第27話 大ピンチ! エンタメの郷の検問所 前編
トニーとディエゴの姿が見えなくなってから、しばらくして――。
「うわぁ……」
ぼくは馬車から身を乗り出し、思わず声を漏らした。
ついに、エンタメの郷の入り口までやって来た。
遠くから見ても大きいと思っていたけど、近くまで来ると、その大きさは想像以上だった。
「壁、高っ……!」
町のまわりは、見上げるほど大きな石の壁で囲まれている。
そして正面には、ひときわ目立つ大きな赤い門。
門の左右にはいくつもの見張り台が建っていて、兵士猫たちが辺りを見張っていた。
みんな同じ赤と黒の服を着て、頭には変わった形の帽子。手には長い槍を持っている。
門には大きな赤い旗が何本も立っていて、風が吹くたびにバサバサと音を立てていた。
(なんか……すごく警備が厳しそうだな)
ぼくはさっきまでのワクワクを忘れて、少しだけ緊張した。
そのさらに奥――。
町の真ん中にある山の頂上には、大きな建物が見える。
(あれが……教会か)
ディエゴが言っていた通りだ。
教会の下の方には、数え切れないほどの建物がぎっしり並んでいる。
「うわー! すごいね!」
隣でせいかが目を輝かせた。
「う、うん……」
この世界に来てから、ぼくもせいかも、こんなに大きな町を見るのは初めてだ。
しかも、すごいのは町だけじゃない。
「めちゃくちゃ猫がいる……」
門の前には、町へ入ろうとしている猫たちが長い列を作っていた。
大きな荷物を背負った観光客らしい猫。
子猫の手を引いている家族。
大きな木箱を積んだ馬車。
ぼくたちと同じように、遠くからやって来たらしい旅人たち。
「次の者、前へ!」
「荷物を確認するぞ!」
「馬車はこっちに並べー!」
兵士猫たちの大きな声まで飛び交っている。
ガヤガヤ、ガタガタ。
今までいた村とは、何もかもが違う。
こんなにたくさんの猫の中に入って、本当に大丈夫なのかな……。
「なんか……不安になってきた……」
横を見ると、らいがが耳をぺたんと伏せていた。
いつも元気ならいがまで緊張している。
(そりゃそうだよな……)
らいがだって、自分が生まれた村からほとんど出たことがないんだ。
「大丈夫だよ!」
その時、せいかが明るい声を出した。
「なんとかなるよ!」
ニコッ!
とびっきりの笑顔だ。
「……せいかは怖くないの?」
「ちょっとは怖いよ。でも、ここまで来たんだもん!」
「お、おう! そうだな!」
らいがの耳が少しだけ戻る。
ぼくもつられて笑った。
(こういう時、せいかって頼りになるんだよな……)
普段は蜘蛛を見ただけで大騒ぎするくせに。
こういう時になると、せいかの方がぼくよりずっとしっかりしてるんだよな。
「おーい」
前から、むねゆきが振り返った。
「そろそろ着くから、仮面しといた方がよくないか?」
「あっ……そうだね」
危ない。
町の大きさに驚いて、忘れるところだった。
ぼくとせいかは荷物の中から、村長さんと藤さんにもらった仮面とマントを取り出した。
マントを羽織り――。
顔に仮面をつける。
「……よし」
これなら、すぐに人間だとは分からないはずだ。
ぼくはもう一度、赤い大門を見る。
さっきよりずっと近い。
兵士猫の顔まではっきり見えるようになってきた。
ドクン。
心臓が大きく鳴る。
(大丈夫……)
ディエゴさんも言ってた。
よほどのことがない限り、町に入るのを断られることはないって。
「大丈夫……大丈夫……」
「こうちゃん?」
「え?」
「声に出てるよ」
「……ほんと?」
「うん」
せいかがクスクス笑う。
「…………」
ちょっと恥ずかしい。
でも――。
ぼくは仮面の奥から、もう一度エンタメの郷を見上げた。
(心配しててもしょうがない!)
ここまで来た目的を忘れちゃダメだ。
陽だまりのジュースをたくさんの猫に飲んでもらう。
そして――この大きな町で、ぼくとせいかが元の世界へ帰るための情報も探すんだ。
(よし! やるぞ!)
ガラガラガラ……。
ぼくたちを乗せた馬車は、たくさんの猫たちに囲まれながら、少しずつ巨大な赤い門へと近づいていった。
「検問を受ける方は、順番に並んでくださーい!」
門の近くにいた兵士猫が、大きな声で呼びかけていた。
「列を乱さないでくださーい! 順番にご案内しまーす!」
あっちでも、こっちでも兵士猫が動き回っている。
思っていたより、ずっと忙しそうだ。
「なあ! 馬車がある場合はどうしたらいいんだ?」
むねゆきが手綱を握ったまま、近くの兵士猫に尋ねた。
こんなに大きな町を前にしても、むねゆきはいつも通りだ。
(さすがだなぁ……)
一人で旅をしていたことがあるだけあって、こういう時は本当に頼りになる。
「馬車の方は、門の右側に馬車で並んでくださーい!」
兵士猫が元気よく右を指さした。
そちらを見ると、荷物をたくさん積んだ馬車が何台も並んでいる。
どうやら馬車で来た猫と、歩いて来た猫で列を分けているらしい。
「了解! ありがとう!」
むねゆきが片手を上げる。
馬車が右へ曲がろうとした時、兵士猫がちらっとぼくとせいかを見た。
「……!」
ドキッ。
仮面が怪しまれた?
ぼくの体が固まる。
けれど――。
「いってらっしゃーい」
兵士猫はニコッと笑って、普通に手を振った。
「あ、ありがとうございます!」
せいかも嬉しそうに手を振り返す。
(よ、よかったぁ……)
仮面をつけていても、特に気にしていないみたいだ。
ぼくは仮面の下で、こっそり息を吐いた。
やがて、ぼくたちの馬車も列の最後に並ぶ。
するとすぐに――。
ガラガラガラ……。
後ろから別の馬車がやって来た。
「ん?」
ちらっと振り返る。
手綱を握っているのは、茶色い猫だった。
深くマントを羽織っていて、ちょっと怖そうな顔をしている。
荷台には誰も見えない。
(一匹だけなのかな……?)
なんとなく気になって見ていると――。
「…………」
ギロッ!
「やべっ!」
思いっきりにらまれた!
ぼくは慌てて前を向いた。
(見すぎた……!)
知らない猫をジロジロ見るのはやめよう。
「すごい並んでるね……」
気を取り直して、ぼくは馬車の前にいるむねゆきに声をかけた。
「そうだな。でも、ほら」
むねゆきが前を指さす。
一台の確認が終わると、すぐに次の馬車が進んでいる。
「わりと早く進んでるし、そんなに時間はかからないと思うぞ?」
「そっか」
「うぅ……緊張する……」
らいがが小さくなりながら呟いた。
「ハハハ! 大丈夫だって」
むねゆきが笑う。
「検問所の担当には俺が話をするから、らいがたちは普通にしてればいい」
「ほぇー……」
らいがが目を丸くして、むねゆきを見つめる。
「頼もしいね!」
せいかも楽しそうに声を上げた。
「まあな!」
むねゆきがちょっと得意そうに笑った。
(むねゆき……今日はめちゃくちゃ頼もしく見える……!)
ぼくも少しだけ緊張がほぐれた。
そして馬車は、一台、また一台と前へ進んでいく。
大きな赤い門が、どんどん近づいてくる。
いよいよ――。
ぼくたちの検問の番が近づいてきた。
「よーし、そこで止まってくれ!」
列の先頭まで来ると、少し若い真面目そうな兵士猫が片手を上げた。
「はいよ」
むねゆきが手綱を引く。
「どうどう、あずき」
馬車がゆっくりと止まり、むねゆきが地面へ降りた。
その瞬間だった。
「失礼するぞ」
「荷物を確認します」
「奥も見るぞ」
三匹の兵士猫が、ぞろぞろと馬車の中へ入ってきた。
「え? え?」
らいがが急にそわそわし始める。
「ちょ、ちょっと、何してるんですか?」
「らいが、落ち着け。中を確認してるだけだ」
外からむねゆきの声が飛んできた。
「そ、そうか……」
そう言いながらも、らいがのしっぽはピンッと伸びたままだ。
らいがが緊張しているせいで、ぼくまでドキドキしてきた。
「通行証を確認したいんだが?」
さっきの若い兵士猫が、むねゆきに尋ねる。
「あー……初めて来たから持ってないんだよ」
むねゆきはまったく慌てていない。
「そうか。じゃあ人数分発行するから、全員出てきてもらえるか?」
「分かった。おーい、みんな出てきてくれ」
「う、うん」
ついに来た。
ぼくは仮面がずれていないことを確かめてから、せいかと一緒に馬車を降りた。
らいがも続いて降りてくる。
「…………」
ガチガチだ。
歩き方まで変になっている。
(らいが……緊張をもらうからやめてくれ……)
ぼくたちはむねゆきの近くに並んだ。
「一、二、三、四……四名だな」
兵士猫は近くに置かれた机へ向かうと、椅子に座って書類を書き始めた。
カリカリカリ……。
その間にも、別の兵士猫たちは馬車の中を調べている。
荷物。
木箱。
そして――陽だまりのジュースを入れている水の張った木箱。
「…………」
ぼくは思わず、そっちを見てしまった。
悪い物なんて何も持っていない。
ちゃんと説明すれば大丈夫。
そう分かっているのに――。
兵士猫の手がぼくたちの荷物へ伸びるたび、心臓がドキドキしてしまう。
(頼むから……何事もなく終わってくれよ……!)
ぼくは仮面の下で、こっそり息を飲んだ。
「この町には観光か?」
机に向かっていた兵士猫が、書類を書きながら尋ねてきた。
「いや、仕事だ。売りたいものがあってな」
むねゆきが答える。
「そうか」
兵士猫は顔を上げると、ニッと笑った。
「この町は実力があれば、誰でも成功できるからな。がんばれよ」
「ああ、ありがとう」
(なんだ……すごく優しそうな猫じゃん)
検問所ってもっと怖いところだと思っていたけど、この兵士猫を見ていると少し安心できた。
その時――。
「おーい」
馬車を調べていた別の兵士猫が、こちらへ歩いてきた。
手には見覚えのある竹筒を持っている。
「馬車の中にこんなのがあったぞ? それもかなりの数だ」
(陽だまりのジュース!)
「そん中のジュースを売り込みに来たんだ」
むねゆきがすぐに説明する。
「ほう……」
兵士猫は竹筒を持ち上げ、上から下までじろじろと眺めた。
そして、むねゆきに差し出す。
「これ、目の前で飲めるか?」
「当たり前だ」
むねゆきは迷わず竹筒を受け取った。
ふたを開けて――。
ゴクッ、ゴクッ。
兵士猫たちが真剣な顔で見つめる中、ジュースを飲み込む。
そして。
「あ~~……うまい!」
ニカッ!
むねゆきがものすごくわざとらしい笑顔を見せた。
(むねゆき……それ、逆に怪しくない?)
「フッ」
兵士猫も思わず笑った。
「どうやら危険なものではなさそうだな。問題ないだろ」
(よしっ!)
心の中で思わずガッツポーズする。
「じゃあ、通行証を作るから少しだけ待ってくれ」
「はい!」
らいがの耳もピンッと立った。
よかった。
これで入れる!
そう思った――その時だった。
「あ! そうだ」
兵士猫が何かを思い出したように顔を上げた。
「最初だけ顔の確認もしてるんだった。そこの二人、仮面を取って顔も確認させてくれ」
「え?」
思わず声が出た。
「だから、顔を確認したいんだ。一度だけ仮面を取ってくれ」
兵士猫は何でもないことのように、また書類を書き始める。
「…………」
その言葉を聞いた瞬間、背中がゾクッとした。
(まずい……!)
ぼくは思わず仮面に手を当てる。
この仮面を取れば、ぼくとせいかが人間だってすぐにバレる。
でも――この郷の猫たちが、人間をどう思っているのか、ぼくたちはまだ知らない。
トニーさんとディエゴさんは、ぼくたちが人間だと知っても普通に接してくれた。
だけど、この町の猫たちも同じとは限らない。
もし、人間を嫌っていたら?
もし、町に入れてもらえなかったら?
それどころか、人間は危険だと捕まったりしたら――。
(ダメだ……。やっぱり仮面は取りたくない)
キュッ。
「……!」
せいかが、ぼくの服をつかんだ。
ちらっと見ると、その手が小さく震えている。
せいかも同じことを考えているんだ。
「ど、どうしても取らないとダメですか?」
ぼくは仮面を押さえながら、小さな声で尋ねた。
「え?」
兵士猫が不思議そうに顔を上げる。
「本人確認だからな。一瞬で大丈夫だぞ?」
(どうする? どうする!?)
考えろ!
何か理由を――!
ぼくが頭をフル回転させていると。
「こいつら今、すごい風邪ひいてるんだよ」
「え?」
むねゆき!?
表情一つ変えずに、とんでもないことを言った。
「そ、そうなんだよ! ゴホッ! ゴホゴホッ!」
ぼくも慌てて咳をする。
「わ、私も……ちょっと熱っぽくて……」
せいかも額に手を当てた。
「な?」
むねゆきが兵士猫を見る。
「できればお前らにうつしたくないし、このまま通行証を作ってくれないか?」
「うーん……」
兵士猫は困ったように腕を組んだ。
「そう言われてもな……。こっちも仕事だからな。一瞬だけでも何とかならないか?」
「…………」
むねゆきの顔が、一瞬だけ強ばった。
(ダメか……!)
何かないか?
何か!
ぼくは必死に考える。
仮面を取らずにすむ方法。
怪しまれない理由。
何か――!
「そ、それだけじゃないぞ!」
「えっ!?」
突然、大きな声を出したのは、らいがだった。
見ると、足はガクガク。
しっぽもブルブル。
なのに、なぜか両手をギュッと握って前へ出ている。
「ら……らいが?」
ぼくは思わず声を上げた。
らいがはゴクリとつばを飲み込むと、兵士猫をまっすぐ見た。
兵士猫たちの視線が、一斉にらいがへ集まる。
「こいつ、すっごいブスなんだよ!!」
「…………は?」
らいがが声高らかに叫びながら、ぼくをビシッと指さした。
「だから仮面を取るのが嫌なんだ!」
「誰がブスだ!!!」
思わず大声で突っ込んだ。
…………。
その瞬間。
(しまった……!)
辺りが急に静かになった気がした。
ぼくは恐る恐る兵士猫を見る。
「…………」
兵士猫は書類を書く手を止めていた。
そして椅子から立ち上がると、ゆっくり、ゆっくり、こっちへ歩いてくる。
(こ、怖い……!)
さっきまで優しそうだったのに!
兵士猫はぼくたちの前で止まると、まずむねゆきを見た。
「風邪なんだよな?」
「……ああ」
むねゆきが静かに答える。
兵士猫は次に、らいがを見る。
「ブスなのか?」
「うん!!」
らいがが力いっぱい頷いた。
(おい!!)
僕は、心の中で突っ込む。
兵士猫はしばらく黙ったあと、もう一度むねゆきへ顔を向けた。
「……どっちだ?」
「…………」
「風邪なのか、ブスなのか」
むねゆきは兵士猫の目をまっすぐ見返した。
そして――。
「……両方だ」
むねゆきがまっすぐな目で兵士猫に答えた。
「最悪だ……」
ぼくは頭を抱えた。
なんでぼく、風邪をひいた上にブスってことになってるんだよ!
もう何が何だか分からない。
その時だった。
「こうちゃんは、ブスじゃありません!!!」
「えっ!?」
突然、隣から大きな声が飛んできた。
せいかだ。
ぼくの服をつかんだまま、兵士猫に向かって叫んでいる。
その手はまだ少し震えていた。
「せいか……!」
なんだろう。
こんな状況なのに、ちょっと嬉しい。
(せいか……ありがとう!)
やっぱり幼なじみだ。
ぼくのことをちゃんと分かって――。
「そうか」
兵士猫がニコッと笑った。
「じゃあ、仮面を取っても大丈夫だよな?」
「あ……」
せいかの顔が固まった。
(せいかーーーーー!!)
ぼくは心の中で思いっきり叫んだ。
せっかく助けてくれたと思ったのに!
自分から逃げ道をなくしてどうするんだよ!
「…………」
「…………」
兵士猫の目が細くなる。
「お前ら……なんかおかしいぞ?」
「いや……あの……」
むねゆきの額に汗が浮かんでいる。
さっきまでの堂々とした姿はどこへ行ったんだ。
「その……なんていうか……色々と事情があってだな……」
(むねゆきまで完全にテンパってる!)
まずい。
ものすごくまずい。
このままだと、ぼくとせいかが人間だと知られてしまう。
この郷の猫たちが人間をどう思っているのか分からない以上、正体は絶対に隠さないとだめだ。
「おーい!」
兵士猫が後ろにいる仲間へ手を上げた。
「ちょっと応援呼んでくれ!」
「えっ!?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
むねゆきが慌てて兵士猫を止めようとする。
その時だった。
「おい!!!」
後ろから、とんでもなく大きな怒鳴り声が響いた。
「てめーら、いつまでかかってんだ!!!」
「え?」
ぼくはビクッと肩を震わせ、振り返った。
そこにいたのは――。
「あ……あの猫」
らいがも気づいたようだ。
ぼくたちの後ろに馬車を並べていた、あの茶色い猫。
マントを羽織った、ちょっとガラの悪そうな猫だ。
さっきぼくが見すぎて、思いっきりにらまれた相手。
その茶猫が、ものすごく不機嫌そうな顔でズカズカとこちらへ歩いてくる。
「こっちはずっと待ってんだぞ!? いい加減にしろ!!」
「審査中だ! 馬車に戻ってろ!!」
二匹の兵士猫が前へ出て、茶猫を止めた。
「だったら早く終わらせろよ!」
「順番に確認してる! 下がれ!」
「うるせぇ!」
「お、おい!」
茶猫は兵士猫たちの腕を振り払い、そのままこっちへ歩いてくる。
「ちょっと待て! 勝手に入るな!」
兵士猫たちも慌てて追いかける。
「…………」
ぼくはその光景を見ながら、頭を抱えたくなった。
仮面を取れと言われて。
らいがのせいでブスにされて。
せいかがそれを全力で否定したせいで、さらに怪しまれて。
とうとう応援まで呼ばれそうになった。
その上――。
(なんでこんな時に、こいつまで出てくるんだよ!!)
どんどん近づいてくる茶猫を見ながら、ぼくは心の中で絶望するのだった。
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