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第29話 その場所、本当に使っていいの?前編

「行ってきまーす!」


 朝の気持ちいい空気の中、ぼくは元気よく声を上げた。


 背中には、小さなリュック。


 今日はこのジュースを持って、売る場所を探しに行くのだ。


「いってらっしゃい。いい場所が見つかるといいね」


 こもれび亭の女将さんが、優しく手を振ってくれた。


「朝から元気だねぇ」


 宿の前をほうきで掃除していた旦那さんも、にっこり笑っている。


「行ってきます。今夜もよろしくお願いします」


 むねゆきが丁寧に頭を下げた。


「はいはい。気をつけてね」


 女将さんが笑顔で答える。


 ぼくももう一度頭を下げてから、宿を振り返った。





「…………」


 こもれび亭。


 昨日、女将さんに紹介してもらった宿だ。


 最初に見た時は、正直びっくりした。


 木造の建物はあちこち古くなっていて、壁の色もところどころはげている。


(……ここ、大丈夫かな?)


 なんて思ってしまったくらいだ。


 昨日の立派な宿みたいな高級感は、まったくない。


 建物だって、ずいぶん年季が入っている。


 働いているのも、年配の女将さんと旦那さんの二匹だけ。


 でも――。


(本当にいい宿なんだよなぁ……)


 女将さんはすごく優しいし、旦那さんの作る料理もとってもおいしかった。


 昨日の夕ご飯なんて、ついついおかわりしてしまったくらいだ。


 部屋だって、建物の外からは想像できないほどきれいに掃除されている。





 そして何より――。


(宿代が安い!)


 これが本当にありがたい。


 ぼくたちは、これからジュースを売らなくちゃいけないんだ。


 お金だって、大切に使わないといけない。


 それに、昨日の高級宿だと、なんだかずっと緊張してしまいそうだけど……。


 ここなら、ゆっくり休める。


(いい宿を紹介してもらったなぁ)


 ぼくは改めて、ゆうなさんに感謝した。


 ただ、一つだけびっくりしたことがあった。


 それは――。


 昨日、部屋に案内された時のことだ。





     ◇ ◇ ◇


「お部屋は二つ用意してありますよ」


 女将さんがそう言った瞬間。


「よし、ほら行くぞ!」


 むねゆきが、らいがの背中をポンッと叩いた。


「おう!」


 らいがも当たり前のようについていく。


「え? ちょっと……」


 ぼくが声をかけようとした時には、二匹はもう廊下の奥へ歩いていた。


(……あれ?)


 ちょっと待って。


 部屋が二つ。


 むねゆきとらいがが一緒。


 ということは……。





「こうちゃん?」


「ひゃい!?」


 突然声をかけられて、変な返事が出てしまった。


 振り返ると、せいかが不思議そうにぼくを見ている。


「なにしてるの? 私たちの部屋はこっちだよ?」


「え……あ、うん……」


 せいかはキョトンとした顔で首をかしげた。


 どうやら、何も気にしていないらしい。


(……ぼくだけ?)


 なんだか急に恥ずかしくなってきた。


 でも、ここで変に騒ぐのもおかしいし……。


「い、今行く!」


 ぼくは慌ててせいかの後を追った。


 考えてみれば、村長の家でも同じ部屋で寝たことがある。


 だから、別に初めてってわけじゃない。


(そうだよ。今さら何を気にしてるんだ、ぼく……)


 そう思っていたんだけど――。





 夜。


「…………」


 ぼくはベッドに横になりながら、天井を見つめていた。


 部屋の中は静かだ。


 窓の外から、時々猫たちの話し声が聞こえてくる。


(……なんか、寝られない)


 どうしてだろう。


 心臓が、いつもより少し速く動いている気がする。


 ドキドキ。


 ドキドキ。


(いやいや、落ち着け……)


 ぼくは布団を少しだけ引っ張った。


 そして、恐る恐る隣のベッドを見る。


「…………」


 せいかは――。





「スースー……」


 もう寝ていた。


「…………」


 気持ちよさそうに、ぐっすりと。


(……早っ!)


 さっきまで「明日楽しみだね!」なんて話していたのに。


 もう寝ちゃったの!?


「……そんなことだろうと思った」


 ぼくは小さく呟いた。


 なんだか、ドキドキしていた自分がちょっと恥ずかしい。


「……ぼくも早く寝ないと」


 明日は大事な日だ。


 寝不足で失敗するわけにはいかない。


 ぼくは布団をかぶり直し、ゆっくり目を閉じた。


     ◇ ◇ ◇





「こうちゃん? どうしたの?」


「えっ!?」


 せいかの声で、ぼくは我に返った。


「いや、なんでもない!」


「そう?」


 せいかが不思議そうに笑う。


 ぼくは慌てて宿から目をそらした。


 そうそう。


 今日は、朝ご飯を食べた後、みんなでこれからの予定を話し合ったんだ。


 最初は、いきなりジュースを売り始めようかという話も出た。


 でも、ぼくたちはこの町のことをまだほとんど知らない。


 どんな場所に猫が集まるのか。


 どんなお店があるのか。


 それに、ジュースを売るなら、どこがよさそうなのか。


 まずは自分たちの目で確かめることにした。


 話し合いの結果、今日は北エリアを散策しながら、販売する場所を決めることになったのだ。





「よーし! 行くぞー!」


 らいがが元気よく先頭を歩き始める。


「おいおい、あんまり先に行くなよ」


 むねゆきが苦笑いしながら声をかけた。


「楽しみだね、こうちゃん!」


 せいかが隣で笑う。


「うん!」


 ぼくも笑顔で頷いた。


 北エリアの通りには、朝からたくさんの猫たちが行き来している。


 お店の前で準備をする猫。


 荷物を運ぶ猫。


 楽しそうに話しながら歩く猫たち。


 昨日までとは違って、今日はぼくたちも仕事をしに来たんだ。


 背中のリュックを、ぎゅっと握り直す。





(……何とかここまで来たぞ)


 村を出て、森を抜けて。


 いろんなことがあったけど、ようやくエンタメの郷にたどり着いた。


 ぼくたちが運んできた陽だまりジュース。


 これを、この町の猫たちにも気に入ってもらいたい。


(モカやシトロンさんのためにも……)


 ぼくは前を向いた。


(がんばって、陽だまりジュースを売るぞ!)


 そう心の中で気合いを入れて、ぼくたちは北エリアのにぎやかな通りへ歩き出した。


「ほぇーーーーー」


 隣から、なんとも間の抜けた声が聞こえてきた。


「……何アホみたいな声出してるんだよ」


 むねゆきがあきれたように突っ込む。


「だ、だってよ! すげーんだもん!」


 らいがは目をキラキラさせながら、あっちを見たり、こっちを見たり。


 忙しそうに首を動かしている。





(……まあ、気持ちは分かるけどね)


 ぼくも、さっきから周りの景色に驚きっぱなしだった。


 昨日通った南エリアとは、まるで違う。


 白い壁の建物がずらーっと並び、赤や青の屋根が朝の日差しを浴びて輝いている。


 窓には色とりどりの花が飾られ、道には丸い石がきれいに敷き詰められていた。


 なんだか、海の近くにある外国の町みたいだ。


 それに――。


「いらっしゃい! 焼きたてだよー!」


「今日は新しい商品が入ってるよ!」


「お兄さん! ちょっと見ていかない?」


 あっちからも、こっちからも、元気な声が聞こえてくる。


 白い壁のお店だけじゃない。


 道のあちこちには露店が並んでいて、食べ物や服、見たこともない道具まで売られている。


 買い物を楽しむ猫たちもいっぱいだ。





 友達同士で笑っている猫。


 大きな荷物を抱えて歩く猫。


 子猫の手を引いて、お店をのぞいている親猫。


(すごいなぁ……)


 まるで町全体がお祭りみたいだ。


 らいがが変な声を出すのも、無理はないと思う。


 その時だった。


 キュッ。


「……ん?」


 突然、シャツの裾を引っ張られた。


 見ると、せいかがぼくの服を握っている。


「せいか?」


 こっちの世界に来てから、せいかは不安になると、こうやってぼくの服を握ることがある。


「どうしたの?」


 ぼくはできるだけ優しく声をかけた。


「……なんか、じろじろ見られてる気がする」


「え?」


 せいかが不安そうに周りを見る。





 ぼくも何気なく視線を動かした。


「…………」


 すると――。


(……あれ?)


 道の向こうで、二匹の猫がこちらを見ていた。


 ぼくと目が合うと、慌てたように顔をそらす。


 別のお店の前でも、何匹かの猫がせいかを見ながら、ひそひそと何かを話している。


(……本当だ)


 今まで全然気づかなかった。


 最初は、仮面が珍しいのかなと思った。


 でも、それならぼくだって同じはずだ。


 ぼくもせいかも、顔を隠すために仮面をつけている。


 なのに――。


(明らかに、せいかの方を見てる……)





 どうしてだろう?


 何か変なところでもあるのかな?


 ぼくはせいかの服や仮面をちらっと見た。


 別に、いつもと変わらない。


(……分かんないな)


 でも、理由が分からないからって、このまませいかを不安にさせたくない。


「ぼくたちの仮面が珍しいのかな?」


 ぼくはわざと明るい声で言った。


「でも……」


「大丈夫!」


 ぼくはせいかの前で、ぐいっと腕まくりをした。


「ぼくとむねゆきって、意外と強いから!」


「意外とってなんだよ!」


 すぐにむねゆきが突っ込んできた。


「あはは、ごめんごめん!」





「俺もいるぞ!」


 らいがも負けじと胸を張る。


「らいがは昨日みたいに暴走するなよ?」


「やるわけないだろ!!」


「あははは!」


 せいかが笑い出した。


 むねゆきも肩を揺らして笑っている。


「もう、こうたは心配しすぎなんだって!」


「誰のせいだと思ってるんだよ……」


 ぼくがため息をつくと、せいかがらいがに向かって微笑んだ。


「頼りにしてるよ」


「おう! 任せとけって!」


 らいがが嬉しそうに胸を張る。


 せいかも、さっきより少し元気になったみたいだ。


(……よかった)


 ぼくも笑いながら、もう一度周りを見た。


 相変わらず、たくさんの猫たちが行き来している。


(でも……少し警戒しておいた方がいいかもな)


 どうしてせいかが見られているのか、まだ分からないんだから。


 そんなことを考えていると――。





「あー! なんか笑ったらお腹すいてきちゃった!」


 せいかがお腹を押さえた。


「ねえ、なんか食べようよ!」


「そうだな!」


 むねゆきが頷く。


「仮面を取ってもいいように、露店で買って、どっか端っこで食べようぜ」


「俺も腹減った!」


 らいがが元気よく手を上げた。


(さっき朝ご飯食べたばっかりなのに……)


 まあ、ぼくもちょっとお腹がすいてきたけど。


「何かないかな……」


 ぼくは周りを見渡した。


 パンを売っている露店。


 果物を山積みにしているお店。


 甘そうなお菓子を並べている屋台。


 どれもおいしそうだ。





 でも――。


「……ん?」


 少し先に、人だかりのできているお店があった。


 露店じゃなくて、ちゃんとした建物のお店だ。


 大きく開いた入口から、中の様子が見える。


(……お肉屋さん?)


 店内には、大きな肉の塊がたくさん並べられていた。


 その時――。


 ジューーーッ!


「……!」


 おいしそうな音が聞こえてきた。


 続いて、ふわっと焼けた肉の匂いが漂ってくる。


(うわっ……いい匂い!)


 どうやら、お店の前で店員猫が肉を焼いているらしい。


「ねえ、露店じゃないけど、あそことかどう?」


 ぼくはみんなに声をかけた。





「ん?」


 むねゆきが目を細める。


「ああ、あそこか。焼いた肉をパンにはさんで売ってるみたいだな」


「肉!?」


 らいがの耳がピンッと立った。


「食べたい!」


「うん! 美味しそう!」


 せいかも嬉しそうに頷く。


「じゃあ、決まりだな」


 むねゆきが笑った。


 ぼくたちは人混みを避けながら、そのお店へ向かって歩き出した。


 近づくにつれて、肉の焼ける匂いがどんどん強くなってくる。


(うわぁ……お腹すいてきた……)


 お店の前には何匹もの猫が並んでいた。


 でも、みんな楽しそうだ。





「いやー、今日もボーノさんの肉はうまそうだな!」


「ほんとう、うちの子も喜ぶのよ」


「ははは……ありがとうよ!」


 店員猫の笑い声が聞こえる。


 どうやら、地元でも人気のお店みたいだ。


(よかった。ここなら安心して買えそうだね)


 ぼくたちも列の後ろに並んだ。


 目の前では、焼きたての肉をパンにはさみ、次々とお客さんに渡している。


 しばらくすると、前のお客さんが商品を受け取って離れていった。


「はいよ! お次のお客さんは――」


 店員猫が顔を上げた。


「…………え?」


 ぼくは思わず声を漏らした。


 茶色い毛。


 少し鋭い目つき。


 それに、どこか見覚えのある顔。


(……あれ?)


 この猫……。


「……おい」


 むねゆきも何かに気づいたようだ。


 せいかが小さく息をのむ。


 らいがまで、口をぽかんと開けている。


(検問所にいた、あの茶猫!?)


 ぼくは一瞬、本気でそう思った。


 でも――。





(……いや、違う!)


 ぼくがホッとした、その時だった。


「…………!」


 店員猫が、ぴたりと動きを止めた。


 その目が、せいかに向けられている。


 ほんの一瞬だけ――。


 驚いたように、大きく見開かれた。


(……え?)


 だけど、次の瞬間には元の顔に戻っていた。


 何事もなかったように、焼いている肉へ視線を戻す。


 ぼくは隣にいるせいかをちらっと見た。


 せいかはまだ、店員猫の様子に気づいていないみたいだ。


 おいしそうな肉を見て、楽しそうにしている。


「…………」


 その笑顔を見ながら、ぼくはもう一度、目の前の店員猫を見た。


(さっきから……いったい何なんだ?)


 どうして、みんなせいかを見て驚くんだろう。


 ぼくには、さっぱり分からなかった。





「いらっしゃい! 何にする?」


 とうとう、ぼくたちの順番になった。


「今日は焼きたての肉がおすすめだよ!」


 店員猫はすぐに元の笑顔に戻り、元気よく声を張り上げた。


 まるで、何かを切り替えたみたいに。


「わー! 美味しそう!」


「うわっ!?」


 突然、隣から元気な声が聞こえてきた。


 せいかだ。


「ねえ、こうちゃん! どれにする?」


「すげー……」


 今度はらいがが、ぽかんと口を開けた。


 ぼくも改めて店先を見る。


「……うわぁ」


(……どれにしよう)


 正直、種類が多すぎて選べない。


 そんな時だった。





「あの!」


 せいかが元気よく手を上げた。


「おすすめってありますか?」


「おすすめかい?」


 店員猫がニッと笑う。


「それなら、ちょうどいいのがあるよ!」


 そう言って、目の前の鉄板に視線を落とした。


 ジュウウウウッ!


「おおっ!」


「こいつは今、焼き上がったばかりなんだ!」


 店員猫はそう言うと、慣れた手つきで肉をひっくり返した。


「ほら、見てな!」


 店員猫は焼けた肉を持ち上げると、横に置いてあったパンを取り出した。


 パンには、真ん中に切れ目が入っている。





「こいつを、こうして……」


 ひょいっ。


 焼きたての肉を、パンの間に挟む。


 肉が大きすぎて、パンの両側から少しはみ出していた。


 さらに、パンを軽く押さえて形を整えると――。


「はい! 特製肉サンド!」


 ジャーン!


 店員猫が自信満々に、出来立ての肉サンドを見せてくれた。


「おおーーっ!」


 らいがの目がキラキラ輝く。


「うわぁ! 美味しそう!」


 せいかも嬉しそうに声を上げた。


「よし、決まりだな」


 むねゆきが頷いた。





「これ、四つもらえるか?」


「あいよ! 四つだね!」


 店員猫は元気よく返事をすると、さっそく次の肉を鉄板に並べ始めた。


「早く食いてー!」


 ぼくが苦笑いしていると――。


「そういや、ちょっと聞きたいんだが」


 むねゆきが店員猫に話しかけた。


「ん? 何だい?」


 店員猫は肉をひっくり返しながら答える。


「この辺で露店とか出せる場所って知らねーか?」


「露店?」


「ああ。俺たち、ちょっと商売をしようと思っててな」


 むねゆきは何気ない様子でそう言った。


 ぼくは感心しながら、もう一度店員猫に目を向けた。


 肉サンドも楽しみだけど、今はそれ以上に、店員猫が何と答えるのかが気になっていた。





「露店?」


 店員猫が不思議そうな顔で、むねゆきを見た。


「そうそう。どっかいい場所知らねーか?」


「俺たち、ジュースを売りに来たんだよ!」


 らいがが嬉しそうに口を挟む。


「へえ! ジュースかい!」


 店員猫はらいがを見て、にっこり笑った。


「そりゃあいいねぇ! だったら、あそこの通りなんてどうかな?」


 そう言って、肉を焼いていない方の手で、ぼくたちが歩いてきたのとは反対側を指さした。


「あっちに行くと、もっと広い通りがあるんだ。人通りも多いし、商売するにはいい場所だよ!」


「おっ! そいつはいいな!」


 むねゆきが嬉しそうに頷いた。


「空いてる場所があるのか?」


「え? あ、いや……」


 その瞬間だった。





 ピタッ。


 店員猫の手が止まった。


「……ん?」


 むねゆきが首をかしげる。


 店員猫は、さっきまでの笑顔を消して、何かを考え始めた。


「えーっと……確か……」


 ぼくたちは顔を見合わせる。


「一か所だけ、空いてる場所があるんだけど……」


 店員猫は自信なさそうに呟いた。


「本当か!?」


 むねゆきが身を乗り出す。


「だったら、そこを使わせてもらえねーかな?」


 そう言って、お願いするように両手を合わせた。


「えっ!? そ、それは……」


 店員猫の顔が、みるみる困ったものに変わっていく。





「…………」


 しばらく黙ったかと思うと――。


「うーん……まあ、空いてるんだし、別にいいか……」


 ぶつぶつと独り言を始めた。


「……いや、でもなぁ……」


 今度は太い腕を組む。


「勝手に決めちゃっていいのかなぁ……」


(……え?)


 ぼくは思わず眉をひそめた。


(なんか、急に歯切れが悪くなったぞ?)


 さっきまで、あんなに元気だったのに。


 肉のおすすめを聞いた時なんて、ものすごく自信満々だったじゃないか。


「うーん……」


 店員猫はまだ考え込んでいる。


「でも、どうせ誰も使ってないし……」





「…………」


「いやいや、でもなぁ……」


「…………」


「うーん……」


(……長い!)


 いったい、いつまで悩むつもりなんだろう。


 むねゆきも困った顔をしているし、らいがなんて、もう話を聞いていない。


 さっきから鉄板の肉をじーっと見つめている。


 そんな時だった。


「……あっ!」


 せいかが突然声を上げた。


「ん?」


 ぼくが振り向くと――。





「あーーっ! お肉! お肉!! 焦げてる!!」


「えっ!?」


 慌てて鉄板を見る。


 ジュウウウウッ!


 さっきまでおいしそうな音を立てていた肉から、黒い煙が上がり始めていた。


(うわっ!?)


「ぎゃーー!! 俺の肉!!!」


 らいがが悲鳴を上げた。


「いっけね!」


 店員猫も慌てて鉄板に向き直る。


「おっとっとっと!」


 ひょいっ!


 急いで肉をひっくり返した。


 ジュッ!


 裏返った肉には、ところどころ黒い焼き目がついている。





「…………」


 ぼくたちは、しばらく黙って肉を見つめた。


(……まあ、少し焦げたけど)


 真っ黒ってわけじゃない。


 これなら、まだ食べられそうだ。


「よ、よかったぁ……」


 らいがが胸をなで下ろす。


(そんなに心配だったんだ……)


 ぼくは思わず苦笑いした。


「あー……」


 むねゆきが頭をかきながら、店員猫に話しかける。


「無理なら別にいいぞ?」


「えっ!?」


 店員猫が顔を上げた。





「ああ、いやいや! 無理ってわけじゃないんだ!」


 そう言いながら、慌てて両手を振る。


「ただ、その……うーん……」


(……まだ悩むんだ)


 ぼくは心の中で突っ込んだ。


 店員猫は鉄板をちらっと見て、それからむねゆきを見た。


「うん……」


 少し考えた後――。


「……まあ、いいか!」


 ポンッ!


 自分の大きなお腹を軽く叩いた。


「うん! 大丈夫、大丈夫! 使っていいよ!」


「……え?」


 ぼくは思わず店員猫を見た。





(……今ので決まったの!?)


 あんなに悩んでいたのに。


 お腹を叩いただけで!?


「本当か?」


 むねゆきも少し心配そうに聞き直した。


「ああ!」


 店員猫は大きく頷く。


「空いてるんだし、きっと問題ないよ!」


 ニカッ!


 さっきまでの困った顔はどこへやら。


 今度はものすごく自信満々だ。


「…………」


(……きっと?)


 ぼくはその言葉が、ちょっと気になった。


 でも、むねゆきは嬉しそうに笑っている。





「そいつは助かるぜ! ありがとな!」


「ははは! いいって、いいって!」


 店員猫も豪快に笑った。


 そして、何事もなかったように肉をひっくり返し始める。


 ジュウウウウッ!


 また、おいしそうな匂いが漂ってきた。


「やったな、こうた!」


 らいがが嬉しそうにぼくを見る。


「これでジュースを売れるかもしれないぞ!」


「う、うん……」


「よかったね、こうちゃん!」


 せいかも嬉しそうだ。


「そうだね……」


 ぼくは頷いた。


 確かに、いい場所を教えてもらえたのはありがたい。


 この広い町で、何の手がかりもなく売る場所を探すのは大変だ。





 でも――。


(……なんか、嫌な予感がする)


 さっきまであんなに悩んでいたのに、急に「使っていい」なんて言い出すし。


 それに、「きっと問題ない」って……。


(本当に大丈夫なのかなぁ……)


 ぼくは店員猫をちらっと見た。


 店員猫は、もうすっかり元の笑顔に戻っている。


 楽しそうに鼻歌まで歌いながら、肉を焼いていた。


「ふんふふーん♪」


「…………」


(……まあ、いいか)


 他にいい方法も思いつかない。


 それに、実際にこの町で商売している猫が、使っていいと言ってくれたんだ。


(……うん。きっと大丈夫!)


 ぼくはそう、無理やり自分に言い聞かせた。


 ……だけど。


 どうしても、胸の奥に残った小さな不安だけは、消えてくれなかった。


最後まで読んでいただいてありがとうございます!


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