南の町 ㉙
「ますい、というのは?」
「痺れて感覚が無くなるんだ。―――“嗅ぐだけで”ってのは?」
言葉の意味を訊いてくるケイナに答えて、嬢ちゃんに話の先を促す。
「・・・使い方次第では、全身が麻痺状態になって意識を失うんだよ。嗅がせるのを止めて囲いの中へ戻しておけば、翌朝には回復してるけどね」
嬢ちゃんが説明した触角ヘビの毒は洒落にならねえ効果を持つものだった。
体内に入らなくても効果が有って、臭いを嗅いでもアウトとかヤバすぎる。
悪用しようと思えば防ぐ方が難しいんじゃねえか?
マジでオットー爺さんに売らなくて良かったぜ。
揮発性で皮膚からも浸透するってことはアルコール性の物質なのかもな。
アルコールってのは微生物が分解発酵させることで発生するんじゃなかったっけか?
体内で生成する生物が居ても不思議はねえか。
そこまで浸透性が高いのなら即効性も有りそうだ。
体細胞組織を破壊する溶解性の毒と違って、毒素が抜けるのも早くて後遺症を残さねえって言うのだから、麻痺効果が有る神経毒って説明は正しいんだろう。
この嬢ちゃんが目的に合った毒を手にしちまったんだから鹿どもも災難だな。
「まさに全身麻酔か。それでモルモット代わりに使えるわけだな」
「・・・そういうこと」
俺の解釈は正しかったようで、嬢ちゃんがコクリと頷いた。
再びケイナがコテリと首を傾げる。
「もるもっと?」
「実験用のネズミだな。人間を実験に使えない場合に、人間の代わりにするんだ」
嬢ちゃんと話していると日本語が出やすくなっちまっていけねえ。
気を付けようとしているんだが、分からない言葉をそのまま流すとケイナの機嫌が悪くなる。
「・・・そうやって麻酔が効いている内に、傷を付けて治癒魔法の練習台に使うの」
「毒を嗅がされても大人しくしてるんだねぇ」
コイツら・・・。ケイナの機嫌は主に俺へ向くものだから、嬢ちゃんもレイクスも気にしちゃいねえ。
機嫌を損ねずに済んだケイナは話題に集中していて首を傾げている。
「目の前で群れているのに攻撃して来ませんし、仲間が殺されているのに逃げることもないのは、どういうことなのでしょう?」
「だが、コイツらが特別大人しいってわけでは無さそうだぞ」
ケイナの認識に修正を入れる。
正しく解釈した嬢ちゃんの目が俺に向く。
「・・・危険を感じるってことかな?」
「ああ。敵意はこっちに向いちゃいねえが、危険は危険だな」
危険物センサーは明確に「危険物だ」と警告を発し続けている。
どれ、って個体じゃねえな。
危険なのは穴底に居る全部だ。この鹿どもは雑食性だと聞いているから、穴底に落ちたら一斉に襲い掛かってくるんだろう。
一緒になって穴底を覗き込む嬢ちゃんが首を傾げた。
「・・・20メテルぐらいで攻撃範囲から外れるのかな」
「攻撃範囲ですか?」
嬢ちゃんの推測にケイナが眉根を寄せる。
「・・・生き物ってね。個体差は有るけど、危険を感じる一定範囲内に接近されると攻撃的になるんだよ」
「ああ。パーソナルスペースだな」
「ぱーそなる?」
またしてもケイナが首を傾げた。
ええっと。なんて訳せば良いんだ?
「“対人距離”―――、いや。“個体距離”と言った方が良いのか。例えば、初めて会った名前も知らねえ奴が、すぐ傍に近付いて来たら警戒するだろ?」
「テツさんは初めて会ったとき、すぐ傍まで近付いて来ましたけど」
「「ええぇ・・・?」」
ケイナの答えに金銀頭が眉根を寄せた。
おま! 何言ってんだ!?
「ちょっ、ケイナ!? いやいやいや! ケイナたちが犬っコロの群れに襲われてるところへ割り込んだだけだから、誤解すんなよ!?」
「ええ~?」
「・・・ホントにぃ~?」
コイツら・・・! 2人揃って白々しく疑問の声を上げやがる。
お前らも、分かってるくせにミエミエな疑いの目を向けてくるんじゃねえよ!
「本当だっつーの! 変態を見るような目は止めろ!」
「本当ですよ。大怪我を負って意識が無い兄様を背負って、郷まで送り届けてくれました」
今さらながら、クスクスと笑うケイナが疑いを晴らしに入ってくる。
「・・・ふーん。そんな感じの出会いか」
「誤解されたら社会的に死ぬじゃねえか。勘弁してくれ」
ケイナがフォーローしたことで、ようやく嬢ちゃんが悪ふざけを止めた。
小学生の娘が居んのに事案とか洒落になんねえんだからな!?
南の町㉙です。
事案容疑!?
次回、魔法教室!?




