第13話 はぐれ魔獣だったんだが
その後、ヴェインさんが夕飯を作り、食べ終わった後に皆で後片付けを済ませた夜。
昨日と同じように温泉に浸かり、火照った身体を持て余しながら家路についた。
「なぅなぅ!」
フェリスの元気な声が、リビングに響いている。
ビスコとヴァレが転がりながらフェリスとじゃれ合っていたのだ。
二人とも、フェリスの可愛さに頬が緩みっぱなしだな。
昨日よりも随分と仲が良くなっているらしい。
そんな微笑ましい光景を見守りつつ、俺は椅子に腰掛けたまま、別の作業に没頭していた。
今まで拾い集めた情報の欠片を、頭の中で並べ替える作業だ。
……こういう時、司書として鍛えた『情報を分類する癖』がいい仕事をする。
いや、司書の仕事だけじゃない。政務でも、多種の業務を分類しつつ当たっていた事を思い出した。
ベマスダの無茶振りのおかげで培った特技が、まさかこんな所で役に立つとはな。感謝はしないけど。
まず、一つ目だ。
アーマードボアが『なぜ生息域から遠く離れた、このアルダ村の近くに現れたのか』についてだ。
俺は、同じように兄妹を眺めていたヴェインさんに声をかけた。
「ヴェインさん。アーマードボアの件で分かった事があるんですけど、聞いてもらっていいですか?」
「お、なんだなんだ。言ってみろ」
ヴェインさんが椅子の背もたれから身体を起こす。さっきまでの緩みきった空気が、一瞬で消えていた。
「アーマードボアがなぜここに現れたのか。その理由なんですけど……もう、答えは出ていると思っていいです」
「はぁ? どういうことだ、そりゃ。理由を教えてくれ」
興味を引かれたのか、ヴェインさんが身を乗り出してくる。
俺は小さくコホンと咳払いをして、頭の中の情報を言葉に変換していった。
「それでは順番にお伝えしますね。今日、アーマードボアの素材を剥いだテムさんという方から、死骸の状態について確認を取りました」
「おー、なるほど。皮と骨になる前に、死骸の状態の確認を取ったってことか」
さすがヴェインさんだ、理解が早い。
「はい。あの個体はかなり小柄で、おまけに肉がほとんど付いていなかった。……つまり、ろくに食事が取れていなかったってことです」
「おー。それで?」
「北の縄張り争いに負けた個体が、飢えて南に流れてきた。いわゆる『はぐれ魔獣』ってやつですね。行き着いた先が、たまたまこのアルダ村だった。それだけの話ですよ」
ヴェインさんが、パンと膝を叩いた。
「なるほどなぁ! その情報なら、あーしもその線で間違いないと思うぜ! 何せ、近くの森には何も変化がなかったしな!」
先ほどの真剣な顔がパッと明るくなり、ヴェインさんはニッカリと笑った。
……で、だ。本題はここからだ。
今回の一件、重要なのは『アーマードボアが何故ここに来たか』じゃない。
『誰がアーマードボアを殺したか』だ。
アーマードボアは小柄で痩せていたとはいえ、あの分厚い装甲を正面から叩き割るなんて芸当、そう簡単にできる話じゃない。
テムさんの証言と、装甲の断面。突き合わせるほどに、ある一つの仮説が形になっていく。
……いや、まだ確信じゃない。もう少しだけ、裏を取らせてもらおう。
「あ、そうだ」
思いついて、袋の中からあるものを取り出す。
草の、ほのかに甘い匂いがふわりと広がった。
「お? ルディアス、その葉っぱは何だ?」
「今日、ビスコたちと一緒に森で拾ったハーブです。ちょうどいいので、皆の分のお茶にしようかと」
「おお、いいな! 洒落てるじゃねえか!」
湯を沸かし、炙ったハーブを浸す。しばらく待つと、薄い琥珀色に染まったお茶が出来上がった。
カップに人数分、ハーブティーを注いでいく。
「ビスコ、ヴァレ。ハーブティーができたよ。飲むでしょ?」
声をかけると、フェリスと転がっていた二人がぱっとこちらを見た。
「なにそれ!?」
「のむのむ!」
二人には、特別に砂糖を加えた甘めのハーブティーだ。
「熱いから、ふーふーしながら飲んでね」
「「 はあーい! 」」
二人の元気な声が重なる。
言われた通り、二人は一生懸命にふーふーと息を吹きかけて冷ましながら飲んでいた。
「わあ、美味しい!」
「あまくていいにおい!」
うんうん、喜んでもらえたようで何よりだ。
……さて。
ここまで場を整えたところで、ずっと気になっていた事を聞いてみるとしよう。
今まで聞きづらい雰囲気だったから、聞けなかったのだ。
「ビスコ、ヴァレ。二人はいつから、二人だけで暮らしてるんだい?」
「え? えーっと……」
俺の言葉に、二人はカップを持ったまま少し考え込んだ。
「あれから三回の冬を越したから……たぶん三年前、だと思う」
「そうか、三年も二人だけで過ごしてきたのか。二人で、よく頑張ってきたね」
「ん、まあ村の人たちのおかげです。みんな、助けてくれるから」
落ち着いた声で答えるビスコ。
年の割に随分と大人びている。三年もの間、妹の面倒を見てきたんだ、そうもなるだろう。
「そっか。ちょっと聞きたいんだけど、二人の出身地って、どこなんだい?」
「出身地ですか? うーん、わからないです。お父さんが生きていた時に、そういった事を聞いた事が無かったので」
「お父さん? お母さんはどうしたの?」
「お母さんは最初からいなくて……お父さんと三人で、このアルダ村に来たんです。って言っても、僕、その頃の記憶があんまり残ってなくて」
……なるほど。
最後の欠片が、かちりと嵌まった。
これで全てのピースが揃ったのだ。そういう事だったのか。
この村の人たち。テムさんの証言。小柄で痩せた個体。装甲の破壊痕。この兄妹の生い立ち。そして、脅えているビスコとヴァレ。
バラバラだった情報が、一本の線で繋がっていく。
俺はチラリとヴェインさんを見た。
ヴェインさんは何も言わず、静かにハーブティーを飲んでいた。
俺がこれから何を切り出すか、もう察しているんだろう。
俺はビスコとヴァレに向き直った。
「なあビスコ、ヴァレ。このハーブティーは美味しいかい?」
「うん! すごい良い香りがする!」
「わたしは、あまくて好き!」
ビスコとヴァレに気に入って貰えたようだ。
では、本題を切り出すとしよう。
「ビスコ、ヴァレ。ちゃんと聞いてほしい事があるんだけど、いいかな?」
「え……なんでしょうか?」
ビスコの表情に、緊張が走る。
カップを握る手に力が入っているのが分かった。
「そんなに硬くならなくて大丈夫。先に言っておくよ。俺もヴェインさんも、何があっても二人の味方だ。それだけは、忘れないでほしい」
「え……?」
ビスコの震えた手が止まる。
そのビスコの緊張を察したのか、ヴァレの動きまで止まった。
「安心して。それにほら、このハーブティーは気持ちを落ち着かせる効果があるんだ。変な事になったりはしない。だから落ち着いて聞いて欲しいんだ」
「…………」
二人が固まる。
俺がこれから何を言うか、もう理解しているようだ。
だから、俺はそのまま伝えた。
「ビスコ、ヴァレ。あのアーマードボアを倒したのは、君たちだね?」




