ディール ⑲
「そうだな。神教会関係者だと知られれば、命の保証は出来ん」
目を鋭くした前伯爵が嬢ちゃんの意見に同意する。
神教会ってのは、そこまで嫌われてんのかよ。
世界の大半が敵地なエルフ族にとって、敵を同じくする連中が周りを固めている状況は願ってもない好環境だ。
敵の敵は味方なんて甘い考えは持っちゃいねえが、純然たる敵である神教会が入って来られねえ環境ってのは大きな魅力が有る。
立ち回り方で逃げる時間を稼げるし、それ以前に、情報統制が可能だとするなら逃げなきゃならねえ状況に陥らずに済む可能性が少なからず残る。
嬢ちゃんが言ってるのは、そういう話だ。
国家側に近い立場のドネルクが思案顔になっている。
「しかし、間諜を送り込んでくる可能性が高いんじゃないか?」
「・・・外交なんて正式な回答が全てでしょう。“ウチの間諜が言ってるから”なんて理由で戦争を吹っ掛けられるのですか? それならそれで、間諜を送り込まれる前提で待ち構えておくだけですよ」
ドネルクの懸念はもっともなんだが、嬢ちゃんは強気にほくそ笑む。
この嬢ちゃん。悪い顔で何を企んでやがんだ?
強気で居られる対抗策が有るってことか。
俺と同じ疑問を抱いたらしいドネルクが大真面目に首を傾げる。
「前提とは?」
「・・・領内に“怪しきは監視せよ”と布告します。いざとなればウォーレス領の岩塩を買う領地にも協力を依頼することになるでしょう」
「ああ~。相互監視社会か」
そういうことか。道理で悪い顔をするわけだ。
冷戦期の東欧諸国みたいに密告社会の体制を整えようってんだな?
日常生活の中で住民同士が互いに監視し合って、おかしいと感じれば当局に通報して、当局が密告された者の身辺調査を行い自白を促す拷問まで行う。
当然ながら住民間に相互不信を生み出すわけだが、独裁国家が80年以上も体制を維持し続けている実績が地球上に存在している。
その場合、重要な技術を持つエルフ族は保護対象として扱われるだろう。
重苦しくは有っても有効では有るな。
自由社会で生きてきた身としては諸手を挙げて賛成はできねえが、俺が要求した要件は満たしている。
この嬢ちゃん。容赦ねえな。
「・・・先の内戦時に実例がある通り、神教会との情勢がきな臭くなれば、向こうは王国を困らせようと塩の流通を絞ろうとするのでしょうね。元々、王国は塩と魔法道具の他に他国から輸入しなければならないものが無かったのですよ。ところが、今のウォーレス領は王国内の需要を賄えるほどの岩塩鉱床を領内に持っています。国外からの輸入が細って塩の流通に影響が出れば出るほど、王国内はウォーレス領の岩塩に依存することになります。ウォーレス領が“お願い”すれば、あっという間に王国内が巨大な監視網に早変わりしますね」
ふむ・・・。
内戦に乗じて体制崩壊を狙った神教会勢力が裏で流通阻害工作を行ったわけか。
事実上、この国を締め上げる効果を持つのは塩と魔法道具だけで、塩の問題はウォーレス領が解決したと。
魔法道具はエルフ族が本家本元の知識と技術を持っているから、エルフ族とウォーレス家が組めば怖れるものは何もなくなるってことだな。
敵の手段を逆手に取ろうってんだから、面白えことを考えやがる。
他国の侵入を防げと要求するだけだから、正当性もウォーレス家に有る。
ウォーレス家に首根っこを抑えられるのが嫌なら、先の内戦の焼き直しだ。
国内最強と評価される軍事力を持つウォーレス家を敵に回すことになるだろう。
神教会勢力がウォーレス家の策を無力化しようとするなら、ウォーレス領を攻め落とすか、安価な塩と魔法道具を大量に送り込んでウォーレス家の価値を低下させるしかなくなる。
前者を取るか後者を取るかなら、間違いなく前者になるだろう。
それを防ぐために国内を情報統制するわけだから、そうそう簡単に攻め込めなくなる。
そんな状況だと、俺たちも理解しろと嬢ちゃんは言ってるわけだ。
よく考えられた策だと思うが、ドネルクは頭を抱えている。
「岩塩を武器に他領を脅すのか・・・」
「・・・戦時体制に限った話ですよ? 強制力が有る手札を有効に使うのは当然でしょう。手札というものは、いざというときに使ってこそ効力を発揮します」
「それはまあ・・・、そうだな」
戦時体制―――、非常時に限った話だと宥められてドネルクが少しだけ気を取り直す。
ところが、まだ嬢ちゃんの過激発言は止まらねえ。
「・・・神教会が間諜を送り込んで来るとして、ウォーレス領にも間諜は居ますし、何なら、カレリーヌ様にもご協力を仰ぎますが、西方諸国から最も遠いウォーレス領まで簡単に来られると思いますか? 来ることが出来たとして、領民たちが監視している中で自由に動けるとは思いませんし、領外へ逃げようとしても私が絶対に逃がしませんけど」
初めて出てきた名前が有ったが、話の流れから考えて諜報戦なり情報統制に長けた人物なんだろう。
そんな人物まで巻き込んでスパイを殺すと。
呆れ顔のドネルクが諦めたように首を振る。
「祖母上の間諜は旧ジュノー王国民だからな。神教会の手の者なら喜んで始末するだろう」
「・・・そんなわけで、危なくなったらウォーレス領へ逃げ込めば良いよ。ウォーレス領には森と迷宮が有るから、冒険者がおカネを稼ぐ方法にも困らないし」
ニコリと俺たちに笑い掛けて来やがったが、何とかいう人物ってのはドネルクの身内かよ!
しかも、その人物も神教会勢力にネガティブな感情を持っていて、強硬な手段をヨシとする人柄らしい。
旧ジュノー? だったか、「旧」って付いている国名なんだから、すでに滅んだ国なんだろう。
この嬢ちゃん。えげつねえな。
他人の私怨まで利用すんのか。
俺も呆れはしたが、敵に回さなけりゃあ害は無さそうだな。
まあ良い。レイクスたちは安心している様子だし、安全性が担保できるなら俺も手段は問わねえ。
それ以上、考えるのも馬鹿馬鹿しくなって、思考を切り替える。
今、気になることをいったな。
ディール⑲です。
一段落!?
次回、儲け話!?




