第11話 野営しそうなんだが
「アーマードボアの死骸を最初に見つけたのは、村長さんなんですよね?」
「はい、私が見つけました。最初に見つけた時は驚きましたよ。なにせ初めて見かける魔獣でしたからね。正直、あの大きな魔獣が生きていたらどうなっていたかと思うとゾッとします……」
村長の証言を聞きながら、頭の中で報告書の文言をひとつずつ照合していく。
報告書には、村長さんが第一発見者と書いてあったが偽りは無いらしい。
冒険者たちが作成した報告書は、思っていたよりずっと精度が高いようだ。
これであれば報告書の内容が食い違っていないか確かめる作業は必要ないかもしれない。
「アルダ村の皆さんはがっしりした体格に見えますが、それでもアーマードボアを討伐するのは難しいのでしょうか?」
「生きた状態を見ていないので、なんとも言えないですが……村人が集まれば倒せるとは思います。この村の人間は、それなりに腕っぷしが強いですからね」
たしかに、道中すれ違った村人たちの腕は丸太のように太い。俺の腕の細さとは、まるで違う。
木を切り倒し、加工するという重労働を毎日こなしていれば、自然とそうなるのだろうか。
だが、この時点で頭の中には二つの引っかかりがあった。
ひとつずつ潰していくしかないな。
「そういえば、アルダ村にはずいぶんと多様な人種の方々が住んでいますね。髪や肌の色など、様々な出身者が集まっていると見受けられますが」
「ええ、おっしゃる通りです。皆、色々な国や地方から出稼ぎで王都へ来て、仕事を探すうちにこのアルダ村へ行き着いた人間が多いのです。そのまま長年住み着いた者がほとんどですね。かく言う私もアーウィンド王国の出身ではありませんから」
「なるほど。失礼ですが、村長さんはポエダ地方のタパン族の方ですか?」
俺の問いかけに、村長は目を大きく見開いた。
「そうです! まさかタパン族をご存知とは! いやぁ、嬉しいですね! もしかして、あなたもポエダ地方の出身なんですか!?」
「いえ、俺は違います。本で読んだ知識があっただけです。ただ、村を見渡した時点で、イルサイ族、カーマイル国の出身者、サーフェイル地方の方など、本当に色んな方たちが共存しているのが、単純に凄いと感じまして」
社交辞令ではなく、これは本音だ。俺は純粋に感銘を受けていた。
村という閉鎖的な社会の中で、多種多様な人種が共存するのは本当に凄い事なのだ。
習慣も価値観も違う者同士が協力し合うのは、並大抵のことではないだろうから。
「そうですね。村の運営は全員が一丸とならなければ成り立ちません。だからこそ、今までの文化を捨ててでも協力しようと歩み寄る者たちが多いのでしょう。お互いに助け合いながら、なんとか生きています」
そう語る村長は眉を八の字に下げており、これまでの苦労が深いシワとなって表情ににじみ出ている。
その態度から見ても、村長が嘘をついているとは思えない。
……あとは、王都には簡単に就ける仕事がないという裏付けが取れたわけだ。
だから皆、少し離れたこの村まで流れてくる。俺が職にありつけたのは、とんでもない幸運だったらしい。
「もう一つお聞きしたいのですが、アルダ村には獣人族の方は居ないのですね。俺の故郷では、重い物を運ぶ仕事は獣人族が得意としていたものですから」
「獣人族はアルダ村にはおりません。というより、アーウィンド王国であまり見かけない様な気がしますね」
たしかに言われてみれば、王都でもほとんど見かけなかったな。見かけたとしても王都の住人というよりも行商人などの旅人くらいだ。
俺が首を傾げていると、隣で腕を組んでいたヴェインさんが口を開いた。
「アーウィンド王国は、獣人にとっちゃ住みにくいんだよ。海も山も近くに無いから、肉の供給が少ないだろ? それが嫌なんだってさ」
「肉ですか? ああ……なるほど。そういう理由ですか」
アーウィンド王国は広大で人口も極めて多い。
その膨大な数の民を飢えさせないためには、安定かつ大量供給が見込める畑作が中心となる。
逆に言えば、狩猟で得られる獲物だけで大人数の腹を満たすのは不可能だ。
結果として必然的に肉は高価な取引材料になってしまう。大量に肉を食べる獣人族にとって、この国は生活しづらい環境なのだと納得した。
「あの~、ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか?」
村長が恐る恐る、俺たちに尋ねてきた。
「どうしました? 村長さん」
「この警戒態勢が解かれるのは、いつ頃になる予定でしょうか? 実の所、森の安全が確保されていないため、現在は武装した大人数で固まって伐採に向かっています。その影響で村の暮らしが立ち行かなくなりそうなのです……」
困り顔で訴える村長。切実さが、その声に出ていた。
「そうだよなぁ。なるべく早くケリをつけるさ。そのために、あーしらが来たんだからな!」
「あ、ありがとうございます! ヴェイン様!」
すぐに答えたヴェインさんに、村長さんが深く頭を下げた。
「おう! ……ところで村長、この村に宿ってあるのか?」
「宿、ですか? ええと……アルダ村にはございませんが……」
……宿が、無い?
まさかの衝撃的事実。野営という二文字が、頭の中でじわじわと存在感を増していく。
「しゃーねえ。んじゃルディアス、今夜は野営だな」
「やっぱり野営ですか……」
「なんだよぉ。あーしと二人で野営するのは嫌だってのか~?」
「いや、そういう意味じゃないですけど……」
嫌とは言っていないが、断る権利を最初から与えられている気がしない。
この問答、どう転んでも野営という結末に着地する構造になっている気がするが。
「あの、ヴェイン様。そのことでご提案があるのですが!」
俺が困惑していると、村長が慌てた様子で切り出した。
「村にひとつだけ、空き部屋のある家がございます。もしよろしければ、そちらに泊まっていただけないでしょうか? 家主にはすでに話を通してあります」
「お、そうなのか? でも迷惑じゃないのかぁ?」
「はい。できれば宿泊して頂けると、こちらとしても大変助かるのです。実は……その家は両親を亡くしており、兄と妹の子ども二人だけで暮らしている状況でして……」
懇願するように俺たちを見つめる村長の目。
その言葉を聞いて、村長の意図がすぐに理解できた。
魔獣の騒動によって経済的に困窮している村。
そして子どもだけで暮らしている一家。
要するに、俺たちが宿泊代を払う名目で、子ども達へ生活費を恵んでやって欲しいという意味なのだ。
村長自身も余裕がない中で、孤児となった子どもたちの生活を気にかけているのだろう。
アルダ村の住民同士が協力し合っているという話は、紛れもない真実らしい。
チラリとヴェインさんを見ると、ヴェインさんはニコリと優しい笑みを浮かべていた。
「ああ! そういうことなら遠慮なく世話になるとしようか!」
ヴェインさんも、村長の優しい企みを察していたようだ。
——————
「よ、ようこそおいでくださいました!」
「ほ、ほんじつは……おひがらもよく!」
案内された家で出迎えてくれたのは、身を寄せ合う小さな兄妹だった。
兄は十三歳、妹は十歳くらいだろうか。いや、もっと幼いかもしれない。
宿泊者が来ると聞かされ二人で一生懸命に挨拶の練習をしたんだろうな、というのが伝わってきて、こちらの胸のほうが妙にくすぐったくなる。
「おう! 数日世話になるけど、よろしくな! あーしはヴェインだ!」
「こんにちは、はじめまして。俺はルディアスです。こっちの猫はフェリスだよ」
「なーぅ!」
俺たちの挨拶に、カチコチに固まっている兄妹。
緊張しまくっているのが分かる。
「おいおい、そんなに固まんなくていいんだぞ~。もっと気楽にしていいんだぜ? お二人さんの名前を聞かせてくれるか?」
「あっ! ぼ、僕はビスコです! 妹はヴァレと言います!」
「そうか、ビスコにヴァレ、よろしくなぁ!」
にこやかに笑うヴェインさん。
姉御肌、というのはこういう時に真価を発揮するのだろうか。
ヴェインさんの明るくラフな態度が、小さな兄妹の強張った心を解きほぐすには充分だった。
この人、こういう空気の作り方が本当にうまいな。
冒険者ギルドで荒くれ者たちを一喝で黙らせていたのと同じ人間とは思えない。
その後、なぜヴェインさんが大勢の荒くれ冒険者たちか慕われているのか、俺は理解する事になる。
夕飯の食材の買い出しへ皆で出かけた後、ヴェインさんが率先して台所に立ち、手際よく夕飯を作り始めたのだ。
俺とビスコ、それにヴァレの三人は調理の手伝いだ。
「ヴァレ、そこの皿を取ってくれないかぁ? ビスコは野菜を洗うのを頼む!」
「「 はいっ! 」」
ヴェインさんは時折、わざとビスコとヴァレに簡単な作業を頼んでいた。
兄妹は頼られたことが嬉しいのか、一生懸命に作業をこなしていく。
共同作業を通じて、子どもたちの警戒心はみるみると溶けていった。
相手の心を開かせる自然な手腕。これは図書館の書物には決して載っていない、生きた知識だ。
俺は野菜の皮を剥きながら、ただただ感心するしかなかった。
やがて食卓に並べられた夕飯は、湯気を立てる野菜のスープに香ばしく焼かれた肉など、俺が見ても豪勢なものだった。
ビスコとヴァレは、本当に食べていいものかと迷うように、料理とヴェインさんの顔を交互に見比べている。
「さあ、冷めないうちに食べようぜ! 栄養満点だからな! たっぷりあるから、どんどん食え!」
木のお椀にスープや肉をたっぷりとよそい、ビスコとヴァレの前に次々と置いていくヴェインさん。
その姿は、どことなく王都で世話になっている安宿の女将さんを彷彿とさせた。
「「「「 いただきます! 」」」」
ビスコとヴァレはスプーンを握りしめ、一生懸命に食事を頬張り始めた。
ヴェインさんが、がさつだと思っていた過去の自分を訂正したい。
この人は繊細で、周りの人間の感情を細かい部分まで察しているようだ。
……だとすると、今の俺はヴェインさんの手のひらで転がされているのだろう。




