第6話 拉致されたんだが
俺は今、なぜか王女様と二人で馬車に乗っている。
そして俺は緊張で身体がガチガチに固まっていた。
大国の王女が目の前に居る、というのは緊張するものなのだ。
「そう畏まらないでくださいませ。ルディアス様は大切なお客様なのですから」
「は、はぁ……努力します……」
王女様から『畏まらないで』と言われても、素直に肩の力を抜ける人間がどこにいるだろうか。
それが社交辞令なのか、本気で言っているのかも分からないのだ。
俺が指示通りに崩れた態度をとれば「不敬罪は死刑!」と、いきなり切り殺されるんじゃないだろうか。
言葉の裏にある真意が読めないし、なぜ試験に受かっただけで王女様が迎えに来るのかも理解不能なのだ。
それに問題はもう一つある。
俺の座席の背もたれ、すぐ後ろにある壁越しに何者かの気配をひしひしと感じる。
たぶん、王女様の護衛なんだろうけど。
背中に恐ろしい程の殺気を感じるから、おそらく剣がピタリと俺の背中——おそらく心臓——を狙っている気がする。
俺が王女様に妙な真似をしよう事とした瞬間に、剣がズバって出てくる奴だよ、これは。
だから、至って冷静に対応しよう。
うん、そうしよう。
そう結論を出した矢先、馬車の車輪が動き出しガラガラと音を立てて進み始めた。
……あれ?
さっきは馬車の中で説明するって言っていたはずけど。
どこかに行くなんて聞いていないぞ?
「王女様、馬車の中でお話しされる、との事だったと記憶しているのですが」
「あら、鋭いですわね。ふふ、これから城に向かいます。そこで少しだけ、仕事についてお話しをさせてくださいね。もちろん、長居はさせませんので!」
にこり、と笑う王女様の顔立ちは大変美しい。
美しいのだが、目の奥がまったく笑っていないのが怖い。
大国の王女クレア・アーウィンド様が、城で説明したいと言うのだ。従う他ないだろう。
だがこれは拉致だ。どんな言い方をしても、事実は変わらない。
俺はこれから、どうなってしまうのだろうか……
——————
やがて馬車は目的地の王城へ到達した。
俺が魔力でどうにか崩落を食い止めていた、あのベマスダ王のボロ城とは格が違う。石造りの外壁一つとっても、手を抜いた形跡がどこにも見当たらない。
馬車が停止し、外へ降り立つ。
俺はこれから応接間へと案内されるらしい。
前方をクレア王女が急ぎ足で歩いていく。
興奮しているのか、その足取りは軽く浮き立って見えた。
一方、俺の左右には御者席に座っていた大柄な男性二人がぴったりと寄り添っている。
退路を塞がれ、これはもう罪人の連行だ。
「こちらですわ。さあ、どうぞ」
案内されるまま応接室に通され、椅子に腰を下ろすと、温かい紅茶が差し出された。
フェリスへは、小さなかカップでミルクを出してくれた。
ペロペロとミルクを飲むフェリスはご満悦の様子で、尻尾をゆらゆらと揺らしている。
俺の対面にクレア王女が腰を下ろした。
「では、ルディアス様。お仕事の件の前に、試験について伺ってもよろしいかしら」
「試験……ああ、俺が受けたという合同なんとか試験でしょうか?」
「ええ、その試験です! なんとルディアス様は、全問正解だったのですよ。……実際のところ、どうやってそれを?」
おお、俺の解答は全問正解だったらしい。
だが、どうやって全問正解をしたのか、と問われても返答に困るな。
『ペンで正解を書くと全問正解ですよ』以上の答えを俺は持ち合わせていない。
しかしクレア王女が求めている答えとは違うという事も分かる。
……だが正直に答える事にした。
「率直に申し上げます。問題で問われた事を、そのまま答えただけです」
「……それだけで、全問正解を?」
単純な事を説明するのは、逆に難しい。
当たり前すぎることは、当たり前だと答える以外にやりようがないのだ。
「しいて付け加えるなら、問題を解く速さでしょうか。あの簡単な問題でさえ、問題数が多くて大変でしたから」
「簡単な……問題……?」
クレア王女が眉間を寄せ、険しい表情を浮かべた。
だがその時、バタンと大きな音を立てて、応接間の扉が開け放たれる。
「お、見つけたぞ! クレア様がまた抜け駆けをなさっているとはな!」
「うぐっ! ランスロット!? 何しに来ましたの!?」
王女様が椅子から腰を浮かせて声を張り上げた。動揺の仕方が、先ほどまでの余裕とまるで違う。
室内に入ってきたのは、無精ひげを生やしたワイルドな風貌の中年男性だ。
「王族の馬車が慌ただしく出入りすれば、嫌でも耳に入るものですよ。……で、その方が例の『全問正解者』ですかな」
「な、なぜそれをもう知っていますの……!?」
なんだなんだ?
突然の展開に俺は困惑していると、そのランスロットと呼ばれた男性の背後から、さらに二人の女性が室内へ入ってきた。
「まったく、わしらを出し抜こうとしているとはのう。クレアよ、お主はいつも無駄な事をする」
老人の口調で喋る人物、だが見た目は幼女だ。
尖った帽子と大きめのローブを纏い、手に杖を握っている。
「収穫があるなら、ちゃんと分け前をあーしらにも寄越せよなぁ! な、クレアちゃんよぉ?」
言葉遣いが荒い赤い長髪の女性、片目に眼帯を着用している。
革鎧から覗く引き締まった腕が、歴戦の強者であることを物語っていた。
入ってきた三人は空いている椅子に、どかっと座る。
「君がルディアスだね?」
ランスロットと呼ばれた男性が、問いかけてきた。
「はい。ルディアスです」
「俺はランスロットだ。不死鳥騎士団の団長をしている」
「わしはエルン。魔法帝魔法協会を預かる賢者じゃ」
「あーしはヴェイン! 冒険者ギルドのギルマスだ! よろしくな!」
三者三様、自己紹介のテンポだけは何故か揃っている。息が合いすぎていて、逆に少し怖い。
「はぁ……よろしくお願いします」
俺はペコリと頭を下げた。
騎士団長? 賢者? ギルドマスター? それってこの国の重役じゃないのか?
なんでそんな大物たちが、俺と同じテーブルに座っているんだ? 何かの間違いだよな。
すると三人にも紅茶が差し出され、それをランスロットが一口飲むと、静かに口を開いた。
「じゃあ、さっそく始めるとしようか。この『全問正解者』ルディアスを、どこの機関が引き取るかをね。だが、その前に……」
そう言ってカチャリ、と紅茶のカップを置いたランスロット。
俺の目をまっすぐに見て、先ほどまでの豪快な笑みが消えている。
「二次試験を始めるとしようか。今から、ここでね」
に、二次試験?
仕事の話じゃないのか?
周囲を囲む三人が、口元を歪めてニヤリと笑っていた。




