転生者 ⑧
「空間に作用する、と言ったな?」
「そうだよ。闇術式は空間に作用し、光術式は―――」
「・・・時間に作用する?」
前伯爵の質問に答えるレイクスの声に割り込んで銀髪の嬢ちゃんが呟いた。
水を差されたことに嫌な顔をするわけでもなく、純粋に驚いたらしいレイクスが丸くした目を嬢ちゃんに向ける。
「そっちは知ってるんだ?」
「・・・知っているとは言い難いかな。治癒術式からの推測だよ」
首を振って答える嬢ちゃんの様子を見る限り、謙遜って感じじゃねえな。
嬢ちゃんの後を前伯爵が引き継ぐ。
「光術式に関する知識は神教会が独占していてな。我々が知る光術式は、この程度だ」
話しながら前伯爵が実行して見せたのは、野営のときにケイナが宙に浮かべているのと同じ小さな光の球だ。
いや。ちょっと違うか?
ケイナが出す光の球は白熱球のような暖かみの有る色なんだが、前伯爵が上向けにした手のひらの上に浮かべている光の球はLED球のように真っ白な色だった。
魔法なんてものは俺にはサッパリだが、同じ魔法でも使う人間によって個性が有るのかも知れねえな。
眩しそうに目を細めて光の球を観察したレイクスが納得顔で頷く。
「それは純然な“光”の術式だね。なるほど。ヒト族が闇術式を喪失したというのは事実のようだ」
「・・・純然な?」
銀髪の嬢ちゃんの反問にレイクスが頷き返す。
「いつの時代の誰が時間に作用する術式を“光術式”と呼称し始めたのかは伝わっていないんだけど、本来は“時間術式”と呼ぶべき性質のものなんだよ」
「・・・もしかして、神教会が勇者召喚に使ってる“召喚術式”って?」
ああ。この話は荷馬車の中で言ってたことだな。
推測を口にしながら嬢ちゃんが首を傾げ、レイクスが追認する。
「“時間術式”の一種だと思うよ。連中が使っている術式がどういう理屈で効果を生み出しているのかは知らないけど、光術式と闇術式は性質が似ているとは伝わっているから」
ほほう。闇が空間で光が時間?
相対性理論みてえな単語の並びだな。
理屈は知らねえが、宇宙論だか何だかでも関連付けて議論されていたことぐらいは、全く興味が無かった俺でも知ってる。
新聞のコラム記事を斜め読みしただけだが、確か、ブラックホールの研究か何かじゃなかったか。
いや。ビッグバンがどうとかって話だったか?
宇宙が1つのものなのか複数存在するものなのか、重なり合って存在するものなのか何もない空間をプカプカ浮いている泡状のものなのか、そんなことを議論してるって話だった気がするんだが、よく覚えていねえな。
召喚術式ってのがどんなものかは知らねえが、神教会の連中が地球人をこっちの世界へ拉致るときに使ってる魔法だよな?
黒トカゲがこっちの世界と日本を繋いだときのトンネルを思い返せば、闇魔法が空間に干渉して穴を空けるものだってレイクスの推論は的を射たものだと思える。
黒トカゲは2つの世界―――、空間と空間の境界線に穴を空けて繋いだわけだ。
思案顔で聞いていた前伯爵がレイクスの推論に疑念を提示する。
「しかし、空間に作用するのは闇術式なのだろう? なぜ、奴らの召喚術式が闇術式ではないと言える?」
「例えば、この背嚢さ」
前伯爵の問いを受け止めたレイクスが、椅子の足元に置いていた背嚢へと腕を伸ばして掲げてみせる。
「ニホンの言葉では“魔法の鞄”って言うんだっけ?」
「・・・ま、マジックバッグ!? そそそそ、それって、見た目よりも沢山のものが入ったり!?」
目を剥いて食い付いたのは銀髪の嬢ちゃんだ。
あー。分かる分かる。
日本のフィクションやコンテンツだと、夢の便利グッズの代表格みたいなもんだしな。
「勇者クツキとテツの他に貸したことがない魔法道具なんだけど、やっぱり性能まで知ってるんだね」
嬢ちゃんの劇的な反応にレイクスは理解を示したが、その理解は間違ってるぞ。
小さな誤解だが、その誤解を前提に常識が形成されちまったら、いつか大きなボタンの掛け違いになる可能性が有るから訂正しておいてやらねえとな。
「ああ、レイクス。そりゃあ違うぞ。“知ってる”っつーか、日本の創作物―――、作り話では一般的な夢の魔法道具なんだ」
「あれ? そうだったの? テツは驚かなかったから知ってるのかと思ったよ」
「いやいや。俺も驚いていたからな? 地球にゃ魔法がねえんだから」
首を傾げるレイクスに首を振って返す。
ケイナを連れて郷を出ることが決まったときに、爺さんの許可を取ったレイクスが「貸してやる」と持ってきたんだが、俺は驚きを腹の中へ押し戻してポーカーフェイスを決め込んだ。
何で黙っていたか?
重量は兎も角、大量のものをコンパクトに持ち運べる便利グッズが有ると無いとじゃ、行動の自由度が雲泥の差になるじゃねえか。
借りられるもんなら借りるに決まってる。
迂闊に「知らねえ」なんてヤブヘビを口にして「やっぱ貸さねえ」となったら大損害だ。
汚え考え方かも知れねえが、こんなもん、営業活動や取引交渉の中では当たり前の話だぞ。
相手の誤解で小さな好条件が提示されたら、それが致命的な間違いや大きな損害を与えるものでもない限り、有り難く丸呑みするのは契約事の常ってもんよ。
契約前に「それ、誤解していませんか?」と指摘するのも誠意だが、受けた恩恵を倍返しにして穴埋めするのも誠意ってもんだ。
帳尻が合ってりゃ笑い話で済む話だし、あんときは綺麗事なんて言える状況じゃなかったからな。
孤立無援で挑まなきゃならねえ重大案件を、何とか無事に成し遂げることは出来たが、やれるかどうかの確証なんてなかったし、武器として使えるものが狩った魔獣しかなかった以上、少しでも多く運搬できる手段はどうしても必要だった。
こっちの世界と地球の違いを思い出したレイクスが、なぜか残念そうな顔をする。
転生者⑧です。
夢の便利グッズ!
次回、闇魔法!?




