第2話 試験を受けたんだが
「うわ、でっけぇ……相変わらずアーウィンド王国は規模がおかしいな!」
「なーぅ!」
俺たちは拍子抜けするくらいあっさりと、アーウィンド王国へ辿り着いていた。
道中、魔獣に襲われていた行商人の馬車をたまたま助けた縁で、お礼にと荷台に乗せてもらえたのだ。荷馬車のガタガタという振動がお尻に伝わってきて痛かったが、徒歩の疲労に比べればなんてことはない。
おかげで随分と早く到着できたうえに、護衛代とやらで金貨まで二枚握らされた。
「いや、本当にお礼はいいですから」
「命を助けてくださったんですから、ぜひ!」
同じやり取りを三回繰り返した末、根負けした。
さすが商人、凄まじい程の押しの強さだった……あれは尊敬に値するね。
だが正直、無一文の俺にとってはありがたい話だった。
「これも、フェリスのおかげかな?」
「なぅなぅ!」
肩に乗った猫のフェリス——俺はこの小さな相棒にフェリスと名付けた——が、喉をゴロゴロと鳴らしながら擦り寄せてくる。
魔獣に襲われている馬車にいち早く気づいたのはフェリスだったのだ。
今のフェリスは拾った時の痛々しい姿が嘘みたいだ。
定期的な治癒魔法の効果か、今ではすっかり元気を取り戻している。
「しかし、さすがはアーウィンド王国だ。人が多いなぁ」
王都の門をくぐると、目に飛び込んできたのは高くそびえ立つ石造り建築群。
行き交う多数の馬車の蹄の音、露店から漂う焼きたてのパンや香辛料の食欲をそそる匂い。
何より、道行く人々の顔に活気が満ちている。
……あのスラム街と天と地ほどの差だ。
同じ『国』という括りで語っていいのか、逆に疑いたくなるレベルだった。
アーウィンド王国は、あらゆる文化と経済が遥かに発達している。
「さっそく図書館へ行くか。オリビアさんに仕事のことも聞きたいし。フェリス、離れるなよ」
「なぅ!」
王都は広いが、図書館へは何度か足を運んだことのある道なので迷わずに済んだ。
しばらく歩くと、目的地の『古代図書館』が見えてくる。
遥か昔に建てられたという建物は、見上げるほど巨大な大理石の柱が立ち並び、それだけで威圧感がすごい。
まじまじと見上げていると——
「あれ? もしかして、ルディアスくん?」
背後からの声に振り返ると、メガネを掛けた長身の綺麗な女性が立っていた。
この古代図書館の司書であり、俺の数少ない理解者であるオリビアさんだ。
「あっ、オリビアさん! お久しぶりです」
「本当にひさしぶりだね! いったい、どうしたの?」
「いやぁ、それがですね……」
俺は理不尽な理由で図書館を解雇されたこと、そしてこのアーウィンド王国へ職を求めてやってきたことを手短に説明した。
オリビアさんは真剣な顔でうんうんと頷きながら、最後まで親身に聞いてくれて話を聞いてもらえるだけでこんなに心が軽くなるものなのか、と地味に感動する。
「なるほどねぇ……ルディアスくん、大変だったんだね……」
「俺も急な事で、まだ混乱しています。あの、前に手紙に書かれていた古代図書館の司書の求人、まだありますか?」
「うん、ちょうど欠員が出そうなんだよ! もしかしたら仕事を紹介できるかも!」
「本当ですか!? ぜひ紹介してほしいです! なんでもやります!」
思わず前のめりになって即答していた。
すがっている自覚はあるが、格好つけている場合じゃない。
この古代図書館で働けるなら、なりふり構っていられるか。
オリビアさんは嬉しそうに頷くと、その場で紹介状を書き上げてくれた。
さらに紹介してもらえる人物が居るという場所の地図をササッと別の紙に走らせ、俺の手に握らせてくれたのだ。
俺はオリビアさんに深く礼を言い、期待を胸にすぐさまその場所へと向かった。
……のだが、すぐに困った事になった。
「これ、どこだ……? この地図の場所ってどこなんだ?」
大通りのど真ん中で、俺は完全に迷子だった。
王都が広すぎるというのもある。だがそれ以上に、この地図が個性的すぎるのだ。
紙の上には大雑把な直線が三本。クネッと二回曲がった先に『ココ』とだけ書いてある。縮尺なし、方角なし、目印になる建物の名前なし。もはや地図というより、謎解きだ。
「これはいったい、どこなんだろ……?」
「なうぅ……?」
フェリスも一緒になって首を傾げている。
俺たちは紙切れ一枚を握りしめて、その場でひたすらキョロキョロするだけの置物になっていた。
「おーい、君! もしかして仕事の件か?」
挙動不審だった俺に、通りすがりの衛兵さんが声をかけてきた。
鎧をガチャガチャ鳴らしながら、迷子を見つけたときのような優しい目をしている。
……もしかして、司書の採用の話を知っているのか?
だとしたら、これ以上ないくらいの渡りに船じゃないか!
「はい! この辺だと思うのですが、迷ってしまいまして」
「おいおい! もう試験が始まってしまうぞ! すぐこっちに来なさい!」
「え、あ、はい?」
衛兵さんに腕にぐいっと引っ張られ、事情もろくに飲み込めないまま石畳を全力疾走させられる。連れて行かれた先は、見上げるほど巨大な役所だった。
その中に入って、俺は言葉を失った。机がびっしり並んだ大ホールが、廊下から見えるだけでいくつもある。そこに座っている人数は、おそらく数百人。
この全員が図書館の司書を目指しているのだろうか? 司書一人で図書館を回してた俺からすると、こんなに『本好き』が集まるなんて信じられない光景なんだが……
と思いきや、席についている連中の目つきがどうにも様子がおかしい。本を愛する者の穏やかさより、まるで戦場に立つ者のような殺気に近い。
「来たはいいけど、どこに座ればいいんだろうな」
「ん? 君は試験を受けに来たのか? そこの空いている席に座りなさい」
空席を探していると、法衣姿の中年男性が声をかけてきた。
「あの、紹介状があるんですけど」
「紹介状? そんなものは必要ない。まずは試験を受けなさい」
あれ? 紹介状は必要ないのか。しかも試験を受けないといけないらしい。
オリビアさんは紹介って言ってたけど……まあ、これだけ人数がいれば実力主義になるのも頷ける話だ。
どちらにせよ、司書になるためにはここで結果を出すしかないってわけだな!
「あの、猫って一緒に居ても平気ですか?」
「猫? ああ、使い魔か。邪魔しなければ平気だぞ。ほら、始まってしまうからすぐに座りなさい」
「は、はいっ!」
急かされるまま指定の席に滑り込むと、間髪入れずに分厚い試験用紙の束がバサリと置かれた。
「試験、始め!」
すぐに開始の号令が響き渡った。
俺は備え付けのペンを手に取り、表紙の指定欄に名前と住所を記入する。
住所の欄には、いつも泊る安宿の名前を記した。
そして、試験問題に目を通す。
ん……? これは……?
歴史や地理の問いに始まり、高度な応用魔法学の理論、ダンジョン構造の解析と攻略法、魔獣の生態習性、高純度ポーションの調合プロセス、過去の戦史における軍略と陣形、国家間の複雑な法律と政治機構の比較論述……
これ、司書の試験でいいんだよな……?
図書館の司書の試験って、こんなに範囲が広いのか?
あまりの網羅性の高さに目を丸くしたが、さらに驚かされたのは尋常ではない問題数だ。
試験用紙自体が何十ページもある。
制限時間のアナウンスもなかったが、この量を裁くには一刻の猶予もないはず。
だが出題されている内容自体は、不思議なことに俺にとって馴染み深いものばかりだった。
あの劣悪なベマスダ王たちの無茶振りに応えるため、読破した膨大な専門書の知識。
国を崩壊させないために、俺が実際に机上でシミュレーションを重ね、実務として処理してきた課題そのものと言っていい。
しかも読み進めると、わざと矛盾をはらませた引っかけ問題まで混ざっている。単なる暗記量勝負じゃなく、前提の矛盾に気づいて最適解を導く思考力を試されているんだろう。
……なんだ、これ。性格悪いな、この試験を作った奴……だが、めちゃくちゃ面白いじゃないか!
焦りより好奇心が勝って、集中力を研ぎ澄ませてひたすらペンを走らせた。
インクの匂いと、周りの受験生たちが発する焦燥の汗の匂いの中、ひたすら解答欄を埋めていく。
この試験を解くためだけにこの国に来た価値があった、と本気で思うくらいには夢中になっていた。
そして……
「試験、終了! そこまでだ!」
試験官の声と同時に、張り詰めていた空気がふっと緩んだ。
ふう、と息を吐いて汗を拭う。
問題量は凄まじかったが、なんとか最後まで埋めきれた。
それにしても、面白くはあったが拍子抜けするほど簡単な試験だったな。
奇をてらった難問というよりは、基礎的な知識の精度と処理速度を見るための試験だろう。
簡単な失敗を誘うための、膨大な問題数だったのかもしれない。
急いで解いたから見直す時間もなかったし、少し不安が残った。
壇上に立つ試験官が、よく響く声で叫んだ。
「それぞれの部門において合格した者にのみ、追って迎えの使者を遣わす! また、合格者の番号を掲示板に張るからな! 各自、証明のために机の上の番号の付いた割符を持って帰れ! 以上だ、解散!」
部門? 司書以外にも何か他の部門があるのか。
周りにはガタガタと椅子を引く音が響き、受講生たちが重い足取りでぞろぞろと退室していく。見渡せば、誰もが疲れ果てた顔をしていた。
こんなに大勢が、本を愛して司書を目指してるのか……なんか、いいな。
場違いなくらい呑気に、俺は謎の連帯感に浸っていた。
「さて、俺たちもここから出るとしようか。静かにしてくれて、ありがとな。フェリス」
「なぅ!」
大人しく待っていてくれたフェリスの頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細めていた。
——この試験が、司書の採用とは別の試験だったと知るのは、数日後のことになる。




