ディール ⑯
「・・・テツさん。何か急いでない?」
「―――っ!!」
唐突に投げ掛けられた核心を突く言葉に息を呑む。
油断した。
意識してゆっくりと肺の中の息を吐き、跳ね上がった鼓動を抑え込みに掛かる。
いやまあ、隠したところで駆け引き程度にしか意味はねえし、状況を打開するためのプラスに働くものなら助けを求めるべきなんだろう。
だが、不用意に弱味を晒せばマイナスに働く危険も有る。
迷いが頭の中を駆け巡る。
「何で、そう思うんだ?」
「・・・やり方が強引だからだよ。国王陛下やドネルク叔父様を敵に回し兼ねない交渉の仕方にも違和感が有る」
この嬢ちゃん、意外に鋭いな。
隠す方がマイナスか?
エルフ族の居場所を確保できたなら、俺は北を目指して黒トカゲを追うことになる。
1度で勝負が付けば良いが、簡単に黒トカゲの下へ手が届かねえ可能性も高い。
黒トカゲの山がどんな山かも分からねえからな。
高山の登頂チームなんて何度もアタックを繰り返すもんだろう。
俺の活動範囲が変わって行動の裏を読み取れるようになれば、”隠した”という事実がその内バレる。
それは俺の不誠実さを示すことになってエルフ族の信用も揺らぐ結果になる。
ここは覚悟を決めて理由を明らかにするべきか。
目を閉じて心を落ち着けるように息を吐く。
しゃーねえ。勝負だ。
瞼を開いて嬢ちゃんの目を見据える。
「その内、俺が居なくなるから、だな」
「・・・居なくなる?」
隣りに並ぶレイクスとケイナが身動ぎした気配を感じ取る。
動揺の色が雑じった嬢ちゃんの目が俺と俺の並びを行き来する。
だが、ここは俺が揺らいじゃならねえ場面だ。
居なくなる俺はケイナたちを返り見ず、前を向き続けなきゃならねえ。
「俺は日本へ帰る。一刻も早く帰らなきゃならねえんだ」
決意を込めた俺の答えに、今度は前伯爵たちが一斉に息を呑んだ。
しばしの沈黙。
もう一度レイクスとケイナに目を向けた銀髪の嬢ちゃんが俺へと目を向け直してくる。
「・・・事情を聞かせて貰っても?」
こっちの世界へ来て以降、出来るだけ考えずに前を向こうとしてきたが、考えない日は1日たりとも無かった。
カナが遺した、たった1つの生きた証。
ヒナの存在を忘れられるわけがねえ。
「日本に一人娘を残してきてるんだよ」
「・・・娘さんを?」
眉間を厳しくした前伯爵が奥歯を噛み、銀髪の嬢ちゃんが問い返してきた。
ヒナ、どうしてるだろうな。
きっと1人で泣いてる。そう思うだけで気が狂いそうになる。
だが、俺の手はヒナに届かねえ。
あの馬鹿デケえ黒トカゲを逃がさず、取っ捕まえて、従わせなきゃ、日本へ帰る道を開かせることさえ出来ねえ。
クソが。
何をどうすれば良いのかが分かっているのに、闇雲に突っ込んで行っても届かねえんだ。
まだ力が足りねえ。
もっと強くなる必要が有る。
ケイナたちのことも放っては置けねえ。
堪えろ。まだだ。
まだ耐えられるだろ。しっかりしろ、テツ。
そうだ。ゼッテエ、負けねえ。
胸中に湧き上がってくるいくつもの思いを腹の中へ押し込めて、視線を上げる。
「俺がこっちの世界に来たのは2ヶ月半ほど前のことだ。娘を小学校へ迎えに行った帰り道にな。黒トカゲ―――、黒龍王とか抜かすドラゴンが顔を出しやがってよ。娘を食われ掛けたんだ」
ああ、クッソ・・・。あの黒トカゲ。
今、思いだしても腸が煮えくりかえる。
ギチチッと、骨と筋肉が軋む。
拳を固く握ることで全身の血が沸騰するような怒りを抑え込む。
「黒龍王だと!?」
「ほう。黒龍王はチキュウ世界へ行く手段を持っているのか」
ドネルクが血相を変え、前伯爵は獲物を見付けた猛獣のような笑みを浮かべる。
「・・・おおっ! ドラゴンが日本に!?」
おい。嬢ちゃんよ。なんでお前は嬉しそうなんだ?
自分の失言に気付いたようで慌てて口を噤んだが、もう口から出た後だからな?
まあ、俺だって自分と無関係なら見世物的な興味は引かれただろうから、追及しねえけどよ。
怒りを向けるべきは今の状況を作った黒トカゲで、この嬢ちゃんじゃねえ。
どこか間の抜けたところの有る嬢ちゃんの姿に、少しだけ心の余裕を取り戻す。
「頭だけだったぞ? 今でも後悔してるんだが、手紙を郵便ポストへ放り込むのに娘の傍を離れちまってよ。娘の悲鳴で振り返ったら地面にデケエ穴が空いてて、黒トカゲが顔を出していやがった」
「娘は?」
この気性が荒そうに見える前伯爵も母性が強いんだろうな。
最初に訊いてくる質問が子供の安否か。
ディール⑯です。
込めた決意!
次回、後悔!?




