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間違えて王国の最難関の選抜試験を受けたら合格してしまったんだが   作者: 水乃ろか


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第16話 解決したんだが


 

 それから数日後。

 アルダ村の広場は、まるでお祭りのような賑わいに包まれていた。

 

 軽快な楽器の音が響き渡り、宙にはなぜか紙吹雪まで舞っている。

 いったい誰がこんなに用意周到に準備したんだ、と思わず苦笑してしまうほどの盛り上がりだった。


 その広場の中心で、村の大人たちに肩車されているのは——ビスコだった。


「英雄だ! めでてぇな!」

「ビスコ、大したもんだぜ!」

「いよっ、村の誇り!」


 村人たちが口々に声を上げ、ビスコの名を讃えている。


「テムさん、随分な盛り上がりですね」


 人ごみの中に見慣れた顔。

 アーマードボアの素材を剥いだテムさんの姿を見つけて、思わず声をかけた。


「おうよ! ルディアスの兄ちゃんか! なにせ、あんな小さい身体で妹を守り抜いた英雄が、この村から出たんだ! 盛り上がらねえわけがねえだろ!」


 テムさんは満面の笑みで、ぶんぶんと大きな手を振り回している。


 ……ここに至るまでには、少し長い道のりがあった。

 俺たちはあの時、村長に経緯を全て説明したのだ。


 ヴァレがアーマードボアに襲われたのを、兄のビスコが獣人化して助けたこと。

 さらにはビスコが人狼族(ライカンスロープ)であり、極めて希少な獣人化の能力を有していること。

 その力は先祖返りのようなものであり、村人に何ら害を及ぼすものではないこと。

 

 そしてビスコが自分は魔獣になってしまったのだと思い込み、誰にも言えないまま今まで恐怖に耐えていたこと。


「妹を守るために、自分が化け物になったと思い込んで、それでも誰にも助けを求められずに、ずっと二人だけで抱え込んでいたんです」


 俺がそう告げると、村長は組んでいた腕をゆっくりと解き、目を瞑って静かに聞いていた。

 だが、話が終わる頃には、その目からは大粒の涙がとめどなく零れ落ちていた。


「あの子たちに、そんな事が……」


 村長の声は、震えていた。


「不安も言えず、ただ恐怖におびえていたなんて……私が、もうちょっと気にかけてあげていれば、もっと早くに解決していたのに……! 私は、なんて情けない村長なんだ……!」


 太い拳を握りしめ、村長は自分自身を責めるように呟いた。


「村長さんのせいじゃありません。ビスコとヴァレも、それだけ必死に隠そうとしていただけです」


 俺の言葉に、村長は何度も何度も頷いていた。

 それからというもの、村長は村人ひとりひとりに自ら説明して回ったのだ。


 ビスコの勇気を。

 妹を守るためだけに、恐怖に立ち向かった小さな兄の姿を。


「なあ、聞いたか? あのビスコの坊主、アーマードボアを一撃で仕留めたんだってよ!」

「ああ、ヴァレを守るために命懸けで立ち向かったんだってな!」

「馬鹿野郎、そんな健気な話、聞いたら泣くしかねえだろうが……!」


 村人たちの反応は、俺が想像していたよりもずっと温かいものだったらしい。


 実際、獣人に偏見を持つ人間なんて、ひとりも居なかった。

 むしろ小さいビスコが小さいヴァレを命懸けで守り抜いたという話に、村人たちは皆いたく感動していたのだ。

 それに、あの小さな身体でアーマードボアを一撃で沈めたという圧倒的な強さも、頼もしいという感想一色だった。


 ビスコの心配は、杞憂だったのだ。

 それどころか、今はこうして英雄のように祭り上げられている。


「おーい、ビスコ! 照れてないで、もっと胸を張れ!」

「そ、そんな……ぼ、僕はただ、ヴァレを守りたかっただけで……」


 肩車された高い場所で、ビスコは真っ赤な顔をしながら、それでも嬉しそうに笑っていた。


「お兄ちゃん、格好いいー!」


 そんな兄を、ヴァレは誇らしげに見上げて手を振っている。

 その姿を、俺とヴェインさんは広場の端っこで見ていた。


「ルディアス。これで一件落着のようだな」


 ヴェインさんがぽつりと呟いた。


「そのようですね。ビスコとヴァレも今後は安心して暮らせるようで何よりです」

「……そうだな」


 しみじみと頷くヴェインさん。

 その横顔は、いつもの豪快な姐御肌の顔つきとは違い、どこか穏やかだった。


 すると、ヴェインさんが不意にくるりと踵を返し、俺の正面に立った。


「ルディアス、本当によくやったぞ!」


 ヴェインさんが、にこりと笑う。


 ……その顔が、あまりにも美少女すぎて、一瞬ドキッとしてしまった。


 いかん、冷静になれ俺。

 この人はS級冒険者であり、冒険者ギルドのギルドマスターなのだ。

 がさつな喋り方とは裏腹に、素材そのものは国宝級だということを、俺はうっかり忘れがちになる。危ない危ない。


「い、いえ、俺一人で解決したわけじゃないですし……テムさんの証言も、村長さんの協力もあってこそです。お役に立てたなら良かったです」


 あくまで謙遜しておく。

 功績を独り占めするような性分でもないし、それに正直に言えば、単に情報を分類して並べただけの気がしただけだ。


「役に立ったってどころじゃねえよ! あーしがどれだけ助かったと思ってんだ! 王都に帰ったら、旨いもん食わせてやるからな!」

「え、あ、ありがとうございます……」


 そう言いながら、俺の背中をバンバンと勢いよく叩いてくるヴェインさん。めちゃくちゃ痛いんだが……

 この人の細腕、いったいどういう筋肉構造をしているんだ。

 

 それから俺たちは村人たちに見送られ、王都へと帰路についた。

 ビスコとヴァレは最後まで俺たちに抱き着いて、なかなか帰してくれなかったが「また、必ず来るよ」という約束をして何とか離れてもらったのだ。

 

 王都へ戻った俺たちは、そのまま冒険者ギルドへと足を運んだ。

 喧騒に満ちたホールを抜け、案内されたのは奥まった小部屋。

 落ち着いた雰囲気の、応接用の部屋のようだった。


「ルディアス、ちょっとここで待っててくれ」


 そう言い残し、ヴェインさんが一度部屋を出ていく。

 しばらくすると、ずしりとした重さを感じさせる小袋を手に、戻ってきた。


 その小袋が、テーブルの上にドサリと置かれる。


「ルディアス。今回の件の解決の報酬だ」

「え!? いえ、こんなの貰えませんよ!」


 中身を見るまでもなく、ずっしりとした感触が袋越しに伝わってくる。

 明らかに、報告書一枚をまとめる程度の仕事量に見合わない額だ。


「なんでだ? 仕事をしたんだから、報酬が貰えるのは当たり前だろ?」

「そうなんですけど……なんというか、貰う理由が大きすぎるといいますか」


 俺は貰うのを躊躇っていた。

 なぜなら——


「だって、ヴェインさんも最初から分かっていましたよね? ビスコの事」


 俺がそう言うと、一瞬だけヴェインさんの表情から笑みが消えた。

 ほんの一瞬、氷のように冷たい真顔が過ったのだ。


 ……やっぱりか。あの人狼化の痕跡、元S級冒険者のヴェインさんが気づかないわけがない。むしろ俺よりも早く、気づいていた可能性すらある。


「……いや、そんなハズないだろうが! いいから貰っておけ!」


 ヴェインさんは無理やり俺のポケットに小袋をねじ込んできた。


「ちょ、ヴェインさん!?」

「うるせえ、細けえこと気にすんな! お前が働いた分、ちゃんと貰っときゃいいんだよ!」


 これ以上突っ込んでも、はぐらかされるのは目に見えている。

 ここは大人しく、お言葉に甘えておくとしよう。


「……分かりました。ありがたく頂いておきます」

「よし、それでいい! んじゃ、祝杯といくか!」


 それから、ヴェインさん主催でギルド内の酒場は宴会を開いてくれたのだ。


「ルディアスの兄ちゃん、お疲れさん! ほら、飲め飲め!」

「今日はあんたのおかげでおごりだって、姐さんが言ってたぜ!」

「い、いや俺はお酒はちょっと……」


 冒険者たちが次々とジョッキ片手に絡んでくる。

 

 すると以前、俺を敵視していた三人組、こちらに向かってきた。

 俺の前に、無言で立つ三人組。


 すると……


「「「 先日は、大変失礼いたしました……! 」」」


 深々と頭を下げる三人組。

 

「あ……い、いえ! あれはもう気にしてないので大丈夫です!」


 そう言っても、頭を上げない三人組。

 律儀な連中だ。存外、素直なところもあるらしい。


 フェリスは俺の肩の上で、賑やかな空間を興味深そうに見渡していた。

 誰かが差し出した干し肉に、目を輝かせて飛びついている。


「なぅなぅ!」

「おっ、猫ちゃんも上機嫌だな!」


 エールと土埃、それに焼けた肉の匂いが入り混じった空気の中、豪快な笑い声がいつまでも響き渡っていた。

 図書館の静寂とは正反対の世界。だが、こういう賑やかさも悪くないもんだ。


 ……とりあえず、これでビスコとヴァレの一件は、無事に片付いた。

 だが、俺の所属先はいまだに四つのまま。

 次はいったい、どこの仕事をさせられるのやら。


 そんな事を考えながら、俺はグラスに注がれた果実水を、静かに口に運んだ。

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