世界の違い ㊹
「何やってんだか」
牡鹿の角に引っ掛けたロープを手繰り寄せている間にも、防壁の外から巨木が切り倒された、ドス―――ン! という音が頻繁に聞こえてくる。
音に釣られて目を向ければ、クレーンで吊っているわけでもねえのに枝葉が付いたままの大木が空を飛んでいたりするんだぞ。
しかも、1本1本が日本でなら天然記念物指定を受けそうな巨木ばかりだ。
どうせ作業の邪魔だから伐った木を退けてるとかそんなのだろうが、日本の常識とは違いすぎる。
目を疑うし、テメエの頭がおかしくなったんじゃねえかって光景を目にするんだからな。
「異世界。異世界」
「えっ? 何だって?」
「あー。何でもねえよ」
心の平穏を保つのに漏らした呟きがたまたま耳に入ったらしいレイクスに、パタパタと手のひらを振って答える。
若い騎士候補たちの手でシメられた牡鹿を荷馬車の上へと降ろして行く。
嬢ちゃんたちの作業には、フィティオスとアルケマイオスも含めた十数人が付いていったんだったか。
人数の割にハイペースな伐採作業だな。
あの調子だと、あっという間に森が更地になっちまうんじゃねえか?
まあ、あの嬢ちゃんが無分別な乱開発を行うとも思わねえし、人目に付きにくい試験栽培用の農地を拓くってだけらしいから、すぐに伐採作業は終わるんだろう。
俺たちは俺たちの作業を終わらせるだけだ。
いくつものグループに分かれて、吊って、シメて、下ろしのルーティンを繰り返していれば、2時間も作業に集中していると予定出荷数に達する。
足場の階段を地上まで下りると、荷台を満杯にした荷馬車が一足先に町へ帰っていくところだった。
ケイナたちも一緒になって雑談しつつ休憩していると、崖の上へ罠の回収作業へ行っていた猟師たちが子供たちを引き連れて階段を下りてくる。
レイクスの目も階段へ向く。
「あっちも終わったみたいだね」
「おう。そうだな」
罠猟も方も1日に獲れる数が大体決まっているんだったか。
そこそこのサイズの犬っコロが数頭、崖の上からロープで下ろされてくる。
アレで今日の狩猟作業は大体終わりだよな。
改めて結構な数の魔獣を出荷していることが分かるし、嬢ちゃんたちと変わらねえ歳から中高生ぐらいまでの子供たちが、毎日、狩った魔獣の血を飲んでるってんだから大したもんだ。
猟師たちが付いて教えてはいるんだろうが、体の小さな子供にしてみれば魔獣なんて怪獣にも等しいだろうに。
嬢ちゃんたちやケイナのような例に照らせば、そこそこ戦える子供軍団がすぐに出来上がっちまうんだろう。
そして、そんな子供たちに知識と武術を教え込む学校を作ると。
何とかいう戦国武将が言ったのは“人は城なり”だっけか。
親を失って身寄りがなくなった子供たちにも、仕事と住む家と食料を与えて共同生活をさせているらしいし、日常生活も猟師たちに管理させるようにしているというのだから孤児院に収容する必要がねえ。
領主が手を下さずに忠誠心を持った人員を育てるって意味では上手いやり方だな。
仕事を終えた後も元気にワイワイやっている子供たちを眺めていたら、伐採作業を手伝いに行っていた銀髪嬢ちゃんの部下―――、女性騎士たちが走って来た。
何だ何だ? こっちへ来やがるな。
女性騎士たちが俺たちの前で急ブレーキを掛ける。
「休憩中に失礼いたします」
「急いでいるようだが、何か有ったのか?」
息を弾ませている女性騎士に水を向ければ大きく頷く。
「はい。待ち人がご到着なさいました」
「待ち人?」
誰のことだ?
いくら何でも爺さんのことじゃねえだろうと俺は思ったんだが、ケイナはそう思わなかったようだ。
「お祖父様ですか?」
「おそらくは。フィオレ様たちとご一緒にこちらへ向かわれております」
女性騎士はケイナに向かってニコリと笑う。
マジか。驚いたのはレイクスも同じだったようで目を丸くしてやがる。
「へぇ? もう来たんだ?」
「待ち人って爺さんかよ。早すぎねえ?」
「来たというのだから、来たんだろう。随分と早いとは僕も思うけどね」
だよなぁ。
まあ、本当に来たというなら俺たちが出迎えた方が良いだろう。
郷の連中も一緒なら、ヒト族を警戒しすぎて小さな行き違いから衝突することが有るかも知れねえ。
レイクスとアイコンタクトしてから、ケイナの期待の目に答える。
「んじゃ。迎えに行くか」
「はい!」
歩いて向かう俺たちのペースを待ちきれなくなったケイナが走り始めて、タレースがケイナに付いていく。
ケイナが子供らしい行動を取ることは珍しいんだが、それだけ爺さんの到着が嬉しかったんだろう。
採掘場の城門を出て、防壁に沿って右へ曲がれば、嬢ちゃんたちの成果が見て取れる。
朝から4時間ほどで、これかよ。
野球場数面分ほども有る広さで木々が伐採されて、更地になってやがる。
一体どうやったら、あんなことが可能なのか、切り株も綺麗に根っこを抜かれて山を作っている。
新たに拓かれた農地の景色に呆れつつ、黒褐色に乾いた土を踏みしめていると、更地の向こう側から銀髪嬢ちゃんたちと十数人のターバン頭がやってくる。
一足早く辿り着いたケイナに出迎えられているのは、間違いなく爺さんだ。
レイクスと2人で手を振れば、俺たちに気付いた爺さんも手を振り返してくる。
この日、500年間もの沈黙を破って、亡国の王が人類社会への復帰を果たした。
世界の違い㊹です。
社会復帰!
次回、知識人!?
※ ちょっと遅刻です!
サーセン!




