第14話 勇者だったんだが
「ビスコ、ヴァレ。あのアーマードボアを倒したのは、君たちだね?」
俺の言葉に、ビスコとヴァレは何も言わなかった。
いや、言えなかったのだろう。
二人ともカップを握りしめたまま、顔を真っ青にして固まっている。
呼吸だけが浅く忙しなく、視線はさまよいながらも決して俺と目を合わせようとしない。
リビングに、長く重苦しい沈黙が下りる。
この反応がもう、何よりの答えだった。
「大丈夫だよ。ビスコ、ヴァレ」
努めて優しい声で、そう告げる。
別に追い詰めるつもりはない。だが、これ以上この幼い二人だけで抱え込ませておくわけにもいかないのだ。
この村へ足を踏み入れた時点で、既に気がついていたはいた。
村にはタパン族やイルサイ族、色んな地方の出身者が集まっている住んでいるのは把握していたし。
その中で、ビスコとヴァレの『白い肌』と『黒い髪』、特徴的な『金色の目』という外見的特徴。
それに当てはまる人種……それは、人狼族だ。
しかも、ビスコとヴァレには両親がいない。
……どう考えても特殊な事情が積み重なっていた。
俺は考えをまとめて、ゆっくりと真相の開示に踏み切った。
「ビスコ、ヴァレ。落ち着いて聞いてくれ。君たちが狼のような姿になるのは、病気とか、悪い事じゃないんだ」
その言葉に、ビスコの肩がビクッと大きく跳ねた。
……そうか。獣人化したのは、兄のビスコの方か。
これで確信に変わった。
「ビスコ。君たちはね、遥か北に住んでいる種族、人狼族なんだ。身体が人狼になったり、人間に戻ったりするのは、君たちにとって普通なんだ。何も驚かなくていいんだよ」
激しく目が泳ぐビスコ。まだ呼吸は浅く、動揺は少しも収まっていない。
だが、妹の方のヴァレは違った。
「ほ、ほんと!? お兄ちゃんは普通なの!?」
俺の袖を掴み、身を乗り出して縋るように聞いてくるヴァレ。
「ああ。本当に普通なんだ。ヴァレ、約束するよ。人狼族といっても、人狼になれるのは極一部の才能がある人だけなんだ。これは誇っていい事なんだよ」
俺の言葉を受けるや否や、ヴァレがビスコの肩を激しく揺さぶり始めた。
「お兄ちゃん! 普通なんだって! 良かった! ……よかったぁ……」
その言葉を絞り出した直後、ヴァレの目から大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちた。
それにつられるように、ビスコの目からもとめどなく涙が溢れ出す。
今までギリギリの精神力で堪えていた感情が、一気に決壊したようだった。
俺は、震える二人をそっと抱きしめた。
小さな身体が、しゃくり上げるたびに小刻みに揺れている。
「大丈夫。ビスコが急に狼人間になってしまって驚いたんだよね?」
俺の言葉に、二人は泣きながらこくこくと頷いた。
「そうか……たぶん、お父さんも人狼族の事を伝えてなかったんだね。古い話しだし、人狼になれる変身能力が出るのは凄く稀らしいから」
人狼族という種族には、稀に人間よりも遥かに強い人狼へと変身する能力を持つ者が生まれる。
世代を重ねて血が薄まった結果、その能力の出現率は激減しているらしい。
そして、その稀な能力を開花させたのがビスコだったというわけだ。
もっとも、この人狼族の知識はすべて本で得ただけのものに過ぎない。
図書館の隅で埃を被っていたような古い文献の知識が、まさかこんな形で役に立つとはな。
となれば、残る疑問はその力が目覚めたきっかけだ。
「ビスコとヴァレが森で収穫している時に、アーマードボアが出たんだよね? それで、ヴァレを守るためにビスコが狼の姿になった……って事であってるかな?」
俺が推測を口にすると、ヴァレが感情を爆発させるように叫んだ。
「うん……うん! 私が……私が逃げ遅れて転んじゃって……お兄ちゃんが助けてくれたの! だから、お兄ちゃんは魔獣じゃないよ!」
魔獣。
ヴァレの言葉でバラバラだった情報が、すべて一本の線に繋がった。
妹を救うという極限状態が、ビスコの眠れる力を強制覚醒させたのだ。
人狼と化したビスコがアーマードボアを撃破した。
だが、その変わり果てた自分自身の姿を見て、ビスコが魔獣になってしまったのだと勘違いを起こしたのだろう。
村の周辺に出没する狼は魔獣、というのがビスコとヴァレの魔獣に関する知識だ。
だから『狼=魔獣』という認識が刷り込まれていたに違いない。
ビスコが狼の魔獣になってしまったのだと思い込み、魔獣は討伐対象だから二人は誰にも相談できなかったのだ。
たった二人だけで、誰にも言えない秘密を抱えてきたのだと思うと、胸の奥が締め付けられた。
「大丈夫。ビスコは魔獣じゃないよ」
俺はもう一度、その呪いを解くように力強く伝えた。
「ほ、本当!?」
「ああ、本当だ。ビスコは魔獣なんかじゃない。妹を守った『勇者』だよ」
俺がそう言うと二人は互いに強く抱き合い、堵からか声を上げて泣き続けた。
フェリスがそんな二人の足元に、まるで寄り添うように身体をすり寄せている。
ビスコは魔獣などではない。
妹の命を立派に守り抜いた、本物の勇者だったのだ。
やがて二人は泣き疲れて限界を迎えたのか、そのまま眠ってしまった。
二人の間には、フェリスがちょこんと挟まって丸くなっている。
俺はそっと毛布をかけ、静かに寝室を後にした。
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リビングに戻ると、ヴェインさんが「おつかれさん」と温かい紅茶を出してくれた。
湯気の立つカップを両手で包み、俺はそれを一口、静かに飲む。
じんわりとした温かさが、強張っていた身体に染み渡っていく気がした。
俺がビスコとヴァレの二人と話している間、ヴェインさんは一切口を挟まず静観していた。
いつもの豪快な調子が鳴りを潜め、どこか神妙な顔つきをしている。
やがて、ヴェインさんが口を開いた。
「ルディアス、いつから分かってたんだ?」
「何をです?」
「何って、そりゃアーマードボアを倒したのがビスコだったって事だよ」
俺は紅茶をもう一口味わってから、静かに答えた。
「この村に来て、ビスコとヴァレを見た時からです」
「なっ……!?」
ヴェインさんが目を丸くする。
「おいおい! なら、最初から教えてくれたっていいだろ?!」
「だって確証がないですから。それこそビスコたちを見て、すぐに人狼族だと分かりましたけど、本当にアーマードボアを倒すほどの大きな魔獣がいる可能性だって、ゼロではなかったわけですから」
俺の回答に、ヴェインさんが目をぱちくりと瞬かせた。
「なんだよ~。それも教えてくれたって良かったじゃないか」
「あ……推測でも言った方がよかったですか?」
「そりゃそうだろ!」
「じゃあ、今度から頭の中にあることを報告しておきますね。……それともうひとつ、やっておかないといけない事があります」
俺の言葉に、ヴェインさんが目を細める。
「やらないことって……何をするつもりなんだ?」
「真相が解明された以上、ビスコたちが安心して暮らせるための手立てを講じなければなりませんからね」




