01 さよなら恋心
私の故郷には百年の恋も冷めるという言葉がある。
「もっと時間を作ってくれって? 仕方ないだろ? 僕にも付き合いがあるんだよ」
せめて事後報告でもいいので、何があったか教えてください。
「母上がそんなことを? 君のためを考えて言っているだけで、悪気はないさ」
どうしてそうやって、私の言葉には耳を傾けてくれないのですか。
「わかるだろう? よく考えてくれ」
わかりませんよ。何度も考えましたが、これ以上どうしたらいいのかわかりません。
私はずっと、ミゲル様が好きでした。
それこそ前世の頃から。
ある日何の因果か、ハマっていたソシャゲの世界に転生していた。それも、推しの婚約者という本編では影も形もない立ち位置に。
最初こそ喜んだわよ? ……いえ、割と最近まで浮かれていたわ。
けれどどうしてかしらね。最近、どうしても苦しくなってしまうの。
ミゲル様が自信家で調子に乗りやすくて、言葉の言い回しが強い人だって前世から知っていたことなのに。
「全く、折角久しぶりのパーティーで息抜きができるかと思っていたのに。我儘言わないでくれ」
我儘、なんだろうか。ただ私は、少しでもミゲル様の傍にいたくて。
話を聞いてほしくて。
「ほら、挨拶に行くぞ。ナタリア」
ミゲル様が、私に向かって手を差し出す。
じわじわと目減りしていく私の中にある何かが、冷たくて重い。
多分、この手を取れば、今まで通り。ただミゲル様を好きなまま、幸せな夢を見ていられる?
でもこれでいいの? 本当に?
「どうした? らしくもない」
ミゲル様の手が伸びてくる。
短く息を吸う。変なところに空気が入って息が詰まったけど、そんなの関係ない。
「すみません、ミゲル様」
「なっ」
伸びてきた手を払う。
パンっと思ったより大きな音がして、周りにいた人たちが何事かとこちらを向いた。
「そういうことでしたら私、ミゲル様を好きでいるのもやめにします」
ああ、やってしまった。やってしまった。
もう戻れない。でも、どうしようもなく、興奮している。
「何バカなことを言っているんだ! それもこんなところで」
「ミゲル様にとってはバカなことかもしれませんが、私にとってはそうではないのです」
ひそひそと私たちを見て噂を始めるパーティーの参加者を気にしながら、ミゲル様が慌てたような表情で声を荒げる。
わかっているのよ、本当は。数か月前ミゲル様のお父様が亡くなり、家を継いで、忙しい時期だってことは。
だからこそ、話をしてほしかった。力になりたかった。けれど、それすらもさせてもらえないのなら。
「邪魔なら邪魔と、迷惑だとはっきりおっしゃってください!」
好きだった。だからこそ苦しくなってしまった。
ミゲル様が驚いたような、戸惑っているような顔をしている。ざわざわと、周りで様子を見ている貴族たちの視線が煩わしい。
次に何を言われるのか、恐怖でしかない。けれど、吐き出した言葉を取り消すなんてこともできなくて。何もかもが苦しくて、視線を落とした。
「失礼、ミゲル・アスティン様。至急、お伝えしたいことが」
「あ、ああ」
けれど聞こえてきたのは、思っていたものとは違う声で。
そっと顔を上げれば警備としてパーティー会場に配置されていたらしい騎士が二人、ミゲル様と、私の間に立っている。
まぁそうよね。王宮で行われているパーティーで騒ぎを起こしたなら、騎士が収めに来るわよね。
別に、問題を起こしたいわけではないので、私もミゲル様も大人しく指示に従っておく。少し声を張り上げただけだし、抵抗しなければ悪いことにはならないでしょう。
騎士に促され去っていくミゲル様が、一度だけ、何か言いたげにこちらを見た。
「レオン、ナタリア嬢を別室へ」
「ウッス」
ミゲル様を連れていく騎士とは上司と部下なのか、残った若い騎士の方が私の方を向き直ってわざわざ腰をかがめて視線を合わせてきた。
恭しく、それでいてどこかこちらを観察するような目。
「こちらへ」
「ええ」
やだやだ。もう、何もかも嫌な方に考えちゃう。
小さくため息を吐いて、差し出された手を取る。ミゲル様の手とは違う、ごつごつした剣を握っている人の手だと思った。
やっちゃったなぁ。後でお父様に怒られるかしら。お兄様には、呆れられるかも。
でも、どうしても止まれなかったのよ。あんなにも好きだったはずなのに、ああいう性格だってわかっていたのに。急につらくなっちゃった。
若い騎士に連れられてホールを抜ける。ちらちらとこちらを見て囁く貴族の声が嫌に耳に付いた。
だからこういう場は嫌いなのよ。ミゲル様の隣だから気にならなかっただけなのに。そうして自分からあんなことを言ってしまったのか。
どうして今、我慢できなくなってしまったのか。
「なんかもう、どうでもいいや」
認めたくなかったけど、すっかり冷めきってしまったらしい私の恋心は何のときめきも返してくれない。
ソシャゲがリリースされて一年半、この世界に生まれ落ち十七年。
思っていたよりもずっと呆気なく、何の手応えもないまま、私の推し活は幕を閉じた。
読んでいただきありがとうございます!
推し活女がスキルを活かしてお仕事をしつつ、自分の気持ちに折り合いをつけていくようなお話です。
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