第27話 大ピンチ! エンタメの郷の検問所 後編
「おい! どけ!」
「ちょ、ちょっと待て!」
茶猫は止めに入った兵士猫たちをグイグイ押しのけて、こっちへ近づいてくる。
すると――。
「まあまあ」
ぬっ。
むねゆきが茶猫の前に割って入った。
「悪い悪い! もうすぐ終わるから、もう少しだけ待っててくれないか?」
声はすごく落ち着いている。
でも、なんとなく分かる。
(これ以上、面倒なこと増やしたくないんだろうな……)
「もうすぐって、ずっと止まってるじゃねーかよ!」
茶猫はむねゆきをにらみつけた。
「俺だって忙しいんだよ! いったい何にこんなに時間がかかってるんだよ!」
今度は兵士猫たちに向かって怒鳴る。
「あー……」
さっき茶猫を止めていた兵士猫が、面倒くさそうに頭をかいた。
「こいつらが仮面を取らねーんだよ」
そう言って、ぼくとせいかを見る。
「本人確認するだけなのによ。風邪だのブスだの、訳の分からないことばっかり言いやがってよ」
別の兵士猫も、疲れたようにため息をついた。
「はぁ??」
茶猫がぼくたちを見る。
その顔には思いっきり、
『なんだそれ?』
と書いてある。
「そんなことかよ!!」
茶猫が大声を上げた。
「本人確認するのに仮面を取るなんて、当たり前の話だろ!」
「…………」
「…………」
何も言えない。
正しい。
ものすごく正しい。
兵士猫たちも、
「そうそう!」
「それだよ!」
と言いたそうに、首が取れそうなくらい何度も頷いている。
(こっちにも事情があるんだよ……!)
言えるわけないけど!
「おい!」
茶猫がぼくたちを指さした。
「さっさと仮面取れ! それで終わりだろ!」
「えっ」
「何なら俺が代わりに取ってやるよ」
「ちょっ……!」
茶猫がズカズカと近づいてきた。
「お、おい!」
むねゆきが慌てて腕をつかもうとする。
けれど茶猫は止まらない。
「待てって!」
「すぐ終わるだろ!」
(やばいやばいやばいやばい!!)
ぼくの心臓がものすごい速さで鳴り始める。
ここで仮面をはがされたら――。
人間だってバレる!
この郷の猫たちが人間をどう思っているのか、まだ分からないのに!
(何かないか!?)
考えろ!
考えろ、ぼく!
でも何も思いつかない。
茶猫はもう目の前だ。
「…………!」
そして茶猫が、せいかへ手を伸ばす。
「……っ!」
せいかが身構えた。
「やめろ……!」
ぼくも慌てて手を伸ばす。
その瞬間――。
「…………」
ピタッ。
「え?」
茶猫の手が止まった。
せいかの仮面まで、あと少し。
なのに、それ以上動かない。
「…………?」
どうしたんだ?
ぼくは恐る恐る茶猫の顔を見る。
「……!」
さっきまで怒鳴り散らしていた茶猫が、目を大きく見開いていた。
じっと見ている。
仮面をつけたままの、せいかを。
怒っている顔じゃない。
まるで――驚いている顔だ。
「…………まじかよ」
茶猫が、ぼくたちにギリギリ聞こえるくらいの声で呟いた。
「あーーー! くそーーー!!」
「えっ!?」
突然、茶猫がその場で大声を上げた。
ぼくも、せいかも、むねゆきも、兵士猫たちも、何が起きたのか分からず固まってしまう。
(な、なんなんだよ、こいつ!?)
でも、ぼくはすぐにせいかの前へ出た。
さっきまで、この茶猫はせいかの仮面を取ろうとしていたんだ。
何をするか分からない。
キュッ。
「……!」
後ろから、せいかがぼくの服をつかんだ。
その手が小さく震えている。
(怖いんだ……)
だったら、ここは絶対にどかない。
「お、おい! いったいどうした?」
近くにいた兵士猫が恐る恐る茶猫に尋ねた。
「…………責任者だ」
「え?」
「お前らじゃ話にならねー! 責任者連れてこい!!」
「「はぁ!?」」
兵士猫たちの声が重なった。
「責任者?」
「なんで?」
みんなポカンとしている。
書類を書いていた若い兵士猫も、困った顔で近づいてきた。
「おいおい……なんで責任者を連れて来ないといけないんだ?」
「こんなに待たせてるんだから、責任者が出るのは当たり前だろ!」
茶猫がビシッと兵士猫たちを指さす。
「とにかく、お前らじゃ話にならねー! 責任者連れてこい!!」
(いやいやいや!)
ぼくは思わず心の中で突っ込んだ。
さすがに無茶苦茶だ。
「…………」
兵士猫たちも同じことを思ったらしい。
みんなそろって口を開けたまま、茶猫を見ている。
「……え?」
若い兵士猫が自分を指さした。
「俺たちが悪いの?」
本当に分からない、という顔だ。
「当たり前だろ!!」
「いやいやいやいや!!」
兵士猫たちが一斉に叫んだ。
「こいつらが仮面を取らないから止まってるんだぞ!?」
「そうだ! 俺たちは普通に仕事してるだけだ!」
「さっきお前も『早く取れ』って言ってただろ!!」
「そうだそうだ!」
「ふざけんな!」
「うるせー! 責任者呼べ!」
「なんでだよ!!」
(ま、まずい……!)
どんどん騒ぎが大きくなってる!
周りに並んでいる猫たちまで、「なんだ?」「ケンカか?」とこっちを見始めた。
目立ちたくないのに!
今、一番目立っちゃダメなのに!
「…………」
ちらっと横を見る。
らいがは、むねゆきのすぐそばでブルブル震えていた。
さっきの元気はどこへ行ったんだ。
「おい」
むねゆきが茶猫へ近づいた。
「悪かった! 時間がかかってるのは俺たちにも原因があるんだ。あんたを待たせたことは謝るよ。だから、これ以上――」
「うるせー! お前らは黙ってろ!」
「……は?」
むねゆきの眉がピクッと動いた。
「ここまで来て……引き下がるわけにはいかねーんだよ……」
まるで自分自身に言い聞かせているみたい呟く茶猫。
「え?」
むねゆきが不思議そうな顔をする。
そして茶猫は、兵士猫たちへ向き直る。
その顔は、さっきまでとは少し違って見えた。
「責任者を呼べ。絶対にだ」
「…………」
(こいつ……いったい何なんだよ!)
ぼくはせいかをかばったまま、茶猫の背中をじっと見つめた。
「なんだ~? さっきから騒がしいな?」
「え?」
急に奥の方から、眠そうな声が聞こえてきた。
ぼくたちが一斉にそっちを見ると――。
「ふぁぁぁぁ……」
一匹の猫が、大きなあくびをしながら歩いてきた。
丸々と太った体。
お腹は服の上からでも分かるくらい、ぽっこり出ている。
頭をボリボリとかきながら、眠そうな目でこっちへ近づいてくる。
着ている服は兵士猫たちと同じだけど……。
(どう見ても、今まで昼寝してた猫にしか見えないんだけど……)
すると――。
「ゲッ……」
「ん?」
どこからか、小さな声が聞こえた気がした。
誰?
そう思って辺りを見回した、その瞬間。
「「「お疲れ様です!!」」」
「えっ!?」
兵士猫たちが一斉に背筋を伸ばし、太った猫へ頭を下げた。
(え……?)
ちょっと待って。
この猫って、まさか……。
嫌な予感がして、隣のむねゆきを見る。
「…………」
むねゆきも太った猫をじっと見ていた。
その顔から、さっきまでの余裕が消えている。
(やっぱり偉い猫なんだ……!)
まずい。
さっきまでなら、この兵士猫たちだけを何とかごまかせばよかった。
それなのに。
とうとう兵士猫たちの上司らしき猫まで出てきてしまった。
(終わった……)
ぼくは仮面の下で絶望した。
「ふぁぁ……で?」
太った上司猫は、また大きなあくびをした。
ぼく。
せいか。
むねゆき。
らいが。
そして茶猫。
順番にぼくらの顔を見る。
「何があった?」
すごく面倒くさそうだ。
「あ、はい! それが――」
書類を書いていた若い兵士猫が、一歩前へ出た。
「こちらの四名の入場手続きをしていたのですが、初めての来訪だったため、本人確認をしようとしたところ――」
「そこの二匹が仮面を取らねーんですよ!」
別の兵士猫が、ぼくとせいかをビシッと指さした。
「最初は風邪だからって言ってたんですけど!」
「途中からブスだからって話になって!」
(そこ、ちゃんと報告するんだ……)
「それで、そいつが急に責任者を呼べって騒ぎ出したんです!」
ビシッ!
今度は全員の指が、一斉に茶猫へ向いた。
「最初はこいつも早く仮面を取れって言ってたくせに、急にですよ!」
「俺たちはちゃんと仕事してました!」
「こいつが勝手に騒ぎ出したんです!」
「…………」
上司猫は何も言わない。
ぼくたちを見る。
「…………」
次に茶猫を見る。
「…………」
またぼくたちを見る。
「…………」
まだ何も言わない。
(な、何……?)
急に辺りが静かになった。
さっきまで怒鳴っていた兵士猫たちまで、上司猫の言葉を待っている。
ゴクリ。
ぼくもつばを飲み込んだ。
そして――。
「……なんだそりゃ?」
「…………」
(だよね……)
ぼくは心の中で大きく頷いた。
(ぼくたちも、もう何が何だか分からないもん……)
「で?」
上司猫は面倒くさそうに茶猫を見る。
「責任者を呼べって騒いでたのは、お前か?」
「ああ、そうだ!」
茶猫はまったくひるまなかった。
「こっちはずーっと待たされてんだ! ここの検問は客を何時間待たせりゃ気が済むんだよ!」
(いや、何時間も待ってないよね!?)
思わず突っ込みそうになった。
「はぁ?」
上司猫は片耳を指でほじりながら、面倒くさそうな顔をする。
「そんなこと俺に言われてもなぁ……」
「責任者なんだろ?」
茶猫がズイッと近づいた。
「だったら責任取るのが仕事だろうが!」
「…………」
上司猫の手が止まった。
さっきまで眠そうだった目が、ほんの少しだけ細くなる。
その顔を見た瞬間、ぼくの背中に嫌な汗が流れた。
(ちょっと待ってよ……)
今度は何するつもりなんだ?
(もう勘弁してよ……!)
ここで大ゲンカにでもなったら、本当に町へ入れなくなるかもしれない。
(頼むから……これ以上ややこしくしないでくれ!)
ぼくは茶猫の背中を見つめながら、心の底からそう願った。
「大体よ、『なんだそりゃ?』じゃねーよ!!」
茶猫が怒鳴りながら、上司猫へズカズカと近づいていく。
「こっちはずっと待たされてんだぞ! なのにここの兵士ときたら、あーだこーだ言うばっかりで全然話が進まねぇ!」
「いや、それはこいつらが仮面を――」
「なあ……」
「俺たち、悪くないよな?」
後ろでは兵士猫たちが困った顔を見合わせている。
「だから責任者のお前がなんとかしろって言ってんだよ!!」
「はぁ? なんで俺が――」
「責任者なんだろ!?」
茶猫が上司猫の言葉をさえぎる。
「そ、そうだけどよ……」
「だったら責任取れよ!!」
「むちゃくちゃだな、お前!」
上司猫まで目を丸くしている。
「……クレーマー」
ぼくの後ろで、せいかがボソッと呟いた。
(うん。ぼくもそう思う)
さっきまで怒っていた兵士猫たちまで、茶猫の勢いに押されて静かになっている。
周りで順番を待っている猫たちも、何事かとこっちを見ていた。
「だいたいなぁ!」
まだ終わらない。
「俺はこの検問所のやり方が気に入らねーんだよ!」
「分かった、分かった! 近いって!」
上司猫が一歩下がる。
でも茶猫は一歩近づく。
「まだ終わってねーよ!」
ガシッ!
茶猫が上司猫の肩をつかんだ。
「ちょ、何すんだ!」
「いいからこっち向け!」
グイッ!
「お、おい!!」
茶猫は強引に上司猫の向きを変えた。
そして肩を抱くようにすると、二匹そろってぼくたちに背中を向ける。
(……なんで向き変えた?)
何をしているんだ?
「いいか?」
茶猫の声が急に小さくなった。
「こっちはただ町に入りてぇだけなんだよ」
さっきまで怒鳴っていたのがウソみたいに、お願いするような声だ。
「だったら、そいつらに仮面を――」
「細けぇことはどうでもいいんだよ」
「よくねぇよ!」
「責任者なら、そのくらいどうにかできんだろ?」
「だからなぁ――」
「な?」
茶猫の声が、ほんの少しだけ低くなった。
(……ん?)
なんだ?
背中越しだからよく見えない。
だけど、二匹の体の隙間から――。
茶猫の手が動いた。
上司猫の手に、何かを押しつけたような……。
キラッ。
「……!」
一瞬だけ、何かが日の光を反射した。
(え……?)
今の……。
(お金?)
小さくてよく見えなかった。
でも、たしかに硬貨みたいなものが見えた気がする。
「これ以上、話をややこしくしたくねーんだよ」
茶猫が静かに続ける。
「分かるだろ?」
「…………」
上司猫が、自分の握った手をちらっと見た。
「…………」
黙っている。
さっきまで面倒くさそうにしていたのに、急に何かを考え始めた。
(まさか……)
ぼくがそう思った次の瞬間。
クルッ!
二匹が同時にこっちを向いた。
そして上司猫が大きく息を吸い――。
「よし! 通っていいぞ!!」
「「「えええええええええ!?」」」
ものすごい声が響いた。
声を上げたのは、兵士猫たちだけじゃない。
ぼくも、せいかも、むねゆきも、らいがも。
それどころか、何事かとこっちを見ていた周りの猫たちまで、みんな一緒になって叫んでいた。
ぼくはその茶猫をじっと見つめた。
急に怒鳴り込んできたと思ったら、
いきなり責任者を呼べと騒ぎ出して。
最後には、ぼくたちを町に通してしまった。
(……一体、なんだったんだ?)
結局、ぼくには何一つ分からなかった。
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