第28話 あんな大人になりたい 前編
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
たくさんの猫たちが忙しそうに行き来する街の中。
ぼくたちは馬車のそばに集まったまま、しばらく動けずにいた。
(入れちゃったよ……)
ぼくは後ろにある大きな赤い門を振り返る。
さっきまで絶体絶命だった。
仮面を取れと言われて、人間だとバレそうになって。
兵士猫まで集まってきて。
もうダメだと思ったのに……。
(仮面もつけたまま、正体も明かさずに入れちゃった……)
せいかも、むねゆきも、らいがも、まだ頭が追いついていないのか、ぼーっとしている。
「あの茶猫さん……何だったんだろうね?」
せいかが不思議そうにぼくを見る。
「……分かんない」
本当に訳が分からない。
それもこれも――。
あの上司猫が「通っていいぞ!」と言った直後から、もうめちゃくちゃだった。
◇ ◇ ◇
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「本人確認はどうするんですか!?」
「仮面も取ってませんよ!」
兵士猫たちが一斉に上司猫へ詰め寄った。
「うるせー!」
上司猫が大きなお腹を揺らしながら怒鳴る。
「でも規則が――」
「俺がルールだ!!」
「「「…………」」」
一瞬で兵士猫たちが黙った。
(すごいこと言ったぞ、この猫……)
ぼくたちは顔を見合わせる。
「ほ、ほら。行くぞ」
むねゆきが小声で言った。
ぼくたちは兵士猫たちの横を、そーっと通り過ぎていく。
「…………」
「…………」
兵士猫たちの視線が痛い。
(なんでぼくたちまで悪いことしたみたいになってるんだよ……!)
早くここから逃げたい!
むねゆきが馬車を進め、ぼくとせいか、らいがはその横を歩く。
こうしてぼくたちは、なんとも言えない空気の中、検問所を抜けた。
そして町へ入った直後――。
「おい!」
むねゆきが声を上げた。
見ると、さっきの茶猫が一匹で人混みへ向かおうとしている。
むねゆきは馬車を止め、操縦席から降りた。
「助かったよ。ありがとう」
そう言って、握手を求めるように手を差し出す。
「…………」
茶猫はその手を見た。
ものすごく嫌そうな顔で。
「…………」
握らない。
それどころか――。
「いいか!」
ビシッ!
茶猫がむねゆきを指さした。
「ひっ!」
らいががビクッとする。
「二度と俺に近づくな!!」
「え?」
ぼくは思わず声を漏らした。
助けてくれた直後に、それ!?
「でも、せめてお礼くらい……」
せいかが遠慮がちに言う。
「いらねーよ」
茶猫はその言葉をさえぎった。
「どうしてもお礼がしたいって言うなら、さっきも言ったが――」
ぼくたち全員をギロッと見る。
「二度と俺に関わらないでくれ! じゃあな!」
「え、ちょっ――」
「どけっ!」
茶猫は通りかかった猫に声をかけながら、ズカズカと人混みへ入っていく。
そのまま一度も振り返らず――。
あっという間に見えなくなった。
「…………」
頼んでもいないのに勝手にやってきて。
勝手に兵士猫たちとケンカして。
勝手にぼくたちを助けて。
最後は怒っていなくなった。
(本当に……何だったんだ、あの猫?)
「かっこいい……」
「え?」
横を見る。
らいがだけが目をキラキラさせて、茶猫が消えた人混みをいつまでも見つめていた。
◇ ◇ ◇
「…………」
思い返してみても――。
やっぱり、何一つ分からなかった。
考えれば考えるほど、分からなくなる。
すると――。
「……ん?」
誰かに見られているような気がして、後ろを振り返った。
検問所の前に、さっきの若い兵士猫が立っている。
「…………」
ぼくたちをじっと見ていた。
怒っているような、悔しそうな。
でも、どこか寂しそうな。
なんとも言えない顔だ。
しばらくすると、兵士猫は小さくため息をついて、検問所の奥へ戻っていった。
「…………」
(あの猫たち、ちゃんと仕事してただけなんだよな……)
本人確認だって、決まりだからやろうとしただけだ。
それなのに、ぼくたちはウソをついて、最後にはあんなことになってしまった。
(なんか……本当に申し訳ないな……)
「とりあえず、進むか?」
むねゆきが苦笑いする。
「そ、そうだね……」
「まずは宿探しからだよね?」
せいかも苦笑いしながら言った。
「俺もあんな大人になりたい……」
らいがが茶猫の消えた方向を見ながら呟く。
「「やめろ!!」」
ぼくとむねゆきの声がぴったり重なった。
「え!?」
らいがだけじゃなく、せいかまでびっくりしている。
「あ! そういえば……らいが!!」
「な、なんだよ?」
「よくも俺のことブスって言ってくれたな?」
ぼくがにらむと、らいがはニヤッと笑った。
「こうた……クレーマーか?」
「やかましいわ!!」
「あはははは!」
せいかが大声で笑い出す。
むねゆきも吹き出し、らいがまで笑っている。
ぼくも我慢できずに笑ってしまった。
さっきまでの緊張が、少しずつ消えていく。
ぼくたちはあずきを連れて、ゆっくり町の中へ進み始めた。
「すごいなぁ……」
改めて見ると、本当に大きな町だ。
道には、今まで見たこともないくらいたくさんの猫たちが歩いている。
建物も検問所と同じように赤色が目立っていて、とてもきれいだ。
「宿のエリアって聞いてたけど、宿以外のお店も結構あるね」
せいかがキョロキョロしながら言う。
「そうだね」
食べ物を売っている店や、道具を並べている店もある。
初めて見る町が楽しいのか、せいかはさっきからずっと嬉しそうだ。
「それでも、やっぱり宿屋が多いな~」
あずきの手綱を引くむねゆきが言った。
「他の町と比べても多い?」
「ああ。ここまで数が多いのは初めてだな。しかも色んな種類がある。それくらい、この町に来る猫たち
が多いってことなんだろうな」
「なるほど」
せいかが感心したように頷く。
その時――。
「おお!」
後ろを歩いていたらいがが、突然声を上げた。
「今度は何?」
振り返ると、らいがは一軒の宿を見上げていた。
「うわ……」
ぼくまで足を止める。
大きな木造の宿だ。
広い入口に、大きな柱。
かなり昔から建っていそうなのに、すごくきれいに手入れされている。
周りの宿より、一段すごそうに見えた。
(高そう……)
「すごいね……」
さすがのせいかも圧倒されている。
「俺、ここがいい!!」
「いやいやいや!」
ぼくは全力で止めた。
「でも、すげーぞ! でけーぞ!」
「いやいや、宿は大きさで決めるものじゃないでしょ!」
「でも中も綺麗そうだね……」
「え?」
せいかまで宿を見上げている。
(せいかまで!?)
「でも、よく見てよ! 絶対高いよ?」
「うぅ……」
らいがの耳がしゅんと垂れた。
すると、むねゆきが自信満々に口を開く。
「こうた。意外とこういう宿の方が安かったりするんだぞ? 聞くだけ聞いてもいいかもしれないぞ?」
「ほんと!?」
らいがの耳が一瞬で戻った。
(最近、みんならいがに甘くない?)
「……分かったよ! ちょっと話を聞くだけだよ!」
「やったー!」
らいがが両手を上げて喜ぶ。
せいかはその様子を微笑みながら見ている。
むねゆきまで、ぼくの肩をポンポンと叩いてきた。
「…………」
なんだろう。
すごく不安だ。
すると、らいががニカッと笑った。
「こうた、大丈夫だよ! なんか困ったことあったら俺が何とかするから!」
「…………」
その笑顔を見た瞬間。
(嫌な予感がする……)
すごく。
すごく。
すごーく、嫌な予感がする。
ぼくは立派な宿を見上げながら、なぜかさっきの検問所よりも不安になるのだった。
「やっぱり、やめた方が――」
そう言おうとして、ぼくは振り返った。
「ごめんくださーい!」
「って、もう入ってる!?」
らいがはとっくに宿の中へ入っていた。
「おいおい……」
むねゆきがあきれた声を出し、ぼくたちは慌てて後を追った。
中に入った瞬間、ぼくは思わず足を止める。
「うわ……」
広い玄関。
ピカピカに磨かれた木の床。
壁や柱もきれいで、置かれている物もきちんと整えられている。
かなり昔からありそうな宿なのに、古びた感じはまったくしない。
(やっぱり高そう……)
外から見た時より、さらに不安になってきた。
「こうちゃん……やっぱり綺麗だね」
せいかがぼくの隣で小声で言った。
「うん……」
「おやおや、仮面のお嬢さん。ありがとうございます」
「え?」
いつの間にか、ぼくたちの前に一匹の猫が立っていた。
きちんとした服を着た、品のよさそうな番頭猫だ。
「自慢じゃありませんが、ここら辺では一番だと自負しております」
番頭猫は落ち着いた声で、にっこり笑った。
「四人泊まりたいんだけど!」
らいがが元気よく言う。
「いらっしゃいませ。四名様ですね?」
番頭猫は嫌な顔一つせず、手元にあるノートみたいな書き物を確認し始めた。
(あ……普通の猫だ)
ぼくはなんだかホッとした。
この郷に来てから、道で倒れたふりをする猫とか、やたら怒鳴る茶猫とか、仕事中なのに眠そうな上司猫とか……。
(キャラが強い猫ばっかりだったからなぁ……)
こうやって普通に話してくれるだけで、ものすごく安心する。
ところが――。
「……ああ」
番頭猫の顔が曇った。
「申し訳ありません。本日は予約でいっぱいのようです。馬車を置ける場所も埋まっておりますね」
「そうか。それなら仕方ないな」
むねゆきがすぐに頷いた。
「そうだね。急に来たのはこちらだしね」
ぼくも答える。
(よかった……)
ちょっとだけ安心した。
いや、泊まれないのは困るんだけど、この高そうな宿に泊まらなくて済んだと思うと少しホッとする。
「ありがとうございました」
せいかが丁寧に頭を下げた。
「せっかくお越しいただいたのに、申し訳ありません」
番頭猫も深く頭を下げる。
(本当に感じのいい猫だなぁ)
いつかお金に余裕ができたら、泊まってみたいかも。
「じゃあ、別の宿を探すか」
むねゆきが出口へ向かう。
ぼくとせいかも、その後に続いた。
……でも。
「ん?」
一匹足りない。
「おい、何してんだ? 行くぞ!」
むねゆきが振り返る。
らいがだけが、番頭猫の前から動いていなかった。
「……嫌だ」
「え?」
ぼくは思わず声を上げた。
「俺はどうしてもここに泊まりたい!!」
「ええっ!?」
宿の中に、らいがの声が響く。
「らいが、今日はお客さんがいっぱいで無理なんだよ?」
せいかが優しく言い聞かせる。
だけど、らいがは動かない。
それどころか、少しうつむいて――。
「……責任者は?」
(は?)
今、なんて言った?
「責任者? でございますか?」
番頭猫も戸惑っている。
「そうだよ!」
らいがが顔を上げた。
なんだか少し緊張している。
それでも一生懸命、強そうな顔を作りながら番頭猫を指さした。
「この宿の責任者だよ!」
「…………」
その瞬間。
ぼくの頭の中に、さっきの光景がよみがえった。
『お前らじゃ話にならねー! 責任者連れてこい!!』
検問所で怒鳴り散らしていた、あの茶猫。
そして――。
『俺もあんな大人になりたい……』
「…………」
ぼくはゆっくり、らいがを見る。
「まさか……お前……」
「?」
らいががこっちを向いた。
その顔を見た瞬間。
(こいつ……まさか……!)
さっき感じた嫌な予感。
あれ、当たってるんじゃ……。
サーッと血の気が引いていくのを感じるぼくだった。
「何回も言わせないでくれ! 責任者を呼べ!!」
今度は、らいがが宿中に響くような大声で叫んだ。
(こいつ、やりやがった!!)
「らいが!」
ぼくは慌てて駆け寄った。
むねゆきとせいかも一緒だ。
「やめろ、らいが!」
「お前、さっきの真似してるだろ!」
むねゆきもすぐに気づいたらしい。
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
せいかは番頭猫に向かって、何度も頭を下げている。
なのに――。
「大丈夫だって! 俺に任せろ!」
らいがは自信満々。
ぼくに向かって、とんでもなく得意そうな顔をしている。
(何が大丈夫なんだよ!)
「お客様」
番頭猫が静かに口を開いた。
「お客様の貴重なご意見です。ぜひ、お話をお伺いさせてください」
ニコッ。
さっきと変わらない、感じのいい笑顔。
「…………」
なぜだろう。
ぼくの背中にヒヤッと寒気が走った。
「ほら!」
らいがはますます調子に乗った。
そして、さっきの茶猫みたいに胸を張る。
「俺はこの宿のやり方が気に入らねーんだよ!」
「満室なだけだよ!!」
ぼくはすぐに突っ込んだ。
「責任者なら、そのくらいどうにかできるだろ!」
「できないよ! 満室なんだって!!」
今度はせいかまで突っ込んだ。
「…………」
むねゆきは何も言わず、頭を抱えている。
もう見ていられないって顔だ。
すると――。
「……確かに、お客様のおっしゃる通りかもしれません」
「え?」
ぼくたちの声が止まった。
番頭猫の声は、さっきまでと何も変わっていない。
「お客様にご満足いただけない以上、私の力不足ということでございましょう」
そう言って、番頭猫は悔しそうな顔をした。
「ええ……?」
なんで!?
満室なのに!?
番頭猫さん、何も悪くないよね!?
「おお……!」
らいがの顔が、パァァァ……と明るくなっていく。
(いやいやいや! 絶対何かおかしいよ!)
ぼくの嫌な予感は、どんどん大きくなっていた。
「責任者を呼んでまいります」
番頭猫は近くにいた従業員猫を呼び止める。
「すまないが、女将さんを呼んできてもらえるかな」
「……女将さんを、ですか?」
従業員猫も戸惑った顔をしている。
「お願いします」
「……かしこまりました」
従業員猫は頭を下げると、宿の奥へ入っていった。
「ほらな?」
らいがが得意そうにぼくを見る。
「何がだよ?」
「こういう時は強気にいかないとダメなんだよ!」
えっへん!
らいがが胸を張った。
「…………」
ぼくは何も言えなくなった。
(絶対、間違ったこと覚えてる……)
さっきの茶猫!
らいがに変なこと教えていったぞ!
その時だった。
コツ……。
コツ……。
宿の奥から、誰かが歩いてくる音がした。
「女将さん。こちらです」
さっきの従業員猫が戻ってくる。
その後ろから、一匹の猫が姿を現した。
「…………え?」
ぼくは思わず声を漏らした。
身なりの整った、きれいな猫だった。
派手ではないけれど、品のある着物を着ている。
背筋はまっすぐ。
歩き方にも迷いがなくて、顔立ちも凛としていた。
でも――。
(ちょっと待って……)
ぼくはその猫の顔をじっと見る。
知ってる。
この感じ、知ってるぞ。
もちろん、この猫そのものに会ったことがあるわけじゃない。
だけど――。
「藤さん?」
せいかも小さく声を漏らした。
そう。
村にいる藤さんに、ものすごくそっくりなのだ。
「…………」
ぼくが驚いている横で――。
ガタガタガタガタ。
(ん?)
変な音がする。
そっちを見ると。
「…………っ」
さっきまであんなに自信満々だったらいがが、真っ青な顔で震えていた。
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