21 忘れていたもの
私は一般人系貴族令嬢、ナタリア・フォスター。ひょんなことから元々やっていたゲームの世界に転生し、推しの婚約者になったりすったもんだしたりしていたところ、前世で聞き覚えのある曲が耳に飛び込んできた。
本腰を入れて履修はなかったけれども、大きいジャンルであった漫画原作のミュージカル曲につられて教会の裏までやって来てみたら……。
その歌声の主は、なんとゲームのプレイヤーアバター。所謂主人公にして、ヒロインの女の子だった。
なんとなく誰にも話せないまま今まで生きてきたけれど、こんなところで日本語話者と遭遇するとは。しかもそれが、ゲーム本編の主人公の立ち位置にいる女の子になるなんて思ってもみなかった。
けれどこういうのって、気軽に声をかけてもいいものなのかしら? アニメショップやコラボカフェなどでならランダム商品のトレード目的で同じジャンルの方に声をかけたりはするけれども、今はそういうのではないでしょう?
というか、元々私はゲーム本編に直接関わるつもりがなかったっていうのに。
ここでヒロインちゃんに会うことになるなんて。何の因果関係で世界は私に何をさせたいの? これから私、いったいどーなっちゃうのぉ?
……はい、一旦パニックになるのはよして落ち着きましょう。
私が落ち着かないと何も始まらないわ。だって呆然とする私の前で、歌うのをやめたヒロインちゃんもびっくりして固まっているんだもの。
とりあえず小さく深呼吸して、彼女に微笑みかける。害はないです、ただの他界隈のオタクです。後ろに控えてくれているアニーもいい子よ?
「こんにちは、邪魔をしてしまってごめんなさいね。歌声が聞こえたものだから」
「あ、ああぁあ! こちらこそ騒がしくしてごめんなさい! あの! けして! 怪しいものとかではなくてですね、今この教会にお世話になってて、その、気分転換に歌っていただけでして!」
「え、ええ。別にあなたを怪しんでいるとかではなくてね」
ちょっと申し訳ないことをしたわ。確かにそうよね、こっそり歌っているところを見られたら恥ずかしいわよね。ごめんなさい。
でも、そっか。確かにゲームでのヒロインの部屋は教会にあったけど、この時期からここに居たのね。
……それにしても、どこからどう見てもゲームのヒロインよねぇ。シナリオ内では、時々いたずらっ子っぽい発言が見られる程度で、アニメや漫画好きな要素はなかったと思うのだけど。
そうなるとやっぱり、この子も私と同じような境遇ってことでいいの?
「えっと。私、ウタ・レイナードっていいます。その、「浄化」のスキル? っていうのを授かりまして、それでここに」
「ご丁寧にありがとう。私はナタリア・フォスター、ただの貴族令嬢です」
名前は、ゲームのヒロインのデフォルトネームと同じか。
でも今、私が気になっているのはそこじゃない。彼女がこちらの言語とは違う、しかも特定の人種が深い沼に沈んでいた曲の方。
「それで、先ほどの曲ですけれど」
「えっとあれは私の……えーと、夢の中で聞いた曲でしてぇ」
「因みにどのシーズンがお好きで?」
「完成度はサードですけど、やっぱり一番はファーストですね! アレが私の青春です!」
ああ、やっぱり沼の人だぁ。
久しぶりに同じような属性の人に会うとにこにこしちゃうわね。
ウタさんがパッと表情を明るくしたと思ったら、私を見て目を丸くする。
「え、嘘。本当に?」
「おそらく、私もあなたと似たような境遇かと」
だからあなたを害するつもりはないし、できれば故郷や好きなものの話なんかを一緒にできればいいなぁ、なんて思っているのだけど。どうかしら?
そんな気持ちを込めてウタさんの様子を覗き込めば、まん丸に見開かれていたマスカットみたいな瞳と表情がくしゃりと歪んだ。
「え、あ。ちょっと、ウタさん!?」
「お嬢様! ちょっとあなた!」
半分体当たりみたいに私の方へと体を倒したウタさんを何とか受け止める。え、え?
私何か失敗した?
思わず動揺の末に触れたウタさんの肩に、はたと息を呑む。震えている?
「大丈夫よ、アニー」
「ですが……」
「大丈夫。それよりも、できれば何か冷たいものを持ってきてもらえる? 喉が渇いちゃった」
慌てたように私とウタさんを引き離そうとするアニーを制して、そっと彼女の柔らかなストロベリーブラウンの髪を撫でる。
あまり納得のいっていない表情をしながらも頷いてくれたアニーを見送ってから、腕の中にいるウタさんに声をかけた。
「あの子は行ったわ。もうここには私しかいないよ」
「よかった、よかったぁ。やっと、元の世界のことを話せる人に会えた」
きっと、すごく不安だったんだろう。突然、この世界に来て。それまでの自分とは、まるで違う暮らしを強いられて。文化も常識も違う世界で、まるで一人ぼっちになってしまったみたいで。
息を詰まらせナタリアにしがみつきながら、心底安心したというような表情で泣き始めるウタさんに、心の奥底にしまい込んだ何か懐かしいものを思い出す。
ああそうだ。私は、そういうものも全部見ないふりをしたんだ。ミゲル様という大きな存在の影に、そういうものを全部隠して、無かったことにしてしまった。
だから、きっとそう。
この子は、何もかも割り切れなかった私だ。




