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第25話 みんなの帰る場所 前編

土曜日更新間に合わなかった~泣

 夜ごはんを食べ終えると、みんなは焚き火の周りでのんびり過ごしていた。


 モカも安心したような表情で、せいかたちと話している。


 シトロンさんの研究を分かってくれる人が現れた。


 しかも、その研究を一緒に続けてくれると言ってくれたんだ。


 ずっと一人で背負おうとしていたモカにとって、にゃーとんさんとの出会いは、とても大きなものだったんだと思う。


 そのにゃーとんさんはというと――。


「なるほど……この成長速度なら、土の水分量は……。しかし、こちらの記録とは少し差がありますね……」


 焚き火のすぐ近くに座り、陽だまりの木の成長記録を読みながら、ずっとぶつぶつ呟いていた。


 キャンプ地へ戻ってから、ほとんど同じ姿勢で読み続けている。


「本当にずっと読んでますね……」


 らいねが驚いたように言った。


「この方、研究のことになると、いつもこうなんです……」


 まおがあきれた顔でため息をつく。


 にゃーとんさんには、まおの声すら届いていないみたいだった。





「でも、大切な資料なんでしょ?」


 せいかが心配そうにモカを見る。


「小屋から持ち出してもよかったの?」


「いいんです!」


 モカはうれしそうに答えた。


「にゃーとんさんには、おじさんの研究をしっかり引き継いでほしいですもん!」


 迷いのない返事だった。


 モカは本当にうれしいんだ。


 シトロンさんが命をかけて残した研究を理解してくれる人が現れたことが。


「いや……本当に面白いですね」


 突然、にゃーとんさんが呟いた。


「何か新しい秘密でも分かったのか?」


 むねゆきが興味津々で身を乗り出す。


「そうですね……」


 にゃーとんさんはようやくノートを閉じた。





 眼鏡を押し上げると、ぼくたち全員の顔を見回す。


「せっかくですから、少し分かったことをご説明しましょう」


 研究者らしい真剣な表情になった。


「皆さんは、陽だまりの木の最大の特徴は何だと思いますか?」


「最大の特徴……?」


 ぼくたちは一斉に考え込んだ。


 「はい、先生!」


 珍しくドラが自信満々に手を上げた。


 嫌な予感しかしない。


「はい、ドラさん。どうぞ」


 にゃーとんさんが優しく指名する。


 ドラは得意そうに胸を張った。


「実は毎朝、太陽に向かって『おはよう』と話している!」


「いや、怖いわ!」


 レオの突っ込みがすぐに飛んだ。


「夜になったら『おやすみ』も言うかもしれないだろ?」


「いらない情報を増やすな!」


「違うのか……」


 ドラが本気で残念そうに肩を落とす。





 その時、らいがが自信なさそうに、そーっと手を上げる。


「はい、らいがさん」


 にゃーとんさんが指名した。


 らいがはみんなの視線を浴び、少し恥ずかしそうに口を開く。


「陽だまりの木って名前だから……太陽の光をうまく集めないと成長できない、とか?」


 さっきのドラよりは、ずっとそれらしい答えだ。


 ぼくも「なるほど」と思いかけた。


「ちょっと待って?」


 ひかりが首をかしげる。


「それって普通の木じゃない?」


「あ……」


 らいがの耳がぺたんと垂れた。


 一瞬の静けさのあと、みんなが吹き出す。


「あははは!」


「惜しかったな、らいが!」


「どこが惜しいんですか?」


 らいねの冷静な一言に、さらに笑いが広がった。





「実の方に、体力やケガを回復する力があることじゃないか?」


 セバスチャンが、考えるように呟いた。


 その瞬間、にゃーとんさんの目が大きく輝く。


「さすがセバスチャン! その通りです!!」


 勢いよく立ち上がるにゃーとんさん。


「やっぱり、そうなんだ……」


 ぼくは中猿と戦った時のことを思い出した。


 全身を殴られ、指一本動かせなかったぼく。


 でも、モカからもらった回復薬を飲んだあと、何とか立ち上がれるようになった。


 あれがなかったら、ぼくは間違いなく中猿に負けていた。


「シトロン殿の研究によると、陽だまりの実の果汁には、体の中に細胞を活発にさせる力があるようなのです!」


 にゃーとんさんは、興奮しながらノートを掲げた。


「細胞が分かれたり、作り直されたりする速さを、ものすごく早めることができる!」


「…………」


 ぼくたちはそろって、ぽかんとする。





 細胞?


 分かれる?


 作り直す?


 言葉の意味が全然分からない。


「えっと……どういうこと?」


 まおが困ったように首をかしげた。


 にゃーとんさんは、はっとした表情になる。


「失礼しました。簡単に説明しますと――」


 大きく息を吸う。


「体の中にある小さな働き手たちが、いつもの何倍もの速さで体を元気にしたり、傷ついた場所を直したりするのです!」


 そして、両手を大きく広げた。


「つまり、体力の回復や、簡単なケガの治療ができてしまうという、すごい力なのです!!」


 にゃーとんさんの大声が夜の森に響く。


「つまり、回復する力があるってこと?」


 ひかりが短くまとめた。





「まさにそれです!」


 にゃーとんさんは力強く頷く。


「ただし、効果は一時的なようですが……」


「だから、シトロンさんとモカは陽だまりの実の果汁を『回復薬』って呼んでたのか……」


 ぼくは納得しながら呟いた。


 モカも、初めて理由を知ったのか驚いた顔をしている。


「これは、世界のルールを変えてしまうかもしれないほどの大発見です!」


 にゃーとんさんはノートを胸に抱いた。


「こんなにすばらしい研究に携われるなんて……私は本当に幸せです!」


「うぉーー! スゲー!!」


 むねゆきとドラとらいがが、そろって声を上げた。


「世界を変える研究か……」


 レオも感心したように頷いている。


 モカは少し照れくさそうに笑っていた。


 自分が褒められたわけでもないのに、頬がうれしそうにゆるんでいる。


 きっと、シトロンさんの努力をみんなに認めてもらえたことが、何よりもうれしいんだ。





「しかし……問題もあります」


 突然、にゃーとんさんの表情が真剣になった。


 さっきまでの盛り上がりが静まる。


「研究を続けるために必要な物資が、どうしても足りません」


 モカの方を向く。


「この辺りに、研究材料や道具を買える店はありますか?」


「ここは……近くに何もないんです」


 モカが自信なさそうに答える。


「時々この森を通る商人さんから、必要なものを買っています」


「そうですか……」


 にゃーとんさんの耳が少し下がった。


「では、今あるもので工夫して続けていくしかありませんね……」





「研究用の物資の問題か……」


 レオが腕を組む。


「そのためには、お金だって必要ですよね」


 らいねも心配そうに言った。


「やっぱり私は、これからのモカの生活も心配だよ」


 せいかが助けを求めるように、ぼくを見る。


 ぼくだって心配だった。


 研究だけじゃない。


 住む家も直さないといけない。


 毎日の食べ物だって必要だ。


「でも、現実的に全部を解決するなんてできないぞ?」


 セバスチャンが厳しい顔で言った。


 冷たい言い方に聞こえるけど、その通りだった。


 ぼくたちにも旅の目的がある。


 いつまでもこの場所に残ることはできない。





 モカの生活も、研究も、壊れた家も。


 すべてをぼくたちだけで何とかする力はないんだ。


「難しい問題ですね……」


 まおが小さく呟く。


 全員が黙り込み、それぞれ考え始めた。


 研究に必要な道具。


 お金。


 モカの生活。


 「あ……」


 ぼくの口から、思わず声が漏れた。


 みんなが一斉にこちらを見る。


「何か思いついたのか!?」


 ドラが期待いっぱいの目で顔を近づけてきた。


「えっと……」


 こんなに注目されるとは思っていなかった。


 急に自信がなくなる。






 「全然、解決策にならないかもしれないけど……」


 ぼくは頭をかきながら、もじもじと言った。


「もったいつけないで早く教えてくれよ!」


 むねゆきが身を乗り出す。


 みんなも「うんうん」と頷いている。


「あのさ……モカさえ良ければ、この場所をどら猫商店の拠点にできないかな?」


 一瞬、静まり返る。


「拠点ですか?」


 らいねが不思議そうに聞き返した。


「うん……」


 ぼくはみんなの顔を見ながら、ゆっくりと言葉を選ぶ。


「今困ってるのは、研究を続けるためのお金と、道具や材料を手に入れることだよね?」


 モカとにゃーとんさんが頷く。


「どら猫商店だって、せいかの保存食だけじゃなくて、もっと商品を増やした方がいいと思うんだ」


 ぼくがせいかを見ると、せいかも静かに頷いた。





「確かに……」


 ひかりが考え込む。


「せいか一人で商品を作り続けるのも負担になるし、いろんな商品があった方が、お店としても助かりますね」


「だったら、お互いに得意なことをやればいいんじゃないかなって思うんだ」


 少しずつ自信が出てきた。


「これからもモカとにゃーとんさんは、この森で陽だまりの木のお世話をして、研究を続ける。それから商品になるものを考える」


 二人を見ると、真剣な表情で聞いてくれていた。


「そして、ぼくたちどら猫商店が、その商品をいろんな町や村へ届けるんだ」


 ぼくはみんなを見回した。


「役割を分けて、お互いに助け合うんだよ」


「あ……」


 レオが小さく声を上げた。


「売れたお金があれば、研究に必要な道具や材料が買える!」


「そうそう!」


 ぼくも思わず笑顔になる。





「生活に必要なものだって、俺たちが旅の途中で買って帰ってこられるな」


 むねゆきも腕を組みながら頷いた。


「そのための拠点化か……」


 セバスチャンも腕を組んだまま考えている。


「この方法なら、ぼくたちも旅を続けながら定期的にここへ帰って来られる」


 ぼくはモカを見た。


「もう、モカを一人ぼっちにはさせない」


 少し照れくさくなって頭をかく。


「……どうかな?」


 一瞬の静寂。


 次の瞬間だった。






「こうた、すげーよ!」


 ドラが勢いよく立ち上がった。


「だよな! お金の問題も!」


 レオが続ける。


「物資の問題も!」


 むねゆきが言う。


「商品の種類を増やすって問題まで解決できます!」


 ひかりも目を輝かせた。


「全部解決じゃん!」


 らいがが大きな声で叫ぶ。


「帰ってくる理由もできますね」


 らいねも嬉しそうに微笑む。


 みんなが一斉に話し始めて、キャンプ地はさっきまでの重たい空気が嘘みたいに明るくなった。


「こうちゃん、ありがとう」


 横からせいかが小さな声で言った。





「いや……たまたま思いついただけだよ」


 ぼくは照れ笑いを浮かべる。


「本当にうまくいくか分からないけどさ」


「でも、こうちゃんらしい考えだよ」


 せいかが優しく笑った。


 その時だった。


「あの……」


 モカが小さく口を開く。


 でも――。


「だったら商品の名前も考えないとな!」


「包装も必要じゃないか?」


「研究記録も整理しないと!」


「商人さんとの相談もありますね!」


 みんな盛り上がりすぎて、誰もモカの声に気付かない。





 「あの!!」


 モカが今度は大きな声で叫んだ。


 さすがにみんなの話し声が止まる。


 前にもこんなことがあったな。


 あの時も、みんなが話に夢中になって、モカが大声を出したんだ。


 でも、あの時とは違う。


 前は「もう!」って少し呆れたような表情だった。


 だけど今のモカは、困ったように笑いながらも、とても楽しそうだった。


「みなさん……」


 モカが一人ひとりの顔を見渡す。


 そして、ゆっくりと真剣な表情になった。


「本当にありがとうございます」


 そう言って、深く頭を下げる。


 みんなが静かにモカを見つめる。


「昨日までの私は、一人で頑張らないといけないって思っていました」


 少し顔を上げるモカ。


「お父さんも、お母さんも、おじさんもいなくなって……私一人で何とか生きていかなきゃって…」


 そして、ぼくたちを順番に見つめた。





「でも……」


 その瞳はもう迷っていなかった。


「今は一人じゃありません」


「みなさんが、一緒にいてくれます」


 一度大きく息を吸い込む。


 そして、力強く言った。


「私は、この陽だまりの森を守ります」


 ノートを胸に抱きしめる。


「おじさんが残してくれた研究も、お父さんとお母さんが残してくれた陽だまりの木も、どっちも大切に育てます」


 横を見ると、せいかが鼻をすすっていた。


 目には涙が浮かんでいる。


「だから……」


 モカはもう一度、深く頭を下げた。


「どら猫商店の拠点として、この場所を使ってください!」


 森に響くくらい大きな声だった。


「そして、これからもよろしくお願いします!!」


 静まり返るキャンプ地。





 誰もすぐには言葉が出なかった。


 モカの覚悟が。


 その真っすぐな気持ちが。


 みんなの胸に届いたんだ。


 その時だった。


 パチ……パチ……。


 小さな拍手が聞こえた。


 見ると、せいかが立ち上がって笑っていた。


 涙をぬぐいながら、優しく微笑む。


「よろしくね」


 たった一言。


 でも、その一言にはたくさんの気持ちが込められていた。


 その拍手に続くように、


 パチパチパチパチ!


 みんなも立ち上がって拍手を始める。





「よろしくな!」


 ドラが大きく笑う。


「一緒に頑張ろうね!」


 まおも優しく微笑んだ。


「私もモカさんと研究、頑張りますよ!」


 にゃーとんさんが嬉しそうに言う。


「困ったことがあったら何でも相談しろ!」


 むねゆきが胸を叩く。


 レオも笑顔で頷いた。


 セバスチャンも、らいがも、らいねも、ひかりも。


 みんなが笑顔で拍手を送っている。


 モカは少し照れくさそうに笑った。


 でも、その笑顔は今までで一番自然だった。


「こちらこそ……よろしくお願いします!」


 元気いっぱいの返事が夜空に響く。





 その瞬間。


 ぼくは思った。


 今日、この日。


 モカは本当の意味で、どら猫商店の仲間になったんだ。


 そして、シトロンさんが命をかけて守った想いは、これから先も仲間みんなで守っていくんだと、ぼくは強く感じていた。

最後まで読んでいただいてありがとうございます!


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