22 ズレてる二人
「ご迷惑をかけてすみませんでした」
渡したハンカチで涙をぬぐいながら、ようやく泣き止んだウタさんが顔を上げた。
「そんなに謝らないで、いきなりこの世界に来てしまってずっと不安だったんでしょう?」
「そう、なんですよ! だって私、気が付いたらこの世界にいたんですよ? 何にもわからないまま赤ちゃんになって、誰にもお別れを言えないままもう二度と元の世界には帰れなくなって」
「うん」
「家族や友達にも会いたいのに、会えなくて」
震えるウタさんの肩を見つめながら、そっと握り込まれた彼女の手を包む。
どういうわけか、私たち二人は現代日本からこの世界に来てしまった。正直その最後の瞬間を覚えていないのは、妙なトラウマを持たなくて良かったと思う反面、割り切れなくて苦しいのだろう。
私自身も幼い頃はホームシックもあった。でも寂しさとか、苦しさとか、心の中に重くのしかかる感情全てに蓋をした。自分ではどうにもできないものだとわかっていたから。
そういう意味では、ミゲル様を好きでいることは私にとっては都合がよかったのかもしれない。
「前世からの推し」という故郷を忘れないアピールも自分自身にできるし、何より「ミゲル様が好き」という感情以外の全てをムシする言い訳にもできた。
……、ああ。
本当に私、ミゲル様をちゃんと見ていなかったんだなぁ。
「でも。こっちの皆も、優しいんです」
「……そう」
「優しくて、苦しい。私は元の世界の人たちに会いたいのに、皆私に笑いかけてくれるんです」
それに比べてウタさんはすごい。
ずっと、向き合おうと頑張ってきた。
「その苦しさは、あなたが優しい子だからよ」
「え」
「元の世界の皆のことも、この世界で出会った人たちも大切に思っているんでしょう? だから、どちらかを選べなくて苦しくなってしまっているのね」
私みたいに見ないふりをしてこなかった。
さすがはヒロイン。なんていうと、ウタさんの前世を否定するみたいで嫌だけど、こういう心の優しい子が、誰からも愛される存在として人々の中心にいてくれることを祝福したいとも思う。
「もう、もう! 折角泣き止みかけたのに、どうしてそういうこと言うんですかぁ!」
「ふふふ。ごめんね、ウタさん」
「ウタでいいです。ナタリア」
「うん」
ほとんど泣いているみたいな顔で、ウタが笑った。肩の力が抜けたようでよかったわ。
飲み物を取りに行ってくれているアニーは、気を利かせてか、もうしばらく帰ってきそうにない。もう少しだけ、二人きりで話ができそうだ。
「あーあ。折角同担の子とチケット争奪頑張ろうねって言ってたのになぁ。あ、ナタリアはこの世界がゲームだったのは知っているんですよね」
「ええ、それはね。リリース時からプレイしていたし」
「じゃあ古参だ。私、舞台に推しの俳優がキャスティングされたって聞いてダウンロードしたばっかりで、まだチュートリアルまでしかやってなかったんですよ」
……舞台?
え?
「ま、って? え? 舞台って、何?」
「あれ? 知りません? ゲーム内にもチケット抽選ページあった覚えがあるんですけど」
何それ知らない。
え? どういうこと? 私リリース以来、ログインボーナス切らした覚えはないわよ? なのに知らないって何? え?
「ナタリア?」
「あ、ごめんなさい。割と、詳しいつもりだったのだけど、舞台については知らなくて」
あまり、気付きたくないけれど、なんとなく話のかみ合わなさにウタも気が付いたらしい。
ちゃんと、認識をすり合わせた方がいいわよね? これから起こるゲームのシナリオには関わってこなくとも、私たちが関わっていく上で話の齟齬が生まれないためにも。
「こっちにきた時の、向こうの日付って覚えてる?」
「えーと、ごめんなさい。もう曖昧で」
「いえ、私も聞いておいてなんだけど不確かなのよね。他に何か……、私はシナリオの四章後編配信直前に来たの。さすがに何章まで出ていたか、なんてわからないわよね……」
「そうですね。……あ、でも! 三周年で石いっぱいもらえてアニバーサリーアレク自引きしました!」
「三周年!?」
周年ガチャ私も引きたかった! 違う! そうじゃない!
私の時まだ一年半だったわよ? つまり、ここへ来た時間軸もズレている?
「私がこっちに来たのはゲームがリリースして一年半の頃だったわ」
「え。じゃあ私たち、違うタイミングでこっちにきたってことですか?」
「多分、そうなると思う」
なんだって、こんなことになっているんだか。
もし同じタイミングなら、私たちの状況に何かの理由があったのだと思えたのに、そういうのもわからず仕舞いか。
「チュートリアルまではプレイしているってことは、世界に瘴気が湧き出ていてそれをスキルで浄化する旅に出るっていう大まかな前提は知っているのよね?」
「はい。むしろ「浄化」のスキルに目覚めたから、ゲームのことを思い出したって感じです」
「そっか……。うーん。力になってあげたいんだけど、私が知っている本編シナリオって、瘴気に人が関わっているが、それが誰なのかはまだわからないってところまでなのよね」
結局瘴気の原因もわからないままだし、途中までのシナリオしか力になれないのが歯痒い。
まぁ元々力になれるのは裏方だけだとはわかっていたし、地道にやるしかないわね。
「以前、瘴気に侵された魔物を見ているので、何とかしたいとは思っているんですけど」
「そうねぇ」
「ナタリアさえよければ、相談に乗ってもらえませんか? ゲームのシナリオ以外についても」
可能な限りは協力したい。
だって、瘴気の問題を前に地道に解決しようと、原因を特定しようと頑張っている人がいるのを私は既に知っている。その人たちを応援するためにも、何とかしたいと言ってくれたウタのためにも。
同郷の、同じ属性のよしみだけじゃなく。
「それはもちろん」
「やった」
今度は心の底から嬉しそうに笑った彼女のために、力になりたいと思ったのだ。




