ヒトの街へ ⑫
「らっしゃい・・・」
扉を潜った俺たちを出迎えたのは四十がらみって雰囲気の男の声だ。
声の主を探せば、店に入って最奥の突き当たり、カウンターの内側で椅子から立ち上がったらしい無精ヒゲの男が、品定めする目で俺たちを見ていた。
感情の一部をどこかに落としてきたような、それでいて冷静さ―――、いや。冷徹さを湛えた目は、しがないサラリーマンに収まった俺にとっては久しぶりの、命の遣り取りを含む修羅場を潜ってきた“バカ”のものだ。
まあ、それが純粋な“強さ”と比例するのかと言えば、あんまり関係ねえんだけどな。
バカを繰り返して心の感覚が摩耗すると、こんな目をするようになる。
「邪魔するぜ」
「何か、お探しで?」
コイツ、荒事経験者―――、冒険者ってヤツから足を洗って武器屋になったって感じだろうか?
探ってくる目ってのは気持ちのいいもんじゃねえんだが、敵意があるのかと言えば、危険物センサーの反応が弱いから、警戒されてるだけかも知んねえな。
ただ、金目の物を持ってるとか旨味の有る情報を与えると、敵意の無い奴でも欲をかいて悪事を企む恐れが有る。
ケイナの安全を第一にしなきゃいけねえ状況を考えれば、相手に与える情報は少ない方が良い。
コイツ、店主か? それとも店員か? たぶん、店主なんだろうな。
店員を雇うほど流行っている店には見えねえし。
ガンをくれているような目付きと慇懃なようで客への敬意が感じられない態度は、日本でなら接客業失格ギリギリのラインだな。
最も近い肌感覚だと、反社会的な自由業者の事務所へお邪魔したような感じだ。
まだ、ブン殴りたくなるラインにまでは達していないから、俺も平和的なコミュニケーションを試みる。
「頭の防具は取り扱ってるかい?」
「防具は、その辺ですぜ」
仮称、店主が指した辺りには、鎧立てのような木枠に着せている革製の鎧の他にも、革製の手袋やベルトのようなものが棚に並べられている。
ていうか、西洋式で鎧って言えば、俺の乏しい知識だとプレートアーマーみたいなもんだと思ってたんだが、どれもカチカチに固めた皮革なんだな。
選ぶほどの種類はねえし、あっという間に見終わりそうだ。
「頭防具ってのは、コレか?」
半分折りにされた革袋っぽい見た目の商品を手に取ってみる。
何の皮か分からねえが、牛革の革ジャンぐらいの固さだな。
なるほど、確かに頭部用の防具っぽい。
広げてみると鍔の無い帽子の裾がベロンと伸びて、何とか言う狩猟犬の耳みたいな形状になっている。
薄く中綿が詰まっているように軽くモコモコした触感だが、日本で見たことがある最も近い形状の帽子で言えば“飛行帽”かな。
耳みたいな部分の先に革紐が付いているから、顎下で革紐を結ぶんだろう。
革紐を結べば両頬まで隠れるから顔の半分ぐらいは守れそうか。
形状的には、これなら上手くケイナの耳を隠せそうだな。
ただ、コレで防御力が有るのかと言えば、飛んできた破片で頭に切り傷を負うことは無さそう、ってぐらいだ。
打撃や刺突に対する防御力は無いに等しいだろうな。
「なあ。コイツは大きさに種類が有んのか?」
「いいや。有りやせんぜ」
一点モノ? いや。地球の製品みたいに規格化されていないから、オーダーメイド以外は客の方で勝手に調整しろって感じか?
接客態度がコレで許される世界なら、商品の方も、そのぐらいの不誠実さ具合になりそうな気がする。
日本でも既製服が出回るようになったのは明治時代の初めぐらいの頃だっけなあ。
こっちの世界はどれだけ近代化が進んでいてもアメリカの西部開拓初期までだろう。
200年ちょっと前ぐらいか?
既製服の始まりはナポレオン時代の軍服だとカナから聞いた気がする。
そう考えれば、新品の既製品を置いているこの店は先進的なのか?
中古品には見えねえしな。
ああ、サイズを合わせるための対処法を聞いておかねえと。
ヒトの街へ⑫です。
飛行帽!
次回、価値観!?