ディール ⑳
「迷宮ってのは、死霊系のあそこか?」
何つったかな。“嘆きの迷宮”? 違うな。“嘆きの祠”だっけか?
あの迷宮までは、そこそこ距離が有るように思うんだが。
数日間の道程を「すぐ」と表現するのが普通なのかと訊いてみれば、ドネルクは首を振る。
「いいや。ほんの数日前に発見された迷宮でな。調査依頼を受け付けたばかりだ」
「ほほう? 儲けられそうな迷宮なのか?」
ギルド長のドネルクが「受け付けた」ってことは、その調査依頼は俺たちに回ってくる可能性が高えだろ。
領内で発見されたのなら依頼主はウォーレス家だろうし、目の前に依頼主がいるんだから正式に依頼が回ってくる前に訊いても構わねえはずだ。
「フレイア。持ち帰った体液はどうなったんだ?」
「加工実験の結果、凝固に成功したそうだ。何人もが摘まみ食いをしたが、体調を崩した者は1人も出ていない」
ドネルクからの確認に前伯爵が小さく肩を竦める。
「体液? 凝固?」
実験ってことは取り扱ったことのない素材を加工してみたって意味だろうことは推察できるんだが、いくつかの不穏な単語が耳に残って身構えちまう。
ブラッドソーセージみたいなもんかと理解しかけたが、体液にも色々あるからな。
唾液も骨髄液も体液だし、血液だとは限らねえ。
摘まみ食いってことは食い物なんだろうが、健康被害を起こす可能性が有る素材ってことか?
警戒心が顔に出ちまっていたようで、内緒話のように口元へ手のひらを添えた銀髪の嬢ちゃんが補足を入れてくる。
「・・・砂糖だよ。砂糖。魔石も採れるし砂糖も採れるし、儲かると思うよ」
「砂糖!? 迷宮で砂糖が採れるのか!?」
こっちの世界では甘味が手に入りにくそうだってことは、最初に市場を見て回った時点で気付いていた。
甘味に類するものは果物ぐらいで、生の果物はそこまで高くないのにドライフルーツの値段はクッソ高かったんだよなぁ。
それは長期保存と運搬に生の果物が適していないという証明だろう。
かと言って甘味料が無いのかといえば有るには有るようで、仄かに甘い程度の揚げ菓子でもクッソ高かった。
そんな食品事情、あるいは物流事情の中へ砂糖を持ち込めるなら儲からないわけがねえ。
俺の予測を補強するように嬢ちゃんが追加情報を投下してくる。
「・・・魔獣から採れるから、安全な討伐方法や効率の良い採取方法を確立する必要が有るんだけど、採れば採るだけ儲かるだろうね」
「魔獣の体液から砂糖を作るのか・・・」
いやまあ。ついさっき「体液」と聞いていたんだから、それ自体には驚かねえんだが、魔獣の体液を原料に加工するのかと想像すると微妙な気分になるんだよなぁ。
「・・・ハチミツだって蜂の唾液―――、体液入りだよ?」
「そりゃまあ、そうだな。その魔獣ってのは何の魔獣なんだ?」
嬢ちゃんのツッコミが入って、確かにその通りだったと雑念を頭の隅っこへ追いやる。
単発で魔獣を討伐するだけなら“討伐依頼”だが、ドネルクは“調査依頼”だと言った。
しかも依頼主は地元の為政者だ。
求められている仕事は“産業化に向けた情報”の収集だろう。
安定的に原料が供給されねえと産業化は出来ねえ。
安全に原料―――、魔獣の体液を入手できる方法論と具体的手段が必要なわけだ。
「・・・蜻蛉だよ。結構、大きいけど」
「デケえ蜻蛉かぁ・・・。中生代? いや。古生代か? まあ良いや。その蜻蛉は安全に獲れるのか?」
攻略方法が分かっているなら後は効率と生産性を追及するだけになる。
「・・・ドラゴンフライって名前の魔獣なんだけど、昔の勇者さんが“雷蜻蛉”って名前も付けててね。雷撃を使うからその対策は必要だね」
「感電対策か。てことは、ゴム手袋に長靴だな?」
「・・・雷撃を通さない素材を作れれば、だね」
そういや、王都のギルドでエテルナ女史が見せてくれた地図の原本に、漢字でメモ書きが有ったんだよな。
達筆すぎて現代日本人の俺には読み取りにくかったが、“雷蜻蛉”って名前には見覚えが有る。
地図そのものは大雑把で適当なものだったんだが、そのメモ書きに価値が有るらしくて、大昔の勇者が遺した重要な史料だから素手で触るなと叱られた。
嬢ちゃんが「雷撃」と表現したことから、それなりに電圧が高かったのだろうことは予測が立つ。
地球にも放電能力を持つ生物は居るからトンボが放電することには驚きはねえ。
いや。驚きはするぁ?
ともあれ、そんな進化を遂げた生物も居るんだろう。
デンキウナギでも瞬間的に数百ボルトの電圧で放電するんだっけか。
警察みてえな治安組織が使うスタンガンやテーザー銃だと数万ボルトだな。
スタンガンは俺も食らった経験が有るが、感電した瞬間、視界も頭の中も真っ白に塗り潰されて、全身の筋肉が痙攣して身動き出来なくなるんだよ。
全身の筋肉が痙攣するってことは不整脈を起こしたり、下手すりゃ心臓が止まる危険性も有る。
感電したせいか驚いたせいか呼吸もおかしくなるしな。
魔獣との戦闘中に「雷撃」とやらを食らったら、致命的な隙を晒すことになる。
気合いで耐えられそうな気もしなくはねえが、そんなもん、産業化には向かねえだろ。
安全に対処するための防御手段が必要になる。
嬢ちゃんの言う「雷撃を通さない素材」ってのが、その防御手段だ。
ディール⑳です。
依頼内容!
次回、陥落!?
※ 電話を受けていたら遅刻しました!




