第9話 冒険者に挨拶をされたんだが
「ルディアス! ほら、あれが冒険者ギルドだぞ!」
冒険者ギルドのギルドマスターであるヴェインさんが親指で示した建物。
その建物が荒くれ者の巣窟だということくらいは知っていた。
だが『知っている』のと『目の前に突きつけられる』のとでは、感じる圧力がまるで違う事を今更ながら実感する。
冒険者ギルドという建物は、一般人からすると物々しい威圧感を放っていた。
なぜ俺が、そんな冒険者ギルドに来ているのかというと。
図書館の司書になれると思って受けた試験が、なぜか国家の四大組織すべてに所属させられるという論理的破綻を迎えたのが昨日。
その初めての勤務が、今日、冒険者ギルド編というわけだ。
「はぁ~、めんどくさいな~……」
「な~ぅ……」
肩のフェリスまで同調してため息をついている。フェリスも分かってくれるのか。本当に良い奴だ、お前は。
フェリスだけが、今のこの理不尽な世界における俺の癒やしだよ。
「おいおい! 図書館の仕事が最後だからって、そうしょげるなよ~! 初仕事は面白い所に連れてってやっからさ!」
俺の背中をバシバシ叩いてくるヴェインさん。地味に痛い。この細腕のどこにそんな力が入っているんだろうか。
思えば司書だった頃の一日は、本の匂いと図書館の静寂、あとはベマスダ王の無茶振りの三点セットで完結していた。それが今からは荒くれと命懸けの仕事の世界らしい。人生というのは案外あっさりと方向転換してくるものなんだな。
そんな事を考えつつ、冒険者ギルドの扉をくぐった瞬間。
「「「 姐さん! おはようございます! 」」」
ギルドへと入った瞬間に飛んできたのは、衝撃すら伴いそうな大音量の挨拶だった。
余りに大きな声量に、ビクっと肩が跳ね上がる。
……これ、挨拶なのか? なんだこの血の気の多い空間は? 静寂な図書館とは対極に位置する環境じゃないか。
「おーっす。お前ら、元気にやってるか~?」
「「「 おす! 元気です! 」」」
「そうか~! それは良い事だ! あっはっは!」
ケラケラと笑うヴェインさんと、直立不動の冒険者たち。
ヴェインさんは荒くれ者の冒険者たちを掌握しきっていた。
統率というものを、俺は今この瞬間に目の当たりにした気がする。
「うし。ルディアス、ちょっとそこのテーブルで待っててくれ。仕事の資料を持ってくっからよ」
「分かりました」
指定されたテーブルにポツンと腰を降ろす。……うん、視線が痛い。
気のせいではない。周囲の冒険者たちが、遠慮という言葉を知らない目で珍獣でも見るかのように俺をジロジロと観察している。
まあ、気持ちは分かる。俺自身、場違いなのは重々承知している。
図書館の隅で埃を払っていた男が、いきなりこの荒くれ空間に放り込まれたんだ。生きてきた世界が違う、まるで別の生き物に映るよな。
特に嫌な視線が刺さってくるのが、近くの三人組。
モヒカン、顔面傷だらけ、スキンヘッド。
見事なまでの悪そうなチンピラのような冒険者が、俺へあきらかな敵意を向けていた。
もはや嫌な予感しかしない。
「おい、兄ちゃんよお」
ほら来た。予想通りすぎた。
「おめーさん、姐さんとはどんな関係なんだ? 客人か?」
「客人かと言われると、違うかもしれないです。仕事を手伝いにきただけですので」
ありのままの事実を、極めて丁寧に返す。
無駄な敵対心を稼ぐ必要はない。平穏無事な事務対応こそが至高なのだ。
だが、俺のそんな願いも虚しく、いかつい男たちは俺のテーブルをぐるりと包囲した。
「仕事の手伝い、か。じゃあ、俺たち冒険者の下請けって事だよなぁ」
「だなあ。ってことはだ、俺たちの頼みも聞いてくれるってことだよな?」
「よし、お前。すぐにここから出て行け。目障りだからよ。それがお前の仕事だ」
おいおい、いきなりかよ。論理の飛躍がすごいんだが。
『手伝い』から『下請け』を経由して『消えろ』に着地する思考回路。正直、脳の中がどうなっているのか純粋に興味が湧く。ベマスダの理不尽にも負けず劣らずだ。むしろ懐かしさすら覚える。
「悪いんですけど……ギルドマスターの指示で来ているので、それはできません」
至極まっとうな正論を返す。
そもそもこいつら、俺に因縁をつけたいだけの連中なのだろう。その理由までは分からないが。
だが正論というのは、この手の相手には劇薬にしかならないらしい。三人の目つきが変わった。
「はあ? だから姐さんが戻って来るまで消えろって言ってんだよ」
「そもそもよお。姉さんと二人っきりで来るなんて、俺たちへの見せつけかぁ?」
見せつけ?
……あー、なるほどね。完全に理解した。
要するにこの三人、ヴェインさんに惚れているんだろう。
ヴェインさんは、がさつだが容姿は文句なしの美人だからな。
こいつらはヴェインさん命の親衛隊、というやつだ。
厄介なのは、惚れた相手への独占欲というのは正論では止められないという点だ。
要は自分の恋敵となる人物を何としてでも遠ざけたいのだろう、面倒くささをひしひしと感じる。
「だから、仕事で呼ばれただけです。邪魔もしませんし、終わればすぐ帰りますから」
うん、大人な対応。我ながら完璧だ。
だが完璧な答案が理不尽な採点者の前では紙くず同然になることを、俺は人生において充分に理解している。
「だからよお、今、お前がここにいることが邪魔だって言ってんだよ。そこの猫連れて、さっさと消えろ」
「第一、ギルドに猫なんて連れてくるなよな? 俺が外に放り出してやるから、てめえも一緒に外に出ろや」
モヒカンの手が、フェリスへと伸びた。
その瞬間、思考より先に身体が動いていた。
ガシッ。
「ぐっ! てめえ! 何しやがる! い、いてえ!」
気づけば俺の右手は、モヒカンの腕を掴んでいた。
いやいや、ちょっと魔力を込めて握っただけだろ。
これで悲鳴が出るのは冒険者として少し心配になるレベルだ。
「フェリスに触るな」
「てめえ!」
横のスキンヘッドが拳を振りかぶるのが見えた。
さて、これはどう捌いたものか。
迎撃の算段を組み立て始めた、その時だった。
ドゴォッ!
ギルド内に、城壁が崩落したかのような轟音が響き渡った。
俺の目の前には、いつの間にかヴェインさんが立っていたのだ。
さっきまでカウンターの奥の部屋にいたはずなのに。
ヴェインさんは、俺を殴ろうとしたスキンヘッドを容赦なくぶん殴っていたのだ。
気づけばスキンヘッドが壁まで吹き飛び、そのままめり込んで動かなくなっている。
「てめえら、何してんだああああああ!!!」
ヴェインさんの咆哮。
空気をビリビリと振動させる凄まじい威圧感を放つ。
「ひ、ひい! あ、姐さん!?」
「こ、これには理由があって……!」
残り二人の顔から血の気が引いていく。
数秒前まで威勢が良かった連中の変わり身の早さに、場違いにも少し感心してしまった。
人間、追い詰められると意外なほど身のこなしが軽くなるものらしい。今度、なにかの参考にしよう。
しかしヴェインさんが来たなら、俺の出番はないな。
俺はそっとモヒカンの腕から手を離した。
「自分が何したか分かってんのかああああ!!」
ドンッ! ドンッ!
ヴェインさんの咆哮と共に、さらに二つの重低音が響き、モヒカンと傷顔も仲良く壁のオブジェと化した。
三人揃って壁に埋まるとは、これはこれで妙な連帯感が——いや、ないな。撤回する。
「いいか、てめえら! このルディアスに手を出したら、次は容赦しねえからな! 分かったか!」
「「「 お、おす!! 」」」
ギルド内の全冒険者が直立不動で絶叫する。
本当に見事な統率力だ。統率力というのは、こういう場面でこそ真価を発揮するものなのかもしれない。
ヴェインさんが俺に振り向く。
「すまねえ、ルディアス。猫ちゃんは無事か?」
「ええ、フェリスなら大丈夫です」
フェリスを見ると、何事もなかったかのように毛づくろいをしていた。大物すぎる。むしろ俺より肝が据わっているんじゃないだろうか。
「そうか……これはあーしの責任だ。本当に悪かったな」
深々と頭を下げるヴェインさん。姐さん気質というのは伊達じゃないらしい。
「いえ、フェリスに何ごともなかったので大丈夫です。俺もやりすぎました。すみません」
「そう言って貰えると助かる。あの三人には後でみっちり言い聞かせとくからよ」
壁でお休み中の三人が、無事である事を祈るばかりだ。
ヴェインさんがテーブルに着き、ドンッと紙の束を置いた。
見るに、何かの報告書のようだ。
その瞬間、荒くれ者のボスだったヴェインさんの怖い顔つきが消え、真剣な表情に切り替わる。
「で、だ。いきなりで悪いんだが、ちょっと不可思議な仕事を頼まれてくれるか?」
「……不可思議な仕事ですか? というと?」
「ああ。近隣の村の近くの森でな、アーマードボアが現れたんだ」
アーマードボア。
巨大な猪の魔獣で、大きい個体だと家ほどのサイズになる。
『重装鎧』という名前の通り、顔面部や前面の表皮に発達した分厚い骨が鎧代わりに覆っている、防御と攻撃性を両立したような厄介な魔獣。
だが、このアーウィンド王国近隣には生息していない魔獣だ。
ずっと北に生息しているはずだが……
「……そのアーマードボアを討伐する、という仕事ですか?」
「いや、違う」
一拍置いて、ヴェインさんが静かに口を開いた。
「そのアーマードボアは既に死んでいたんだ。いったい誰が、そのアーマードボアを倒したのかを調べるのが仕事だ」




