第3話 誰か来たんだが
試験を受け終えた俺は、そのまま王都の外れにある馴染みの安宿へと向かった。
歩くたびにギシギシと床板が悲鳴を上げる、年季の入った木造建築。
若干、傾いている気もするが、親切な女将さんがいて美味しい食事まで出してくれる超お得な宿だ。
破格の安さの理由は、王都の外れという立地の悪さと、容赦なく吹き込む隙間風のせいだろう。
「おや! ルディアス坊やじゃないか! ひさしぶりだねぇ!」
「女将さん、お久しぶりです。また厄介になります」
「うんうん! おや、かわいい猫ちゃんだね」
女将さんが俺の肩に乗ったフェリスを優しく撫で、フェリスが心地よさそうにゴロゴロと喉を鳴らした。
……フェリスは本当にどこでも愛されているな、羨ましい限りだ。
拾った時はガリガリに痩せて、後ろ足まで怪我してたのが嘘みたいだ。
あの時なけなしの銅貨一枚で買った串焼き一本、あれほど良い判断は後にも先にもないな。
「女将さん、猫も一緒に泊っても平気でしょうか?」
「大丈夫だよ! いつもの部屋が空いているから好きに使いなね」
俺は金貨を一枚、支払った。これで十日は泊れる計算になる。
この十日で試験の結果が分かるだろう……いや、正直落ちてる可能性の方が高いと思っておくべきだな。
あれだけの分量の試験問題、絶対どこかでやらかしてる。
保険として、別の仕事も探しておかなければならない。
だが頭ではそう分かっていても、今日ばかりは休みたい気分だった。
長旅の疲労と分厚すぎた試験問題のダブルパンチで、正直立っているのがやっとだったのだ。
それに、フェリスも疲れているだろう。
なんだか顔がしおしおになっている気がする。……それも可愛いけど。
部屋に入り、久しぶりのベッドに倒れ込む。
フェリスも嬉しそうに潜り込んできて、ふみふみを数回した後、俺を枕代わりにして丸くなった。
フェリスもお疲れさん……
目を閉じた瞬間、意識はあっさりと落ちていった。
それからの五日間。
俺はフェリスを連れて王都中を歩き回り、仕事を探しまわった。
だが……
「はぁ~……仕事、見つからないなぁ……」
「な~ぅ……」
夕暮れ時、噴水の前のベンチに座り込んだ俺は、盛大にため息をついていた。
ジャブジャブと水音だけが空しく響く。
どこに行っても雇ってもらえない。そりゃそうだよな……この人口密度の王都で、仕事の数が人に比例してるってわけじゃないんだ。
全員に仕事が用意されているわけではない、当然と言えば当然だ。だが分かっていても、何十件と頭を下げて回った結果が全部空振りというのは、地味に精神へ効いてくる。足の疲労と、心の疲労、どちらが辛いか勝負をさせたら多分いい勝負になるだろう。
でも、諦めるわけにはいかない。
自分の腹はともかく、俺にはフェリスにご飯を食べさせる責任があるのだ。
「仕事が無かったら冒険者ギルドにでも行ってみようかな。弱い魔獣だったら俺でも倒せるし。な、フェリス?」
「なぅ!」
フェリスのやる気に満ちた返事を聞きつつ、夕方なので今日は宿へ帰ることにした。
重くなった足を引きずって帰路につく。
宿の前に着くと、視界に明らかな異物が飛び込んできた。
……馬車? なんで馬車がこんな場所に?
ここは安宿なのだ。馬車なんて代物を利用する客が来る場所ではない。しかもその馬車、造りからして尋常じゃない。
黒光りする車体に、精緻な金細工。御者席に座る二人の男は微動だにせず、腰に吊るした剣の装飾も明らかに只者じゃない代物だ。
どこかの要人の護衛か……にしても、いったい誰がどのような理由でこんなヘンピな宿に来たんだ?
俺はそんな馬車を眺めつつ、そっと宿の扉を押し開けた。
「あっ、ルディアス坊や! お客さんだよ!」
俺の顔を見るなり、女将さんがそう叫んだ。
女将さんの前には、黒いローブに身を包んだ人物が立っていた。
フードを深く被っているせいで顔は見えないが、佇まいだけでどこか只者じゃない雰囲気を纏っている。
……見るからに怪しい。この街に俺の知り合いなんて、古代図書館のオリビアさんとか、数人の司書くらいしかいないはずなんだが。
そのローブの人物が、ツカツカとこちらに歩み寄ってくる。近くまで来てようやく分かったが、フードの奥から覗く顔立ちからして、この人は少女だ。刺さるような視線でジッと俺を見つめてくる。
「あなたがルディアス様で間違いないでしょうか?」
「はい、俺がルディアスですけど……何かご用でしょうか?」
警戒しながら答えると、少女がにこりと微笑んだ。
「此度、アーウィンド王国の合同選抜試験を突破されたルディアス様を、お迎えにあがった次第です」
合同選抜……あぁ、司書の試験のことか!
「ルディアス様、試験会場より持ち帰られたはずの、本人確認用の割符はございますか?」
「あ、はい! 持ってます」
興奮のあまり声が上ずる。俺は司書の試験に合格したのか!?
俺は袋の中から番号付きの木の割符を取り出した。少女に手渡すと、彼女が持つ片割れとカチリと綺麗に噛み合う。
「無事、照合が取れました。ご協力、感謝します」
「あの、合格ってことは……俺、司書になれるんですよね!?」
食い気味に尋ねる俺に対し、少女はぽかんとした顔になった。
「司書、ですか? いいえ、違います。ルディアス様が合格したのは、アーウィンド王国の『不死鳥騎士団』、『冒険者ギルド本部』、『魔法帝魔導協会』、並びに『王家参謀庁』。この4部門すべてです。そもそも司書の試験ではございませんが?」
「……え?」
司書の試験じゃない。
司書の、試験じゃ、ない……?
司書の試験じゃないだって!?!?!?!?




