第5話 【クレアの思惑】
アーウィンド王国合同選抜試験。
それは、国を挙げて行われる一大行事である。
アーウィンド王国で近年始まったこの制度は、王国を司る4つの機関において平民や貴族といった血筋の壁を取り払い、真に優秀な人材を集めるべく催されている国家試験だ。
年に一回開催され、身分を問わず無料で誰でも試験を受ける事が出来るが、その難易度は想像を絶する。
合格する者は、ほんの数人、または皆無の年すら珍しくない。
及び、その答案の出来栄えによって4つの機関のどれか、または複数合格することができる。
ただし、複数機関への同時合格者は未だかつて一人として存在しない。
その4つの機関。
『不死鳥騎士団』
騎士団長ランスロットが率いる、第一隊から第十三隊に及ぶ精鋭部隊。
その存在は、王国近隣はおろか他の大国をも震えあがらす程の軍事力を誇る。
騎士道という厳格なしきたりを重んじ、泥にまみれる過酷な訓練を耐え抜く一方で、民へは陽だまりのような優しさを見せる。
軍事以外にも災害などの対応に真っ先に駆けつけるため、一般の民から絶大な人気のある組織だ。
『冒険者ギルド本部』
元S級冒険者であるヴェインがギルドマスターを務める、多数の荒くれ者たちをまとめるための機関。そしてその本部。
ギルドの扉を開ければ、エールと土埃の匂い、そして冒険者たちの豪快な笑い声が耳を打つ。
騎士団とは違い、冒険者と呼ばれる各々が報酬事に依頼を受けるという、民から発祥した機関でもある。
冒険者への手助けや、無法になりがちな者たちの最低限の規律を保つために存在している。
S級冒険者ともなると、憧れを一身に背負う絶大な人気者となる。
『魔法帝魔導協会』
賢者エルンを筆頭とする、魔導士たちの深遠なる研究機関。
日夜、魔法の研究と発展に尽力し、文化的地位を向上させてきた。
夜の街を照らす魔石灯や、結界による街の安全性、日常的な便利な数々の魔道具は、魔法研究のたまものである。
その偉大な功績は、今だに留まる事を知らない。
『王家参謀庁』
アーウィンド王国の頭脳とも言える内政機関。その機関の統率者は代々王族が務める事になっている。
現在の王家参謀庁をまとめているのは、第三王女クレア・アーウィンド。
クレアはまだ少女でありながら、その卓越した知識と周囲を唖然とさせる行動力において、歴代の統率者に引けを取らない。
だが、その有り余る行動力が仇となり、王を悩ませる時が多々ある。
【アーウィンド王国 第三王女クレア・アーウィンド視点】
時はさかのぼり。
アーウィンド王国合同選抜試験が終わり、その大量の答案用紙が採点に回されていた頃。
クレアは執務室で、山のように積まれた政務の書類と睨み合っていた。
淹れたての紅茶が冷めていくのも気に留める余裕は無い。
その執務室に、トントンとノックの音が響いた。
「お入りなさい」
クレアは、ペンの動きを止めずに冷静に応えた。
出来るだけ処理を手短にし、一秒でも早く業務の効率を上げるためだ。
ガチャリとドアを開けてきたのは、今回の合同選抜試験の採点を務める機関の長。
老年で長く王家に務めてきた、白髪で誠実な男、セバスである。
普段は足音さえ立てないセバスが、息を乱し、明らかに焦った声を上げた。
「クレア様! 急に申し訳ございません。試験において、とんでもない答案があったものですぐに報告に上がりました!」
「……とんでもない、とはどういう意味ですの?」
「はい! 満点の者がおるのです!」
その報告を聞いた瞬間、クレアの手がピタッと止まった。
ペン先から滴ったインクが、書類に小さな黒い染みを作る。
満点。
試験の問題の範囲は多岐に渡り、問題数が非常に多い。
選択問題ではなくすべてが記述試験であり、まぐれは天地がひっくり返ってもありえない。
四百点で満点だが、そもそも歴代最高得点は二百点台だ。
もしも満点を取るものがいたとしたら、それは紛うことなき天才である。
だが、その満点を『正当なやり方』で取っていれば、の話だ。
答案の盗み見、事前に問題を何かしらで入手して答えを事前に知っていた、数人での組織的な犯行……
瞬時にいくつかの可能性が浮かんでは消える。
厳格な管理と情報統制により、それは出来ないようにしてあるはず。
何より、そんな事をする利点が無い。
例え満点を取っても、実力主義のこの国では実務に就けばすぐに化けの皮が剥がれるからだ。
クレアは顔を上げ、セバスの目を見た。
「その満点の答案用紙はあるかしら?」
「はい、ここに!」
すぐにクレアが答案用紙を受け取る。そこには答えを淀みなく記述するものだった。
複数枚に渡る答案用紙をめくるたび、興奮で心臓がドクドクと音を立てるのが分かる。
「本当に、満点なのですね?」
興奮を隠しつつ、念のためセバスに確認を取るクレア。
「はい、何度も確認いたしましたが……その、もしかしたら、満点では無いかもしれません」
「……何? どういうことです?」
「四百点で満点ですが、この者は五百点を取っている可能性があるのです」
上限が四百点の試験。
その試験において、五百点を取ったという。
……ああ、なるほど。
完全に理解しましたわ。
セバスは……疲れているのですね。
たしかにセバスはここ最近、通常の業務だけでも手一杯だった上に、この大量の答案をさばくための長に任命した私の責任。
それに、年齢というのもあるのでしょう。
幻覚の一つや二つ見てもおかしくはありません。
長年の忠臣をもっと労わってあげないといけませんね、私としたことが。
そう思ったクレアは、セバスを慈愛に満ちた目で見つめた。
「クレア様。もしかしたら、私のことを疲れているとか、労わってやろうとか思っておりませんか?」
「えっ!? い、いやそんなはずはありませんわ!」
長年仕えてきたセバスが、どう見てもジト目のような疑う目で見てきている。
クレアは、戸惑いを隠すために強引にセバスへと質問した。
「な、なぜ、五百点という採点になるのです?」
「はい。その者の答案を確認してもらえると分かるのですが、一部の問題において、ある状況においてのみ別回答が派生してしまう事象を確認しております。本来の問題の意図、別回答に派生した状況の答案、さらには問題を派生しないようにするため設問方法の修正案についても記述しているのです。もしそれらを別問題として加点計算した時、五百点ほどの計算になるのです」
「……なんですって?」
クレアが手に持った答案を再びパラパラと捲り直す。
先ほどセバスが言ったような事象の問題の記述が、ただスラスラと、まるで当然のように記載してあった。
目に留まったのは、中級治癒魔法の連続行使に関する設問。
標準的な術式構成と、魔力安定までの必要な間隔を問うその基礎的な問題に対し、非の打ち所がない正答を導き出している。
だが、この解答はそこで終わっていなかった。
『——ただし、対象者が過去一ヶ月以内に竜種の呪い、あるいはそれに準ずる高濃度の瘴気環境下にいた場合、標準手順では体内の魔力が激しく反発し、最悪の場合は対象の魔力回路を破壊し命を奪う。その特異な状況下においては、通常の緩和術式ではなく、極微量の「闇属性」を触媒として魔力経路を一時的に麻痺させ、必要な間隔を正確に七分三十秒へと再設定する別回答が派生する』
そこまで記した上で、さらにこう追記していたのだ。
『なお、本設問は現場において致命的な医療事故を誘発しかねない曖昧さを孕んでいる。不要な派生を防ぐためにも、出題側は今後「対象者が一般的な健康状態にある場合」という前提条件を問題文の冒頭に明記すべきである』と。
……信じられない。
細部も細部、これほど的確に気がつくのだろうか?
知識と観察力が無ければ、よほど気がつくことは不可能だと思うけれど……
しかも、そこかしこに同じように注意書きが記載されている。
やはり、事前に答案を知っていたのだろうか?
いやでも、管理は厳密になされていたはずだし……
クレアが答案を握りしめ、ムムムと唸る。
本当にこんな者がいたとするなら、実際に天才かどうかを確認すべきだろう。
「セバス。この者は誰なのです?」
「はっ。名前はルディアス。家名がないことから、平民かと。住所は王都のはずれにある宿になっております」
「平民……この答案の事は、騎士団長や賢者たちは知っているのかしら?」
「いえ、今しがたすぐにクレア様に報告に来たので、まだ誰も存じ上げません」
そのセバスの報告に、クレアはニヤリと笑った。
王族らしからぬ顔だ。
「セバス! すぐにこの者を迎えに行きますわ! 馬車を出して!」
「か、かしこまりました! すぐに準備をいたします!」
セバスが慌ただしい足音を立てて執務室を出て行く。
まだ騎士団長ランスロットも、賢者エルンも、ギルドマスターのヴェインも、この天才の存在を知らない。
もし本物の天才だとしたら、誰もが欲しがる人材に違いないのだ。
「ならば……『王家参謀庁』の私ことクレアが他の連中を綺麗に出し抜いて、すぐに『王家参謀庁』へスカウトしてしまいますわ!」
そうして、クレアは馬車でルディアスが泊っている宿へと出発したのだった。




