南の町 ㉝
「“質”の違いが分かれば、扉を開ける鍵を手に入れたってことか?」
「・・・まだだよ。それは鍵の形が分かっただけで、合鍵を作れていないからね。まだ扉は開かない」
どっちが大人か分かんねえな。
嬢ちゃんは「まあ待て慌てるな」とでも言いそうな態度で、前のめりになるロブウッドに釘を刺す。
躾け中の犬みてえに“ステイ”されたロブウッドに代わって、今度はレイクスが首を傾げた。
「合鍵を作る?」
「・・・そう。魔石に無理やり干渉しようとしても拒絶されるのは鍵が掛かっているから。だったら合鍵を作れば良いんだよ」
答えを示されてレイクスが考え込む。
しばしの思考の末、再び顔を上げたレイクスが自分なりの解釈を嬢ちゃんにぶつける。
「魔素で合鍵を作るってことは、魔石の魔素に自分の魔素を似せれば良いのかな?」
「・・・正解。技術者は理解が早いですね」
ニコリと笑い返した嬢ちゃんに、レイクスもロブウッドも感嘆の息を吐く。
よく分かんねえが、マニアックな魔法道具オタクの常識も、熟練の鍛冶職人の常識も、嬢ちゃんは超えたらしい。
「他人の魔素には干渉できない」とか何とか言ってたアレを、嬢ちゃんが魔法道具を使わずに何とかしちまった論理に粗はなかったんだろう。
それがどのぐらいスゲエことなのか俺には分かんねえが、この職人気質な2人が感心しているってことは、スゲエことなんだろうな。
「魔素の“質”を似せれば魔石の―――、他者の魔素に干渉できるのか。そんなこと考えたこともなかったよ」
「・・・魔法道具だと、どうやって魔石の魔力に干渉するんですか?」
今度は逆に嬢ちゃんがレイクスに質問する。
専門分野の質問を受けたレイクスが相好を崩してウンチクを垂れ始める。
「魔素の通りが良い素材と接触させて吸い出しているだけさ。だから、魔法道具では魔石が内包している魔素を全て使い切ることは出来ないんだよ。今の鍵の話に当て嵌めれば、干渉しているとは言えないんじゃないかな」
レイクスの答えが分かりにくかったのか嬢ちゃんの銀髪頭が傾いだ。
「・・・魔石の外側から吸い出すことなんて可能なんですか? いやまあ、可能だから魔法道具が実在しているのでしょうが、上手く想像できないんですよね」
「魔石って、放置しておくと徐々に力を失っていくことは知ってる?」
樟脳か?
タンス防虫剤みたいなイメージだな。
いや。電池の自然放電かもな。
嬢ちゃんの知らない情報だったようで、目を丸くしてやがる。
「・・・いいえ。少しずつ魔力を放出しているんですか?」
「そうだよ。放出というか、拡散かな。体外に放出した魔素って、直ぐに拡散しちゃうよね? 魔石というものは、魔獣の体内に溜まった濃密な魔素が固まって石のようになったものだと言われていてね」
いよいよ樟脳みてえだな。
嬢ちゃんがイメージしたものは、俺とは違ったもので、ドライアイスか何かなのかもな。
「・・・濃度が濃い場所で結晶化するなら、濃度が希薄な場所に置いておくと拡散するというわけですか」
「放出する魔素はごく僅かだから、もの凄く時間は掛かるけどね。完全に魔素を放出しきってしまうと、魔石は実体を保てなくなって消滅するよ」
「・・・そうなのですね。知りませんでした」
感心して頷いているかと思えば、何かに気付いたのか一転して首を傾げる。
「・・・うーん?」
「どうしたの?」
嬢ちゃんに釣られたレイクスの頭も、嬢ちゃんと同じ方向に傾く。
「・・・魔石が放出した僅かな魔力で術式が発動するものかな? と思って。普通に考えれば、僅かな魔力では魔法道具も術式の効果を発動できませんよね?」
「刻印術式っていうのはね。刻印が持つ意味が魔素を消費して現象を起こすのさ。発動した刻印は現象を起こし続けるために周囲の魔素を集めるからね。空気中よりも通りが良い経路を導線で引いてやれば、魔石から無理やり奪う形で魔素を吸い出すことが出来る」
ヤベえ。コイツらが何言ってんのかサッパリ分かんねえ。
ええっと? タンスに籠った防虫剤のニオイ程度の魔素で魔法道具は動かねえだろと。
そんで、魔法道具は強制的に魔石から魔素を吸い出すから動くと?
俺なりの翻訳をしてみたんだが、嬢ちゃんはまた違った質問をレイクスにぶつける。
「・・・経路? あの魔法道具に刻まれている図形は術式ではないんですか?」
「経路は経路さ。ただの導線でしかなくて、術式の効果を生み出すのは古代文字だよ」
「・・・ははぁ。そうなんですね」
何をどう理解したのか、嬢ちゃんは納得顔で頷いてやがる。
誰か3行で説明してくれ。
「古代文字っていうのは、ヒト族が好んで使う詠唱術式の呪文のようなものだよ。古代文字の組み合わせと順序で術式が発動する。形式としては魔方陣術式と似たようなものだけど、大きく違うのは、刻印術式だと術式の効果が永続するのさ。金属や石材や木材に経路を刻む必要が有るから複雑な構造の術式には向かないのが刻印術式の難点だね」
「・・・魔方陣術式の方が複雑な構造が作れるのですか」
エンジンが掛かったらしいレイクスの舌が回り始める。
何か驚くってよ。この嬢ちゃん、レイクスの説明に付いて行けてるみてえなんだよな。
嬢ちゃんの質問は的を射たものだったようで、レイクスは身振りを添えて機嫌よく喋り続ける。
「そうだよ。ただし、複雑な構造を築こうとすれば描く魔方陣が大きくなりすぎて動かせなくなるし、経路を描く塗料には魔素の通りが良い素材を用いる必要が有る。塗料に混ぜ込むだけでは素材が定着できないし、魔素が通ることで直ぐに経路が崩壊するからね。魔方陣術式は長期間維持するのが難しい」
「・・・経路を小さくまとめて長期間維持するには刻印術式が向くと。そんな違いが有るんですね」
うん。諦めよう。
よくよく考えたら、俺が魔法の理屈を理解する必要はないんじゃね?
嬢ちゃんも納得しているみてえだし、レイクスも理解者ができて幸せだろう。
実際、レイクスは気持ち良さそうに喋り続けている。
「“一長一短”ってヤツだね。ちなみに、瞬間的な効果の強さと発動の早さに優れるのが詠唱術式だよ。キミは想像力で呪文の構築そのものを省略しちゃっているみたいだけど、それを実現するには想像力で補えるだけの突出した才能が必要になると思うよ」
みんな仲良しで良いことだ、と思考放棄し始めていたんだが、首を傾げた嬢ちゃんが投げ返した爆弾で空気が一変する。
南の町㉝です。
マニアック談義!?
次回、教育論!?




