第10話 隣の村に行く事になったんだが
「目的地のアルダ村には今日の夕方前に着くからよ。ま、のんびりと行こうや」
ガタガタと車輪が石を弾く音を立てる馬車の中で、ヴェインさんが座席に寝っ転がりながら呑気に言う。
のんびり、ね。
少し前、チンピラ冒険者三人を壁のオブジェに変えていた人物と同一人物とは思えない緩みっぷりだ。
俺は今、冒険者ギルドマスターのヴェインさんと共に馬車に乗っているのだ。
というのも、俺の初仕事である『アーマードボアを倒した存在』を確認するために、現場であるアルダ村へと向かっている。
俺はというと、揺れる馬車の中で束になったアーマードボアに関する報告書を読み込んでいた。
『・アーマードボアは発見時に既に死亡』
『・第一発見者はアルダ村の村長』
『・なぜアーマードボアがアルダ村の北に位置する森林地帯に居たのかは不明』
『・アーマードボアの他個体は森狩りをしたが見つからず。おそらく死亡した一体のみ』
『・アーマードボアの死因は、物理的な打撃。もしくは斬撃によるもの』
たくさんの報告書があるが、大まかにはこれだけが有力な情報だった。
他には位置を示したものや時系列をまとめたものがあるが、これは現地の状況とすり合わせて確認する方が確実だろう。
「ルディアスよー、報告書を読んで何か分かったか~?」
「さすがに報告書だけではアーマードボアを倒したのが誰によるものかの特定は無理ですね。ただ魔獣一体の死骸で、これだけの量の報告書が上がる事は普通じゃない。最初は何故、北部に生息するアーマードボアが南に降りて来たのかを知りたいのかと思っていたのですが、どうやら違うみたいですね。やっと調査する理由が分かりましたよ」
「ほう?」
俺の言葉を聞き、寝ていたヴェインさんが身を起こして座り直した。
赤い髪が揺れ、興味深そうな視線が俺に向けられる。
「じゃ、その理由は何だと思うかね? ルディアスくん」
「何ですか、その言い方……まあ、考えられるのは二つですね」
俺は指を一本立てた。
「一つ目は、アーマードボアを倒せるほどの人物が居た場合です。いったい誰なのか。なぜ倒した魔獣の素材を換金せずに放置したのか。なぜ名乗り上げないのか。といった風な、人為的な事件としての側面が一つ目」
「ふむふむ。じゃあ二つ目は?」
俺は立てる指を二本にした。
「二つ目。それはアーマードボアより強い、別の魔獣がいた場合です。随分と簡単にアーマードボアを倒していますからね。これがもし居たとしたら、アルダ村や王都にとってかなりの脅威に違いありません。緊急度合いが高い案件になるかと」
俺の答えを聞き、ヴェインさんがニンマリと笑う。
「へへっ、話が早いな。その通りだ! やっぱりルディアスを連れて来て正解だったぜ!」
「でも、これだけ多くの報告書が上がっているんです。もう真相を掴んでいるのでは?」
「いーや、未解決だ」
ヴェインさんが首を横に振り、真剣な顔つきに変わった。
「森狩りをしても別の魔獣は見つからなかったし、付近に冒険者もいなかった。だからあーしが直接見に行くことにした。……で、良いタイミングでお前が加入した、ってわけだ。今回は力仕事じゃなく、真相を暴くのが仕事だぜ? 司書殿」
言い終えると、またゴロンと座席に横になるヴェインさん。
力仕事ではない、という所が救いだ。もしアーマードボアを倒すほどの魔獣を見つけたとして、「じゃあ倒しといて」なんて言われたら洒落にならない。
俺は隣で丸くなっているフェリスを撫でながら、窓の外を眺めた。
魔獣が死んだ原因を突き止める、か。こんな事も冒険者の仕事なんだなぁ。
ヴェインさんが「冒険者ギルドの仕事はいつも手一杯なんだ!」って言ってた理由も分かる気がした。
——————
「あー、やっと着いたなー! 身体がガチガチだぜ~」
馬車を降りるなり、大きく伸びをするヴェインさん。
俺の肩の上でフェリスも真似するように伸びをしていた。
ヴェインさんの言った通り、俺たちは昼を過ぎた頃に目的のアルダ村へと到着した。
周囲を見渡すと、アルダ村は想像以上に大きい規模の村だった。
何よりも目立つのは、切り出された木材があちこちに積まれていること。木の香りが辺り一帯に充満している。
……この匂い、図書館を思い出すな。あそこも古い木材の匂いが染みついていたし。
そんな事を思いながら、俺は村の様子を観察していた。
村の奥に進むと大きな伐採場が存在し、ギコギコと丸太をノコギリで切っている音が響いていた。
さらにその奥には、木材の元となる深い森が広がっている。
報告書には、あの森林地帯にアーマードボアが発見されたと書いてあったな。
「アルダ村は伐採で生計を立てている村なんですね」
「ああ、その通りだ。あの森の収穫がアルダ村の生命線でもある。だから物騒な魔獣が現れたってのは村人にとっては死活問題なんだよ」
「なら、早く解決しないといけないですね」
「そういうことだ! うし、んじゃあ早速アーマードボアを見に行くか!」
「えっ、アーマードボアをですか?!」
「見に行く」と言われて驚いたが、着いた先は既に処分されたアーマードボアの素材置き場だった。
残っているのは毛皮と、厳重に保管された装甲部分のみ。
肉などは腐っていたので、すぐに焼却処分されたらしい。
その場に残していると、さらなる魔獣を呼び込んでしまうのでその判断が正しいだろう。
「で、村長さんよ。これが例のアーマードボアの死因となった装甲部分か?」
「はい、その通りです。ヴェイン様」
答えた村長は、中年の男性だ。
ガタイが大きく、腕の筋肉が太く盛り上がっている。
想像していた『村長』はお爺さんだったが、ここは違うようだ。
村長の服から覗く太い腕には、無数の切り傷が刻まれている。
村長だけでなく、すれ違うアルダ村の人たちは総じてガタイが良いのは皆が伐採関係の力仕事をしている影響だろう。
「おい、ルディアス。これがアーマードボアの死因だ。すげえだろ?」
ヴェインさんが指差す先を見る。
アーマードボアの装甲は驚くほど分厚い。
厚さだけで俺の手のひら二つ分ほどの厚みがある。騎士が着込む重装鎧よりも遥かに分厚く、頑丈そうだ。
だがヴェインさんが「すげえだろ?」と言ったのは、その装甲の厚さについてではない。
その分厚い装甲が破壊され、中央から見事に突き破られていたのだ。
「……こんな事が可能なんですね」
「いや、普通は無理だな。簡単にできることじゃねえ。あーしなら出来るが、出来るのは本当にごく少数だな」
ヴェインさんは、聞くところによると元S級冒険者らしい。
元S級冒険者にそう言わせる時点で、この装甲の異常さが分かる。
冒険者の中でもごく少数のトップに君臨する実力者。そこらに居るような人間ではないのだ。
俺は破壊された装甲の断面を覗き込んだ。
指先で触れてみると、砕けた骨のざらついた感触が伝わってくる。
衝撃痕から見るに、これは『斬撃ではない』。
在るとすれば『刺突』だ。一点に威力を集中させ、内部を貫通したに違いない。
おそらく形状から推測すると、額の位置の装甲を砕き脳を一突きで即死させたのだろう。
武器を使用するとなると、剣だとリーチが短すぎるな。
攻撃を当てたとしても、アーマードボアの巨体に吹き飛ばされるのが関の山だ。
だとすると槍か? または長柄の武器だろうか。
しかし、こんな分厚い装甲を破壊するとなると、普通の武器では到底不可能に思えるのだが……
それに、そもそもアーマードボアの正面に立つような人間はいないはずだ。
なにせ相手は強烈な直線攻撃を仕掛けてくる魔獣。真正面から迎え撃つなど、危険極まりない行為だ。
普通だったら、横から攻撃を仕掛けるはずだ。
……だとすると、やはり魔獣の仕業か?
魔獣の仕業だとしたら、死骸をそのまま放置せず、食い荒らす痕跡が残るはずだ。
報告書には、そういった痕跡が皆無だったと記載されていた。
もしアーマードボアを倒せるほどの強力な魔獣だとしたら、ジャイアントグリズリーやドラゴン種など、超危険な個体ばかりだろう。
だがそんな魔獣はこんな所には生息していない。
魔獣でも無く、ヴェインさんのような強い人間だったとしても疑問は残る。
例えば、魔獣を倒した事実を公にできない立場の人間。
他国からアーウィンド王国に潜入した間者などが考えられる。
一人で相当な強さを持っていれば、アーマードボアを倒す事は可能だ。ヴェインさんのように。
だが間者は、そもそも痕跡となる死骸や足跡を残さない行動をとるはず。
アーマードボアと遭遇したとしても、無駄な戦闘を避け、逃げる術をいくらでも持っているだろう。
不可解だな。状況に矛盾が多すぎる。
だが……面白くなってきたな、これは。
手持ちの知識で空白部分の謎を埋めていく感覚に、少しだけ胸が高鳴る。
空白を見つけると埋めたくなる性分なのだ。
ヴェインさんが「初仕事は面白い所に連れてってやっからさ!」と言っていたのは、これの事だったのだろうか。




