新たな盟約 ①
「フィオレ様。そろそろ」
メイドの1人が銀髪嬢ちゃんに耳打ちした。
メイドが視線で示した先に釣られて城門側へ視線を向けてみれば、珍しく2頭立ての幌付き馬車が用意されている。
ありゃあ領地間を繋ぐ定期便によく使われている旅客用の馬車だな。
「・・・あ。うん。―――お腹も落ち着かれたでしょうし、そろそろレティアの町へ向かいましょうか」
「ヨシ。行くか」
爺さんたちが荷台に上るのを手伝って、俺たちが馬で幌馬車の周りを固める。
嬢ちゃんたちを先頭に馬列を組んで採掘場を後にする。
「まさか、“魔の森”を拓いて、これほど立派な街道まで整備するとは」
幌馬車の荷台から郷の連中が鈴なりになって顔を覗かせている。
こいつらも初めて森から出るんだったな。
「魔獣は出ないのか」
「ちょくちょく出るらしいぞ。触覚ヘビが落ちてくるってよ」
俺の答えに郷の連中が深刻な顔で唸る。
「バジリスクは人里の近くにまで出るからな」
「採掘場の傍でも防壁の外ではバイコーンやパイアが出るんだよ」
レイクスの補足に郷の大人たちが響めく。
自分たちが長年苦しめられていた魔獣の名前と、整備された人工の街道。
近しい環境なのに、ウォーレス領の人々は森を拓いて棲息域を広げていて、自分たちは郷に籠もってリスクを避けていた。
成功例の実物を見せられては、自分たちの在り方を再考せざるを得なくなったんだろう。
大人たちの1人が馬列の最後尾に付いている荷馬車へ目を向けた。
「バンダースナッチも狩っていたな」
「あれは崖の上で獲れたものだね。ほぼ毎日、獲れるってさ」
レイクスが説明を加えるが、慎重な大人たちを引き込むなら、もうちょっと具体的に方法論を提示した方が良いな。
「罠で獲物の動きを止めてから安全に狩るんだ。ケガ人1人、出したことねえってよ」
「「「「「ほほう」」」」」
具体的な狩猟方法を示されて、郷の連中も考える顔になってやがる。
あの罠猟は銀髪嬢ちゃんが広めたらしいがな。
確か、“くくり罠”だったか。
俺は金具やワイヤーを使ったものしか見たことがなかったが、嬢ちゃんは蔦や木の枝だけを使って魔獣を獲る方法を教えたらしい。
その結果、毎日、山のような食肉が獲れて食料事情が大きく変わったと聞いた。
過去のエグい経緯も有るから、いきなり森を出ろとは言いにくいが、ウォーレス領との交流を持つところから始めたって構わねえ。
ヒト族との垣根を引き下げて交流を再開すりゃあ、多少は郷の現状も変わるはずだ。
ウォーレス家の連中は信用できるヤツらだし、エルフ族も歩み寄ってくれればなぁ。
馬に揺られて雑談しながら1時間ちょっと。
荷台から御者の背中越しに前方を見ていたヤツが声を上げる。
「なあ、テツ殿。前方のあれは何だ?」
「どれ? ―――ああ、慰霊碑らしいぞ」
馬車の脇から前方の景色を覗いてみれば、木々の頭の上に高層ビルのような人工物が聳え立っている。
郷の連中が前方を見ようと御者台の後ろで押し合いへし合いを始めて、御者台で手綱を握っている兵士が苦笑する。
「慰霊碑? あれほど巨大なものがか?」
「遠く、西方からでも、精霊の下へ死者が迷わず帰ることができるように、だってさ」
大人たちの呆れを含んだ感想に、レイクスが再び補足を加える。
「そうか。それは有り難いことだ」
しんみりした声になるのも仕方ねえだろうな。
エルフ族は多くの同胞を失いすぎた。
静かになった郷の連中は、慰霊碑の前を通り過ぎるときに揃って祈りを捧げていた。
慰霊碑の前では町の住民たちも祈りを捧げていた。
失った家族や友人を悼む気持ちにヒト族もエルフ族もねえんだと、よく分かる。
慰霊碑ってのは“霊を慰める”と書くが実体は逆だ。
死者を悼むことで遺された者たちの心を慰めるのが慰霊碑を建てる意味なんだろう。
嬢ちゃんたちが先頭に立っているからノーチェックで無骨な城門を潜る。
防火を考えたのだろう石造りの建物だけが居並ぶ町の景色に、郷の大人たちは感嘆の息を吐いていた。
嬢ちゃんから聞いた話では、レティアの町ってのは徹底的に防衛戦を考慮して建てられた町らしい。
国境の町で、国防最前線の町だ。
そして、魔獣と人間の棲息圏が接する最前線の町でも有る。
城壁内の道路が広く作られているのも騎馬の行き来を容易にするためだし、あらゆるものが戦争を想定して作られているのが、この町の特長なんだってよ。
町の隅々にまで息づいている思想は、この場所に防衛拠点を築いた初代の戦略思想によるもので、その“初代”ってのが、爺さんの盟友だった女傑なんだと。
目抜き通りを進んで町の中心部まで来た馬列は、隊列を維持したまま領主館の敷地へ入り、厩舎前の広場で停止した。
おっと。近く予想される防衛戦の準備で忙しいのに、ウォーレス家の面々が出迎えに顔を揃えている。
それだけ爺さんの来訪を重視しているんだろう。
「お祖父様。足下に気を付けてください」
「ああ。ありがとう」
レイクスと一緒に爺さんが荷台から下りるのを手伝って、地上へ降りた爺さんが出迎えの面々へと視線を向けてピタリと固まった。
どうしたのかと爺さんの顔を覗き込めば、驚愕に目を剥いてやがる。
新たな盟約①です。
重鎮たちの邂逅!
次回、賢王!?
※ ちょっとだけ遅刻です!
サーセン!




