世界の違い ②
「・・・お母様。暗くて見えないんだけど」
「どれ・・・? そうだな。月明かりも底までは届かんか」
娘たちの頭の上からヒョイと覗き込んだ前伯爵が、囲いの底に目を凝らして渋面を作る。
「“光ルーメン”を底まで下ろしてみますか?」
「いや。下手に術式を近付けると攻撃され兼ねん」
「・・・月の光は角度的に厳しそうだし、星明かりも届かないかな?」
側近に提案に前伯爵が首を振り、嬢ちゃんも一緒になって難しい顔を作っている。
その嬢ちゃんたちの頭上にはLEDランプのような白い“光”の球が浮いていて、その光に目が慣れちまって周囲の暗い森が真っ黒に塗り潰されちまっている。
頭上を見上げてみても、“光”に邪魔されちまって空の星が少なくなっちまっている。
こりゃあアレだな。
都会の夜空に星が少ない減少と同じだろう。
俺もこっちの世界へ来て、夜の明かりの少なさに驚いたもんだが、月や星空の明るさにも気付かされたもんだ。
教えてやった方が良さそうだな。
「いやぁ。逆に明かりを消した方が良いんじゃねえか?」
「・・・消す? あっ。逆光か」
「逆光? ああ。こちらが明るいから見えにくいのか」
へぇ? 現代日本の知識を持っている嬢ちゃんがすぐに理解したのは当然だが、前伯爵もすぐに理解したことに少し驚いた。
「逆光」なんてものは科学的な発想だろう。
それを魔法で何でも代用する異世界人が理解していた。
この男勝りな姉ちゃんは有名な知識人だと聞いていたが、事実なんだろう。
「・・・消してみよう」
嬢ちゃんが行動に移して、“光”の魔法を頭上に浮かべていた他の連中も嬢ちゃんに倣う。
みんなして鈴なりになって囲いの底に目を凝らす。
「どうだ?」
「・・・目が暗さに慣れれば、何とか?」
「暗いは暗いけど、何とかバイコーンの姿は見えるね」
前伯爵に嬢ちゃんとレイクスが答える。
俺も一緒になって覗いていると、光源を失ってすぐには黒一色に塗り潰されていた視界が、暗さに目が慣れてきて黒一色の中に濃淡を見出す。
網膜が見出した色の濃淡に脳が形を認識し始める。
人間の脳ってのはスゲえな。
形を認識すれば、“それが何か”を脳が補完して暗がりの中でも鹿の姿を視認できるようになった。
「何か昼間と変化は有るか?」
「・・・どうだろう?」
興味津々な前伯爵の声に嬢ちゃんが自信なさそうに答える。
そこへ落ち着いた子供の声が答えを返した。
「変わってないよ」
「・・・えっ? あ。お兄様」
嬢ちゃんだけでなく、周りの視線が声の主へと集まっている。
あの坊主は嬢ちゃんの許嫁ってヤツだったな。
俺もそうだが、普段は大人しい坊主だから、みんな驚いたんだろう。
周りの視線なんて気にもならねえ様子で坊主は囲いの内側を覗き込んでいる。
「そうなのか? アスクレー」
「出荷で50頭まで減らして、今も50頭だから、変化ありません」
前伯爵の確認に、坊主はキッパリと明言する。
ほう。この様子だと、昼間の段階で今の状況を見越して鹿の数を調整してあったってことか。
なかなかヤルな。この坊主。
知恵も回るんだろうが、先読みできるタイプだな。
「・・・お兄様、この暗さで見えてるんだ?」
「見えないの?」
坊主に切れ味良くスパッと返されて、あの嬢ちゃんが仰け反ってやがる。
「・・・見えませんよ。ああいや、全く見えないわけじゃないですけど、数を数えられるほどではないです」
「そうなんだ?」
良い感じだな。
この坊主、不満そうにいう嬢ちゃんに負けてねえぞ。
「夜目が利くのは戦場で有利に働く。良いことだぞ」
「ありがとうございます。叔母上」
前伯爵の褒め言葉にもスマートに礼を返してやがるが、視線はピタリと囲いの底へ向けられたままだ。
面白えわ。この坊主。
最初に会ったときは子供らしくデケえ魔獣に興奮した様子だったが、この落ち着いた様子が本来の坊主か。
ウォーレス家も上手く人選してやがるぜ。
言動が突飛な嬢ちゃんの抑え役として、この坊主が適任って判断なんだろう。
まだ子供だし、頼りねえ感じかと思っていたが、何の何の。
前公爵に似た感じだな。
このまま育ってくれればいい男になるだろう。
クセが強い嬢ちゃんと付き合いにくけりゃあ、こっちの坊主と仲良くすりゃあ良いんだ。
将来的にもウォーレス家との人間関係の維持は問題ねえな。
俺としても懸念が1つ減ったぜ。
納得した様子の前伯爵が囲いの底へ目を向け直す。
世界の違い②です。
アスクレー株、急上昇!?
次回、想い!?
※ いつもの遅刻です!
サーセン!




