第4話 違う試験だったんだが
「司書、ですか? いいえ、違います。ルディアス様は、アーウィンド王国の『不死鳥騎士団』、『冒険者ギルド本部』、『魔法帝魔導協会』、並びに『王家参謀庁』。この4部門すべてです。そもそも司書の試験ではございませんが?」
「……え?」
司書の試験じゃない。
司書の、試験じゃ、ない……?
司書の試験じゃないだって!?!?!?!?
待て待て待て、頑張って問題を解いた俺の努力はどこへ行っちまったんだ!?
あ……ああー!?
道理で国庫だの治安だの軍務だのダンジョンだのって、司書には縁もゆかりも無い問題ばっかりだったわけだ!
……なんたる致命的な失敗だ。
目の前が真っ暗になる感覚とはこのことか。
せっかく紹介状まで書いてくれたオリビアさんの厚意を、俺は自分の手でドブに捨てたということになる。あれほど焦がれた古代図書館での仕事も、幻となって爆発四散した。あの図書館で働けるかもしれないという希望が絶たれたのだ。これを絶望と言わずして、何と言う。
……終わった。俺のアーウィンド王国での司書人生、始まる前に終わった。
膝から力が抜けそうになる。頭がクラクラして、視界が斜めに傾いた。
「ルディアス様? 大丈夫ですか?」
ふわりと、甘い匂いが香る。
我に返って顔を上げると、少女がフードの奥から心配そうな瞳で俺の顔を覗き込んでいた。
「へ……? あ、はい、大丈夫です……」
「全然、大丈夫そうには見えませんが……」
顔に出てたか。そりゃそうだ、内心は今まさに盛大な通夜状態だからな。
「ルディアス様、よろしければ、馬車の中でご説明させて頂けないでしょうか?」
呆然とする俺に、少女は澄んだ声で問いかけてきた。
あ、そうか。
間違った試験を受けてしまったというショックですっかり頭から抜け落ちていたが、俺はそのなんとか試験とかいうものに合格したのだ。
「暇なんで大丈夫ですけど、そのなんとか試験に受かったという事は、俺は何かしらの仕事が出来るのでしょうか? 実は今、仕事を探していまして……」
背に腹は代えられない。
俺が正直に懐事情と切実な現状を明かすと、少女が大きく目を見開いたのが見えた。
「ええ、大丈夫です! ぜひ、やって頂きたい仕事がございます! さっそく馬車で説明させて頂きますね!」
前のめりになった少女が、キラキラと目を輝かせて言った。
「本当ですか?! わかりました!」
仕事がある……その一言だけで、今の俺には十分すぎるご馳走だ。オリビアさんの厚意を無駄にした負い目はあるが、贅沢を言っていられる立場でもない。
金のない俺に、迷っている余裕なんてないのだ。
浮足立ったまま、俺は馬車へと向かった。近くで見ると、黒塗りの木材の艶と装飾の豪奢さがさらに際立つ。
「では、ルディアス様。中へどうぞ」
開けられた扉から、目の前の立派な馬車に恐る恐る乗り込んだ。
うおっ……なんだこの座席、沈み込み方が尋常じゃないぞ。
ふかふかの座席に腰を下ろすと、対面に少女が優雅な動作で座った。
それにしても馬車の外見もさることながら、中身がとんでもない。
車内は豪華絢爛の一言に尽きる。
緻密な刺繍が施された絹のクッションに、繊細な意匠が彫り込まれた艶やかな木細工。
座面に沈み込むような極上の感触は、素人の俺でも分かるほどに質が良い。
俺の魔力で辛うじて支えていた、ベマスダ王のボロい城とは比べ物にならないほどの高級さだ。
驚きで口を半開きにするのを抑えるのがやっとだった。
「すごい豪華な馬車ですね。まるで王族用の馬車みたいだ」
場違いな空気に耐えきれず、冗談めかして口にした言葉だった。
しかし、フードを取った少女から返ってきたのは、予想外の一言。
「ええ、王族専用の馬車ですもの」
「……へ?」
俺は間抜けな声を出して、状況が理解できず固まってしまった。
今、なんて言った? 王族専用……って言ったか? 聞き間違いか?
「あの、俺はなぜ王族用の馬車に乗ってるのでしょうか?」
「なぜと言われましても……私が王族だから、でしょうか」
「お、おーぞく?!」
王族。それは王家の一族。国を統べる高貴なる血筋。雲の上の偉い人。
何より気軽に話してはいけない、やばい人だ。
なんで王族が俺に会いに来るんだ……?!
待て、落ち着け俺。改めて確認するんだ。冗談だという可能性だってあるだろ。
俺は正面に座る少女の姿を、まじまじと観察した。
背筋の伸びた洗練された所作。陶器のように滑らかな肌と整った顔立ち。
光を反射するほど手入れが行き届いた髪。一目で極上品と分かる滑らかな生地の服。
うん、間違いない。
どこからどう見ても本物の王族だ。
だが、まだ焦るなルディアス。
王族といっても様々だ。
あの常に酒臭くて国庫を食い潰していた、どうしようもない道楽者のベマスダ王でさえ、一応は紛れもない王族なのだから。
もしかしたら、アーウィンド王家の中でもかなり遠縁の親戚とか、そういう話じゃないだろうか。うん、きっとそうに違いない。
でなきゃ俺、不敬罪で処刑だ。
「えっと、恐れながら、念のためお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
恐る恐る尋ねると、少女がハッと短く息を呑んだ。
「あっ……申し遅れてしまいました! わたくし、アーウィンド王国第三王女、クレア・アーウィンドと申します」
第三王女。
まさかの直系王族。
終わった。
先ほどから普通にタメ口混じりで話しかけていた俺、不敬罪確定。
処刑。終わり。さようなら。短かい人生だったけど、今まで楽しかった。
フェリスには美味しいものを食べて生きていってほしい。
そんな覚悟を決めていると、俺の正面に座ったクレア王女が目を細め、にこりと笑う。
クレア王女は身を乗り出すと、俺の手を取り、その両手でギュッと強く握りしめた。
「これから末永く、よろしくお願いいたしますわ。ルディアス様!」




