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1-12 梅雨を巡る四季

「はぁ、はぁっ……」


初空七瀬は、樹海の中を全速力で突き進んでいた。

音を立てることを気にもせず、草木を必死にかき分けようとするが、左腕を失っており右手だけではかき分ける速度が走る速度に追いつかない。

半ば全身で草木に突っ込んでいるような状態で、ただ前に前にと足を動かす。


「くそっ、くそっ…………なんでっ!」


七瀬は今追われている最中だった。


試合開始直後、七瀬は樹海が目の前に(そび)え立つ草原に転送された。

周りの様子を見つつ測定用に結界を一発だけ放ち、試合中に出会った人間と「夏越祐を狙う」という名目で意気投合し、数人とチームを組んでいた。

七瀬自身、祐が夏越の人間であることは驚いたが水無月に対して特に恨みのようなものはなかったため、本当は祐を狙うつもりはなかった。

祐を狙うというのはあくまでもチームを組むための口実だ。


この試験はチームを組むことで得られるリターンがあまりにも大きい。

戦争と同じでルールがないのだからチームが一人増えれば当然一人分の戦力がそのまま増えることとなる。

それでいて、探知能力や剛弾符の結界対策用の大掛かりな防御などは分担し、メンバー全体での霊力を温存できる。


無論、裏切りのリスクもあるが、それをケアする為の布石は試験前に打っている。

というより、七瀬は初めからそれが目的で祐を狙われる対象に仕立て上げたのだ。

そんなこんなでチームを作ることに成功したわけだが、そこで思っても見ない非常事態が起こる。


「なんでっ………結束様が俺達を狙うんだ!」


それはまるで嵐のようだった。

探知に引っ掛からなかったのはもちろんのこと、近付く気配すら感じさせず如月結束は目の前に現れ、瞬く間にチームメンバーを蹂躙していったのだ。

彼女の存在に気づいた時には一人は剛弾符で心臓を射抜かれ、同時にもう一人が首を蹴り飛ばされていた。

もちろんチームの人間全員が三法印をかけていたが、彼女の三法印の威力効率はまるで自分達がむしろ弱体化しているかのように錯覚してしまうほどの異様さだった。

七瀬だけは運良く最後に狙われたので隙を見て逃げ出せたが、身を隠そうと樹海に入る前に遠くから照準を合わされ肩を撃ち抜かれてしまった。


今のところ追いつかれている様子もないがそれも時間の問題だ。

先程の中間結果で生存人数が3人という情報が出た。

おそらくほとんどの生徒が結束の手によって落とされたのだろう。

七瀬が夏越祐を的にしたのは結束の目を夏越祐の方に向けさせて時間稼ぎをする目的も含まれていたのだが、この人数ならば彼はもう既に脱落しているだろう。


だが今はそんなこと考えている場合ではない。

とりあえず、残っているのは七瀬と結束と、居場所不明のクラスメイト一人。

仮にその一人と突発的にチームを組めたところで結束に勝つことは叶わないだろう。

もちろん、七瀬一人でも太刀打ちできない。

ならば、今やるべきことは一つだ。


「結束様にやられる前にあと一人を俺が()る!」


如月結束には勝てない。

なら、これ以上試験の結果を上げるには残るもう一人を狙うのが最善手だ。


七瀬は右手の袖から六神符を取り出し、起動していた貌淋符と切替起動(スイッチ)させる。


このまま逃げていてもいずれ見つかってやられるだけだ。

なら、ここは賭けに出るしかない。

探知避けを捨て、近くにもう一人の生き残りがいることに賭けて六神符を起動させる。

時間との勝負だ。

自分がもう一人を見つけるのが早いか、結束に見つかるのが早いか。

六神符の探知範囲にもう一人の生き残りが入っていなければおそらくもう時間的に見つけることは叶わない。

たとえ探知範囲に入っていたとしても貌淋符を使われていれば探知はできない。

どう考えても分の悪い賭けだが、


「………望み薄でも、やるしかない」


七瀬は緊張を走らせながら六神符の探知円を確認する。


「………っ」


やはり、反応はなかった。


「………まだだ。まだ、希望はある。もしもう1人の誰かが貌淋符を使って潜んでいるなら近くにいる可能性も……」


希望を捨てまいと前を向く。


が、その瞬間六神符が霊力反応を示し、七瀬は二度見するように霊符を確認する。


「………これはっ!」


霊力反応は円の中心のほぼ隣接した位置を示していた。

すぐ側で誰かが貌淋符を解呪したと考えていいだろう。


七瀬はあまりにも突発的な状況に焦りながらも右手の裾から剛弾符と小陣符を数枚取り出し、戦闘態勢を整えて前を向き直す。


だが、目の前の光景に七瀬は愕然とした。


「なっ…………」


奇跡と思われていた目の前の霊力反応。

突然訪れた僥倖(ぎょうこう)


だがそれは、あまりにも滑稽な小糠祝(こぬかいわ)いだった。

如月結束が可憐かつ冷淡な瞳でこちらを見つめていたのだ。


「………っ、なんで………」


なぜ、彼女がここにいる?

後ろから回り込まれるような気配は感じなかった。

仮に結束が貌淋符を使っていたとしても、彼女が七瀬を追ってくる方向とルートはおおかた予測できていた。その上でここまで近づかれても気づかないほど注意散漫ではなかったはずだ。


だが、彼女は混乱を隠せない七瀬を蔑視して、言う。


「馬鹿ねあなた。試験終盤で貌淋符を解呪するなんて」


そう言って結束は一枚の霊符を取り出し、見せつけんばかりにひらひらと霊符を揺らめかせた。


その霊符を見て、七瀬は目を見開く。


「……………転界符……!」


この試験会場へ生徒達を転送した触媒石板(リトグラフ)と同様の能力。その霊符版だ。

自分の最大霊力量の54%と引き換えに自分が認識する場所へ瞬時に空間転移することができる。

確かに奇襲性は高い霊符だが、リスクがあまりにも大きい。

もし転界符を戦闘に使って不発しようものなら霊力を半分以上失い2枚目の転界符が使えなくなる。

つまり『逃げ』の選択肢がなくなる上に残り少ない霊力で戦わなければいけなくなるので、転解符は普通は戦闘ではなく、緊急離脱用として使われるのだ。


だからこそ七瀬は結束がこのタイミングで転界符を使ったことに戸惑いを隠せないでいた。


「……まさか、俺に追いつくためだけに転界符を使うなんて……」


だが結束は何も分かってないなと言わんばかりにため息をつく。


「確かに転界符は多大な霊力を使うけど、敵が少なくなって霊力を残しておく必要がなくなった今、使い時としてはここしかないでしょう?それなのにこのタイミングで探知避けを解除するなんて、来てくれと言ってるようなものよ」


つまり、結束は六神符で七瀬の居場所を探りながら追っていたと言うことだ。

そして七瀬が貌淋符を解呪したことで結束の探知に引っかるが、結束と七瀬の距離が意外に離れていたのだろう。

七瀬が六神符を起動した時点で結束が探知に引っかからなかったことを考えると、おそらくちょうど結束の探知範囲内かつ、七瀬の探知範囲外に結束がいたということになる。

そして、これ以上霊力を残したままジリジリ追いつくより、転界符で一気に距離を詰めることを選んだ。


一見理屈が通って見えるがそれでも七瀬は結束の行動が理解できなかった。


「………たしかに、結束様程の実力なら転界符で霊力を失ったところで、私如き相手にするのは容易いでしょう。………ですが、それでも分かりません」

「………分からない?どう言うことかしら」


七瀬は構えていた霊符の解符を解き、霊符から光が消える。

勝負を諦めたようだった。

だが、結束の不可解な行動に何かを訴えたいかのように光の消えた霊符を強く握りしめる。


「なぜ、そんな事をしてまで私に追いつく必要があったのですか」

「………………」

「今は生存人数が3人しかいません。そして今回の試験は『試験の制限時間』について触れられていないことから、試験時間は無制限と考えられます。……なにも急ぐ必要がないんです。残ったもう一人が誰であろうと、私と組んだところで2人だけでは結束様には敵わないのだから。なのにあなたは、転界符を使ってまで私に追いついてきました。その理由が……私には分からない」

「………長々と察しているような言い方をする割にはしらばっくれるのね。言いたいことがあるならはっきり言ったらどう?」


表情を崩さずそんな事を言う結束に、七瀬は沸き起こる憤りが漏れ出すように霊符をさらに強く握りしめた。


「………結束様は、残るもう一人と自分を合わせたくなかったのではないですか。……それが誰なのかは、今までの結束様の行動を見ても想像ができます」

「遠回しな言い方はいい。はっきり言えと言ったで……」

「水無月の人間を!」


結束の言葉を遮り、七瀬は怒りのこもった声を上げた。


「………夏越祐を、守ろうとするのは何故ですか」

「……………」


教室で夏越の名が広まった時の一悶着や入学式帰りの愛華や長月との騒動。

偶然や自分の都合だと装う節もあったが、結束は明らかに祐を助ける行動をしている。


あの行動を単なる彼女の気まぐれだと片付けるのは簡単だが、今回は例外だ。

なにせ、命の危険がないただの校内試験でリスクを負ってまで自分に追いつき、祐を守ろうとしたのだ。ここまで来れば気まぐれで納得することはできない。


本当に生き残っているもう一人が祐なのかはあくまでも予想だったが、彼女が七瀬の発言に対して何かを言い淀んでいる様子を見てほぼ確信できた。


だが、やがて彼女は重たそうな口を開く。


「………彼を守るのに、理由が必要あるかしら」

「………は?理由?どう言う……」


なにを言っているか分からないと言わんばかりに七瀬はキョトンとしている。


「この言葉の意味が理解できないのなら、説明しても意味はないわ」

「そんなの……分かるわけがない。あなたは今如月家の……邦霊の人間として、相応しくないことをしているのですよ!?」

「どうでもいい。私がやることは私が決める。むしろ私にはあなたが怒っている理由の方が分からないのだけれど」

「…………っ!」


結束の急な質問返しに七瀬は言葉を詰まらせる。


「初空家の人間なら水無月を嫌悪することはあっても個人的な憎悪を持つような事情はないはず。それなのになぜあなたは私が彼を守ることにそんなに憤慨しているのかしら。…………って、自分で言っていて私も遠回しな言い方をしてしまったわね」


結束はそう言って自嘲気味に笑う。


「……………」

「あなた、単に私が気に入らないのでしょう?本当は夏越祐と仲良くしたかったのに、彼が夏越の人間だから大勢に従って彼を嫌うしかなかった。そう決心してむしろ彼を嵌めるようなことまでしたのに、力と権力だけでそれらを無視して彼に手を差し伸べることができる私に、嫉妬した。あなたの今の怒りは、ただの八つ当たりよ」

「…………そんな、ことは………がっ!?」


先ほどとは打って変わり完全に口数の減った七瀬に、結束は容赦なく剛弾符を打ち込んだ。


「返事は要らないわ。元々私はあなたに何の興味もない。……けど一つ言うなら、私が彼を守るのも、あなたがここで負けるのも、全て力の差よ」

「………そう、じゃないっ。俺は………あなたは、きっと……」


と、途中まで何かを言いかけて七瀬は力尽き、その場に倒れた。


[光量化生命体が基準値以上の致命傷を確認。転界システム作動開始]


そこから間も無く、機械音と共に七瀬の体が光の粒子となって消えていく。



「…………邦霊に相応しくない……ね」


結束は七瀬の体があった場所をじっと見つめて、小さく呟いた。

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