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第26話 怪しすぎる二匹の旅猫 中編

「いただきます!」


 焚き火を囲み、みんなで手を合わせる。


 食事をするのに仮面をつけたままというわけにもいかない。


 ぼくは少し迷ってから、仮面を外した。


 せいかはとっくに外してるし、ディエゴも人間だと分かっている。


 ……今さらだよな。


 すると、向かいに座っていたトニーがぼくの顔をじっと見た。


「ほう……」


「……なんですか?」


 なんだ、その意味深な反応。


「いや、別になんでもない」


 トニーはニヤッと笑う。


「それより飯にしようぜ! エンタメの郷についても色々教えてやるよ」


 やっぱりちょっと気になる。


 でも、ぼくのお腹もさっきからグーグー鳴っていた。





「ズズズッ……」


 まずはディエゴが作った野菜のスープを飲んでみる。


 あったかいスープが口の中に広がった。


「うまい……」


 思わず声が出る。


 野菜がやわらかくて、噛むたびに甘い味がした。


「その野菜は、おやじの家で作っているものだ」


 ディエゴが静かに言う。


「へぇー!」


「だからこんなに新鮮なんだね!」


 せいかも嬉しそうだ。


 旅をしていると、保存できる食べ物がどうしても多くなる。


 こんな新鮮な野菜を食べられるのは、本当にありがたい。


「これ、いくらでも食えるな!」


 らいがも夢中でスープを飲んでいる。


 その時だった。





「…………」


 ふと横を見る。


 トニーが下を向いていた。


 しかも――。


 プルプルプル……。


 震えてる?


「トニーさん?」


 大丈夫かな?


 ぼくが顔を近づけた、その瞬間。


「うまーーーーい!!!」


「うわぁっ!?」


 突然、トニーが立ち上がった。


 手には、こんがり焼かれたベーコン。


「なんだこれは! 噛めば噛むほど肉のうまみが出てくるぞ!」


 そのまま自分の荷物から出した酒をグビグビ飲む。






「ぷはぁーーっ! 酒とも合う!!」


 ものすごく幸せそうだ。


「そんなに喜んでもらえてよかった」


 せいかが嬉しそうに笑う。


「これは誰が作ったんだ!?」


 トニーがぼくたちを見回す。


「これはせいかが作った保存食だぞ!」


 なぜからいがが胸を張った。


「うまいだけじゃなくて、長持ちするんだ!」


「なんと!」


 トニーの目が見開かれる。


「こんなにうまくて保存もきくのか!?」


 隣を見ると、あの落ち着いているディエゴまで目を丸くしていた。





「肉だけじゃないぞ?」


 今度はむねゆきが得意そうに言う。


「魚とか、いろいろあるんだぜ?」


 ……って。


「むねゆき、それ何?」


「ん?」


 むねゆきの手には、いつの間にか酒の入ったコップが握られていた。


「トニーにもらった」


「いつの間に……」


「こうたも飲むか?」


 トニーが酒を差し出してくる。


「ぼ、ぼくはいいです……」


 なんとなくものすごく悪いことをしている気がして断った。


「そうか? うまいぞ?」


「遠慮しときます!」


 絶対飲まない。





「それより」


 ディエゴがベーコンを見つめながら、せいかに尋ねた。


「これはどうやって作ってるんだ?」


「えっとね――」


 せいかが燻製の作り方を簡単に説明する。


 煙を使うこと。


 水分を減らすこと。


 そうすることで長く保存できること。


 ディエゴは時々頷きながら真剣に聞いていた。


「なるほど……」


「せいかちゃん!」


 突然、トニーが割り込んだ。


「天才だな!」


「えっ?」


「これだけうまいものを長持ちさせるなんて大したもんだ!」





「そ、そうかな?」


 せいかが照れくさそうに笑う。


「いやいや、本当にすごいぞ! せいかちゃん!」


「えへへ……ありがとう」


「…………」


 なんだろう。


 胸の奥が、ちょっとモヤッとする。


 別にトニーはせいかを褒めているだけだ。


 せいかが褒められるのは、ぼくだって嬉しい。


 なのに――。


「せいかちゃん、こっちのベーコンも食べていいか?」


「もちろん!」


「さすがせいかちゃん!」


「…………」


 なんか馴れ馴れしくない?





 さっきまで「せいかさん」だったよね?


「こうた?」


 むねゆきがニヤニヤしながらぼくを見る。


「……なに?」


 むねゆきは酒を一口飲んだ。


「別に?」


「なんだよ……」


 なんだか、その顔も腹が立つ。


 ぼくはモヤモヤした気持ちをごまかすように、野菜のスープを一気に飲んだ。


「ズズズズッ!」


「こうちゃん、熱くない?」


「……大丈夫!」


 どうしてこんな気持ちになるのか。


 ぼくには、よく分からなかった。





「せいかちゃん! これってまだあるのか?」


 さっきまで以上にテンションを上げたトニーが、空になった皿を持ち上げる。


「ごめんなさい……。あんまり持ってきてなくて、今日はこれしか出せないんです」


 せいかが困ったように答えた。


「そうか……それは残念だな……」


 トニーは本気で悲しそうに肩を落とす。


 けれど、次の瞬間。


「いや、諦めきれねー!」


「えっ?」


「これ、どこに行けば食えるんだ?」


 トニーがぐいっとせいかに顔を近づける。


「えっと……」


 せいかが困ったようにぼくを見る。


 言ってもいいのかな?


 そんな顔だ。





「……僕たちの拠点にたくさんあるぞ」


 ぼくは少しイライラしながら答えた。


「拠点?」


 今度はディエゴが反応する。


「ああ! この道を――」


「ちょっと待った!」


 親切に説明しようとしたらいがの言葉を、ぼくは慌てて止めた。


 え?という表情をするらいが。


 ぼくはトニーを見る。


「旅をしてるなら、自分たちで見つけられるでしょ?」


 ちょっと意地悪そうに笑ってみせる。


「ほーう?」


 トニーの目が一瞬だけ鋭くなった。


 さっきまでベーコンに大喜びしていた猫とは思えない。


「そこに行けば……食えるんだな?」


「いくらでも……」


 ぼくも負けじと答える。





 どうせ見つけられない。


 あの場所は普通に旅をして見つけられるような場所じゃないんだから。


 ……自分でもちょっと意地悪だと思う。


 でも、せいかと楽しそうに話をするトニーを見ていると、なんだか素直に教えたくなかった。


「…………」


「…………」


 二人でじーっと見つめ合う。


「と、ところで!」


 その空気を切るようにディエゴが声を上げた。


「お前たちは、なんでエンタメの郷に向かってるんだ?」


 明らかに話題を変えたな。


「俺たちは商店をやってるんだ」


 むねゆきが胸を張る。


「今回は自分たちの商品を売り込みに行くんだよ!」


「なるほどな。何を売ってる?」


 ディエゴが尋ねると、トニーがパッと顔を上げた。





「分かった! せいかちゃんの保存食だな?」


 また、せいかちゃん……。


「あれは売れるぞ!」


「違いますよ」


 せいかがちょっと得意そうに笑った。


「もっと自信作です!」


「ほう?」


「らいが、ちょっと持ってきてくれないか?」


 むねゆきが頼む。


 顔を見ると、ほんのり赤い。


 ちょっと酔っぱらってない?


「わかった~!」


 らいがは元気いっぱいに馬車へ走っていった。


「おい……」


 ぼくは止めようとする。





 まだ会ったばかりの二匹だ。


 わざわざ商品まで見せる必要は――。


「大丈夫だよ」


 せいかが明るく笑う。


「こうちゃん、さっきからどうしたの?」


「……別に」


 ……なんでこんなにイライラするのか自分でもわからない。


「せっかくエンタメの郷に住んでる二人がいるんだ。感想聞いてみようぜ!」


 むねゆきまでノリノリだ。


「持ってきたぞー!」


 らいがが戻ってくる。


 手には一本の竹水筒。


「こちらです!」


 らいががトニーへ差し出した。


「待て」


 ディエゴがすっと手を伸ばす。





「俺が先に――」


「いいんだよ」


 トニーはその手を軽く止め、そのまま竹水筒を受け取った。


「……オヤジ」


「心配しすぎだって」


 トニーは笑いながら水筒を眺める。


「なんだ? 飲み物か?」


「はい!」


 せいかが頷く。


「なるほどなぁ……」


 トニーの表情が少し変わった。


「エンタメの郷には飲み物を売ってる店なんて山ほどあるぞ? 一筋縄ではいかないぜ?」


「うっ……」


 らいがが不安そうな顔になる。


 ぼくだって分かっている。





 今回は、陽だまりの実の回復する力を隠して売るんだ。


 つまり勝負するのは、ほとんど味だけ。


 果たして、それで本当に売れるのか。


 トニーが竹水筒の口に鼻を近づけた。


「……ほう」


 軽く匂いを確かめる。


 そして、いきなり飲むことはせず、手のひらにほんの少しだけ出した。


 じっと色を確認する。


 指先で少し触れる。


 さっきまで酒を飲んで大騒ぎしていた猫とは思えないほど、真剣な顔だ。


「…………」


 ぼくたちも自然と黙ってしまう。


 トニーは手のひらの果汁を口へ運んだ。


「…………」


 ゆっくり舌の上で味を確かめる。





「どう……?」


 せいかが小さく呟いた。


 らいがもむねゆきも、トニーの顔をじっと見つめている。


 ぼくまで、いつの間にかゴクリとつばを飲み込んでいた。


 さっきまであんなにうるさかった焚き火の周りが、急に静かになった気がする。


 パチッ。


 薪がはぜる。


 それでもトニーは何も言わない。


 ただ、手のひらに残った一滴をじっと見つめていた。


 トニーはしばらく黙ったまま、手の中の竹水筒を見つめていた。


 そして――。


「ほら」


 ゆっくりと、らいがに竹水筒を返す。


「え?」


 らいがが不思議そうに受け取った。





 トニーは少しうつむき、静かな声で言った。


「悪いことは言わない。これはやめておけ……」


「…………」


 一瞬で、その場が静まり返った。


「え……?」


 らいがの耳がしゅんと垂れる。


「なんでですか? おいしくなかったですか?」


 さっきまであんなに自信満々だったのに、今にも泣きそうだ。


 ぼくも何も言えなかった。


 頭の中に、モカの顔が浮かぶ。


 にゃーとんさんも、まおも、ひかりも、みんなも。


 絶対に売ってきてくださいね!


 そう言って送り出してくれた。


 それなのに、いきなりやめておけなんて……。






「いや」


 トニーが答える。


「うまかったよ」


「え?」


「甘すぎねえし、後味もさっぱりしてる。飲みやすい」


 だったら――。


「じゃあ、どうしてやめた方がいいんですか?」


 せいかが丁寧に尋ねた。


「ん? そうだな……」


 トニーは腕を組み、難しい顔で考え込む。


 何か大きな問題があるのか?


 ぼくも思わず身を乗り出した。


 やがてトニーは顔を上げ――。


 ニコッ。


「酒に合わねー」





「…………」


「…………」


「…………」


「酒の話かよ!」


 ぼくのツッコミが森中に響いた。


「ガハハハハ!」


 トニーが大笑いする。


「ハハハ! なんだよ! おやじさんの冗談かよ!」


 むねゆきも腹を抱えた。


「びっくりしましたー!」


 らいがも安心したように笑う。


「本当にもう……」


 せいかまでクスクス笑っている。


 ぼくもつられて笑った。


「ハハハ……」





 でも――。


「…………?」


 なんだろう。


 笑っているトニーを見て、少しだけ変な感じがした。


 確かに笑ってる。


 いつもの豪快な笑い方だ。


 なのに……どこか無理をして笑っているような。


 さっきの「やめておけ」という言葉。


 あれだけは、冗談には聞こえなかった。


「こうた! 何ぼーっとしてんだ! 飲め飲め!」


「だからぼくは飲まないって!」


 まあ……気のせいかな。


 それからは、もう大騒ぎだった。


 トニーが歌い出したかと思えば、むねゆきも負けじと歌い出す。


 そしてなぜか――。





「見て! こうた!」


「なんで腹出してんの!?」


 らいがが服をめくり、お腹をぷるぷる動かしていた。


「ディエゴさんに教えてもらいました!」


「なんでそんなの教えたの!?」


 ディエゴを見る。


 すると――。


「こうだ」


 ぷるん。


「ディエゴまでやるの!?」


「ブハハハハ!」


 もうダメだ。


 お腹が痛い。


 みんな笑いすぎて涙まで出ている。


 特にせいかは、お腹を押さえながら苦しそうに笑っていた。





「あははは! もう……無理……!」


「…………」


 その笑顔を見ていると、ぼくまで自然と笑ってしまう。


 最初は怪しいと思っていた。


 途中からはトニーがせいかに馴れ馴れしくするから、なんだかモヤモヤもした。


 今だって、まだ少し警戒してる。


 でも――。


「ハハハハ!」


 たまには、こんな夜もいいのかもしれない。


 ぼくはそう思いながら、みんなと一緒にいつまでも笑っていた。


 気づけば、焚き火の勢いもだいぶ弱くなっていた。


「いやぁ~、食った食った……」


 トニーが満足そうにお腹をさする。


 その手には、まだ酒の入ったコップが握られていた。





「おやじ。そろそろ飲むのを――」


「ぐぅ~~……」


「…………」


 ディエゴが言い終わる前に、トニーの頭がガクンと下がった。


「寝た……?」


 せいかが小さな声で言う。


「おやじ。起きてください」


 ディエゴが肩を揺らす。


「ぐぅ~~……」


「おやじ」


「ぐがぁ~~……」


「……ダメだな」


 ディエゴはため息をつくと、自分の荷物から大きな布を取り出した。


 そして、トニーが冷えないようにそっと体へかけてやる。





「へへへ……せいかちゃんのベーコン……」


「寝言でも言ってる……」


 ぼくはちょっとだけムッとした。


「こうたぁ~!」


「むねゆきも酔っぱらってるじゃん!」


 むねゆきも足元がフラフラだ。


「座ってて!」


「俺はぁ~、まだまだぁ~……」


「寝て!」


 一方、らいがは――。


「これ……どこに……しまうんだっけ……」


 お皿を持ったまま、目が半分閉じている。


「らいがも寝た方がいいよ?」


 せいかが心配そうに声をかける。


「だ、大丈夫……俺はまだ……」


 フラ~。


「全然大丈夫じゃないよ!」


 そんなぼくたちを見ていたディエゴが、ふっと笑った。





「こうたさん、せいかさん」


「ん?」


「今日はありがとうございます」


 突然、深く頭を下げられた。


「気にしないでください。ぼくらも楽しかったし」


「うん。私もすごく楽しかったよ」


 せいかも笑顔で頷く。


 ディエゴは眠っているトニーをちらっと見た。


「おやじがあんなに楽しそうにしていたの、久しぶりに見ました。だから……自分もうれしかったです」


「トニーさんのこと、大切なんだね」


 せいかが言うと、ディエゴは少し照れくさそうに笑った。


「今の自分たちがあるのは、この方のおかげなんで」


 その言い方が少し気になった。


 でも、ディエゴはそれ以上何も言わなかった。


「今夜は、みなさんは馬車で寝てください。見張りは自分がやります」





「え? だったらぼくも手伝うよ。ディエゴさんこそ休んでください」


 ぼくが言うと、ディエゴは首を横に振った。


「今日のお礼と言っては何ですが、自分にやらせてください」


 さっきまでとは違う真剣な顔だった。


「……分かりました。お願いします」


 ここまで言ってくれるなら、断る方が失礼な気がした。


 問題は――。


「むねゆき! 立って!」


「俺は立ってるぞぉ~」


「寝転がってるよ!」


 むねゆきを馬車まで運ぶことだった。


 結局、ディエゴにも手伝ってもらい、なんとか全員で馬車の中へ入る。


「ふぅ……」


 ぼくも毛布の上に横になった。





 隣には、せいか。


「…………」


 前にも村長さんの家で同じ部屋に寝たことはある。


 あるんだけど……。


「すぅ……すぅ……」


 せいかはまったく気にしていないらしく、もう眠っていた。


「……寝るの早いなぁ」


 なんだろう。


 ぼくだけ緊張してるの、なんか悔しい。


 目を閉じながら、今日一日のことを思い返す。


 変な行き倒れに出会って。


 一緒にご飯を作って。


 トニーが酔っぱらって。


 みんなで大笑いして……。


「…………」





 あれ?


 なんか忘れてるような……。


「なんだったかな……」


 しばらく考えて――。


「あ……」


 思い出した。


 ぼくたち、エンタメの郷について教えてもらうはずだったんだ。


「……何も聞いてないじゃん」


 結局、ご飯を食べさせて、お酒を飲ませて、一緒に騒いだだけだ。


 外からは、トニーの大きないびきが聞こえてくる。


「まったく……」


 ぼくは思わず小さく笑った。


 本当に油断ならないやつだな。


 そう思いながら目を閉じると、今度こそ少しずつ眠気がやってきた。





 次の日。


 朝ご飯を食べ終えたぼくたちは、再び馬車に乗ってエンタメの郷へ向かっていた。


「あ~……頭いてー……」


 馬車の荷台では、トニーが毛布を丸めて枕にしながら横になっている。


「あんなに飲むからですよ」


 ディエゴが呆れた顔で言った。


「昨日の酒がうますぎたんだよ……」


「酒のせいにしないでください」


 ……というか。


「…………」


 なんでこの二匹、当たり前のように乗ってるんだろう?


 朝ご飯を一緒に食べて、そのまま荷物を片付けて、気づいた時には普通に馬車に乗っていた。


 別に乗せるなんて一言も言ってないのに……。


 こういうところが、うまいんだよなぁ。





「おーい、むねゆき。あんまり揺らさないように頼むわー」


 トニーが前で手綱を握っているむねゆきに声をかける。


「馬車なんだから無理ですよ……」


 ディエゴがすぐに突っ込んだ。


「むねゆきー。無視していいからねー」


 ぼくも前に向かって声をかける。


「ひどっ!」


「あはは!」


 横でせいかがクスクス笑った。


 だけど――。


「うん……」


 むねゆきから返ってきたのは、ものすごく弱い声だった。


「むねゆきもまだダメそうだね……」


 昨日トニーと一緒になって飲んでたもんな。


 まったく。


 お酒って大変だ。





 ……いや、今はそんなことより!


「トニーさん」


「あ~?」


「そろそろエンタメの郷について教えてください」


 ぼくは真っすぐ尋ねた。


 昨日も教えてくれるって言ってたのに、結局何も聞いていない。


 このままトニーのペースに巻き込まれていたら、到着するまで何も分からない気がする。


「あ? そういえばそんな話したな……」


 トニーは寝転がったまま、ぼーっと馬車の天井を見つめた。


「俺は無理だ。頭が働かん。ディエゴ、代わりに教えてやれよ」


「えー……?」


 明らかに嫌そうな声。


 でも、しばらくするとディエゴはため息をついて、ぼくたちの方へ向き直った。





「仕方ないですね……。まず、エンタメの郷は少し変わった作りをしてるんです」


「変わった作り?」


 せいかが首をかしげる。


「ええ。郷の中心には小さな山があって、その頂上に大きな教会があります」


「教会……」


 その言葉を聞いた瞬間、ぼくの体に少しだけ力が入った。


 教会。


 できれば、あまり関わりたくない場所だ。


「皆さんが行くのは、その下にある町です」


 ディエゴは説明を続ける。


「町は大きく四つの地区に分かれています。そして、それぞれの地区を仕切っている組があるんです」


「組?」


 なんだか急に怖そうな話になった。


「はい」





 ディエゴの表情が真剣になる。


 ぼくたちも自然と耳を傾けた。


「まぐろ組」


「うん」


「いくら組」


「うん……?」


「さんま組」


「…………」


「かつお組です」


「…………」


「…………」


 馬車の中が静まり返る。


 しばらくして、らいがが真顔で口を開いた。


「……おさかな?」


「別に俺はふざけていません」


 ディエゴがものすごく言いにくそうな顔をした。


 もしかしてトニー、ここの説明をしたくなかっただけなんじゃ……。





「なんでそんな名前なんだ……?」


 前から、むねゆきの弱々しい声が聞こえた。


「それぞれの組のボスが好きだった食べ物から付いたらしいです」


「そんな理由!?」


 思わず叫んでしまった。


「本当かどうかは分かりませんよ。ずっと昔からそう呼ばれてるもので……」


「まぐろが好きだから、まぐろ組……」


 せいかが小さく呟く。


 トニーが毛布の中で苦しそうに丸くなる。


 エンタメの郷。


 名前からして変わっていると思っていたけど……。


 まさか町を仕切っている組まで変な名前だとは思わなかった。


「まあ、名前の話はこのくらいにして……」


 ディエゴが小さく咳払いをする。


「大事なのはここからです。それぞれの地区について説明しますね」


 どうやら、エンタメの郷の話はまだ始まったばかりらしい。

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