世界の違い ⑫
「ふむ・・・。そういうものなのか」
「人の魂と魔素が無関係なら死霊系の魔物は生まれないだろうしね」
またレイクスが難解なことを言い出したぞ?
アレか? 魂が魔素にコピーされてどうとかって話か。
俺は何回か聞いたが、初めて聞く人間にゃあ転写の概念は理解が難しいだろ。
でもまあ、あの話を聞いておかねえと採掘場の現象と繋げて考えることはできねえか。
レイクスに釣ろうとする意図はなかったんだろうが、しっかり釣られたハロルドさんが怪訝な表情になる。
「死霊系の魔物?」
「フィオレ嬢も驚いていたけど、死霊系の魔物ってね。人の魂がそのまま残ったものじゃないんだよ」
採掘場の現象と直接の関係が有るようには聞こえねえだろうし、実際にそう思ったのだろうハインズさんの表情も怪訝なものになる。
「そのまま、とは?」
「死者の魂は肉体の死と同時に霧散するものと考えられていてね。何らかの理由で集まった魔素に魂が転写されたものが死霊系の魔物だとされている」
訝しむ目を気にしないレイクスの説明に、改めて俺も考える。
そう。“転写”だ。
あの現象は“採掘場に集まってきている濃密な自然の魔素に転写が起こった”と仮定すれば説明が付いちまうんだよな。
コピー機で言えば、コピー原稿が鹿で、コピー機から排出されたコピーが増えた鹿だ。
まあ実際、どっちが原稿でどっちがコピーなのかは分んねえんだが、俺の頭でも理解できた答えを言葉に変えて吐き出す。
「いわば、魔獣のコピーだな」
「“こぴー”とは?」
マルキオさんの問いに概念を説明する。
「“複製”や“複写”のことだ。1つのものを写し取って、全く同じものを2つに増やすことを“コピー”と言うんだよ」
「フィオレが土を生成するときに“複製”したと言っておったな」
孫娘が実用している魔法技術だと気付いたらしいマルキオさんは、難しくしていた表情を幾分か和らげた。
へぇ? 嬢ちゃんは、あの現象を自分の魔法で起こせるのか?
俺にはちょっと理解できねえが、嬢ちゃんの方が“技術”っつーか、”原理“を深く理解しているのかもな。
あの嬢ちゃんは地頭が良さそうだが、俺みてえな一般人は、そうはいかねえ。
日本では日常的に会社で使っていたコピー機でも、技術的な理屈は一般人は理解せずに”便利な道具"として利用している。
それが普通だろう。
道具を使うのに原理を知っている必要はねえんだし。
現代社会の家電製品なんて、トランジスタやコンデンサみてえな部品1つに至るまで理解している奴は少ねえだろう。
1ユニットの機械を構成する電子基板だってソフトウェアだって、中身がどうなってんのか理解しているのは専門教育を受けた専門家―――、技術者であって、一般人は使い方を知っているだけで良い。
それでも恩恵を受けられるのが“文明の利器”ってもんだ。
この件に関してもハロルドさんやハインズさんが原理まで理解している必要はねえんだが、”害のないもの“だと知っておいてもらう必要は有る。
おそらく、嬢ちゃんが望むのは、この部分だろう。
だが、嬢ちゃんが元日本人だという情報は、この場において俺とレイクスとハロルドさんの3人だけなんだったな。
どういう事情かは知らねえが、ハロルドさんも嬢ちゃんの素性について家族に明かすつもりはない様子だ。
嬢ちゃんの素性を伏せたまま地球の技術を説明するなら、日本人だと立場を明らかにしている俺が適任だろう。
嬢ちゃんたちと協力関係を結んだ以上、俺たちも手助けしてやるべきだな。
「採掘場でもバイコーンの“こぴー”が生まれておると?」
「現状では、あくまでも可能性だよ。そこそこ高い確率じゃないかと僕は思っているけど、結論するには情報がなさ過ぎる」
飛躍した誤解が広まらないようにか、レイクスが釘を刺す。
これはダンジョン調査の必要性に繋げるための“ネタ振り”か?
釘を刺されたハインズさんは腕組みで難しくしていた顔をさらに難しくする。
「ううむ・・・」
「“魔獣は魔力から生まれる”というアレかしら。本当のことだったのね」
現場で現象を目撃したセリーナさんも深刻な表情で首を振る。
あんまり深刻になるすぎられても困るんだよな。
危険だから誰も近付くな、なんて話に飛躍したら別の意味で打撃になる。
ちっとばかし空気を軽くしておくか。
「面白かったぜ? 月の光が当たってよ。鹿の姿が2重にブレたと思ったら、片方は歩いて行って、もう片方はそのまま残ってるんだ。何度も分裂する奴もいて、最後には鹿が3倍ほどまで数を増やしてやがった。ありゃあ一見の価値有りだ」
カネ取って観光名所にしても流行るんじゃね?
軍事拠点でも有るし、財政の柱になっている重要施設だっつーんだから、観光客なんて立ち入らせられねえんだが。
「ほう。そこまでのものか」
俺の言い分にセリーナさんとシェリアさんも大きく頷いて同意を示し、ハインズさんたちが目を丸くする。
マジで娯楽がない世界だから、ハインズさんたちも楽しめるだろう。
重要なのは、危険と安全の分岐点を見極めることで、安全を確保しつつ利益を得るための理解を深めることだ。
ここで、大人しくしていたアスクレーが自己主張を見せる。
「記録を取りましたが、ご覧になりますか?」
「見せてくれますか? アスクレー」
「はい。お婆様」
外孫の頑張りに目を細めるシェリアさんに、アスクレーも嬉しそうに頷く。
これは、アレか?
アスクレーが大人しいのは遠慮が有るのか?
何て聞いたっけな。
世界の違い⑫です。
理解の必要性!
次回、悪夢!?




