第1話 クビになったんだが
「おい、ルディアス! 今日でこの図書館は閉鎖だ! こんな場所は立て壊して、俺の女たちの住まいにするのだ!」
はたきで本棚のほこりを払っていた俺の耳に、聞き覚えのある不快な大声が飛び込んできた。
誰だ、こんな時間に図書館に用がある物好きは……と思ったが、聞くまでも無かった。
この国で図書館に足を運ぶなんて人間は居ないし、その中でもわざわざ怒鳴り込んでくる奴となれば一人しかいない。
振り返るまでもなく大正解。
酒臭い息をまき散らしながら仁王立ちしていてたのは、この国の王であるベマスダだった。
「閉鎖、ですか? はじめて聞きましたけど」
「ああ、今言ったからな! このオンボロ図書館など、あったところで何の意味も無いだろうが! まったく叔父上は無駄な事をしてくれたもんだぜ」
今言ったから、じゃないんだよなぁ。それは告知の仕方としてはどうなんだ。
せめて一ヵ月前……いや、一週間前までには教えてくれてもいいだろうに。
……と、内心ではそう思ったが口には出さない。
なにせ、こいつの理不尽には慣れっこだからだ。慣れっこにさせられた、というべきか。
そもそも図書館になんて滅多に来ないこの王様が、わざわざ足を運んできた時点で嫌な予感しかしていなかった。
この図書館は、先代の王が「知は力なり」を地でいくような人格者で、民に本という知恵を分け与えるために私財を投じて作った場所だ。
小さな城の隅にあった木造の倉庫を改装しただけの建物だが、それでもここには先代の想いが詰まっている……はずだった。
だが先代が病で倒れ、あろうことか聡明だった王子まで流行病で急逝してしまったことで、王位はこの男。甥のベマスダに転がり込んだ。
……お世辞にも王の器とは言えない、救いようのない道楽野郎が。
棚ぼたで玉座を手に入れた男の行く末というやつを俺は身をもって観察してきた。
国の血税を酒と女と道楽に溶かし尽くし、まともな政務は完全に放棄。
国を救うため必死に助言する大臣たちは、ベマスダ王が自分に都合が悪いからと国から追い出してしまった。
さらには自分の顔色を伺うだけのご機嫌取りばかりを側に置いた結果、国家が腐りかけている。
いや……もう腐っている。残念ながら。
そんな中、図書館を管理する司書は俺一人。
給料はベマスダの嫌がらせでスズメの涙、勤務時間は日の出から深夜までという鬼のような勤務。
そこへ、さらにベマスダたちの理不尽なわがままが降りかかっていた。
「図書館の仕事なんて一日中座ってるだけだろ!」という勝手な思い込みだけで、ベマスダの『政務』を押し付けられていたのだ。
国庫のやり繰り、増え続ける貧民街の整備、天候不順に伴う食糧分配の試算、隣接街道の治安維持など。
挙句の果てに、崩れかけている城を俺の魔力だけで維持しているという始末。
直したくても直せないのだ、金を使いまくっているベマスダのせいで。
これって、どう考えても司書の仕事じゃない。分かってる。分かってるが、逆らえば「じゃあこの図書館、今すぐ潰すぞ!」と脅されるのだ。だから俺は耐えてきた。先代の遺志を守るため、たった一人で。
血の滲むような思いで本から得た知識を総動員し、国を支えてきたというのに……
ついにその時が来てしまった。図書館の閉鎖という終焉が。視界がぐらりと揺れて、頭がクラクラした。
だが、ここで感情に呑まれている場合じゃない。確認すべきことがある。
「あの、俺の仕事はどうなるのでしょうか? 図書館の倉庫で寝泊まりしているんですけど」
「仕事だと? 貴様なんて、解雇に決まっているだろうが!」
「ク、クビ……? そんな……俺だって国の資金繰り、都市開発、食糧問題、治安問題など対応していましたし。それに王の城だって、俺の魔力だけで維持してるんですよ?!」
「ふん! そんなの誰だって出来るだろうが! いらんことをするな! 貴様のようなゴミは、さっさと出て行け!」
誰だって出来る、ね。
じゃあ聞くが、お前は今すぐ崩れかけた城の維持するための魔法他の誰かに肩代わりさせられるのか? できるものならやってみろよ。
……なんて言葉が喉まで出かかったが、飲み込んだ。言うだけ無駄だ、この手のタイプに正論は効かない。
ベマスダは汚い虫でも払うみたいに手をひらひらさせて、しっしと俺を追い払う仕草をした。
「……本当に、俺が辞めていいんですね?」
「そんな言い方をしたところで無駄だぞ? お前如きが片手間にやれる事なんて、たかが知れてるに決まっているからな!」
……ああ、そう。もう、いいや。
呆れを通り越すと言葉って出なくなるんだな、というどうでもいい発見をしたが、これは別に役に立たなそうだ。
そんな事を思っていると、バカ王ことベマスダが手のひらを差し出した。
「おい、ルディアス。金貨千枚だ」
「金貨千枚? 何がです?」
「お前が今まで図書館に寝泊まりしていた料金だ。ひとまず、明日まで金貨十枚を持ってこい。分かったな?」
「……はぁ!?」
意味不明な理由で借金として金貨千枚が押し付けられた上、俺はあっけなく追い出された。
金貨千枚などという大金、払えるはずもない。しかも明日までに金貨十枚だと? 相変わらずベマスダは頭がおかしい。
しかし……金貨十枚か。随分と大金だよなぁ。たとえ金貨が手に入ってもベマスダに払うつもりは無いが。
わずかな私物が入った袋を肩にかけ、街の石畳を歩きながら思う。
かつて活気に満ちていた街が、今やスラム街だ。
まともな貴族も民も逃げ出し、もはや街には犯罪者だらけになっていた。
他には商人魂がたくましい行商人や屋台、少ないが冒険者がちらほら。
金を得るには俺も冒険者になって稼ぐしかないが、冒険者ギルドもこの国から撤退を決めたらしいので、それも無理だろうな。
歩いていると路地裏からはどぶの臭いがし、すれ違う人間の目には隠しきれていない敵意が滲んでいる。
それもこれもベマスダ王の悪政が原因だが、もはや俺はこの国に滞在するつもりは無い。
未練などひとかけらも無かった。
俺は、手持ちの袋から一通の手紙を取り出した。
隣国のアーウィンド王国の図書館で働いている、俺の数少ない理解者であるオリビアさんの手紙だ。
俺はアーウィンド王国の図書館の司書たちと、定期的に親交を結んでいた。
だって、この国に図書館司書は俺一人だからね。本の情報なんて普通にしてたら入って来やしない。
俺たちは文通を通じて珍しい本の発行情報や、目録の分類法についての意見交換。
それに年に数回だけ、直接出向いて本について語り合う。
細々と続けていたその縁が、今の俺の唯一の綱だった。
その手紙には、こう書いてある。
『アーウィンド王国では定期的に図書館の司書を募集しているんだよ』と。
……今の俺には、これ以上ないくらいの希望の言葉だ。
「よし! じゃあ、アーウィンド王国に行ってみるとするか!」
決めるのは早かった。未練のない国に用はない。
気を取り直して、ポケットをゴソゴソとまさぐる。
アーウィンド王国に行くための路銀を確認したが、俺のポケットには銅貨が一枚。
「……これが俺の全財産か。トホホ……大切に使わないとな」
馬車で行こうかと思ったが、銅貨一枚ではどうしようもない。歩いて行くしかないようだ。
街の中央通りを歩いていると、道の両脇には怖そうな人たちがたくさん居る。
大通りを進みながら、両脇に居座る柄の悪い連中と目を合わせないよう気を配っていると、視界の端に小さな影が映った。
そこに一匹の猫がいたのだ。
瘦せていて、後ろ足に痛々しい怪我をしている。
歩いているものの、ヨロヨロとしていた。
「大丈夫? おいで」
「……なーぅ……」
俺がしゃがみ込んで声をかけると、消え入りそうなか細い声で鳴く。
「ひとまず治癒魔法を……って、俺の魔力は城の維持のために全部使ってたか。よし、魔力を回収させてもらおうかな。いらないって言ってたし」
指をパチン!と弾いて、城を支えていた全魔力を回収した。
その瞬間、ガラガラガラ、と何かが崩れるような音が聞こえた気がしたが……まあ、気のせいということにしておこう。
それよりも、今は目の前の小さな命の治療だ。
俺は魔力で満ちた両手を、そっと猫に当てた。
「傷よ癒えろ!」
淡い光が手のひらから広がり、猫を包んで少しずつ傷が癒えていく。
しかし、猫はまだ元気がなく傷は完全に癒えていない。
完全に体力が戻るまで、定期的に治癒魔法をかける必要がありそうだ。
すると。
ぐぅ~~……!
猫の鳴き声ではなく、猫のお腹から聞こえてきた音だ。
「なんだ、お腹が減ってるのか?」
「なぅぅ……」
「痩せてるし……そうだよな。よし、ちょっと待ってて!」
手持ちの財産、銅貨一枚。
使い道はもう決まったようなものだった。
俺は立ち上がり、近くの屋台で串焼きを一本買う。全財産と引き換えの一本。
なけなしの銅貨一枚で買えるのは、この肉串一本が限界だったのだ。
肉を外して差し出すと、猫は目の色を変えて食いついた。
ものすごい勢いだ。よっぽど腹を空かせていたんだろう。
「ふふ、ゆっくり食べてな」
「まぅまぅ……」
美味しそうに食べるのを見るだけで、不思議と俺の心まで満たされていくようだった。
食べ終えた猫は満足そうに喉を鳴らし、俺の足にすりすりと擦り寄ってくる。
俺は猫を撫でながら尋ねた。
「なあ、お前はひとりか? 俺は今から隣のアーウィンド王国に行くけど、一緒に行くか?」
「なぅ!」
元気な返事と共に、猫がピョンと俺の肩に飛び乗った。
耳元でくすぐったい息遣いがする。
どうやら、行くって事でいいのかな?
一文無し同士、支え合っていこうじゃないか。
「よし。じゃあ、出発だ!」
「なーぅ!」
俺は街を出て、肩の上の小さな相棒である猫と共にアーウィンド王国へと出発したのだった。
お読みいただき、ありがとうございます!
もしよければ、ブクマや★★★★★をして頂けたら嬉しいです!




