02 さてこれからどうしよう
案内された別室で、ふっと息を吐く。
さすがは王宮というべきか、通された別室はシンプルながらも品の良い調度品で揃えられていて、腰を下ろしたソファーの柔らかさに肩の力が一気に抜けた。
何がどうしてこうなったのか。まぁ悩むまでもなく、私がやらかしたからなんだけど。
とにかく。今まで円滑、とまでは言わずともそれなりに上手く結んできた婚約関係にヒビを入れた。それも私から。
あーあ、やっぱり推しの婚約者になって浮かれてたせいかしら。もうちょっと色々考えていれば王宮でのパーティーでこんなことにならなかったのに。
それもこれも全部、前世でハマっていたソシャゲの世界にうっかり転生してしまったせいね。
正直なぜ、子爵令嬢である私と若くして伯爵家を継いだミゲル様が婚約に至ったのかもわかっていない。お父様が、頑張ってくれたのかしら?
まぁおかげで私はこの十七年、お仕事もしつつ楽しく推し活ができた。
長いようであっとという間だったなぁ。ナタリア・フォスターという貴族令嬢になって、家業のお手伝いもしてきたけれど、人生の大半はミゲル様にメロついていただけの気がする。
だって、しょうがないじゃない。まず顔がいいし、自信家ですぐ調子に乗ったり自分が一番正しいって言い方をするけど、仕事には真面目だし若いうちから爵位を継いだことで舐められないように偉ぶっているところとかも可愛いし。あと顔がいい。
お仕事してミゲル様にメロついて、ミゲル様がアスティン家のご当主になられて。私も十七になったのでそろそろ輿入れの準備を、というところで今に至るわけだ。
本当にどうしてこうなったのかしら。ため息を吐いてみても、返してくれる人はいない。いるのは部屋の扉の前で待機する若い騎士が一人。
「ねぇあなた。さっきは会場から連れ出してくれてありがとね」
「別に、上司の指示ですし。あと俺、人が騒いでるの見るのが好きなんで」
「それってどうなのよ」
ひらひらと手を振れば、なんとも言い難い趣味を告白される。
中々いい趣味しているわね、この騎士さん。ま、婚約者にメロつくのを生きがいにしていた私が言えたことではないか。
「だって面白くないですか? コイツなんでこんなに騒いでるんだろうって」
「性格良くないって言われない?」
「よく言われるっすね」
変な人。
この人も、パーティー会場で騒ぎ立てる私に言われたくはないかもしれないけど。
「で、なんで騒いでたんすか?」
「大したことではないわ。ただ疲れちゃったの、あの人を好きでいるの」
「へぇ」
もうちょっと興味持ちなさいよ。自分で聞いたんだから。
言葉遣いもそうだけど、ちょっと態度が素直過ぎない?
まぁよくある話なのは確かね。ずっと好きだった。でも、いざ婚約者になって付き合ってみたら、なんだか違った、みたいな。
自分の言い分が一番正しいっていう態度や言動なのは、生まれる前から知っていたけど、いざ隣に立って顧みられないと、きついものがある。
それでも今までは好きな気持ちが強かった。けれど、ミゲル様のお父様が亡くなって以降は、彼の態度にも拍車がかかって……。
忙しいのも、気苦労が多いのもわかっている。でもだからこそもう少し関わらせてほしかった。何かできることがあるなら手伝わせてほしかった。
私に会うことを口実にして、少しでも休んでほしかった。なんて、傲慢かしらね。
今日だってせめて、うっすら見え隠れするクマを何とかしてほしかったのだけど。
「どうせならワインでもぶっかけてやればよかったのに」
そんなことを考えていたら、騎士さんが悪戯っぽく笑って言った。
ああ、そうね。どうせダメにするなら、もっと思いっきりやってもよかったのかも。
「ああ、でもそうしたらアンタのドレスも汚れちまうか」
「いいわね、それ。やればよかったわ。このドレスもミゲル様が用意してくれたものだし、どうせなら思いっきり汚して返せばよかった」
そうすれば、ちょっとぐらい私の話を聞いてくれたのかもしれない。
面白がるようにして言う騎士さんに、自然と頬が緩む。意識はしてなかったけど、緊張していたらしい。
「多分今頃、上司が迎えの馬車を呼んでいるはずなんで。今日はそれで」
「ええ、わかったわ」
それまで人目に付かないようにこの別室で待機しろってことね。
遠くの方から聞こえるパーティーの喧騒に耳を傾けながら、ぼんやりとする。しばらくそうしていると、部屋にノックの音が響いた。
メイドが頭を下げながら馬車が来たことを告げる。
「さっきは止めてくれてありがとね、騎士さん」
「いえ、こちらこそ」
若い騎士さんに声をかけて部屋を出て、メイドに連れられ玄関ホールへ向かった。
外にはなんとも豪華な馬車が停まっている。御者の手を借りて中に乗り込めば、そこには私一人。閉じた扉の窓にはさっきまでいたはずの大きなお城があって、きっとまだミゲル様はあの中にいるのだろう。
ゆっくりと、馬車が動き出す。かぽかぽと馬の蹄が石畳を叩く音がした。四角い外の風景が流れていくのを見ながら、規則的な音に耳を傾ける。
帰ったらお父様に何を言われるかわからないが、ここ最近で一番、心が軽い気がした。




