14 雲は遠く
私にとっての世界は、ミゲル様だった。
その感覚がなくなった今。世界が広がったような、別にそんなこともなくいつものように流れていくような。
そも、世界って何だっけ?
気分転換にと、メアリーを引き連れながら庭を散歩する。庭師によって世話をされた春の花が綺麗に咲き誇っている。
……グラフィックは良いなぁ。
この世界は、私が前世でハマっていたソシャゲの世界だ。本当にそうなのか、酷似しているだけなのかはわからないけど、少なくともあのゲームに関係のある世界ではあると思う。
さすがに十七年も前だから一字一句、シナリオを覚えているわけではないけれど、一つだけ確かなことがある。
あのゲームの中で、ミゲル様の婚約者などという存在は影も形もなかった。
侯爵子息だったから、婚約者自体はいたのかもしれないが、少なくともゲーム内では語られなかった。
疑似恋愛、とまではいかなくても個別のカードシナリオでプレイヤーキャラを意識する会話があったりするゲームだったので、いなくてもおかしくはないけど。
「ねぇ、メアリー。どうしてミゲル様は、私との婚約に同意したのかしらね」
「えっと、それは……私には答えかねます」
「そうよね、ごめんなさい。意地悪なことを聞いたわ」
そんな状況で、どういうわけか私がその位置に収まって、なんとなくここまで来てしまった。
言ってしまえばこの状況が何かのバグなのかもしれない。そして、ゲームのシナリオが始まるのに合わせて、それが修正されただけなのかもしれない。
ゲームの本編シナリオが始まるのは確か……。あ、もう来月か。ゲーム内に存在しない自分は関わることはないだろうと高を括っていたから、すっかり忘れていた。
もしミゲル様を好きなままゲームが始まっていたら私はどうしていたんだろう。ある意味超常的な力が働いて、収まるべきところに収まった、って感じなんだろうか。
「今日は天気がいいわね。少し暑いくらい」
「冷たい果実水も用意しておりますよ」
「あらいいわね」
のんびりと庭を歩きながら、特にこれといって中身のない会話をメアリーと繰り広げる。
多分、私が覚えている通りに物事が進むのなら、そろそろゲームのプレイヤーキャラ、所謂ヒロインちゃんが「浄化」のスキルに目覚める頃だろうか。彼女はアスティン家の領民でもあるから、きっとミゲル様も忙しくしているはず。
物語は瘴気に侵された魔物がヒロインの住む街の古井戸を壊したことから始まる。
その時ヒロインが魔物の瘴気を取り除き、それが教会の人間の耳に入って稀少スキルだってことで保護され、王宮で遅めのデビュタントをする流れ。その後は色んな人の困りごとや問題を解決していくって感じね。
よくある救済譚だ。ゲームをしている時は気にならなかったが、その世界の住人になった今だと堪ったものではないわね。
「ナタリア様?」
「……なんでもないわ。そろそろ部屋に戻りましょうか」
せめてメインストーリー完結まで見れていればなぁ。
明らかに黒幕らしき人のシルエットが出た辺りでこちらの世界に来てしまったのだから何がどうしてそうなったのか、根本的なところがわかっていない。
魔物が瘴気に侵された原因も、一部地域での異常気象が関わっているっていうのもその黒幕のせいなのは間違いないのだろうけど、だからどうすればってところが全く情報がないわけよ。
まぁ、その根本的なところについてはシナリオ通りならヒロインが解決してくれるだろう。……そうだったらいいなって希望的観測だけど。
結局私にできるのは、このスキルを使って専門家のサポートぐらいしかないのだ。あの気象学の専門家さんたちのような人が、頑張ってくれているのを後ろから手伝うだけ。
ミゲル様のように、物語に関わっていくことは、きっとない。
少し眩しい日差しに目を細めながら庭を歩いていると玄関の方で、何やら声が聞こえた。
メアリーと顔を見合わせつつ、そちらへ行ってみるとそれこそどういうわけか見知った顔がいて。
ひょろりと長い身長に、短い黒髪。すっかり見慣れた騎士の隊服ではない、いくらか楽な服に身を包んだレオン様がそこにいた。
少し長い前髪の隙間から、薄い色の瞳が私を見つけて笑う。
「遊びに来ちゃった」
「来ちゃったってあなた」
「非番なんすよ」
へらりと笑うレオン様に、肩の力が抜ける。
茶化したように言っているけど、一応ミゲル様が来ていたことを心配はしてくれているのよね? 様子を見に来るとは言っていたし。
まぁ、ミゲル様との話し合いがどうなったか野次馬しにきただけの可能性もあるわね。
「遊びに来たということは、時間はあるのよね?」
「ええ、特に何かやることはないっすね」
「そ、ならお茶に付き合って。冷たい果実水もあるわよ」
少し暑いけど、折角天気もいいのだしテラスでお茶をするのもいいんじゃないかしら。
遠くの方にいくつか雲が浮かぶ青空を背中に背負ったレオン様が、目を丸くするのがおかしくて、少しだけ笑った。




