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第28話 あんな大人になりたい 後編

「……やっぱり似てる」


 せいかが小さく呟いた。


(うん。ぼくもそう思う)


 目の前に現れた女将猫。


 よく見れば、顔はそんなに似ていない。


 でも、まっすぐに伸びた背筋や、落ち着いた雰囲気。


 それに、歩く時の仕草や着物の色まで、村にいる藤さんとそっくりなのだ。


(遠くから見たら、絶対に間違えるよ……)


 だけど、もちろん藤さん本人じゃない。


 それが分かったら、らいがはどうするんだろう?


(また調子に乗って、変なこと言い出さないよな……?)


 ぼくは恐る恐る横を見た。





「…………」


 そこには、真っ青な顔で立っているらいががいた。


 背筋をピンッと伸ばして、直立不動。


 よく見ると、体がブルブル震えている。


「…………」


(……うん。大丈夫そうだ)


 ぼくはホッと胸をなで下ろした。


 少なくとも、今のらいがに調子に乗る余裕はなさそうだ。


 そうこうしているうちに、女将猫がぼくたちの前までやってきた。


 そして、一人一人の顔を見てから、柔らかく微笑む。


「お待たせいたしました。こちらの女将をしております、ゆうなと申します」


 優しそうな声だった。


 なんだか、話しているだけで安心できそうな雰囲気だ。


「一体、どうされたのですか?」


 女将さんが心配そうに番頭猫へ尋ねた。


「はい。こちらのお客様が、責任者と直接お話をされたいとのことで……」


 番頭猫は困ったように微笑みながら、らいがに目を向けた。


 女将さんもそちらを見る。





「…………」


 らいがは動かない。


 いや、正確には震えている。


 ガタガタガタ……。


(まあ、いきなり藤さんにそっくりな雰囲気の猫が現れたら、そうなるよな……)


 ぼくだってびっくりしたんだ。


 らいがなんて、村では藤さんに何度も注意されていたし。


 少しだけかわいそうになってきた。


(でも……助けないからな)


 今回ばかりは、らいがが悪い。


 満室だって丁寧に説明してくれたのに、あんな大声で責任者を呼べなんて言うからだ。


(少しは反省した方がいいよ)


「まあ、そうでしたか」


 そんな事情を知るはずもない女将さんは、本当に心配そうな顔でらいがを見つめた。





「…………っ」


 らいがの表情が、さらに硬くなる。


「私がここの宿の責任者でございます。どのようなお話でしょうか?」


 女将さんは、らいがが話しやすいように、ゆっくりと優しい声で尋ねた。


「…………」


 返事がない。


「…………」


 らいがは口を開こうともしない。


 それどころか、額から汗が流れ始めた。


 ぽたっ。


 ぽたっ。


(……汗、すごっ!)


 よく見ると、顔だけじゃなくて全身汗だくだ。


 さっきまであんなに胸を張っていたのに、今では耳までぺたんと倒れている。


 顔色もどんどん悪くなっていた。





「…………」


「…………」


 長い沈黙が続く。


 女将さんは急かすこともなく、ただ静かに待っている。


 せいかは心配そうにらいがを見ていた。


 むねゆきは腕を組んで、何とも言えない顔をしている。


(……らいが)


 ぼくは心の中で呼びかけた。


 その時だった。


「お客様」


 番頭猫が優しく声をかけた。


「先ほどのお話を、女将さんにもお聞かせいただけますか?」


 落ち着いた声。


 にっこりとした笑顔。





 嫌味を言っているようには見えない。


 むしろ、らいがが何か言いたいことを思い出せるように、手助けしてくれているみたいだった。


(……この番頭さん、本当に丁寧だなぁ)


 さっきからずっとそうだ。


 らいががどんなに失礼なことを言っても、怒ったり、嫌な顔をしたりしない。


 きっと、宿に来たお客さんを大切にしているんだろう。


 それなのに――。


「…………」


 らいがは、まだ何も答えられずにいた。


 番頭猫も、女将さんも、優しく返事を待っている。


(……らいが)


 ぼくは、目の前で固まっているらいがをじっと見つめた。


(ぼくたちが散々止めたのに、ずっと偉そうに言ってたじゃないか……)


『責任者を呼べ!!』


『俺に任せろ!』


 さっきまでの、あの自信満々な顔。


 思い出すだけで、なんだか腹が立ってくる。





(さぁ、言ってみろ!)


 ぼくは少し意地悪な気持ちで、らいがの返事を待った。


 ちらっとむねゆきを見る。


「…………」


 むねゆきも、あきれたような顔でらいがを見ていた。


 せいかはというと、心配そうに両手を胸の前で合わせている。


「…………俺は……」


 ようやく、らいがが口を開いた。


「…………」


「…………その……」


 声がどんどん小さくなっていく。


 らいがは助けを求めるように、ぼくを見る。


 次に、むねゆき。


 そして、せいか。


「…………」


「…………」


 でも、誰も何も言わない。


 すると、らいがはしょんぼりと耳を倒し、再び下を向いてしまった。





「お客様……」


 見かねたのか、番頭猫が口を開きかけた。


 その時だった。


 スッ。


 女将さんが片方の腕を上げた。


「……!」


 番頭猫が口を閉じる。


 女将さんは何も言わず、ただ静かにらいがを見つめていた。


 怒っているわけでも、困っているわけでもない。


 優しい顔のまま、じっと待っている。


「…………」


 らいがも黙ったままだ。


 しばらく、静かな時間が流れた。


 そして――。


「……ごめんなさい」


「……!」


 らいがが小さく呟いた。





 そのまま、女将さんと番頭猫に向かって、ぺこりと頭を下げる。


「満室なのに……無理言って……ごめんなさい」


「…………」


 ぼくは少し驚いた。


 さっきまであんなに偉そうにしていたらいがが、ちゃんと自分から謝ったのだ。


 すると――。


「はい。ちゃんと謝れて偉いですね」


 女将さんが優しく微笑んだ。


「でも、もうこんなことをしてはいけませんよ?」


 少しだけ笑いながら、らいがに声をかける。


「……はい」


 らいがは恥ずかしそうに返事をした。


 耳もすっかり垂れている。





「…………」


 ぼくは小さくため息をついた。


 せいかを見ると、ホッとしたように微笑んでいる。


「まったく……」


 むねゆきも苦笑いしていた。


 それにしても……。


(やっぱり、藤さんに似てるなぁ)


 見た目や雰囲気だけじゃない。


 らいがが自分から謝るまで、何も言わずに待っていたこと。


 それに、謝ったらちゃんと褒めて、でも悪いことは悪いと教えるところまで。


(なんだか、全部分かってたみたいだ……)


 村にいる藤さんも、きっと同じことをしたんじゃないかな。


 そんなことを考えていると――。





「ところで……」


 女将さんが、ぼくたちに話しかけてきた。


「みなさんは、今夜の宿はもう決まっているんですか?」


「あ……」


 そうだった。


 らいがのせいで、すっかり忘れていた。


「それが、まだなんです……」


 せいかが困ったように答える。


「そうでしたか……」


 女将さんは少し考えるような顔をすると、番頭猫へ目を向けた。


「今夜、近くに空きのある宿はありますか?」


「そうですね……」


 番頭猫が手元の書き物を確認する。


「この時間帯だと、難しいかもしれません……」


 苦い顔で答えた。





「えっ……」


(そんなに!?)


 ぼくは思わず外を見た。


 まだ昼なのに?


「この辺は、宿も多いけど利用者も多いらしいもんな……」


 むねゆきが腕を組む。


 確かに、町へ入ってからずっと猫だらけだった。


 馬車もたくさん走っていたし、どの宿にもお客さんが出入りしていた。


(どうしよう……)


 せっかく町に入れたのに、いきなり泊まる場所がないなんて。


 まさか、外で寝ることになるんじゃ……。


「…………」


 女将さんは、しばらく何かを考えていた。


 そして――。





「でしたら……」


 ゆっくりと口を開いた。


「北エリアに、知り合いがやっている宿があります。そこなら……」


「本当ですか!?」


 せいかが嬉しそうに顔を上げる。


 ぼくも少し安心しかけた。


 でも――。


「あの……ぼくたち、馬車もあるんですが?」


 遠慮がちに聞いてみる。


 ぼくたちには、あずきもいる。


 それに、馬車には大切な陽だまりジュースが積んであるのだ。


 宿に泊まれても、馬車を置く場所がなかったら困ってしまう。


「そうですね」


 女将さんは優しく頷いた。


「あちらの宿も馬車置きがあるはずです。少し部下に確認させてみますね」


「あ、ありがとうございます!」


 ぼくが頭を下げると、女将さんはにっこり微笑んだ。





 そして――。


 パン、パン。


 女将さんが軽く手を叩く。

 

 すると――。

 

 タタタタタッ!


 宿の奥から、誰かが急いで走ってくる音が聞こえてきた。


「はいっ!」


 元気な声と一緒に姿を現したのは、一匹の小さな猫だった。


(……子ども?)


 ぼくは思わず目を丸くした。


 見た感じ、らいがと同じくらいか、少し年下に見える。


 きちんとした服を着ていて、頭の毛もきれいに整えられていた。


 小さな猫は女将さんの前まで来ると、ピタッと足を止めた。


 そして、ピシッと背筋を伸ばす。


「はい。女将さん!」


(おお……)





 なんだか、すごくしっかりしている。


「北エリアのこもれび亭まで、おつかいをお願いできますか?」


 女将さんが優しく尋ねる。


「はい!」


「では、こちらを向こうの女将さんに渡して、今夜四名と馬車一台を受け入れられるか確認してきてくだ

さい」


 そう言って、女将さんは一通の手紙を差し出した。


「かしこまりました。すぐに確認してまいります!」


 小さな猫は手紙を両手できちんと受け取ると、深々と頭を下げた。


 それからクルッと向きを変え、玄関へ歩き出す。


 ぼくたちの前を通る時にも――。


「失礼いたします」


 ペコッ。


 わざわざ立ち止まって、お辞儀までしてくれた。


(すごいなぁ……)


 そして玄関まで来ると、もう一度振り返った。


「では、行ってまいります!」


 ペコリ。


 タタタタタッ!


 今度は勢いよく走り出し、あっという間に外へ出ていった。





「…………」


 ぼくたちは、その後ろ姿を見送った。


「すごくしっかりした子……」


 せいかがボソッと呟く。


 すると、女将さんが小さく微笑んだ。


「まだまだ修行中です。教えることがたくさんあります」


 そう言いながら、玄関の方を見つめている。


(いやいや、十分すごいと思うけど……)


 あんなに小さいのに、挨拶もできるし、お辞儀もきちんとしている。


 頼まれた仕事だって、すぐに引き受けていた。


(本当にすごいなぁ……)


 そう思って、なんとなく隣を見る。


「…………」


 そこには、らいががいた。





 さっきまであんなに偉そうに胸を張っていたのに、今では耳をぺたんと倒し、ものすごく小さくなっている。


(…………)


 なんだろう。


 同じくらいの大きさの猫なのに、ずいぶん違う気がする。


 すると――。


「……ん?」


 ぼくの視線に気づいたのか、らいががチラッとこっちを見た。


「…………」


「…………」


 しばらく見つめ合う。


 そして――。


 プイッ。


 らいがが、バツの悪そうな顔で目をそらした。


(…………)


 言いたいことは、たくさんある。


 ものすごくある。


 でも……。


(まあ、今は黙っておこう……)


 さすがに、これ以上いじめるのはかわいそうだ。


 ぼくも何も言わず、前を向いた。





「ところで……」


 女将さんが、ぼくたちに話しかけてきた。


「皆さんは、この郷へ観光にいらしたのですか?」


「ああ、いや」


 むねゆきが答える。


「俺たちは仕事で来たんだ」


「まあ、お仕事で?」


 女将さんが少し驚いた顔をした。


「はい!」


 今度はせいかが元気よく返事をする。


 そして、嬉しそうに微笑みながら言った。


「ジュースを売りに来たんです!」


「ぼくたちの住んでる場所で採れた果物でできた飲み物で、陽だまりジュースっていうんです」


 ぼくはせいかの説明に付け加えた。





「まあ、可愛らしい名前ですね」


 女将さんが優しく微笑む。


「す……すごくおいしいんです!」


 突然、らいがが大きな声を出した。


「……!」


 ぼくはびっくりして横を見る。


 らいがはピシッと背筋を伸ばし、緊張した顔でゆうなさんを見つめていた。


(いや、そこまで緊張しなくても……)


 さっき怒鳴っていた時とは、まるで別の猫だ。


「ふふっ。それは気になりますね」


 女将さんが少し悪戯っぽく笑った。


 すると――。


「そうだ!」


 むねゆきがポンッと手を打つ。


「女将さんに飲んでもらったらいいんじゃないか?」


「あ! それいいよ!」


 せいかが嬉しそうに頷く。





「ぜひ、感想を聞かせてください!」


(確かに……いいアイデアかも!)


 ぼくたちは、この町で陽だまりジュースを売るために来たんだ。


 だから、実際に飲んでもらって感想を聞くのは大事なことだと思う。


「俺、取ってきます!」


「え?」


 返事をする間もなく、らいがが駆け出した。


 タタタタッ!


 そのまま宿の外へ飛び出していく。


「…………」


(……なんか、すごいな)


 さっきまであんなに偉そうにしていたのに。


 今では、女将さんのために一生懸命走っている。


(態度、変わりすぎじゃない?)


 しばらくすると――。






「持ってきました!」


 らいがが戻ってきた。


 手には、陽だまりジュースの入った竹水筒を持っている。


「ど、どうぞ……!」


 両手で差し出すらいが。


 よく見ると、その手が小さく震えていた。


「ありがとうございます」


 女将さんは丁寧に受け取ると、竹水筒をそっと口元へ運んだ。


 こくっ。


 一口飲む。


「…………」


 ぼくたちは、女将さんの顔をじっと見つめた。


(ど、どうだろう……?)


 トニーさんたちにも飲んでもらったけど、こうして初めて会った猫に飲んでもらうのは、やっぱり緊張する。


 この町の猫たちにも、おいしいと思ってもらえるだろうか。

 

 すると――。





「美味しいですね」


 女将さんが柔らかく微笑んだ。


「本当ですか!?」


 せいかが嬉しそうに声を上げる。


「はい。果物の甘さがありますけど、しつこくありませんね」


 女将さんは竹水筒を見つめながら続けた。


「とても飲みやすいです」


「よかったぁ……」


 せいかがホッとしたように笑った。


 ぼくも胸をなで下ろす。


(よかった……!)


 すると、女将さんはもう一度、竹水筒を口元へ運んだ。


 こくっ。


「…………」


 今度はすぐに感想を言わなかった。


 ほんの少しだけ目を細めて、何かを考えているように見える。





(……ん?)


 何か気になることでもあったのかな?


 ぼくがそう思った時だった。


「……本当においしい」


 女将さんが小さく呟いた。


 そして、竹水筒を大事そうに両手で持ちながら、ゆっくりと味わっている。


「…………」


 その様子を見ていると、なんだかすごく嬉しくなってきた。


 ぼくたちが村から大切に運んできたジュース。


 それを、こんなにおいしそうに飲んでもらえるなんて。


「……あの!」


 気づけば、ぼくは声を上げていた。


「よかったら、一本どうぞ!」


「まあ……」


 女将さんが顔を上げる。





「せっかく気に入ってもらえたんですし!」


 ぼくがそう言うと、せいかも笑顔で頷いた。


「はい! ぜひ!」


 むねゆきも隣で頷いている。


 でも――。


「いいえ」


 女将さんは優しく首を振った。


「これから商品として売られるのでしょう?」


「あ……はい」


「でしたら、きちんと買わせてください」


 そう言って、着物から小さな財布を取り出した。


「え?」


 ぼくは思わず声を漏らした。


「でも、感想を聞かせてもらっただけでも十分ですし……」


「ふふっ」


 女将さんが微笑む。





 そして、ぼくたちの顔を順番に見ながら言った。


「せっかくですから、私が最初のお客さんになりたいです」


「…………!」


 その言葉に、ぼくは目を丸くした。


 隣を見ると、せいかも嬉しそうにぼくを見ている。


 むねゆきも笑っていた。


 らいがなんて、さっきまでの緊張はどこへ行ったのか、口をぽかんと開けている。


「本当ですか!?」


 せいかが嬉しそうに声を上げた。


「やった! 売れた! 売れた!」


 らいがはその場でぴょんぴょん跳ねている。


「ちょ、らいが! ここ宿の中だから!」


 ぼくが慌てて止めると、らいがは「あっ!」と口を押さえた。


 でも、嬉しそうな顔はそのままだ。





(……売れた)


 ぼくは改めて、女将さんを見た。


(まだ北エリアにも着いてないのに……売れたんだ!)


 村から大切に運んできた陽だまりジュース。


 それを、この町で初めて買いたいと言ってもらえた。


 なんだか、胸の奥がぽかぽかしてきた。


「でも、本当にいいのか?」


 むねゆきが少し心配そうに尋ねる。


「気を使って無理してないか?」


「え?」


 その言葉を聞いたらいがの耳が、ぺたんと垂れた。


「……嘘なんですか?」


「ふふっ。そんなことないですよ」


 ゆうなさんは、らいがに優しく微笑んだ。


「本当に美味しかったので、買いたいんです」


「……!」


 らいがの耳がピンッと立つ。





「やったー!」


(忙しいなぁ、こいつ……)


 さっきから、耳が上がったり下がったりしてばっかりだ。


 そんならいがを見て、女将さんは楽しそうに笑った。


「……あ、そうだ!」


 何かを思いついたように手を合わせる。


「せっかくだから、二つ頂いてもいいですか?」


「え? 二つもですか?」


 ぼくは思わず聞き返してしまった。


「はい。私の知り合いの方にも是非、飲んでほしいんです」


 女将さんは竹水筒を見つめながら続ける。


「せっかくですから、その方にもプレゼントしたいんですけど……大丈夫でしょうか?」


 そう言って、少し不安そうにぼくたちを見た。


「もちろん大丈夫です! ありがとうございます!」


 せいかがすぐに答える。


「よかったです」


 ゆうなさんは嬉しそうに微笑んだ。





 そして、着物から財布を取り出す。


「では、こちらを」


 そう言って、せいかの手にそっと硬貨を渡した。


「わぁ……」


 せいかが手のひらを開く。


 そこには、金色に輝く硬貨があった。


 表には猫の絵が描かれている。


「きれい……」


 せいかが小さく呟いた。


(本当だ……)


 ぼくも横からのぞき込む。


 キラキラしていて、なんだか宝物みたいだ。


 でも――。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 むねゆきが慌てて声を上げた。





「こんなにもらえねーよ!」


「え?」


 ぼくはむねゆきを見た。


 どうやら、思っていたよりずっと大きな金額らしい。


「いいんです」


 ゆうなさんは静かに首を振った。


「皆さん、このジュースをこの郷で売るのは初めてなんですよね?」


「あ、ああ……」


「でしたら、まだ値段も決めていないのでしょう?」


「……まあ、そうだな」


 むねゆきが頷く。


 そう。


 ぼくたちは、まだこの町でいくらで売るか決めていなかった。


 実際に町の様子を見てから考えようと思っていたのだ。





「このお金は、私がこのジュースに感じたお値段です」


 ゆうなさんが優しく笑った。


「…………」


 ぼくはせいかの手のひらにある硬貨を見る。


(……そんなに気に入ってくれたんだ)


 嬉しい。


 でも、ちょっと申し訳ない気もする。


「でもよ……」


 むねゆきが、まだ何か言おうとした。


 その時だった。


「ただいま戻りました!」


 タタタタッ!


 元気な声が玄関から聞こえてきた。


「あ!」


 さっきおつかいに行った小さな猫だ。


 もう戻ってきたらしい。





 小姓猫は女将さんの前まで来ると、ピシッと背筋を伸ばした。


「お疲れさま。どうでしたか?」


「はい!」


 小姓猫は元気よく返事をする。


「こもれび亭の女将様から、了承を頂けました!」


「まあ、よかった」


 女将さんがホッとしたように微笑んだ。


「今夜は四名様と馬車一台、受け入れてくださるそうです」


「本当!?」


 せいかが嬉しそうにぼくを見る。



「やった! 泊まれる!」


 らいがも両手を上げて喜んだ。


(よかったぁ……)


 ぼくも思わず胸をなで下ろす。


 これで、今夜の寝る場所が決まった。


 あずきも一緒に泊まれるし、ジュースを積んだ馬車の心配もしなくて済みそうだ。





「それは助かったな」


 むねゆきも安心したように笑った。


 ぼくは改めて、ゆうなさんの方を向く。


「本当に、何から何までありがとうございます!」


 深く頭を下げた。


「ありがとうございました!」


 せいかも続く。


「世話になったな。本当に助かったよ」


 むねゆきも丁寧に頭を下げた。


 そして――。


「ありがとうございました!!」


 バッ!


 らいががものすごい勢いで頭を下げた。


「うわっ!」


 あまりの勢いに、ぼくはびっくりしてしまった。





(頭、床にぶつけるかと思った……)


 さっきまで責任者を呼べって騒いでいた猫とは、とても思えない。


 女将さんは、そんならいがを見ても嫌な顔一つしなかった。


「はい。お気を付けて」


 ただ、いつものように優しく微笑んだ。


「…………」


 ぼくは、その笑顔をじっと見つめた。


 らいがが迷惑をかけても怒鳴ったりせず、ちゃんと謝るまで待ってくれた。


 それだけじゃなく、ジュースまで買ってくれて、泊まる宿まで探してくれた。


(……すごい猫だなぁ)


 やっぱり、どこか藤さんに似ている。


 見た目だけじゃなくて、優しいところも。


 ぼくはもう一度、女将さんに頭を下げた。


 エンタメの郷に入ってから、びっくりすることばかりだったけど……。


(こんな猫にも会えるんだな)


 そう思いながら見た、ゆうなさんの優しい笑顔が、ぼくにはとても印象に残った。

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