転生者 ⑫
「・・・ウォーレス領では、模擬戦が挨拶みたいなものだからね?」
「マジかよ」
“修羅の国”みてえなこと言ってやがるな。
世紀末覇王の故郷かよ。
「ま。兎も角、お前が以前言っていたように、全ての領民に血を飲ませるべきだな」
前伯爵が銀髪頭に腕を伸ばして、ガテン系のオッサンみてえな荒っぽい手つきでワシワシ―――、いや。ガシガシ―――、違うな。グリグリといった感じに撫でている。
アレ、撫でてるんだよな?
嬢ちゃんの方も慣れた感じに撫でられてやがんの。
この女、いつもこんな感じなのか。
アンタが血を飲むとか飲ませるとか不穏な単語を口にしたら、おかしな宗教か蛮族の怪しい儀式みてえにしか聞こえねえんだが。
俺が気にした部分とは違う部分が気になったらしいレイクスが首を傾げる。
「領民全て? どのぐらいの人が居るのかは知らないけど、そんなに魔獣は狩れないんじゃない?」
「・・・バイコーンなら毎日100頭以上獲れますよ? ちなみに、ウォーレス領と、このピーシス領を合わせると領民は50万人ぐらい居ます」
へぇ? 50万人都市って言やあ、現代日本でもちょっとした地方都市に並ぶぐれえの人口だぞ。
文明進度から言っても結構な規模感だろう。
ただ、1つの都市ではなく「領地」を2つ合わせた合計なら、パッと見はそこまで多く見えねえぐらいの人口密度かもな。
ここでもレイクスが気にしたのは、人間の人口ではなく魔獣の数だった。
「100頭も・・・? 毎日?」
「無限と思えるほど増えていてな。ウォーレス領ではバイコーンの肉が売るほど獲れる」
カッパのミイラでも見せられたように信じられないものを見た表情で固まるレイクスに苦笑しながら、前伯爵が自慢げに言う。
あ~。こりゃ完全に釣られたな。
「それ、もの凄~く興味あるんだけど」
「・・・行ってみます? 安全に観察できますよ」
興味津々のレイクスを深みに嵌めるように嬢ちゃんが誘いを掛け、入れ食いでレイクスが食い付いた。
「行く! 魔獣発生の謎が解けるかも知れない!」
魔法道具以外にも興味が有ったのかと驚く部分もあるんだが、お前、簡単に釣り上げられてんじゃねよ。
嬢ちゃんとレイクスのやり取りに目を細めながら、前伯爵が記憶を探るようにしている。
「魔獣発生の謎、か・・・。そう言えば、バタバタしていて観察に行けていなかったな」
「・・・ずっと忙しかったからね」
母娘で苦笑し合っているところへ、姿勢を正したレイクスが表情を改める。
「実を言うとね。森の中に僕らの郷―――、生き残ったエルフ族の集落を置いておくことに限界を感じているんだ」
「ふむ?」
「・・・限界?」
真面目な響きのレイクスの声に前伯爵と嬢ちゃんも姿勢を正す。
「魔獣の生態系に異変を感じたことは?」
「「―――、!!」」
レイクスの指摘に、前伯爵と嬢ちゃんがハッと目を瞠った。
ほう。こっちでも異変に気付いてたっぽいな。
真剣な光を帯びた前伯爵の目がレイクスの目を見据える。
「聞かせてくれるか? エルフ族がどうやって生き延びてきたのか」
「想像は付いていると思うけど、神教会勢力から逃れたエルフ族は、“魔の森”に逃げ込んだのさ」
そこからは、父祖の土地を終われたエルフ族が辿った逃亡と隠棲の歴史がレイクスの口から語られた。
数万キロメートルにも及ぶ逃避行の間に多くの同胞が魔獣に食われ、恐ろしくも過酷な環境に絶えかねた同胞は森から出てヒト族に囚われ、数を減らし続けたと。
黒トカゲが棲む山脈へ踏み込んで行った同胞たちも居たようだが、消息は分からねえみてえだな。
「アダレー王とリテルダニア王家はレティア卿を通じて懇意だったはずだ。本当に、なぜ、リテルダニア王国を頼らなかった?」
怒りを抑えた静かな声で前伯爵が問う。
「僕の歳では当時を知らない。当時を知る者は、もうお祖父様しか残っていないしね。郷の大人たちから話を聞くことは有ったけど、犠牲が多すぎて、もう、ヒト族を信じられなくなったんだろうね。森から出ようという案は何度も出たらしいけど、結局、ヒト族への恐怖が勝ったんだと思うよ。お祖父様も民に無理強いは出来なかったと言っていた」
静かに返されたレイクスの言葉に、口を開きかけた前伯爵も言葉を呑み込まざるを得なかったようだ。
レイクスもウォーレス家を責める意図はなかっただろう。
ただ、犠牲が多すぎた。
それだけだ。
そりゃあ信じられなくもなるだろうよ。
ヒト族より何倍も長く生きるらしいエルフ族だからこうやって語ることが出来ているが、500年も昔の話ともなれば伝承や歴史書にしか出て来ねえような昔話だぞ。
アステカ文明やインカ文明が滅ぼされた頃だぞ! と言われて現実感を持てる現代地球人がどれだけ居る?
それでも深緑色の目の奥に煮え滾る溶鉱炉のような怒りを見せるのは、前伯爵が抱いているのだろう祖先への尊崇と、義理堅い性質からくるものなんだろう。
当時のウォーレス家の祖先たちが、今現在の前伯爵と同じ感じの連中だったとすれば、恐らく、神教会と西方諸国って連中を丸ごと相手取ってエルフ族のために戦ったんだろうと信じさせられる目だ。
すれ違い。行き違い。ボタンの掛け違い。言い方は色々と有るんだろう。
だが、全てを奪われ失った当時のエルフ族がウォーレス家を頼らなかった―――、頼れなかったのが現実だ。
エルフ族もそれを悲しく思い、ウォーレス家もまた悲しく思い、憤っていた。
何だかなぁ。この女に―――、というか、ウォーレス家にエルフ族の連中を誤解して欲しくねえんだよな。
転生者⑫です。
不幸な歴史!
次回、異変!?
※ ちょっと色々あって大遅刻です!
すみません!




