応し、霊力を感知する。


「っ!誰だ!?」


霊符を確認すると、光る梵字から探知範囲の縮小円が描かれ、その円の端に何者かがこちらに近づいてくる反応を示していた。

しかも、その人物は、


「………ははっ、まじかよ……夏越祐!」


自分が求めていた人間。

恨みの矛先との邂逅。

その奇跡とも言える出会いに男は歓喜の声を上げる。


「バカが!探知避けもかけずに樹海をうろうろしやがって。やはり水無月の傘下は能無しだな!」


距離は約700メートル。

くねくね曲がりながらこちらに近づくような反応を見るに、木を避けながら歩いているのだろう。

つまり上からの奇襲はない。

歩く方向さえ分かればもう探知の必要もない。

男は六神符を解呪させて貌淋符を起動させる。

夏越祐が既に六神符を起動させている可能性もあるが、奴の威力効率が自分より上とは思えない。

六神符は威力効率が高いほど索敵範囲が広がる。

祐をギリギリ円の端に捉えて貌淋符に切り替えたのでこっちには気づいていないはずだ。


後はある程度近づいて再探知し、それと同時に攻撃を仕掛けるだけ。


男はジリジリと距離を測りながら歩きつつ、剛弾符の五芒星結界(ペンタグラム)をじっくりと時間をかけて生成する。

今は結界を準備する時間は十分にある。

六芒星結界(ヘクサガンル)で無駄な霊力を使う必要はない。

それに不意打ちが失敗して戦闘になることも考えて、霊力は残しておいた方がいいだろう。


数百メートルほど歩いて、男は足を止める。


「この辺りだな……」


まだ祐は視界に入らない。

おそらくギリギリ気付かれないところまで来たはずだ。

男は再度六神符を解符する。


「………よし、やるぞ。ここで……あいつを……」


六神符も剛弾符の結界も準備は整った。

後は貌淋符を解呪すると同時に六神符を起動し、敵の位置と方角が分かった瞬間、夏越祐が探知反応を確認している間に結界を撃ち出す。


……だがもし、敵との距離を見誤っていたら。


「………結界一発分の霊力を無駄にして、戦闘になる」


できれば、それは避けたい。

夏越祐は腐っても元邦霊の帰属家だ。

こっちが一方的に(なぶ)り殺せるほどの圧倒的な実力差があるわけではない。

そして結界一発に使う霊力は思いのほか大きい。

侑様や結束様はポンポン結界を使うがあれは例外中の例外だ。

もし霊力を失って戦闘になれば不利とまでは行かなくも、奴の実力によっては苦戦を強いられるかもしれない。


「………………」


だが、負けることは許されない。

もし仮に夏越の人間に敗れたなどということが学校や愛華に広がれば、家の名と共に霊術士としての声明に大きな傷がつく。


「………くそっ」


直前になって、冷や汗が流れてくる。

様々な不安が襲いかかる。


………一瞬、引いてしまおうかとまで考えてしまう。



………だが。



「そんな理由で引けるかよ!」



勢いに任せ、男は六神符を起動させた。

祐との距離は30メートル弱。

ほぼ、狙い通りの数値だ。


「ははっ!バカがぁ!」


男は勝ちを確信するとともに結界を起動させた。


放出された光線は瞬く間に暗かった樹海を照らし、木々を貫通して祐の探知座標まで一閃する。


穴の空いた木が自重で次々と倒れ、砂埃が舞う。



そして、それらの後に訪れる静寂。


「どうだ!?」


結界が打ち終わると同時にまた辺りは暗くなる。

砂埃も相まって敵の状態が視認できない。

だが、六神符の反応を見る限り祐の霊力反応は消えていた。


「は……ははっ!やったぞ!俺が……俺が夏越祐を仕留めた!」


周りに声が響くことを承知で男は喜びを口にした。

「夏越の人間に負けるかもしれない」という重圧から解放され、ここで脱落(リタイア)しても良いと思えるほどの心地よさだった。


「やっぱり水無月の人間なんて雑魚じゃねえか!こっちの策略にも気づかず探知避けすらままならないなんて、本当に元邦霊かよ!?」


弛緩しているからか、誰に言っているわけでもない言葉をペラペラと口に出してしまう。


「実力もないくせにこんな霊術の先進高に来るなんて身の程(わきま)えろよな。雑魚は雑魚らしく目障りにならねぇところで縮こまってりゃいんだよ!」


と、一通り鬱憤を出し終えて、冷静になった男は貌淋符を取り出す。

ここからはただの試験だ。


少しでも家に誇れる結果を残せるように、無駄なリスクを取らず動く必要がある。


「まずは探知と探知避けを繰り返しつつ、様子を………」




それは、刹那。



男の腹部を剛弾符が音もなく貫いた。



「なっ!………がっ」



男は一瞬何が起きたか分からず、反射的に両手で腹を押さえる。

何者かの奇襲だ。


貌淋符を解除している間に探知されたか、あるいはさっきの奇声で目立ちすぎたか。


「く……そが」


幸い、致命傷には至らない。

時間が経てば出血多量で脱落(リタイア)だが不意打ちしてきた敵をある程度相手することはできる。

試験が終わるまでは出来る限り足掻くべきだ。


弾は背後から撃たれ、背中から腹部にかけて斜めに弾道が通っている。

なら、敵は木の上だ。


男は、痛みを押し殺して、振り返る。


「……………えっ」


敵を捉えたその時。

言葉を、失った。


「そ…………んな、なん、で」



仕留めたはずの、男。



恨みを晴らそうとこの手を下し、脱落させたはずの……













「……………よお」



つまらなそうな顔をして、夏越祐がそこに立っていた。

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