第15話 幸せになってもらうんだが
「真相が解明された以上、ビスコたちが安心して暮らせるための手立てを講じなければなりませんからね」
俺の言葉に、ヴェインさんは紅茶のカップを傾けたまま、片眉だけをくいっと上げた。
「手立て、ねぇ。ずいぶんと大きく出たじゃねえか」
「大きくは出てませんよ。ただ、正しい順番で物事を片付けるだけです」
「順番……ね。まあいい、お前がそう言うなら任せるさ。だが今夜はもう遅い。話の続きは明日だ」
ヴェインさんはそう言うと、大きく伸びをして立ち上がった。
たしかに、今日はもう色々ありすぎた。
ビスコとヴァレの正体、そこに至るまでの経緯。
頭の中を整理するだけでも一晩じゃ足りない気すらする。
俺はチラリと、寝室を見た。
ビスコとヴァレの静かな寝息が聞こえてくる。
……よし。明日、ビスコとヴァレのために全てを解決させよう。
——————
翌朝。
朝日が差し込む窓の外では、丸太を運ぶ村人たちの威勢のいい掛け声が響いていた。
いつも通りの、アルダ村の朝だ。
「おはよう、ルディアスさん……」
「おはよう。よく眠れたかい?」
起きてきたビスコの顔は、まだ少しむくんでいる。
だが、昨日までとは明らかに違う。張り詰めていた糸が緩んだような、そんな柔らかい表情をしていた。
「うん……なんか、久しぶりにぐっすり眠れた気がする」
「わたしも! スッキリ!」
ヴァレはいつも通り元気いっぱいだ。
フェリスがそんなヴァレの足元にすりすりと擦り寄って、朝の挨拶を交わしている。
「なぅ!」
「フェリスも、おはよう」
微笑ましい光景に頬が緩みそうになるが、今日はやることがある。
「ビスコ、ヴァレ。今日はヴェインさんと一緒に、村長さんのところへ行ってくるよ。二人は家で待っていてくれるかい?」
「……村長さんの所に、行くんですか?」
ビスコの声に、わずかな緊張が滲んだ。
まだ完全に不安が消えたわけではないのだろう。無理もない。
「大丈夫だよ。心配しなくていい」
俺がそう言うと、ビスコはこくりと小さく頷いた。
準備を整え、ヴェインさんと共に村長の家へと向かう。
道すがら、ヴェインさんが呟いた。
「なあルディアス。お前、本当にこれでいいと思ってるのか?」
「はい。隠し続けるより、正面から向き合ったほうがいい。そのための確認です」
「……お前ってやつは、ブレがねえな」
その言葉には、呆れと感心が半々に混ざっているように聞こえた。
村長の家に着くと、玄関先で出迎えてくれたのは、いつもの通り丸太のような太い腕をした村長だった。
「おお、ヴェイン様、ルディアス様! どうしたんでしょうか? そんなにあらたまって」
俺たちの様子から何かを察したのか、村長は少し不思議そうな顔で首を傾げた。
「村長さん。今日は、アーマードボアの件の調査が完了したので、その報告になります」
「おお! なぜアーマードボアが死んでいたのか、真相が分かったのですね!」
村長の顔が、ぱあっと明るくなる。
何日も張り詰めていた緊張が、少しだけほどけたのが分かった。
家の中に案内され、俺たちはテーブルへと着いた。
村長は、俺たちの報告を早く聞きたいとばかりにソワソワしている。
「まず最初に、村は安全です。これから何もないことをお約束します」
「そ、それは本当ですか!? いやぁ、それはよかった……! これで安心して森に入れます!」
村長は心底、安堵したような笑みを浮かべた。
ガタイの良い大男が、まるで子どものように喜ぶ様は、なんだか少し微笑ましい。
「では、順を追って説明させて頂きますね」
俺は懐から手帳を取り出し、これまでの調査結果を語り始めた。
「まず、アーマードボアがなぜこの南の地に現れたのか、についてです。あの個体は死骸の状態からして著しく痩せており、肉づきも良くありませんでした。本来アーウィンド王国周辺には生息しない魔獣ですが、おそらく北の縄張り争いに敗れ、餌を求めて南下してきた……いわゆる『はぐれ魔獣』だったと考えられます」
「おお、なるほど。北に生息していたアーマードボアが食糧を探して南下してきた、と。それであれば納得です。では、そのアーマードボアが死んでいたのは、何故なんでしょうか?」
……来たか。
核心の質問。ここからが本題だ。
俺はチラリと隣のヴェインさんに視線を送る。ヴェインさんは何も言わず、静かに頷き返した。
……よし。
「それを説明する前に、村長さんにひとつお聞きしたい事があります」
「はい、なんでしょう?」
「この村の方は、獣人に偏見はありますか?」
俺の問いに、村長はぽかんとした顔になった。
「じゅ、獣人……? あの、ルディアス様。アーマードボアの話をしていたと思うのですが……」
「ええ、それに関わる質問です。正直にお答え頂けると助かります」
「は、はあ……偏見、ですか……」
村長は太い腕を組み、しばらく考え込むように唸った。
「……いえ、無いと思いますよ。この村には、色んな地方から流れてきた者たちが暮らしています。生まれも育ちも違う者同士、助け合わなければ生きていけない村なんです。アーウィンド王国には獣人は少ないですが、我々が育った地域では獣人と一緒に暮らすのは普通ですし。それに獣人だからと言って毛嫌いするような余裕、この村には端から無いんですよ」
「……そうですか」
その答えに、ヴェインさんと二人で小さく頷き合う。
村長の目に、嘘は見えなかった。
この村ならば、大丈夫そうだ。




