第12話 案内してもらったんだが
ヴェインさんお手製の夕飯を食べたあと、俺たちはビスコとヴァレに連れられてアルダ村の大衆浴場へと向かった。
なんと、このアルダ村の近くに温泉が湧いているらしい。
凄い事だ。伐採という重労働をする村人たちの身体を癒しているのは、温泉のおかげに違いない。
俺はといえば、図書館で働いている時はまともに湯を浴びる余裕もなく、図書館の裏で水を被って済ませていた日々が走馬灯のように蘇る。
この村、生活水準がベマスダの国より上なんじゃないか? いや、絶対そうだ。恨みつらみは無いはずなのに、なぜか敗北感がある。
俺たちは馬車に乗り、しばらく進むとふわりと硫黄の匂いが漂ってくる。
湯気が立ち込める大きな木造の建物を前にして、俺は興奮を隠せなかった。
そして贅沢にたっぷりのお湯で汗を流し、家に戻るとサッパリとした身体でベッドに寝転がる。なんて至福の時間なんだ。
ふと横を見ると、ヴェインさんが妹の方のヴァレの長い髪を丁寧に櫛でといてあげていた。
あの荒くれ者たちを黙らせるギルドマスターが、小さな子どもの髪を優しく手入れしているのだ。
本当に面倒見の良い人だな。
その光景を、フェリスが尻尾をゆらゆらさせながら興味深そうに眺めていた。
ヴァレもまた、自分をじっと見つめてくるフェリスの存在が気になって仕方がない様子だ。
「ねえ、ルディアスさん。この子に触ってもいい? 噛まれたりする?」
ヴァレがそわそわしながら、小さな声で聞いてくる。
「うん、大丈夫だよ。優しい猫だから」
「ほんと? やったぁ!」
俺がそう答えると、ヴァレは恐る恐るフェリスの頭へ手を伸ばした。
そっと撫でてあげると、フェリスは目を細めて気持ちよさそうに喉をゴロゴロと鳴らす。
「かわいい……!」
「ヴァレは猫を見るのは初めてかい?」
「うん! ちっちゃくてかわいいね! 森に出る魔獣の狼とは大違い!」
そうか、このアルダ村には猫はいないのか。……考えてみれば当然か。
村人たちは自分たちの食事を確保するだけでも精一杯の生活を送っている。
愛玩用の動物を飼う余裕など、最初から無いのだろう。
やがて、部屋の灯りが消されて寝る時間になる。
寝室は大きな部屋が一つだけで、そこにベッドが四つ並んでいた。
ヴァレとヴェインさんは、なぜかフェリスを間に挟んで抱きしめながら眠っている。
毛玉のように丸まったフェリスが、ちょっと窮屈そうに身をよじっていた。
俺の相棒が奪われているんだが、まあいい。フェリスがヴァレやヴェインさんたちに気を許しているなら、それはそれでいい傾向だ。
静まり返った部屋で、隣のベッドのビスコが小さく声をかけてきた。
「ねえ、ルディアスさんたちはいつまでアルダ村に居れるの?」
「決まっていないけど、仕事が終わるまでかな」
「仕事? ルディアスさんも、伐採の仕事をしているの?」
あ、そういえば説明していなかったな。この村では、外から来る人間はみんな伐採関係だと思われるらしい。無理もない、林業以外の産業なんて見当たらない村だ。
「いや、伐採で来たわけじゃないんだ。俺は、あの森のアーマードボアの件を調べに来たんだ。それが片付いたら王都へ帰るよ」
「え……そ、そうなんですか……」
アーマードボアの件を伝えると、ビスコがふいに黙り込んでしまった。薄暗い部屋の中でも、ビスコが何かにひどく怯えているのが分かる。
その様子が気に掛かったが、ここで無理に追求するのはやめておいた。こんな夜更けに子供を問い詰める趣味は無い。
気になる沈黙を残したまま、俺はビスコにおやすみと告げて目を閉じた。
——————
調査二日目の朝。
アルダ村の澄んだ空気が冷たく、深呼吸をすると肺の奥まで冷気が入り込んでくる。
今日はヴェインさんとは別行動だ。
「ちょっくら、アーマードベアの痕跡をたどれるだけ辿ってくるわ!」
ヴェインさんは朝食を食べ終えると、早々にそう宣言して出かけていった。
常人離れした強さを持つ元S級冒険者の探索に俺が同行しても、どう考えても足手まといだ。
俺はというと、ビスコとヴァレにアルダ村を案内してもらうことにした。
もちろん、ちゃんとした依頼として案内料を支払っている。
「あれが、伐採場です」
「これが、きれいなお花!」
「あれが、村の寄合所です」
「ここが、いつも遊ぶところ!」
兄のビスコは村の施設を教えてくれて、妹のヴァレは村のお気に入りの場所(?)を教えてくれた。
真面目な兄と、自由な妹。二人は外を歩く間、ビスコはずっとヴァレと手を繋いで歩幅を合わせている。
本当に仲の良い兄妹だ。
「おう、ビスコにヴァレ。仕事をしているのか、偉いな!」
村の広場を歩いていると、大柄で髭を蓄えた男性が兄妹に声をかけてきた。
丸太のような腕をしている。手には大きな斧を持っているので、この人も伐採の仕事をしているに違いない。
「あ、テムおじさん……こんにちは」
「ん? そちらの兄ちゃんは?」
テムと呼ばれた男性の視線が、俺へと向けられた。
「はじめまして。ルディアスと申します。アーマードボアの件で、王都より派遣されてきました」
「おお、助かるぜ! 今までたくさん冒険者の人たちが来たが、わからず仕舞いでなぁ。安全が確保されたら助かるってもんだ。あんな魔獣がいたんじゃ、仕事に支障がでるってもんでな。期待してるぜ、兄ちゃん!」
「あんな魔獣……? アーマードボアを直接、見られたんですか?」
「おう、俺が素材を剥いで燃やしたからな。綺麗に素材が取れてただろ? いつも魔獣を狩った後に剥ぐのも、俺の仕事だからな」
素材を剥いだ本人か。
であれば、死骸の詳しい状態を知っているはずだ。直接話を聞ける機会なんて、そうそう転がっていない。
「テムさん。少しアーマードボアについて伺ってもいいですか?」
「おう、なんでも聞いてくれ!」
快く応じてくれたテムさんが、木製のベンチに斧をゴトッと置いて腰を下ろす。相当な重量があるらしい。俺も隣に座り、さっそく本題に入った。
「アーマードボアの死骸はどんな状態でしたか? 何か、おかしな点はありましたか?」
「おかしな点って言われてもなあ。もう死んでたからな。まあ綺麗な状態だったよ。腐敗も始まったばかりだったしな」
腐敗が始まったばかり……ということは、死んでからまだ数日しか経過していなかったはず。
綺麗な状態というのは、やはり冒険者が素材を取ったり他の魔獣に食い散らかされていないというのも、事前に読んだ報告書の内容と一致している。
「大きさとか、他に気になる点はありました? 燃やすのが大変だったとか」
「大きさは……俺の背より、少し小さいくらいだったかな。燃やすのは楽だったよ。腐敗つっても、肉があんまり付いてなかったし」
肉がついていない……?
それにアーマードボアにしては思ったより小さいサイズだな。
家ほどの大きさになるはずの魔獣が、人間の身長より小さいとなると、まだ子どもだったのか?
その後もテムさんから色々な話を聞き出したが、事件の核心に迫るような重要な証言は得られなかった。
「わかりました。色々教えて頂いて、ありがとうございます。テムさん」
「おう、また何かあったら気軽に言ってくれ!」
テムさんと別れた後、俺は再び兄妹に先導されて村の外れの森までやってきた。
ここは、アーマードボアが出現した森とはちょうど反対側に位置する場所だ。
少しだけだが、ここでは食べ物が収穫できるらしい。
地面には小さなキノコが生え、木々には赤い実がなっている。
あとは食用の野草がちらほらと生えている程度だ。
「これがねー、食べれるけど苦い葉っぱ。私は嫌い!」
「おい、ヴァレ。せっかく食べれるんだから、ちゃんと収穫しろよ」
「やだ! だって苦いんだもん!」
言い合う兄妹の会話に混ざりながら、俺も一緒に収穫を手伝った。
土の匂いを嗅ぎながら植物を引き抜いていく。
「いつも、ここに食糧を取りに来ているのかい?」
草を引っ張っているヴァレに尋ねる。
「ううん。いつもはあっちだよ。あっちの森の方が、たくさん採れるから!」
ヴァレが指さしたのは、アーマードボアの居た方の森だ。
……なるほど。あちらの森の方が村にとって重要な資源地、ということか。
早く解決しないと、村の食糧事情まで悪化しかねないかもしれないな。
司書という肩書からずいぶん遠い仕事になってしまったが、こういう地道な聞き込みは嫌いじゃない。むしろ得意分野だ。ただ、体力が限界が近い。俺は兄妹よりも非力かもしれない……
ヴァレの言った言葉から、今いる森でも、アーマードボアのいた森と収穫できるものもそんなに変わらないだろう。
収穫できる作物はどれも小さい。やはりアルダ村近隣は、大型の魔獣が十分な餌を確保できるような環境には到底見えない。
夕飯の足しになる程度の食料を集め終えて、俺たちは家へ戻ってきた。
すると、ちょうど家の前で帰宅したヴェインさんの姿があった。
「ヴェインさん、お帰りなさい。何か分かりましたか?」
「いや、何も見つからなかったなぁ。山の方まで痕跡を追ったんだけどなぁ」
残念そうにため息をつくヴェインさん。
……山の方? 「山の方まで」というと、国境の山か? そこまで山は無いはずだ。
この村から国境の山までかなりの距離があったはずだが、いったいどんな脚力をしているんだ、この人は。だが常識で測ろうとすること自体が間違いなのかもしれない。元S級冒険者、恐るべし。
ふと横を見ると、ビスコとヴァレが不安そうな顔で、じっと足元を見つめていた。




